君の隣に

 俺はここをやめる。
 お疲れ様でした。
 1年近く命をかけて一緒に闘って来たはずの仲間との別れは、そんな短い言葉で終わった。一度もお互いの顔を見ることなく。

 

 相沢の背中を見送ることもなく、竜崎はサクランボを口に運んでいる。ほとんど表情のないその顔からは彼の感情を読み取ることは出来なかった。
 重苦しい沈黙を最初に破ったのは月だった。

「竜崎…お前が言いたいことも分かるが、もう少し言い方を考えても良かったんじゃないのか?」
「相沢さんは人一倍正義感と責任感の強い人です。あの人を警察に戻すには中途半端な言葉ではダメです」
「でも…でも、竜崎は相沢さんと家族のためを思って、ああいう言い方をしたんですよね?試したなんて…嘘ですよね?」
「優しい人ですね、松田さんは」

 竜崎は僅かに松田に視線を向けた。その口元は薄く笑んでいる。それは微笑みか、それとも嘲笑か。

「御期待に添えなくて申し訳ありませんが、私はそんなお人好しではありません。経済的援助のことを隠してみなさんを試したのは事実です。夜神さんも、模木さんも、そして松田さん、あなたもです」
「どうしてそんなことを…僕達、もう1年近くも一緒にキラ事件を捜査して来たじゃないですか。僕達を信用できないんですか?例えここを離れたって、捜査本部の秘密を漏らすなんてことは何があっても絶対にしませんよ」
「何があっても絶対に…ですか」
「そうです」
「捜査本部の秘密を吐かねばお前の両親を殺すと、キラに脅されても?」
「えっ…」

 松田は返事に詰まった。竜崎の口元からはいつの間にか笑みが消え、不自然なほど大きな目は鋭い光を呑んでいる。
 竜崎。L。彼は『裏社会』の大物なのだと思い知らされる瞬間。
 竜崎は松田の返事を待たずに椅子をくるりと回して立ち上がった。鎖で繋がれた月のことはお構いしなしにソファに向かう。刑事達も一瞬遅れてそれに倣った。
 皆がソファに腰を降ろし、話を聞く姿勢を見せると竜崎はゆっくりと口を開いた。

「キラ、及びヨツバが政府に圧力をかけて、その結果として警察がキラ事件捜査から手をひかざるを得なくなったことが分かりました。残念なことですが、警察 は既にキラの手先、我々の敵と考えて差し支えありません。つまり、皆さんの情報が警察からキラに流れないという保証はどこにもない。キラがみなさんの家族 を人質にここの情報をよこせと脅してくる可能性もゼロではないのです。そしてその時は、皆さんや皆さんの家族は警察の保護は受けられないものと思った方が いい」

 竜崎の言葉にみんな厳しい顔で頷いた。ここまではきちんと理解できた松田もうんうんと頷く。竜崎はみんなの反応を見て続けた。

「皆さんにお尋ねします。万が一…いや、可能性としては0.0001%より高いかもしれませんが…キラが皆さんの家族や大切な人を人質にして『捜査本部の情報やLについて知っていることを洗いざらい吐け』と脅して来たら、どうしますか」
「…………。キラと話ができるなら、家族のことをどこまで知っているか確認する。名前と、外見の特徴を。その結果、キラが私の家族を知っていると分かれば…あるいは、話が出来なければ竜崎と相談して何とかして家族を助ける方法を考える」
「僕もそうします。無駄かも知れないけど家族をどこか安全な場所に隠して、竜崎に連絡を取ります」
「私に相談しても、御家族を救う方法が見つからなかったらどうしますか?夜神さん」
「その時は…私は家族と共に死のう。仮に言いなりになったとしても、キラが家族を殺さないとは限らない。いや、家族を人質に取ったまま今後も本部の情報を流せと脅して来るだろう。私達の代わりはいくらでもいる、しかしLの代わりはいないのだ」
「では、松田さん」
「僕は竜崎を信じています。竜崎なら絶対に、ここの秘密を守りつつ僕の家族を救う方法を見つけてくれるはずです!」

