| 一週間後。 あの男との約束の日だ。急ぎ足で帰ろうとした秋乃は、運悪く通用口を出たところで上司に捕まってしまった。 「秋乃君、これから食事でも一緒にどう?一回くらい付き合ってくれてもいいだろう」 「今日は友達と約束があるので…」 「良く聞くセリフだけど、本当かな?何時から誰と約束してるの?」 「それは…」 「秋野さん!!」 突然の大声に二人は驚いて声のした方に顔を向けた。上司は眉を潜めたが、秋乃は思わず微笑んでいた。 あの男だ。 「すいません、約束してたのに遅れて」 「いいえ」 「秋乃君…こちらが、そのお友達?」 「そうです」 「竜崎、と言います。別に覚えて下さらなくてもいいですよ」 彼の名前は、と訪ねようとしていた上司が不愉快そのものと言う顔で黙り込んだ。竜崎と名乗った男を見ると、彼は黒い瞳をくるりと回して秋乃を見た。 こいつに絡まれて困っていたんでしょう? いたずらっぽく光る瞳がそう言っている。上司は散々うさん臭げに竜崎を見てから秋乃に視線を戻した。 「…まぁ先約があるのなら仕方がない。また明日でも…」 「あの…」 「いいかげんにしたらどうですか。彼女が嫌がってるのが分からないんですか?」 「何?」 「どれだけ自分に自信があるのか知りませんが、あなたは御自分で思っているほど魅力的ではないですよ。あなたがしつこく誘うせいで秋野さんはパティシエをやめようかと思う所まで悩んでいるのに、それが分からないんですか」 「秋乃君…彼の言ってることは、本当か?」 竜崎にズケズケと言われて蒼白になった山上司は、厳しい顔つきで秋乃を見た。竜崎は不愉快そうな顔で彼を睨んでいる。秋乃はどうフォローするべきかオロオロしていた。 「それは…」 「どうしてそういうことを聞くんです。立場からして彼女が『はいそうです』と言えるわけがないでしょう。嘘で違いますと言ってほしいんですか、あなたは」 「………良く分かった、秋乃君。君には素晴らしい才能があると信じてお節介かもしれないと思いつつ世話を焼いてきたが、それが迷惑だったとはね。良く覚えておこう」 「あの…」 「言い訳は見苦しいですよ。どうせつくならもっとましな嘘をついたらどうです」 「貴様…!」 上司が竜崎につかみかかった瞬間、彼の身体は宙を一回転して地面に叩き付けられていた。細い身体のどこにそんな力があるのかと思うほど鮮やかだった。 竜崎はうめき声をあげる上司に冷ややかな目を向けると、行きましょう、と秋乃に声をかけた。 …竜崎はセルフ式の喫茶店に秋乃を連れてきた。彼女の意向は全く聞かずに、だ。後ろで複雑な表情で黙り込んでいる彼女には全く気付かない様子で注文をしている。 「アイスコーヒーとショコラケーキ。…秋野さんは何にします?あ、誘ったのは私の方ですからちゃんと奢りますよ」 「………。じゃあ、アイスティー」 代金を支払うと、竜崎は『上で待ってますよ』と言って商品が出てくるのも待たずに2階席に行ってしまった。つまり、誘われた女性の秋乃に持ってこいと言うことらしい。 (…何よ。何なのよ) 幸か不幸か人並み以上の容姿に恵まれた秋乃は、たいてい男性からは優しく扱われて人生を過ごして来た。その好意や優しさを当たり前のものだとは決して 思ってはいないけれど、この扱いにはかなり不満を感じた。出された飲み物とケーキを受け取って、秋乃は膨れっ面で階段を登る。 ガラガラの2階に上がると、奥の席で竜崎が片手を上げた。ソファの上で両足を抱えるという独特の…お世辞にもお行儀がいいとは言えない座り方で。トレイを持ったまま秋乃が不機嫌な顔で立っているのも気にしない様子で彼はしゃべり始めた。 「それにしても失礼な男でしたね。確かに人並み以上の容姿ですが、自信を持ち過ぎです。上司と言う立場を利用すればどんな女性も落とせると思っているあたりが特に…」 ガチャン!! 