| ミサは普段より念入りにメイクをし、きれいに部屋を掃除して月を待っていた。外にデートに行けないのは不満だったが、月と二人きりで会えると思うと心が弾んだ。 …が。いつものように月と竜崎が手錠で繋がったまま部屋を訪れたのを見て、ミサの楽しい気持ちは吹き飛んでしまった。 「ちょっとちょっとちょっと!何でまた竜崎さんが一緒にいるの?この前のデートの時『どうせ監視カメラで見張るんだからデートの時は手錠を外してもいい』って言ってたじゃないの!!」 「…………」 目を釣り上げて食って掛かるミサにちらりと視線を向けたものの、竜崎はまたそっぽを向いてしまった。ミサがさらに抗議しようとした時、月が口を開いた。 「ミサ。竜崎は嫌がったんだが、僕が頼んで一緒に来てもらったんだ。彼の同席が嫌なら僕も帰るよ」 「え…え、何で?ライト、恋人と二人きりで会うのは嫌なの?」 「…ミサ、何度も言っているけど」 月は少しげんなりしたようにミサを見た。 「君が『一目惚れした』と言っていつも一方的に押し掛けてきてるだけじゃないか。僕が友達と一緒に会いに来ても構わないだろう?」 「う……」 「それと、竜崎は僕の尊敬する人間で大切な友達なんだ。変態よわばりはやめてくれ」 「分かった…」 渋々ミサはうなずいて二人を部屋に招き入れた。 ミサは人数分のティーカップと紅茶を用意してゆっくりと深呼吸した。 彼氏の『男の友情』も尊重できてこそいい女。嫉妬深い女なんて思われたくない。まして相手は『天才とナントカは紙一重』の典型のような男なんだから。 月はミサを恋人だと思っていない事実など全く思いもしないミサは、無理矢理自分を納得させてリビングに戻った。 リビングでは月が持参したケーキを分けていた。月に1個、ミサに1個、そして竜崎に2個。竜崎はミサが紅茶を入れるのも待たずにケーキを食べ始めた。 いつもいつも甘いものを食べているように見えるのに、どうしてこの人は太らないんだろう、とミサはちょっと疑問に思った。新しいビルが完成して引っ越して来てからはろくに頭を使ってる様子もないのに。 ミサは竜崎の分の紅茶と一緒に目の前に置かれたケーキも押しやった。 「太るから甘いものはいらないの。竜崎さん、どうぞ」 「………」 竜崎はフォークをくわえたままちらりとミサを見上げた。普段なら当たり前のように受け取るのに、今回は押し戻された。 「え、何?いらないの?」 「ミサさん、どうぞ」 「だーかーらー」 「ミサ。このケーキは竜崎お勧めの店のものなんだ。たまにはありがたく頂いたらどうだ?頭を使えば太らないと言うし」 「ふーんだ。どうせミサはバカだもん、頭を使うことなんてありませんよーだ」 「なら一緒にキラ事件について考えよう。キラが捕まれば僕達は無罪放免なんだから」 「………」 キラが捕まったところで、二人がキラだったと考えている竜崎があっさりと二人を解放するとはとても思えなかったが、ほかならぬ愛する月の言葉だ。ミサは仕方なくケーキを受け取って一切れ口に入れた。予想以上にそれはおいしくて、思わず彼女の顔が綻んだ。 「うわぁ、おいしーい」 「私いちおしのお店のケーキですからね」 「竜崎の彼女、の間違いだろう?」 「え!竜崎さん、彼女いるの!?」 「いませんよ。月君、誤解を招くような発言は控えて下さい」 「そうだっけ?」 月はわざとらしくとぼけて紅茶に口を付けた。竜崎はふて腐れたように唇を突き出して黙々とケーキを口に運んでいる。ミサは『竜崎の彼女』発言が気になって目をくるくるさせた。 「ねぇねぇ…」 「ところで、キラ事件のことだけど。最近のキラは汚職事件を起こした人間も殺し始めているな。今までは凶悪事件の犯人ばかりだったのにどうしてだろう?」 話題が事件のことに戻ってしまったのでミサは拗ねた顔をしてみせたが、月が全く気付いてくれた様子がないので仕方なく考えを巡らせた。 「うーん…キラのおかげで凶悪事件を起こす人が減ったから、今まで手が回らなかった汚職事件の犯人も裁き始めたってことじゃない?」 「そうかもしれない。けど、キラのおかげで…『おかげで』という言葉は正しくないかもしれないけど、凶悪犯罪を起こす人間の数は確実に減ってる。しかし汚 職事件の数は減るどころか増加傾向にある。キラが汚職事件を起こした人間も殺し始めたと言うのに、変だとは思わないか?」 月は言葉を切って竜崎を見たが、彼は月の言葉など右から左に素通りと言う顔で個目のケーキに取りかかっている。 その反応に月はそっとため息をついた。 新しい捜査本部が完成してここに移って来てから、竜崎はずっとこの無気力状態が続いている。殴り合い蹴り合いのケンカをした時は多少目に力が戻ったものの、その後はまたやる気のない目になってしまった。 