| ホテルに戻って捜査本部になっている部屋のドアを開けた途端。 「竜崎!」 バタバタという足音と共に松田が駆け寄って来た。一体何があったのか、と怪訝に思う私の肩に両手を置いてとても嬉しそうに笑った。 「どうしたんです、松田さん?何かあったんですか?ずいぶん嬉しそうですが」 「何もなかったからですよ!」 「?」 「竜崎が何ごともなく無事に帰って来たから嬉しいんですよ!」 「……………」 なんて馬鹿でお人好しな男だろう。 私は呆れたふりをしようとしたがあまりうまく行かず、ありがとうございます、と口の中で呟いた。 松田は私の先に立ってメインルームに戻りながらニコニコと振り返った。 「いやー祈った甲斐がありましたよー。イスラムの神様って信者でない人間にも優しいんですね!」 …本当に祈ったのか。 絶句する私に気付く様子もなく、松田は嬉しそうに応接間に戻っていった。 …夜神が本部の部屋を辞するのを見て私は内心ほっとしていた。夜神局長を通して口止めしておいたおかげで私が今日大学をサボったことは秋乃さんにはばれずに済みそうだった。 まぁお見送りくらいしてやるか、と入り口に向かうと、秋乃さんが夜神にお土産のパイとケーキを渡しているところだった。 「月さん、どうぞまたいらして下さい。大学のお話とか聞かせて下さいね」 「ええ、竜崎と一緒に教授に怒られて授業を追い出された話でよければ、いくらでも」 「月君!」 夜神の言葉に私はぎょっとした。うまく話が進んでいたのにどうして最後に余計なことを! 私の焦る様子がおかしいのか、夜神は爽やかに笑って手を振った。 「あはは。じゃあね、竜崎。また大学でね」 秋乃さんは夜神の背中に笑顔で手を振り返していたが、私は内心穏やかではなかった。 夜神の姿が廊下の向こうに消えると、秋乃さんは笑顔を消して私を見上げた。長い睫毛に縁取られた青い瞳が今は怖い。 「竜崎さん」 「…はい」 「ちゃんと大学行くって昨日約束してくれましたよね」 「しました…ね」 「ちゃんと授業は受けたんですか。まさかとは思いますがいきなりおしゃべりで追い出されてそのままここに帰って来たんじゃないでしょうね?」 「…………」 「竜崎さん!!」 「秋乃さん、そんな怖い顔をしたらせっかくの美人が台無しですよ」 「そんなこと言っても何も出ません!」 「…お説教も出ませんか」 私の言葉に秋乃さんは『しまった』という顔になって唇を尖らせた。とりあえずお説教の危機が去ったので私はほっとした。年下であろう女性…しかも私の下で働く人間のお説教をここまで怖がるのも我ながらどうかと思わないでもなかったが。 秋乃さんは拳で軽く私の胸を叩いた。 「竜崎さん、ずるいです」 「すいません」 「なんで帰って来ちゃったんですか」 「月君に捕まって秋乃さんのことを根掘り葉掘り聞かれるのが嫌だったんですよ」 「それって、私に『フルネームを名乗るな』って言ったことと関係があるんですか?」 「はい」 「…竜崎さんは何か大変なことに関わっているんですね」 「正義の味方は大変ですよ」 正直に答えると秋乃さんは今度は心配そうな顔で目を伏せた。 秋乃さんはきっと気付いているのだろう。私がLであることも、ここがキラ事件の捜査本部になっていることも。何もかも分かっていて、気付かない振りをしてくれている。 だから、私は生きてキラに勝たなくてはいけない。それが何も話さない私の責任。 私は両手で秋乃さんの頬を包んで顔をあげさせ、しっかりと目を合わせた。微笑んで力強く宣言する。 「大丈夫です。正義は必ず勝ちます」 「…はい」 秋乃さんは半分泣きそうな顔で微笑んで、私に小指を差し出した。 「じゃあ約束して下さい」 「約束します。正義は必ず勝ちます」 私は秋乃さんの小指に指を絡めて指切りした。 私を縛る鎖は2本になったが、不思議とそれは不快なものではなかった。 |
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