| 無機質な廊下にドスドスと足音が響く。 怒りのオーラを纏い床に喧嘩を売る勢いで歩いているのは、金色の目と褐色の肌、長い赤毛を結い上げた女…砂漠の使徒三幹部の一人サソリーナである。 「ったくもー、ムシャクシャするわねぇん!プリキュア達をぶっ飛ばしてスカッとしようと思ってたのに!あーもー、元はと言えばあの超ヘビー級ナルシストのせいよぉん!ああー、ムカつくムカつくムカつくわぁん!!」 ダンダン!! 地団太で床を踏み割ったサソリーナが憤然と歩き去る姿を廊下の陰から見ていたスナッキー達が困惑顔を見合わせた。 フリーダムにもほどがある三幹部がつまらないことで諍いを起こすのは日常茶飯事だが、彼らの八つ当たりに振り回されたりする方はたまったものではない。 サソリーナが踏み壊した床の修理をするのはスナッキー達だし、八つ当たりに巻き込まれて人間(?)大砲にされるのもいい迷惑だ。 スナッキー達は円陣を組んでゴニョゴニョと相談すると、そもそもの原因を作った人物の元に向かった。 「ううーん、角度がイマイチだなぁ。やはり花束はこう持つべきかな?それともこうかな…いや、どうもピンと来ないなぁ」 花束を手に姿見の前でポーズを取っていたコブラージャは流麗な眉を潜めた。自分に似合う花束を手に入れたので早速ブロマイドを撮影しようと思ったのだが、なかなか『これは!』というポーズが決まらない。 ああでもないこうでもないと悩んでいるところにスナッキー達がやってきた。コブラージャは毒牙のような白い歯をキラリと光らせて前髪を払いつつ両手を広げた。 「スナッキー、ちょうどいいところに来たね。この花束を持ってブロマイドを撮影したいんだけど、僕の美しさを引き出す良いポーズが決まらないんだよねぇ。ちょっと君達の意見を聞かせてよ」 「キキッ!(コブラージャ様は花束などなくても十分お美しいです!)」 「ん?そう?」 「キーキー!(むしろ余計なものを画面に入れない方が素敵です!)」 「そっかぁ、確かに僕は僕だけで十分に美しいからねぇ…フフフ…画面にわざわざ余計なものを入れる必要はないかなぁ」 スナッキーのおべんちゃらにすっかり気を良くしたコブラージャは前髪をサラァッと払って手にした花束を見遣った。 「それにもっと早く気付いていれば、この花束はサソリーナにあげたのになぁ。彼女、ちょっとこれを欲しがってたみたいだしね?」 「!!(チャンス!)キー…(実は、サソリーナ様のことで相談が…お美しいコブラージャ様にしか解決できないと思うので)」 「ふふーん、美しいこの僕に解決できないことなどないよ。で、何?」 「キー、キキッ(コブラージャ様に花束を貰えると思っていたのに貰えなくて、臍を曲げたサソリーナ様はプリキュアを倒しに行ったのですが返り討ちに遭ってしまって、それでますます腹を立てていて)」 「キッキッ(ドス黒いオーラをばら撒いて、怒りに任せて廊下も踏み壊しているのです)」 こーんな顔で、とスナッキーは眉間(?)に皺を寄せて地団太を踏んで見せた。 「キキ、キキッ(サバーク博士に招集を受けた時にあのドス黒いオーラを受けたら、コブラージャ様の美しさに悪影響が出てしまいます)」 「キーッ(サソリーナ様が壊した廊下の段差に躓いて、コブラージャ様が転んで美しい顔に傷がついたりしたら大変です!)」 「ふむ、それは確かに大変だ。これ以上廊下を壊されても困るし、サソリーナには早急に機嫌を直してもらわないといけないなぁ。…かと言って、今更この花束をあげると言っても余計に怒りそうだな」 爪の先まで完璧に手入れした指を顎に当てて、コブラージャは青い目をくるりと回した。 「…よし。じゃあ何か甘いものでも差し入れてあげよう。女の子は甘いものが好きだからね。と言うわけで、ちょっと出かけてくるから留守は任せたよ。アデュー☆」 思い立ったら即実行。 頭の中身だけでなくフットワークも軽い上司でよかった、と思いながらスナッキー達は敬礼してコブラージャを見送った。 リビングのソファに腰掛けたサソリーナは苛々と爪を噛みながら乱暴に雑誌をめくった。募りに募ったムシャクシャをスイーツバイキングのヤケ食いで発散す ると決めたので、いい店を探すことにしたのだ。ここでハズレの店を引いたら更にムシャクシャが溜まるので店選びで失敗は赦されない。雑誌にガンを飛 ばしながら真剣に店を選んでいると、視界の隅に青い影が映った。 バタン! サソリーナは乱暴に雑誌を閉じた。 このままここで雑誌を見ていたら、この超ド級ナルシストが横から余計な茶々を入れて来るに違いない。『そんなに甘いものを食べたらただでさえ美しくない体のラインが更に美しくなくなるよ』とか何とか。これ以上無駄なストレスを溜めるなんて真っ平御免 よ、と立ち上がった時、コブラージャがひょいと目の前に立った。無視して横を通り過ぎようとした途端にサッと前に回りこまれた。 「アンタねぇ、今度は何よ!?」 「…………」 ブチ切れたサソリーナにコブラージャはにっこりと笑って、小さな箱が入った紙袋を差し出した。 …サソリーナは紙袋を一瞥してから思いっきり溜息をついて見せた。 「あーはいはい、『美しいボク』を引き立てるアイテムね。そんなに見せびらかしたいならスナッキーかクモジャキー相手にやりなさいよ」 「これを君にあげよう」 「ったく、アンタも飽きずによくやるわ…って、へ?」 サソリーナは思いっきり眉間に皺を寄せて両の耳をかっぽじった。ついでに耳に手を当てて空色の髪から覗く青い目を覗き込んでやる。 「今、何て言った?『君にあげる』って聞こえたような気がしたんだけど」 「ああ、言ったよ」 「…………。何か悪いものでも食べた?それとも熱でもあるの?」 「失敬だねぇ」 毒蛇の名を持つ優男は大袈裟に肩を竦めてからしなやかな指を自身の額に当てた。自己陶酔甚だしいドヤ顔でポーズを決めて口を開く。 「プリキュアと一戦交えて疲れている同僚に甘いものを差し入れする気の利く僕…フフ、実に美しいじゃないか」 「なぁによ、結局はアンタの自己満足なのね。…まぁいいわ、受け取ってあげるわよぉん」 甘いもの、という単語に抗いがたい魅力を感じたサソリーナは紙袋を受け取ってソファに座りなおした。これで中身がビックリ箱だったら私の毒針で突き刺してやるんだから、と思いながら箱を取り出して慎重に蓋を開けた。 …苺のショートケーキとナッツを散らしたチョコケーキがひとつずつ入っている。本当に本当に普通の差し入れらしい。 「今日のアンタは不気味なほど気が利くわねぇん。天変地異の前触れかしら…。ま、いいわ。私が貰ったんだから、私が先に好きな方を選んでいいのよね?」 「両方食べていいよ。ひとつだけじゃ逆にもっと食べたくなってスイーツバイキングでヤケ食いしてしまうだろう?これ以上君が美しくなくなるのは僕としても困るからね」 「…あ、そ。じゃ、お茶なら飲むでしょ?美容に効果があるって触れ込みのお茶を貰ったからアンタにも出してあげるわぁん」 返事も待たずにサソリーナが立ち上がったので、コブラージャは彼女のお言葉に甘えることにした。女性の好意を無碍にするのは美しくない、という彼なりのスタンスである。 「あぁ〜美味しいわぁ〜やっぱり一仕事した後の甘いものは格別の味ねぇ〜。プリキュアなんてどうでも良く思えてくるわぁ〜」 「どうでもよくはないだろ」 「分かってるわよ、次こそコテンパンにしてやるわ!そのためのエネルギーチャージよぉん。あはぁん、それにしても本当に美味しいわねぇん。ケーキなんていつぶりかしらぁ…うふふっ」 「…………」 コブラージャは甘い香りを漂わせるハーブティーを優雅な仕草で口に含んだ。テーブルを挟んで向かい合って座っているので、頬を染めて嬉しそうにケーキを 頬張るサソリーナが自然に彼の視界に入る。彼女は元々喜怒哀楽を正直すぎるほど表に出すタイプだが、こんなに嬉しそうにする姿を見るのは随分久しぶり…い や、初めてではないだろうか。 (たかがケーキの一つや二つでこんなに喜ぶとはねぇ…こんなに喜ぶならまた甘いものを差し入れてあげてもいいかな) ちらりと頭に浮かんだ考えにコブラージャは少なからず驚いて、自身の唇が柔らかく綻んでいたことに気付いて更に驚いて、喜ぶサソリーナを見ているのが悪い気分でないことにも気付いて三度驚いた。 …悪い気分じゃ、ない。 髪型が完璧に決まった時の満足感とも、会心のブロマイドが撮影できた時の達成感とも違う、柔らかく優しい感情が胸を満たしているのを感じる。 「…………?」 戸惑うコブラージャは無意識に自身の胸に手を当ててサソリーナを見遣った。 ホクホク顔で二つ目のケーキに取り掛かろうとしたサソリーナは、彼の視線に気付いてきょとんと首を傾げた。 「なぁに?私が食べてるのを見て、やっぱり食べたくなったのぉん?」 「…………。美しくない」 「は?」 「少しも、ちっとも、これっぽっちも、美しくない。うん、何度確認してもやっぱり間違いない。君がケーキを貪り食う姿は決して美しくなんてない」 「貪り食うって!失礼ねぇん!!」 「ああ、誤解しないでくれたまえ。僕は君をけなしているわけじゃないよ」 「はぁ?」 「美しくない、それは確かだ。なのに、何故…」 独り言のように呟いてコブラージャは考え込んでしまった。 言い返すタイミングを逃してしまったらしいサソリーナは、せめてもの抗議で唇を尖らせて見せてから二つ目のケーキにフォークを入れた。ケーキを口に入れた途端、仏頂面が幸せそうな笑顔に変わる。 コブラージャは思う。 やっぱり美しくなんてない。表情はだらしないし、口の周りにはクリームがついているし、食べる仕草もちっとも優雅じゃない。美しくないものなんて 最も嫌悪するもののはずなのに、何故、不快感を覚えないんだろう?美しくない君なんて見たくない、と席を立っていいはずなのに、何故、僕は彼女を眺 めているのだろう? そして、僕の中を満たしている感情の正体は何だろう? 未知の、それでいてひどく懐かしくて、あたたかくて、決して不快ではない、柔らかな感情。ココロの花は枯れ果てて心を失くしたはずの砂漠の使徒の胸に宿る、この想いの名は。 …君の名は。 |