秋乃がわざと音を立ててトレイをテーブルに置くと、彼はもともと開きっぱなしに見える目を更に丸くして彼女を見上げた。何故彼女が不機嫌なのか全く理解していない表情が余計に神経を逆なでして、秋乃はイライラと口を開いた。 「失礼失礼っておっしゃいますけど、あなたはどうなんですか」 「…私?」 「私の上司に初対面なのに私が職場の人間関係で悩んでることとか転職を考えていることを言って、投げ飛ばして、私の意見も聞かずにお店を決めて、女性の私に物を運ばせて、そんな座り方をして。私から見れば十分あなたも失礼だと思いますけど!」 「…………そうですね、すいません」 秋乃の剣幕に唖然としていた竜崎は、小さな声で謝ってモゾモゾと足を降ろした。トレイからアイスティーを降ろして、ストローをさし、ガムシロップの蓋を取って横に置いた。それでも椅子に座らない秋乃をそーっと見上げて、さっきより小さな声でもう一度謝った。 「……すいません」 「………………」 まるで私の方が悪いみたいじゃない。 叱られた子犬のような目で見上げてくる竜崎を見て秋乃は思った。 それが癖なのか親指を唇に押し当てた竜崎の目が『まだ許してもらえませんか?』と言っている。 秋乃は握りしめていた拳をゆっくりとほどいた。 …何、八つ当たりしてるんだろう。 上司をきっぱりと撥ね付けもせず、誰かが何かをしてくれることを期待して、ただズルズルと今の会社で働くだけで転職活動を真面目にするわけでもなく。ふんぎりのつかない自分に対するイライラをこの人にぶつけてるだけだ。 理不尽な怒りが引いた後には、やるせない気持ちが残った。 急に怒りを引っ込めて力なく椅子に腰を降ろした秋乃の顔を、同じ高さに来た竜崎の目が心配そうに覗き込んでいる。 「どうかされましたか?」 「…八つ当たりしてすいません…ちょっとストレスがたまってイライラしていたもので…」 「よろしければ、話して頂けますか?私が力になれるかどうかは分かりませんが」 「………」 竜崎の目は優しくて、嘘ではなく心配してくれるのが分かったから、秋乃はポツポツと事情を話し始めた。 子供の頃から菓子職人になるのが夢だったこと。上京して都内屈指の今の職場に就職できて嬉しかったこと。1年前に栄転と言っていい形でデパ地下に異動し てきたこと。上司の誘いが煩わしくてたまらず転職を考えたこと。それでも転職の難しさを考えるとなかなか踏み切ることが出来ず、ずるずると今の職場にいた こと…。 そこまで話した時、それまで黙っていた竜崎が不思議そうに口を挟んだ。 「なぜ転職が難しいんです?あなたほどの実力があれば引く手あまただと思いますが…」 「有名店ではなかなか求人がありませんし…今の会社もかなりの大手ですから何故辞めたのか不思議に思われるでしょう。人間関係が退職の理由と言うのはいい 印象をもたれませんし…面接を受けた会社から私について問い合わせがあった時、あの上司が私のことを良く言うとは思えないですから…」 「なるほど」 「だから、もう都内での仕事にはこだわらなくてもいいかなと思ってるんです。実家に戻ってもいいし、いっそパティシエとは関係の無い仕事についてもいいんじゃないかと…私の作ったお菓子を誰かに食べてもらうのは、パティシエの仕事をしてなくてもできることですから」 話しているうちに段々気持ちが落ち着いてきて、自然に笑うことができた。 「一流店という肩書きにこだわりすぎていたんでしょうね。竜崎さんのおかげで吹っ切れた気がします。両親ともよく相談してから、辞表を出したいと思います」 「そう…ですか」 「ところで、竜崎さんのお話って?」 「んー…」 竜崎は少し口籠り、ケーキを一口飲み込んでから秋乃を見つめた。 「秋野さんは、自分のお店を持ちたいと思ったことがありますか?」 「それはもちろん。