| 広大な砂漠の中に聳え立つ三日月形の城――そこは、砂漠の使徒のアジトだ。 誰が、いつ、どうやって建造したのか…全てが謎に包まれたこの建物の設備は無駄に充実している。三幹部の要望に応じて、本格的な格闘技ができるリングや 温浴エステも出来る砂風呂、温泉が湧き出る大浴場まであるのだ。更に、大浴場の脱衣所にはマッサージチェアやフルーツ牛乳が入った冷蔵庫まで設置され ているという、人間界の大企業もビックリの徹底振りである。 「あっはぁ〜ん、いいお湯だったわぁ〜ん」 入入浴を終えた三幹部の一人サソリーナは、バスタオルを巻いたままの格好でキンキンに冷えたフルーツ牛乳を持って来て、マッサージチェアに体を預けた。フルーツ牛乳を飲みながら肩を揉みほぐしてグニャグニャになっていると、お風呂セット一式を持った コブラージャが脱衣所に入ってきた。 ちなみにアジトの大浴場は混浴であるが、それに疑問を感じる者は誰もいない。 バスタオル一枚でマッサージチェアに座っているサソリーナを意に介するそぶりは全く見せず、服を脱いだコブラージャは脱衣所の体重計に乗り、数字を一瞥 してから(特にリアクションがないところを見ると大きな変化はなかったのだろう)、体重計の隣の姿見で全身チェックを始めた。ちなみに彼は下着も身に付け ていない全裸であるが、サソリーナはノーリアクションでラックに入っていたファッション誌を読み始めた。 「あらぁん、黒住化粧品から新しい石鹸が出るらしいわよぉん」 「へぇ?」 「『社長も愛用!天然成分だけで作られた竹墨の石鹸!』ですって。色は真っ黒だけど、これで洗うとお肌がスベスベ真っ白になる…本当かしらぁん?」 「黒住化粧品の社長は美白で有名だからねぇ。信憑性はあるんじゃないかな」 「今月末まで直営店でサンプルを配るらしいわよ。ねぇコブラージャ、心の花を枯らすついでに貰ってこない?」 「OK。じゃあ、いつ行こうか?」 「そうねぇん…」 ガラガラガラッ。 バスタオル姿のサソリーナと全裸のコブラージャがナチュラルに会話しているところにクモジャキーが入ってきた。 相変わらず軟弱な会話をしちょるのう…と言いたげな顔でさっさと服を脱いで、腰にタオルを巻いて入浴グッズを入れた風呂桶を持って風呂場に向かったクモジャキーは、姿見の前でポーズを取っているコブラージャの後ろで立ち止まった。 何か?と言いたげな整った顔を一瞥して、視線を下に動かし、クモジャキーは『フッ…』と鼻で笑って風呂場に向かった。 途端。 「ちょっとクモジャキー。今の『フッ…』は何さ?」 あからさまに不機嫌そうなコブラージャの声にクモジャキーが振り返った。浴場の引き戸に伸ばしかけた手を腰に当ててニヤリと笑って見せる。 「別に、深い意味は無いぜよ。メイクじゃなんじゃと軟弱なことを言っちょる男は体も軟弱に出来ちょるのうと思っただけじゃき」 「それってどういう意味?ちょっと聞き捨てならないんだけど」 眉根を寄せたコブラージャがタオルを腰に巻いてつかつかとクモジャキーに詰め寄った。 …やいのやいのと言い合いを始めた野郎どもを生ぬるい目で見遣って、サソリーナは雑誌を眺める作業に戻ることにした。キャラもスタンスも性根も価値観も 方向性が違いすぎるクモジャキーとコブラージャが下らないことで諍いを起こすのはいつものことで、いちいち仲裁に入る気も起きない。 (くっだらないことで喧嘩するってことは、それだけ仲が良いってことよねぇん) そんなことを考えながらフルーツ牛乳を飲み干し、マッサージを終え、服を着替えて髪を乾かしながらサソリーナは同僚に目を向けた。 二人はまだ中学生レベルの口論を続けている。ニヤニヤ笑っているクモジャキーとムキになって言い返しているコブラージャという図を見るに、どうやらクモジャキーが優勢らしい。 サソリーナは浅く息を吐いた。 (コブラージャが本格的に臍を曲げて仕事放棄しちゃったら、その皺寄せは私達に来るのに…鳥頭のクモジャキーじゃ覚えてなくても仕方ないかしらぁん) ちょっとだけコブラージャの味方をして仲裁に入ろうかしら…とサソリーナが口を開きかけた時、コブラージャが大袈裟に両手を広げてフフンと鼻を鳴らした。 「全く失敬な。僕がベッドの中で本気を出したらこんなもんじゃないよ?」 「!!!」 …………。 仲裁する気力が一気に失せたサソリーナは大浴場を出ようとして、クモジャキーが半歩後ずさる勢いで怯んだのを見て首を傾げた。コブラージャの 台詞はこの手の話題が出た時のド定番かつお約束の発言なのに、傍目から見ても分かるほどクモジャキーは動揺している。その凄まじいうろたえっぷりにコブ ラージャも怪訝そうな顔になった。 「あれ?何、その反応」 「なっ、なっ、何が、なーにが、『ベッドの中で本気を出したら』じゃ。く…下らん。まぁーったくもって、下らん。し、破廉恥じゃ!軟弱さにも、げっ、限度と言うものがあるぜよ」 「…………」 口先は強がってはいるが、クモジャキーの目は泳いでいるし明後日の方を見ているし額には汗が浮かんでいる。 