キラだと思われているのは決していい気分ではなかったが、竜崎を大切な友達だと思う月の気持ちは本当だった。友達が落ち込んでいるのは心配だったし、な んとか彼が立ち直ってくれるように力になりたいとキラ事件のことを調べてみた。が、竜崎がやる気を取り戻してくれそうな有力な情報は今のところ掴めていな かった。 気になるデータを見つけたからケーキで御機嫌を取って話を振ってみたものの、やはりこの程度では竜崎のやる気を取り戻すことはできなかったようだ。 ケーキ以外全く関心がなさそうな竜崎にミサはあからさまに呆れた顔になった。 「頭を使わないで甘いものばっかり食べてたら太るよー」 「お気遣いありがとうございます」 「竜崎さんってさぁ、本当にやる気ないのね」 「ええ、ありません」 「頭、使わないの?」 「使っても無駄ですから」 「そんなにやる気がないならさぁ、やめちゃえば?キラ捜査なんて」 「…やめる?」 ミサの言葉に竜崎のケーキを崩す手が止まった。その目は淀みが消えて僅かに生気が戻っている。月は敢えて口を挟まず、ミサに任せて様子を見ることにした。 竜崎の変化に全く気がついていない様子のミサは身を乗り出して続けた。 「そ、やめちゃうの。いいじゃないやめたって。キラは悪人を裁いてくれる正義の味方なんだし、竜崎さんだって正義の味方なんだしさぁ、正義の味方同士で争 わなくたっていいじゃない。キラの能力は人から人に記憶を残さずに移動していくんでしょ?だったらいくら捕まえても無駄だって竜崎さんだって言ってたし、 そういう風に発表して捜査をやめればいいよ。やる気のない竜崎さんについてくる刑事さん達だって気の毒だし、監視されてるミサやライトもかわいそう」 「やめるわけにはいきません」 「えー?どぉしてぇ〜?」 「キラは神ではない。未知の力を持ってはいますが、人間です。独り善がりな理屈で殺人を行う人間が正義であるはずがない。…ああ、キラは正義か否かについて、ミサさんと議論する気はありません。時間の無駄ですから」 「…………」 竜崎はきっぱりと言い放った。ミサは『こいつに何か言ってやってよ』と月に目で訴えたが、月は久しぶりに無気力状態から脱した竜崎に完全に気を取られていて、ミサのアイコンタクトには気付いていない。ミサは仕方なく竜崎に視線を戻した。 ミサが黙っているのを見て、竜崎はそれに…と続けた。 「殺されたのは犯罪者だけではない。FBIやアナウンサー、私の下で捜査をしていた刑事達まで殺されたんです。アナウンサーやさくらTVに駆け付けた刑事 達の死は第二のキラと言う予想外の要素だったと言えないこともありませんが、FBIや宇生田刑事は私の判断ミスによって命を落としたと言って差し支えな い。ここで捜査を打ち切ってしまったら、彼らの死が全く意味のないものになってしまう。私には彼らの死に対する責任がある。キラを捕らえて事件の解明をす ることが、私にできる唯一の償いです」 竜崎は珍しく饒舌だった。その目には確かな力が宿っている。月はここぞとばかりに身を乗り出した。 「じゃあ、なおさらキラを捕まえる努力をすべきじゃないか。もっと積極的に捜査を…」 「…夜神君。積極的と無謀を取り違えないで下さい」 「分かってるさ」 「ではお伺いします。『積極的』に捜査を行った結果、捜査員の誰かが命を落としたら、夜神君はその責任を取ってくれるんですか」 「………!!」 月は言葉に詰まった。 偽名の警察手帳まで所持していた刑事の一人は、未知の力を持った第二のキラによって殺された。仮に顔を隠して捜査をしたところで、それでキラに殺されないと言う保証はどこにもないのだ。 思わぬところから反撃を受けて月は動揺を隠すことが出来なかった。 「それ…は……」 「責任が取れないのなら軽はずみな発言は謹んで下さい。人の命を背負う重みがどんなものか、あなた達にはわからないでしょう?」 キラとしての自覚も記憶もなくしたあなた達には。 竜崎がいいかけてやめた言葉を簡単に察することができたが、月もミサも反論しなかった。竜崎が背負っているものの重みが分かるからこそ何も言えなかった。それに反論したところで彼がそれを受け入れてくれるはずもない。 竜崎は膝に顔をうずめて拗ねたような横目で月を見た。 「それに。私の指揮の元で月君のお父さんが命を落としたら、月君は私を恨むでしょう?『あの時竜崎があんな指示を出していなければ父さんは死ななかった』と」 「それはない」 さっき口籠った後ろめたさが反射的にその言葉を押し出した。疑わしげな竜崎の瞳をじっと見つめ返して続ける。 「僕は父さんがこの事件の指揮を取り始めた時から父の姿を見て来た。