いつかお店を開くのが子供の頃からの夢でしたし。…でも、今の私には実力も人脈もお金もないから夢のまた夢ですけど…パティシエを続けるかどうかも分かりませんし」 「…ちょっと話が飛びますが、今日はあなたにプレゼントを持ってきたんです。気に入って頂けたら受け取ってもらおうと思っているのですが…」 竜崎はポケットからリボンのかかった小さな箱を取り出して、秋乃に差し出した。掌に乗るほどの小さな箱だ。きょとんとする彼女にどうぞ開けて下さい、と促した。 怪訝に思いながら箱を開けると、中には銀色の鍵が入っていた。秋乃が住んでいるアパートの鍵と同じくらいの大きさ。 「この鍵は…?」 「1週間前あなたに渡した封筒はまだお持ちですか?」 「ええ、ここに…」 ハンドバッグに入っていた不動産屋の広告をテーブルに広げた秋乃の手がピクリと震えた。 まさか。 『おしゃれなカフェかお菓子屋さんにお勧めの店舗物件』 銀色の鍵。 店を持ちたいかと言う竜崎の言葉。 まさか、まさか…。 秋乃は震える声を押し出した。 「この鍵は…」 「秋野さんは御自分では気付いていないかもしれませんが、すばらしいパティシエの才能をお持ちです。多分私が出会った中で最高でしょう。その才能を職場の人間関係という理由で埋もれさせるのは残念でなりません」 「…………」 「今の職場を辞めたら、例えパティシエとして働くとしても都内ではないのでしょう?私は日本に滞在する間は基本的に都内にいなければなりませんので、あなたが都内からいなくなるのは非常に困ります」 「…………」 「あなたのケーキを毎日でも食べたい、これは私のわがままです。ですから、もしあなたが都内でケーキを作り続けて下さるなら、できる限りお手伝いをしたいと思っています」 竜崎の言葉を聞きながら、秋乃はこれは夢じゃないかと思っていた。 「よろしければ、今から一緒にプレゼントを見に行きませんか?」 鍵を握りしめた秋乃の手は、細かく震えていた。 …私、何をしてるんだろう。 豪華なリムジンの後部座席にぎこちなく腰を降ろして、秋乃は思った。 同僚でも友人でも、まして恋人でもない男の車に乗って、行き先の分からない夜の道を走ってる。自分から犯罪に足を踏み入れているようなものだ。 実家の母が知ったら卒倒するかもしれない…と思うと、思わず笑みが漏れた。秋乃の隣で相変わらず足を抱えて座っていた竜崎が顔を上げた。 「どうかしましたか?」 「あ…今の状況を実家の母が聞いたら目を回すかもしれないな、と思ったらおかしくて。私、昔から夜遊びするタイプじゃなかったから」 「正直、私も意外でした」 「え?」 「あなたがこうして一緒に来て下さるとは思っていませんでした。あなたにとって私は店の常連でしかないわけですから、『今日はもう遅いから後日改めて』と か『場所を調べて一人で見に行きます』とか言われて断られるだろうと思ってました。…あなたは、私のことを何も聞かないんですね」 竜崎はあのパカッと開いた目を向けた。初めて見た時はかなりびっくりしたけれど、いまなら目を逸らさずに見つめ返すことができた。 「不安じゃないんですか?」 「ない…です。自分でも不思議なんですけど」 「私の職業とか気になりませんか」 「多少は。でも、私から詮索するのは失礼かなと思って。聞いても答えてくれそうにないですし」 秋乃の返事に竜崎は目を更に丸くし、そして笑った。とても嬉しそうに。 「確かにそうかもしれません」 「やっぱり」 「でも職業だけは教えておきましょうか。…私の職業は、正義の味方です」 「正義の味方」 「そうです」 「はぁ…」 多分警察関係の仕事なんだろう、と秋乃は解釈した。『日本に滞在している間は…』というセリフからすると、FBIとかCIAとかそういう類いの職業かもしれない。どっちにしてもそれ以上つっこんで聞くのは嫌がられるだろう。 