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ひどく世界は静かだ。風もそよともそよがない。 ゆっくりと、そして迷わず一直線に山ノ中診療所に向かってくるデザートデビルを、愛用の竹刀を握って屋根に上った熊本は真っ直ぐに見据えていた。 …と。 ガタン、バタンと屋根裏部屋の窓が開く音がして熊本は振り返った。 「…………」 「よっ…と」 往診鞄を持った小早川が窓から屋根に出てきた。 さも当然のような顔をして隣に腰を降ろした優男に、熊本は多少の驚きをもって尋ねた。 「お前、何をしに来たんじゃ」 「決まっているじゃないか。君の援護だよ」 「リナは」 「水と食料を持って安全なところに隠れてろ、と言ってきた。…ところで君、どこから竹刀なんて持ってきたんだい?」 「病室の俺のロッカーに入ってたぜよ。そっちこそ、何を持ってきたんじゃ?」 「メスと薬品。ほら、デザートデビルの複数の頭のそれぞれに眼みたいなものがあるだろう?あそこめがけて投げつければ、奴を怯ませることくらいは出来るかなと思ってね」 「…お前、綺麗な顔してしれっと恐ろしいこと言うのう」 「顔は関係ないと思うけど」 「ああスマン、言葉の綾じゃ。気を悪くしたなら謝るぜよ」 クックッ、と笑って熊本は竹刀を地面に突き立てるように置いた。 妙に懐かしい感覚に胸が高鳴る。 「チャラチャラした軟弱者かと思っていたが、なかなかどうして肝の据わった奴だったわけか。前言撤回じゃ、俺はお前の男としての強さを認めるぜよ」 「君に認められても嬉しくないな。まぁ、迷わず化け物に挑みに行く度胸は大したものだと正直に認めるけど」 「お前に認められても嬉しくないのは俺も同じぜよ。…じゃが」 知らず、唇が笑みを作る。 「不思議なことに、お前には安心して背中を預けられる気がするぜよ。あないな化け物を相手に一戦交えようっちゅうのに、全く負ける気がせんきに」 「悔しいけど、そこだけは僕も同感」 「どっちに同感なんじゃ」 「世界を砂漠にしたのは砂漠の使徒の親玉。そして今、その親玉と戦っている誰かがいる。…そんな気がするんだよ」 「…それは同意じゃが、俺の質問はスルーか」 熊本が片眉をそびやかして突っ込んだが、小早川はその突っ込みもスルーして言葉を続けた。 狂気の色が見え隠れする青い目で遥か彼方を見つめて。 「そして、その『誰か』はきっと、砂漠の使徒の親玉を倒して世界を救うだろう」 「親玉が消えればデザートデビルも消える。『誰か』が親玉を倒すまでの間を凌ぎ切れば俺達の勝ちというとじゃな」 …砂を踏む音が聞こえる距離までデザートデビルが近づいてきた。 熊本が竹刀を握りなおし、小早川が立ち上がった、その時。 ドタァン! 「ぶひゃぁっ!」 「!?」 何かが落ちる音と間抜けな悲鳴に二人は振り返り、顔を見合わせ、屋根裏部屋の窓から中を覗いた。 …リナが床に尻餅をついていた。 「いったぁ…。あんた達、そんな高い窓をどうやって上ったのよぉん!」 「リナ?どうしてお前がここに?」 「少しでも安全なところに隠れていろと言ったじゃないか!」 「だって、デザートデビルが建物を砂にしたらどこに隠れても同じでしょ!?一人じゃ怖いし、あんた達の近くが一番安全だと思ったの!それに私だけ仲間外れなんて嫌だし!ほら、さっさと引っ張りあげてよぉん!」 「「…………」」 ポカーンとして顔を見合わせた熊本と小早川は、淡く苦笑してリナに手を伸ばし、彼女の手を掴んで屋根の上に引っ張り出した。 「トレビア〜ン。これはこれは、予想外にお転婆だったようだね」 「なかなか根性のある女ぜよ!」 「昨日からハチャメチャ続きなんだもの。こうなったらもうヤケクソよ!矢でも鉄砲でもデザートデビルでも持ってきなさいよっ!!」 「矢と鉄砲は無いけど、デザートデビルはお出ましだよ」 「あちらさんもやる気満々のようじゃき」 「そ、そう、なの」 地響きと共にかなりの近距離まで迫って来たデザートデビルに一瞬怯み、リナは必死に肩をいからせて一歩前に出て、デザートデビルに指を突きつけた。 「デザートデビル!私達を相手に戦おうなんて良い度胸ねぇん!