 二人の言葉に模木も同意を示すように頷いた。その答えに竜崎は特別な反応をすることなく静かに続けた。

「皆さんは何があっても捜査の秘密は漏らさない覚悟をお持ちのようです。しかし、相沢さんはどうでしょうか。奥さんとお子さんを人質に取られて脅された ら?脅迫が終わらないことを察しつつもキラの言いなりになってしまうだろうと、私は思うんです。収入を失う、それだけの理由でここに留まることを躊躇うよ うな人間ですから」
「竜崎…!!」
「だって、家族を大切にするのは人間として当たり前じゃないですか!」
「私は相沢さんを責めるつもりはありません。間違っていたと言うつもりもありません。相沢さんは正しい選択をしたと思います。私は相沢さんのまっすぐな情熱が好きでした。ですが、ここに残ってもらうことは出来ない」

 ピシリと竜崎は言い放った。
 その冷たさに夜神も松田も言葉を飲み込んだ。ただ黙って次の言葉を待つ。

「情に流されるのは容易く、心地よい。ですがその心地よさに溺れて自分や仲間や家族の命を危険に晒し、キラを取り逃すなど愚の骨頂です。FBIや宇生田さ んはただの犬死にになってしまう。キラ事件解決のために尊い命を捧げてくれた彼らに何と言って詫びるのですか?キラ事件解決の為には人としての心など必要 無い」

 沈黙が落ちた。
 相沢のことは竜崎の言う通りだと、みんな口には出さないが思っていた。
 人一倍優しくて熱血漢で人間味溢れる相沢なら、苦しんだ挙げ句に仲間を売ってしまうかも知れない。誰にも相談できずに、自分の行動が目先の幸せを守ることしか出来ないと分かっていても。
 竜崎は残ることを決意した皆と彼らの家族を守るために、敢えて相沢を冷たく突き放したのだ。優しすぎる男を。己の信じるもののために。みんなの為に。事件解決のために犠牲になった仲間の為に。
 それこそ、彼がLである所以なのだ。
 …ふと、夜神が穏やかな顔で口を開いた。

「竜崎。我々が初めて顔をあわせてからもうすぐ1年になるかな」
「ええ、そうですね」
「その1年の間、私は家にいるより捜査本部にいる時間の方が長かった。家族といる時間より竜崎といる時間の方が恐らく長いだろうな」
「そうかもしれませんね」
「不思議なものだ」

 夜神がかすかに笑った。その意味を計りかねて竜崎は小首をかしげる。

「竜崎には散々なことを言われたり、されたりした。月はキラだと疑われ、家は監視カメラと盗聴器がつけられ、挙げ句は月と一緒に監禁までされた。今は1年近く行動を共にした仲間を切り捨てるのを見た…なのに、私は少しも竜崎を嫌いになれない」
「…………」
「普通なら雲の上の人間であるはずの竜崎にこんなことを言うのは失礼かも知れないが」

 夜神氏は手を伸ばし、竜崎の髪をくしゃくしゃと撫でた。その目は穏やかに微笑んでいる。

「…おこがましいかもしれないが、竜崎のことを息子のように思うことがあるんだ」
「………!」
「甘いものばかりではなくまともな食事を取れ。人と話す時は相手の目を見ろ。夜はちゃんとベッドで眠れ。つまらないことで月とケンカをするな。しんどい時には誰かを頼れと…時々、あなたにお説教をしたくなることがある」
「………」

 夜神はぐっと竜崎の細い肩を掴んだ。まっすぐに、底なしの闇の色をした目を見据えて。

「いいか、人の心は何があっても無くすな。無くしてしまったらキラと同じだ。竜崎がキラと同じ心になって事件を解決しても、亡くなった皆は喜ばないぞ。ここにいる皆も、相沢もだ」
「夜神さ…」

 竜崎の声が詰まった。
 大きく見開かれた目に浮かんだ、透明な雫。それが頬にこぼれる前に竜崎は袖で水滴を拭った。
 隣に座っていた月が笑った。

「何を泣いてるんだよ、竜崎」
「泣いてません」
「泣いてるじゃないか」
「…泣いてなんか、いません…」

 強情だな、と呟いて月は竜崎の肩を力強く抱いた。

「僕は竜崎の友達として、何があっても最後まで一緒にいる。絶対にお前を一人にはしない。…だから泣くなよ」

 泣いてません。
 抗議の声は小さくて。
 みんなその声は聞こえたけれど、聞こえなかったふりをして。
 ソファの上で膝を抱え、顔を埋めて身体を震わせる竜崎に声をかけた。
 …泣かないで。


END


 
デスノ部屋
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