秋乃がそんなことを考えている間に車はスピードを落とし、少しだけ大通りを抜けた小道に立つ店の駐車場に停まった。 運転手がドアを開けてくれるのも待ちきれずに秋乃は車を降りた。夜でも街灯のおかげで十分明るいその場所に、おしゃれなカフェかお菓子屋さんに…という売り文句がふさわしい建物があった。 「表のドアはまだ開けられないので、裏から入りましょう」 「はい!」 竜崎に続いて店の裏手に回り、鍵穴にさっき貰った銀色の鍵を差し込んだ。 カチリ、と音がしてドアが開き、秋乃は息を詰めるようにして中に入った。 外見のイメージから想像していたよりも中は広かった。厨房は十分な広さがあり、売り場を挟んだスペースにはイートイン用の椅子とテーブルも置けそうだ。内装のセンスも文句のつけようがない。特に、店の中からガラス張りの扉を通して見る夜の町は幻想的な美しさだった。 秋乃はただため息をついて店の中を歩き回った。胸がドキドキして、心臓の鼓動が自分の耳で聞こえるような気がした。そんな彼女を黙って見ていた竜崎がやっと口を開いた。 「気に入って頂けたようですね」 「はい!」 「それはよかった。では、秋乃さんの都合がいい時にまた会って、詳しい打ち合わせをしましょう」 「……あのう…一つお尋ねしたいことがあるんですけど…」 「はい?」 話を切り出したものの、何と言えばいいのか決めあぐねて秋乃は口籠った。しばらく迷った後、ストレートに聞くことにした。 「単刀直入にお伺いします。私、いくらお金を出せばいいんでしょうか。貯金もあんまりないから、分割でお支払いすることになると思うんですけど」 「いりませんよ。この店の代金も、設備の費用も、維持費とかあなたや従業員の給料も全部私が負担します。そうでないとプレゼントの意味がないでしょう?」 「…………」 さらっと言われて秋乃は目を丸くした。竜崎がどんな大金持ちの御子息かは分からないが、都心の一等地の店の購入代金に維持費、人件費などを入れたら普通の人間が一生かけて稼ぐのよりも高いお金がかかるのではないだろうか。 秋乃が唖然としているのを見て、竜崎はいたずらっぽく笑った。 「ただし、条件がありますが」 「ど、どんな?」 「私のわがままを聞いてほしいのです」 「ですから、どんな?」 「あ、別に私の愛人になれとかそういうのじゃありませんから御安心を」 「ですから!!」 秋乃の反応がよほど面白いのか、竜崎はたっぷりともったいを付けてから口を開いた。 「まず一つ目。お店はなるべく夜遅くまで営業して下さい。閉店は早くても12時、できれば夜中の3時まで」 「夜中まで…ですか」 「そうです。そして二つ目。私限定で、ケーキを届けてほしいのです」 「竜崎さん限定でケーキのデリバリー…ですか」 「そうです。それから3つ目。パティシエとして腕を磨く努力を怠らないで下さい。努力をしなくなったと私が判断したら、その時点で資金援助は打ち切ります」 「…はい」 「それから雑誌やTVの取材には応じないで下さい。余計な客が殺到すると色々な意味で質が落ちかねません」 「分かりました」 「それと……これは、あなたがよければ、でいいのですが…」 「何ですか?」 「私は常に日本にいるとは限りません。外国に長く滞在することもあります。その時はあなたも一緒に付いてきてほしいのです」 「わかりました。できる限り付いていきます」 「ありがとう」 竜崎がにこりと微笑んだ。秋乃も微笑み返し、前々から言おうと思っていた言葉を口にした。 「そう言えば私、竜崎さんにフルネームを名乗っていませんでしたね」 「ああ、そう言えばそうですね」 彼は大して気にかけていないようだったが、秋乃はわざとゆっくりと自分の名前を名乗った。いたずらっぽく微笑みながら。 「私、たつがみ、あきの…っていいます」 「………。