無敵のヒーロー

「今日も白ですね、靴下」
「…は?」

 唐突な竜崎の言葉に、僕は椅子から腰を半端に浮かせた不自然な姿勢で固まってしまった。
 竜崎が必要最小限の前置きや説明も省いて本題に入るのはいつものことだったから、僕はいつものように、その言葉がどこから繋がってキラ事件にどう繋がるのか、人並みより少し回転の遅い頭で一生懸命考えた。
 多分10秒くらい口を半開きにして考えていたと思う。

「そういや松田、昨日も白い靴下履いてたな」
「え?」

 横を通った相沢さんの言葉に、僕は中腰のまま自分の足元を見た。
 白い靴下。

『今日も白ですね、靴下』

 さっきの竜崎の言葉は僕の靴下を見て言ったものだったのか。それにしても人の靴下なんて見てるんだ、この人。
 そんなことを思って竜崎を見ると、竜崎も僕の顔を見ていた。
 なんだか咎められてるような気がして、僕は必死に笑顔を作って白い靴下の理由を説明した。

「白い靴下って清潔感があって、いいでしょう?」
「………。仕事でスーツを着る時に白い靴下と言うのは、社会人の身だしなみとして少々非常識ではないかと思うのですが」
「……………………」

 僕はまた、ぽかんと口を開けて竜崎を見た。
 社会人の身だしなみとして非常識って…スーツも着てない、靴下も履いてないあなたにそんなこと言われたくないですよ。
 そんな言葉が一瞬頭を掠めたけど。
 言えるような相手でもないし、僕はそんな立場にないし、何より言われた事の内容は尤もだったから、僕はすいませんと謝るしか出来なかった。
 そんな僕を見て、竜崎は今度は少し困ったような顔になった。

「自宅にも黒い靴下はないんですか」
「はい…母が、学生時代にたくさん買ってきた白い靴下がいっぱいあるので、いいかな、と…」
「では、近いうちに必ず買ってきて下さい。普段の仕事ならともかく、葬儀の席では『持っていないから』では済まされないですよ」
「……はい」

 僕は思わず発信装置付きのベルトに手をやった。正義のヒーロー部隊みたいだ、と言って局長に怒られた時の事を思い出した。
 そうだ、僕は、僕達は、無敵のヒーローなんかじゃない。命を懸けてキラと言う大量殺人犯を追っている、普通の人間なんだ。捜査の途中でキラに殺されない保証なんてどこにもないんだ。
 考えたくもないけれど、もしも…もしも、僕達の誰かが殉職するようなことがあったら。
 葬儀の場に履いていく黒の靴下がないなんて冗談にもならない。

 

 そう、思っていたのに。

 

 竜崎に白い靴下を注意された3ヶ月後、宇生田さんが死んだ。キラに挑んだ結果の殉職だった。
 さくらTVから押収したキラのテープの検証や調査で目が回るほど忙しかったけど、宇生田さんのお通夜と葬儀にはきちんといきましょう、と竜崎は言っていた。
 僕はちらっと時計を見た。
 お通夜に出発するまでまだ少し時間がある。今のうちに近くのコンビニでも行って黒い靴下を買ってこようか…と考えていると、そんな僕の考えを見透かしたような竜崎の声がした。

「松田さん。黒い靴下は用意してありますか」
「あ…えーと…それが、まだ………」
「以前、私が注意してから3ヶ月くらいたつと思います。靴下を買いに行く時間もないほど忙しかったとは思えませんが」
「すいません。………」

 そう言った途端、僕の意志とは関係なく涙が溢れた。
 どうして自分が泣いているのか分からないまま、僕はただすいませんと繰り返した。
 そんな僕を見て、竜崎は困ったような不思議そうな、とても複雑な顔になった。

「…何故、靴下を買わなかったのですか。理由があるなら聞かせて下さい」
「僕…怖かったんです。白い靴下しか履いたことない僕が、葬儀のために黒い靴下を買ったら、誰かが死んでしまうような気がして…」
「………」

 僕がみっともなく泣いている間、竜崎は黙って何かを考えているみたいだった。
 そして、僕の涙と鼻水が止まるのを見てゆっくりとこういうのはどうでしょう、と言った。

「とっておきの黒い靴下を、特別な日のために、普段用とは別に買っておくというのは」
「特別な日?」
「そうです。キラを捕まえた日のために特別な一足を用意しておくのです。そうすれば、黒い靴下が『非日常』ではなくなるでしょう?」

 竜崎の言葉をきちんと理解できたわけではなかったけど、僕は何となく彼が言わんとすることが分かった。
 特別な日用の黒い靴下があれば、普段の黒い靴下に『特別なこと=誰かの殉職』のイメージはついてこない。きっと、そういうことなんだ。
 竜崎の提案をすぐに受け入れた僕は、すぐにホテルの中にある高級ブランドの紳士服店で、黒い靴下を2足買った。一足はキラを捕まえた日のために。もう一 足は、仲間の誰かが殉職した時のために。命を懸けてキラに挑んだ仲間の葬儀に、3足1000円の靴下で参列するのは失礼だと思ったから。
 …仲間用の靴下を履くのはこれが最初で最後であればいいのに。
 そう、思いながら僕は宇生田さんの葬儀に向かった。

 

 

 …あれから4年。3回目の竜崎とワタリの命日がやってきた。
 僕は、仲間用の靴下を履いて、小さな花束とケーキを持って、かつて捜査本部が置かれていた竜崎のビルに向かっていた。
 中には入れないから、建物の裏の目立たない場所に花束とケーキを御供えした。
 あの時、竜崎に勧められて買った黒い靴下の片方は、発信機付きのベルトと一緒に今も大切にしまってある。
 …キラを捕まえたら。
 僕はすぐに、あの靴下を履いて、ベルトのバックルを押すだろう。きっと天国にだって繋がるはずだ。そして僕は竜崎に報告するんだ。竜崎、あなたの仇は討ちましたよって。
 両親よりも、友達よりも、もし恋人がいたとしても、誰よりも先に、真っ先にあなたにキラ逮捕を報告するんだ。
 そうしたらあなたは、『松田さん、お手柄です』と誉めてくれるだろうか。
 僕は手を合わせて祈った。
 どうか、一日でも早くそんな日が来ますように。


END


 
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