不意に真顔になったコブラージャは一歩クモジャキーに歩み寄って、ジーッと彼の顔を覗き込んだ。 「な…何ぜよ?」 「クモジャキー、君さぁ…。ベッドの中のことでトラウマとか、嫌な思い出とか、何かあるの?ひょっとして僕、地雷踏んじゃった?」 「んなぁっ!?そ、そ、そんなもんないぜよ!ないないない!お、男っちゅうもんは、そういう、ベッドの中で云々とか、浮ついたもんに関しては、その、アレじゃき!ほれ、アレじゃ、アレぜよ!!」 「…………。クモジャキー、ひょっとして、君…」 冷や汗を流しながら必死に視線をそらすクモジャキーを見ながらコブラージャはボソッと言った。 「『未経験』…とか?」 「…………」 「え、図星?図星なの?」 「…………」 赤くなって唇を引き結んでいるクモジャキーの姿に、コブラージャはニヘラと笑った。何せ顔立ち(だけ)は良いので、正に輝くようなイイ笑顔になっている。 「本当に?本当に未経験なの?見た目は結構イケてるのに?え、ちょ、マジで?マージでぇ?」 「…やかましい」 「もしかしてだけどぉ、もしかしてだけどぉ。キスもしたことないとか〜?」 「やかましい言うとるじゃろ!」 「うわ、キスもしたことないんだぁ〜。じゃあひょっとして、デートしたことも女の子の手を握ったこともないのかなぁ〜?」 「そ、そんなもん、修行の妨げになるだけじゃき!」 「うっわ、苦しい負け惜しみだねぇ。そんな言い訳が通じるのは小学生までだよぉ?」 プークスクス。 一気に形勢逆転したコブラージャが満面の笑顔でクモジャキーをおちょくっているのを見て、サソリーナは浅く嘆息した。一瞬とは言えコブラージャに味方して仲裁してやろうと思った自分が馬鹿だった。 男子のプライドを盛大に傷つけられたであろうクモジャキーには多少同情はするが、先に仕掛けたのは彼なのである意味自業自得である。せめてもの武士の情け(?)で、何も聞こえなかった振りをして脱衣所を出ようとした時、クモジャキーが泣きながら叫んだ。 「言い訳ではないわ!事実ぜよ!強さを求める漢には色恋なんぞ無用の長物なんじゃぁぁぁ!!」 「…………」 滂沱たる涙を流して、正に絵に描いたような車田泣き状態になっているクモジャキーの姿にコブラージャも顔から笑みを消した。 少しばかりやりすぎたと反省したのか、決まり悪そうな顔で視線を逸らして長い髪をかきあげた。 「分かった分かった、分かったよ。別に僕だって、ストイックがダメだと言ってるわけじゃないし、恋愛経験がないのを本気で馬鹿にしてるわけじゃないさ。全く…砂漠の使徒の大幹部クモジャキーがこの程度で泣いていては下に示しがつかないよ」 「泣いちょらん!俺は泣いちょらんぜよ!これは、これは、心の汗ぜよ!!」 「ああ、そうかい。ならそんな美しくない汗、さっさとお風呂で流してくれたまえ」 「言われんでも!!」 あーだこーだ言いながら二人一緒に風呂場に入っていくのを見て、サソリーナは柔らかく目元を和ませて脱衣所を出て行った。 …それからしばらく後。 あれからどうなったか気になったサソリーナが大浴場に戻って扉の隙間から様子を伺うと、クモジャキーとコブラージャがフルーツ牛乳を飲みながら『男とは』という壮大なテーマについて喧々囂々の討論をしていた。 サソリーナはクスリと笑ってそっと扉を閉めた。 (喧嘩するほど仲が良い、ってねぇん) 嗚呼、仲良きことは美しきかな。 |
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| Ωの最終回が色々と予想外すぎてショックだったのでカッとなって書きました。何か色々すいません(笑)。カッとなって書いた話ですが、別のSSのネタに使えたら良いなと思っています。 三幹部の結束は意外に固いし仲も良いんだけど、男性二人はあまりサソリーナを女性として意識はしてなさそうな印象があります。25話の合宿回でも普通に 三人一緒に同じテントで寝てましたし、お風呂が一緒でも何も思わないかなと。その辺の鈍感さと言うか無神経さは、彼らが人間ではない(デザトリアンの一種 である)からと言う理由も多分にあると思いますけど。サソリーナは女の子女の子してないし、クモジャキーもコブラージャも自分のやりたいことに夢中だし、 三人とも恋愛には興味がなくて互いを異性として意識なんて全くしてないけど、やっぱりクモコブコンビは男性でサソリーナは女性なんだよなぁと思うエピソー ドもあったりして、何が言いたいかと言うとハトプリ三幹部大好きです。今まで観賞した敵の三馬鹿の中で一番好きです。 それから話自体はギャグなのですが、クモジャキーはもてないわけでは決してないけど強くなること以外は眼中になくて恋愛とは無縁だったんだろうなとか、 コブラージャはあの外見だからもてただろうけど色恋(恋愛、ではないのがミソ)に関しては嫌な思い出もあるんじゃないかなとか、そんな裏設定みたいなもの を考えながら書いていました。 ちなみに『黒住化粧品』とは『ネウロ』でちょろっと出てきた会社です。社長は美白で、『明るい未来と暗い過去を作る』j会社だそうです(笑)。 |