父がどんな覚悟を持って捜査しているかも知っている。だから、父さんに万が一のことがあっても僕は竜崎を恨んだりしない。恨むならキラを恨む。竜崎を恨む理由がどこにある?」 「…では、夜神君のお母さんは。妹さんは?そしてミサさん、あなたはどうです」 「えっ?私?」 急に話を振られてミサはぎょっとした。竜崎は膝の陰からじっと見つめている。 「キラを捜査する過程で、私の判断ミスで夜神君がキラに殺されたら。あなたは私を恨むでしょう?ミサさんはキラ肯定派ですし」 「そ…そんな、ライトが死んじゃうなんて考えたくもないよ」 「恨むでしょう?私を。指揮の判断を誤った私を。夜神君を死なせた私を、恨むでしょう?」 「そんなことわかんないよ!だったら誰も死なせないでキラを捕まえればいいじゃない!どうしたのよ竜崎さん、そんなこと言って!全然らしくないじゃない! 一体何のためにこんなビル建ててライトと手錠で繋がって刑事のみんなと一緒にいるの?キラを捕まえるためじゃないの!?」 「……!」 竜崎の目が見開かれ、そしてすっと細くなった。抱えた両膝に額をつけると月からもミサからも竜崎の顔は見えなくなる。 「そう…ですね。ミサさんの言う通りです。誰も死なせずにキラをつかまえればいいんです。ちょっと八つ当たりしてしまいましたね、すいません」 「竜崎さん…本当にどうしちゃったのよ?」 竜崎の沈み様に、キラ肯定派のミサもさすがに心配になった。月もかける言葉を探すように竜崎を見つめている。 竜崎は前髪をかきあげて細く息を吐いた。 「私が死なせた人の命は重い。ですが、死なせた人の遺族の恨みの方が重いんです。父を、息子を、兄弟を、恋人を、あるいは友人を…奪われた人が私を恨む気持ちの方が、ずっと」 「だって、殺したのは竜崎さんじゃないのに」 「人間とはそういうものなんでしょうね。大切な人を殺した張本人を見るまでは、指揮を取っていた者を恨む。犯人が捕まってやっと、恨む対象が死なせた人間から殺した人間に移る」 「…竜崎は、今までずっと…」 「捜査の過程で捜査員が命を落とすこともありました。そのたびに私は、その人の命を背負って、残された人達の恨みを背負って犯人を追った。一日でも早くその重みから逃れたくて、必死になって」 「………」 「こんなに捜査が長引いたのは初めてで。ちょっと…弱気になっていたのかもしれません」 「仕方ないよ。竜崎さんのせいじゃないよ、全然」 ミサの言葉に竜崎は少しだけ笑みを見せた。 「いいんですか、私はキラの敵なんですよ?」 「それはそれ、これはこれでしょ。だいたいね、みんな竜崎さんに頼り過ぎなのよ」 ミサは自分の言葉に大きく頷いた。その言葉に、月も、モニター越しに様子を見ていた刑事達もはっとした。皆の注目を一身に集めていることにも気付かずにミサは嬉々として続けた。 「そうよ、そうよそうよ。みんな竜崎さんを頼りにしてるとか信用してるとか聞こえのいいこと言ってるけど、それって甘えてるだけじゃない。いざと言う時自 分で責任取らなくていいと思うから安易にそんなこと言えるのよ。みんな、竜崎さんを頼らずに自分の考えと責任で動けばいいんだわ。それなら誰かがキラに殺 されても竜崎さんが負担に思うことはないじゃない」 「それ、は…」 「その通りだ、ミサ。僕達は確かに竜崎に頼り過ぎていた」 竜崎が何か言いかけたのを遮るように月が口を開いた。確かな意志の宿った強い瞳でしっかりと前を見つめて。 「自分でできることを何もしないで竜崎を急き立てるだけなんて勝手だよな。…竜崎」 「はい?」 「僕は自分でできる限りキラのことを調べてみるよ。そして竜崎が納得するような有力な証拠を見つけたら、また捜査に戻ってくれ。それならいいだろう?」 「………」 竜崎はかすかに頷いた。月は嬉しそうに微笑んで竜崎の肩を叩き、立ち上がった。 「え、え、ライト、もう帰っちゃうの?」 「ミサ、話は聞いてただろう?竜崎がやる気を出してキラを見つけてくれるように、僕は今できるだけのことをして来るよ」 「…うん…」 自分の手でキラを捕まえてやると決意を固めた月は、以前からは想像もできないほど爽やかな顔をしている。この顔の裏に大量殺人犯の顔を隠しているのが信じがたくなるほどに。 竜崎は月を見遣った。 自分がキラではないと言い張り、自らの手でキラを探し出すと言うのなら。 お手並み拝見といこうではないか。 私の心を動かす何かを突き付けるのなら、その時は私も『L』に戻ろう。 Lは無気力な瞳に固い決意を隠して、億劫な仕種で月の後を追った。 |
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