| 弥海沙、という名前らしい。 自宅に押し入った強盗に目の前で両親を殺された少女。彼女がモデルをしていると言う雑誌を見ると、なるほど愛くるしい顔だちをしていた。少なくとも写真の中での彼女は明るく輝いていて、辛い過去など感じさせなかった。それがプロと言うものなんだろうか。 (本当に、本当にこの子が第2のキラなんだろうか) 目の前のテーブルに並び切らないほどの証拠があっても、松田の脳裏にその言葉が繰り返し浮かんだ。 真っ白なパソコンの画面に映る彼女は、指1本動かす事すら出来ないよう厳重に拘束されている。喉の乾きが苦しいのだろう、中途半端にルージュの色の残った唇が水を求めるように動く。 痛々しくてたまらない。 彼女も、そしてそれを黙って監視している竜崎も。 松田は躊躇い、迷い、逡巡し、何度も言葉を出そうとしては飲み込んで、それでもやはり、と心を決めて、竜崎の背中に向かって言葉を押し出した。 「竜崎」 「はい?」 竜崎は視線を画面の少女に固定したまま答えた。 夜神局長と相沢は何を言い出す気だと言う不安げな顔をしている。 松田は勇気を振り絞って言葉を続けた。 「取り調べは、こんな、拷問まがいの方法をとらなくてもいいんじゃないでしょうか」 返事はない。 言ってしまってから後悔したがもう後には引けない。松田は続ける。 「別の部屋に入れて外から鍵をかけて、竜崎がパソコン越しに尋問すればいいのでは。彼女を誘導尋問してキラ事件のことを言わせる事くらいあなたならできるでしょう?」 「…松田さん、一つ聞きますが」 竜崎が振り向いた。 真っ黒な、底なしの闇を思わせる眼。 松田の背中に冷たい汗が流れた。喉がからからに乾いている。 「な…なんでしょう」 「弥海沙が第2のキラである確率は何%くらいだと思いますか」 「これだけ証拠があるのですから、90%以上…いえ、100%だと言っていいと思います」 「それではもう一つ」 竜崎は言葉を切ってほんの一瞬、まばたきしたら見逃してしまいそうな短い時間、何かを悼むようにように眼を伏せてから松田に視線を戻した。 「宇生田さんが殺された時の気持ちを覚えていますか」 「‥‥‥!!」 夜神と相沢がはっと息を飲む気配があった。 松田は自分の言葉を嫌というほど後悔しながら小さな声で答えた。 「覚えて、います…」 放送をとめる、と飛び出していった宇生田。テレビ局の前で倒れていた宇生田。キラに挑んで殉職した宇生田。黒いリボンの中で笑っていた宇生田。 椅子の上で怒りと悲しみを押し殺して震えていた竜崎と、宇生田の葬儀の時に見せた静かな怒り。 決して忘れる事はないと思っていたけれど、その記憶は松田の心の奥底に埋もれてはいなかったか。それを竜崎に指摘された気がして彼は苦しくなった。 うなだれる松田に竜崎は静かに続けた。 「確かに彼女の過去には同情すべき部分もあります。しかし彼女は、未知の力を持つ、直接手を下さなくても、殺したい人間の顔さえ分かれば命を奪える殺人者 なのです。彼女のどの行動が人の命を奪う結果に繋がるのか分からない以上、私やみなさんの命を守るにはこうするしかない」 「…そう、ですよね」 「私はもう…敵を見くびった結果に仲間を失うなどという経験は、二度としたくないのです。どうか、分かって下さい」 「はい」 その言葉を押し出した瞬間、松田の目から涙が溢れた。驚いて椅子から立ち上がり、顔を覗き込む竜崎にただ、すいませんとくり返す。 「すいません…僕は、僕は最初にあなたを信頼すると約束したのに。命をかけて捜査すると誓ったのに…竜崎は僕達を守るためにこんなことまでしてくれているのに、それに気づけなかった馬鹿な自分が情けなくて、悔しくて、あなたに申し訳なくて…!」 「松田さん、私はそんな立派な人間ではありません」 「いいえ!」 突然力一杯肩を掴まれて、竜崎は目を丸くした。その細い肩を掴んだまま、松田は涙でぐしゃぐしゃになった顔のまま微笑んだ。 「あなたは立派な人です。うまく言えないけど…でも、僕はあなたを信じます。尊敬します。最後まで、絶対についていきます!」 「それは…ありがとうございます。松田さん、とりあえず涙を拭いて鼻をかんでくれませんか」 「はい!」 ポケットから取り出したよれよれのハンカチでごしごしと涙を拭き、ちーん、と盛大に音を立てて鼻をかむと、夜神や相沢からも苦笑が漏れた。 松田は素直で誠実で時に馬鹿正直ですらあるけれど、やはり得難い存在なのだなと思う。空気すら感じられるほど張り詰めた場を一気に和ませるなど、なかなかできるものではない。 口の中だけでもう一度ありがとうと呟いて竜崎が椅子に戻ると、松田は忠犬のように竜崎の隣に椅子を引っ張って来て腰を降ろした。 松田はこれから試合の始まる格闘家のような顔で画面を睨んでいる。パソコンや、画面に映っている少女と取っ組み合いのケンカをするわけではないだろうが、彼なりの決意の表現がこれなのだろう。 だから、竜崎は何も言わなかった。真剣そのものな松田の横顔に声をかける。 「松田さんが見張っていてくれるなら、私は少し息抜きして来ますね」 「どうぞ。どんな些細な仕種や発言も逃しませんので安心して行って来て下さい!」 松田は画面から全く目を話さず答えた。 あの調子なら一時間もせずに力つきるだろう。それまではありがたく休憩させてもらうとするか。 竜崎はお気に入りのチョコを口に放り込んだ。その表情は監視を始めた時よりずっと、穏やかになっていた。 |
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