タツガミ、アキノ…??」 「はい、龍神秋乃です。友達とか先輩から『音だけ聞くとどっちが名字か分からない、お前は島崎藤村か!』ってよく笑われるんですよね。私は凄く気に入っているんですけど」 「…………」 今までずっと(知らなかったとは言え)ファーストネームで呼んでいた事に気付いた竜崎が顔を赤くした。その反応に秋乃はにっこりと微笑んだ。 「これからも秋乃って呼んで下さい。その方が好きだから」 そこまで話して秋乃は紅茶のカップに口を付けた。かなり長い話になってしまったので、すっかり喉が乾いてしまっていた。 「お店を開いたばかりのころは毎日が夢みたいでしたけど、最近はやっと実感が湧いてきました。毎日が充実して本当に楽しいです」 「確かにいい表情をしていますよ。輝いてます」 松田が秋乃を熱い眼差しで見つめながら言うと、彼女はありがとうございます、と柔らかく微笑んだ。 …秋乃と刑事達の話が一段落したのを見ると、それまで黙ってケーキを口に運んでいた竜崎が口を開いた。 「秋乃さん…今すぐでなくてもいいのですが…お店の名義をあなたに変更しておきたいので、手続きの準備をしておいてもらえますか?」 「え?竜崎さん名義だと何か不都合があるんですか?」 「ちょっと、命の危険があることに関わっているもので。私の身に突然何かがあったら、あなたが私名義の店で働くのは色々と面倒になってしまいますから」 「…お断りします」 彼女の意外な返事に、竜崎だけでなく刑事達も目を丸くした。秋乃は竜崎を見つめて穏やかに微笑んだ。 「だって約束したでしょう?竜崎さんの行くところには私も付いていくって」 「それはそうですが…」 「竜崎さんがいない世界でお菓子を作っていても生き甲斐を感じられませんから…ですから、竜崎さんがこの世でない世界に行くのなら、私も付いていきます。いえ、連れていって下さい」 「………」 「行き先が分かったら教えて下さいね。商売道具一式持って追いかけますから」 「…………はい」 かすかな声で竜崎が答えた時、秋乃のポケットで携帯が鳴り出した。どうやら店からだったらしい、秋乃は話を終えると慌ただしく立ち上がった。 「お店から呼ばれたのでそろそろ戻りますね。また御注文お待ちしています」 「分かりました」 「お疲れ様」 「またお願いしますね」 秋乃が出ていくと、部屋の中にはケーキの甘い香りだけが残った。 ぼんやりと紅茶に口を付けていた竜崎は、刑事達がなんとも言えない目で自分を見つめていることにやっと気が付いた。 最初に口を開いたのはやはり松田だった。 「竜崎、ずるいです」 「な…何がですか?」 「彼女は恋人じゃないとか言っていた癖に…何なんですか」 「何って…」 「いいですねぇ、『あなたのためならあの世にでもついていきます』ですかぁ」 「それは本気じゃないでしょう」 「あんな女性にそんなこと言われたら死んでもいいですね、ねぇ竜崎?」 「どうして同意を求めるんですか!」 「ま。若いと言うのはいいことですな」 「……………」 竜崎が黙り込むと、刑事達もとりあえず黙って紅茶を飲み始めた。…松田だけはまだブツブツ言っていたが。 …さっきの秋乃の笑顔と、優しい言葉を思い出す。 竜崎さんがこの世でない世界に行くのなら、私も付いていきます…。 (あんなことを言われたのは、初めてだ) 彼女の言葉を反芻すると、じんわりと胸や喉の奥が熱くなるような感じがした。それはとても懐かしいような、初めてのような、しかし決して不快ではない感覚。 (死ぬわけにはいかないな…彼女のためにも) 竜崎は心から思った。 これは恋心ではない。天才的な腕のパティシエを失いたくないだけ、素晴らしい友人を失いたくないと言う思いなんだ。だから絶対に恋じゃないと…言い訳がましく自分自身に言い聞かせながら。 |
| デスノ部屋 |
総合目次 |