| 月は急ぎ足に大学の廊下を歩いていた。次の授業が始まる前にトイレを済ませておきたいのだが、何故かトイレが見つからない。早くしないと…と焦り始めた時、やっとトイレの扉が見えた。 ああよかった…と扉を開けて月はぎょっとした。トイレのドアを開けたはずなのに、その先には大学の中庭が広がっている。 そんなバカな。 ああ、早くしないと次の授業が始まってしまう。でもトイレに行きたいんだ。 ……………。 月は目を開けた。暗がりの中で白い天井がうっすらと光っているように見える。目を動かすと、隣で身体を丸めて眠っている竜崎が見えた。ぼんやりしていた頭が『現実』を認識し始めた。 (ああ、夢か…) そう思うと同時にはっきりと尿意を感じた。『トイレに行きたい』という意識があんな夢に繋がったのだろう。 さて、どうするか。 月は半分だけ覚醒した頭で考えた。隣では竜崎が穏やかな寝息を立てている。手錠で繋がれているせいでトイレに行くなら彼を起こさなくてはならないのだが、竜崎を無理に起こすのは気が進まなかった。 何せ竜崎の寝つきの悪さは半端じゃない。明かりを全部消して部屋を真っ暗にして、音のない静かな状態でないと眠れないのだ。ほんの僅かな音や光にも神経 質に反応して眠れなくなるし、ちょっとした音でも過敏に反応して目を覚ましてしまう。変なタイミングで起こされるとなかなか眠れなくなる。いびきもかかな いし寝相もいい月だったが、竜崎に『月君の寝息や手錠の鎖が擦れる音が耳について眠れないんです』と言われた時にはさすがに参ってしまった。 そっと起き上がって部屋の時計に目を凝らすと、まだ夜中の4時を過ぎたばかりだった。竜崎の起きる時間までは待てそうもない。 仕方ない、起こすか。 そっと手を伸ばした時、竜崎がもぞもぞと動いて目をあけた。月が起きた気配で目を覚ましてしまったらしい。 番犬みたいな奴だな。そんな考えが眠気の詰まった頭に浮かんだ。 毛布にくるまり身体を丸めていた竜崎が寝ぼけた声を出した。 「…月君、どうしました?」 「あー…ちょっと、トイレに行きたいんだけど」 「わかりました」 竜崎はのそりとベッドから起き上がった。 …月がトイレから出て来た時、竜崎は壁にもたれるようにして眠っていた。膝を抱えてうつむくようにして、とても無防備な姿で。月はその様子にかすかに苦笑した。 (呑気なもんだな…僕をキラかもしれないと疑っているくせに) …どうしてそんな行動をとったのか、月は自分でも分からなかった。 月の左手と竜崎の右手を繋ぐ手錠の鎖。 その冷たい金属の紐を竜崎の細い首に回した。 これを引っ張るだけで彼は死ぬ。 キラを追う者はいなくなる。 永遠に僕の前からいなくなるんだ。 Lは消えるんだ…。 不意に竜崎の頭がガクリと前のめりに傾いで、首にかかった鎖が引っ張られた。その衝撃に慌てて月は手を離した。 少しだけ鎖の跡が残る手のひら。それは、一瞬とは言え竜崎への殺意があった徴。月はぶるりと身体を震わせた。 (僕は今、何をしようとした?竜崎を殺そうとするなんて…それじゃまるで僕がキラみたいじゃないか) 違う、違う、違う。 僕は絶対にキラじゃない。竜崎を、Lを殺したいなんて思うはずがない。だって彼は僕の尊敬する憧れの世界的名探偵で、僕の大切な友達じゃないか。 月はそっと竜崎の身体を揺すった。 「竜崎。ベッドに戻るよ」 「………。ああ…すいません、少しうとうとしてしまったようです」 「立てる?」 月は竜崎を支えてベッドに戻った。 トイレに立つ前は眠たくて仕方なかったのにすっかり目が冴えてしまっていた。 どうしても寝つけずに寝返りを打つと、寝ぼけ眼の竜崎と目が合った。竜崎も眠れなかったのか、それとも起こしてしまったのか。 「ごめん、うるさかった?」 「どうしたんです?」 「…怖い夢を見て」 月は目を逸らして呟いた。 あれは夢だと思いたい。竜崎にキラだと疑われているストレスが見せた夢だと。 僕がこの手で竜崎を殺そうとしたなんて…嘘だ。 竜崎の静かな声がした。 「どんな?」 「僕が竜崎を殺そうとしてた」 言葉にするとぞっとする。 「Lさえ死ねばキラの敵はいなくなる…そんなことを考えて、竜崎を殺そうとしてた」 「………」 「頼む、信じてくれ竜崎。僕はキラじゃない。キラじゃない僕が竜崎を殺そうとするはずがない」 「…それは夢だったんでしょう?」 「だけど、怖かった」 竜崎の首に鎖を回して、殺そうとした自分が。 こいつさえ死ねばキラの敵はいなくなると考えた自分が。 月は縋りつくように金属の環がはまった竜崎の手を掴んだ。 「頼む、竜崎。キラを捕まえて僕はキラじゃないって証明してくれ。僕はキラじゃないんだ、本当だよ!」 「真実はいずれ明らかになります」 「竜崎…!!」 「寝ましょう、月君。明日になれば怖い夢のことも忘れますよ」 竜崎は目を閉じて背中を向けた。 これ以上食い下がっても迷惑になるだけだ。大体、竜崎は他人の意見で考えを変えるような人間じゃない。 月は仕方なく枕に頭を預けてむりやり目を閉じた。 ひんやりと左手に纏わりつく金属の感触。 竜崎を殺そうとしたことは忘れられないだろう…この金属の枷が外れるその時まで。 |
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