その度胸に免じて、今すぐ引き下がるんなら見逃してあげるわぁっ!!」 デザートデビルは歩みを止めない。 顔を引きつらせるリナにジト目を向けて、小早川と熊本は妙に飄々とした顔で言った。 「引き下がる気、ないみたいね」 「そのようじゃな」 「ちょ、アンタ!私達を誰だと思ってるのよぉん!」 額に汗を浮かべて喚くリナの肩に、熊本がそっと手を置いた。 「リナ。お前があの化け物を相手にするのは無理ぜよ」 「頼むから、今度は僕達の言うことを聞いて下がってくれたまえ」 「心配は要らんぜよ。今度は必ず、俺達がお前を守ってやるきに」 「…………。『今度は』って、何よ…」 リナの呟きはデザートデビルの足音で掻き消され、二人の耳には届かなかった。 熊本と小早川の背中を見つめながらリナはおとなしく下がって胡坐をかいて座った。 …目前まで迫った巨大なデザートデビルを見据え、熊本は竹刀を構え小早川はメスを両手に持った。 八岐大蛇を思わせる複数の頭がゆらゆらと動く。見上げるほど高い位置にある赤い目が三人を観察している気配を感じる。 ――と。 不意にデザートデビルの目が妖しく光った。 その瞬間、小早川は持っていたメスを投擲していた。 グオォォォォオォオォ!!! メスの一本が目に刺さったデザートデビルが喚き、頭の一つが二人めがけて振り降ろされた。 「フンッ!!」 バシィッ!! 熊本が全力で振るった竹刀が目を叩いて頭が怯んだが、間髪入れずに別の頭が襲ってきた。すかさず返す刀で叩き返す。続けて襲ってくる頭に小早川が薬の瓶を投げつけた。六つある頭の半分に反撃されたデザートデビルが拳を振り上げた。 させるか、と小早川が投げつけたメスが拳に刺さって、二人めがけて振り下ろされた拳は軌道を変えて診療所の建物を僅かに抉り取って砂にめり込んだ。 ヤケクソのように襲ってくる頭を竹刀で叩き返し、熊本は小早川を見遣ってニヤリと笑った。 「いい腕しちょるのう。ひょっとしてお前、実はナイフ投げの暗殺者だったんか?」 「生憎と、『軟弱な』ファッション業界畑出身だよ。そっちこそ、剣道の型にはまらない見事な剣技じゃないか。やけに実戦慣れしている感じだけど、実は傭兵だったんじゃないのかい?」 「馬鹿を言え。さっき言ったじゃろ、プロの格闘家志望だった、とな」 「とても信じられないけど。――来るぞ!」 「応!」 小早川の投げつけた薬瓶もメスも振り払って襲い来る頭を熊本が叩き返した時、その後ろから別の頭が迫った。 囮か! 力一杯竹刀を振り切ってしまった姿勢から反応するのは無理だ、まずい!と思った時。 「熊本、伏せて!」 「……!」 鋭い声に反射的に身を屈めた直後、熊本の頭上スレスレを小早川の足が通り過ぎた。 ドガッ!! 迫って来た頭を回し蹴りで弾き飛ばし、蹴った足を地面に着地させ、着地させた足を軸にして一回転し、小早川は背後から迫っていた頭にも回し蹴りを放った。 同時に熊本は体を起こし、目の前にあった頭の目をめがけて竹刀を突き刺した。 立て続けに思わぬ反撃を食らったデザートデビルが明らかに怯んだ。一歩下がり、威嚇するように頭と両手を広げてみせた。 肩で息をしながら熊本は小早川を見やって不敵に笑った。 「小早川…ほんにお前、一体何者ぜよ?」 「それはこっちの台詞」 「むしろ私の台詞よぉん!」 「「リナ?」」 「あんた達、三年間も昏睡状態で今日初めて会ったって言うのに、何でそんなに連携バッチリであんな化け物相手に戦えるの!?本当に本当に二人とも何者なのよぉん!!」 「「――……」」 リナの問いに二人が答えようと口を開きかけた時。 ――空の彼方で光が爆発した。 小早川はバスの時刻表を見るなり情けない顔で眉を下げた。 「うわぁ〜町に向かうバスが出るのが三時間後だ」 「さっすが、『山ノ中診療所』と言うだけの事はあるのう」 「感心してる場合じゃないだろう、熊本!タクシーを呼んでもここまで来るのに二時間かかるんだぞ!」 「なら、歩いて山を降りるか!いい修行になるぜよ」 「好きにしたまえ。僕は御免だよ」 「何じゃ、つれないのう。お前の格闘のセンスもなかなかのものじゃき、鍛えれば相当なレベルになると思うが」 「だーかーらー。僕は格闘家なんて目指してないんだよ」 ひらり、白い手を振って小早川はロビーの椅子に腰を降ろした。 話し相手もおらんのに一人で山を下ってもつまらん、と熊本も彼の隣に腰を降ろした。 …熊本と小早川が昏睡状態から目覚めたあの日。 二人がデザートデビルを相手に防衛戦を繰り広げている最中に空で光が弾けた瞬間、彼らの戦いは終わった。 デザートデビルは砂になり、世界を覆っていた砂は潮が引くように消えて行き、デザートデビルが破壊した建物も魔法のように元に戻り、水晶に閉じ込められ ていた人々も開放されたのだ。流石に三人が食べた食料や拝借したメスや薬品は元通りとは行かなかったが、前代未聞の天変地異と昏睡状態だった患者が目を覚 ますという大事件の前に有耶無耶になった。 …そして。 体に異常は感じなかったが、『経過観察』という理由で入院を強要された熊本と小早川に漸く退院の許可が出たのが、それから一ヵ月経った今日だったのである。 毒にも薬にもならないテレビを見るともなく見ながら小早川が口を開いた。 「結局、何も分からなかったね。僕達が原因不明の昏睡状態に陥ってた理由も、月影博士って人が僕達を保護した理由も、色々なデジャヴの理由も、それから月影博士の消息も」 「そうじゃな。分かったことと言えば、俺達が眠っちょる間にプリキュアっちゅう魔法少女が『砂漠の使徒』なる悪い連中と戦ってたとか言うトンデモな話だけじゃ」 「それから、その砂漠の使徒を名乗る三人組が僕と君とリナに妙に似てたってことかな」 「似ちょったか?プリキュアの写真はネットで大量に見つかったが、砂漠の使徒の写真は遠すぎたりピンボケてたり碌に顔も見えんものばかりじゃったきに、俺はそんなこと思いもしなかったが」 「…そう?じゃあ、似てると思ったのは僕の気のせいかな」 小早川が複雑な顔で口を噤んだので熊本も何となく口を閉じて沈黙が落ちた時、明るい声が飛んできた。 「あ、いたいた!熊本、小早川!」 「ん?」 「おお、リナ!どうしたんじゃ、診察を受けに来たんか?」 「違うわよぉん。あんた達の退院が今日だって聞いたから、迎えに来たの」 声の主…斉藤リナは、にこりと笑って手を腰に当てた。 ちなみに彼女は、世界が元に戻った後は自宅に戻ったが、診察のために山ノ中診療所を訪れる度に熊本と小早川の見舞いをしては二人と友人としての親交を深めていたのだ。 そんなリナの言葉に二人は首を傾げた。 「「迎え?」」 「そうよん。ここのバスって一日に何本かしかなくて不便でしょぉん?だから私が町まであんた達を乗せてってあげようかなって思って」 「その申し出はありがたいが…」 「いいのかい?」 「ええ、いいわよぉん。一ヶ月前、二人は私を守るために頑張ってくれたもの。これくらいお安い御用よぉん」 「じゃ、ありがたくお言葉に甘えようかな」 「感謝するぜよ」 ふたりは荷物を持って立ち上がった。 …三人を乗せた車が山道を走る。 ハンドルを握ったリナは楽しげに二人に話しかけた。 「そうそう、あなた達に報告したいことがあるのよぉん」 「へぇ?」 「何ぜよ?」 「私、春から保育園の先生になるの」 「は?リナが、保育園の先生?」 「お前、前はでかい会社の営業社員だとか言っとらんかったか?それが何で保育園の先生になるんじゃ」 「んーとね。退院した後に、昔の会社でお世話になった先輩に久しぶりに会ったのよぉん。凄く有能で皆の憧れだったんだけど、『家族で一緒に過ごしたい』っ て退職して花屋さんを開いた人でね。私が仕事の失敗が理由で倒れたことは聞いてて、心配してたのよって言ってくれて…。で、私の社会復帰に関して意見を聞 いたら、『案外リナは、数字を追ったり成績に追われたりしない仕事の方が向いてるんじゃないかしら』ってアドバイスされてねぇん。で、その先輩、最近お子 さんが生まれたんだけど、お子さんを預ける先の保育園で保育士を募集してることを教えてくれて…。『リナは保育士の資格を持ってたわよね。興味があるなら 紹介するけど』って言われて、せっかくだからと思って見学に行って、すっかり子供に懐かれちゃって、そこから話がトントン拍子って訳」 「ほぉ…持つべきものは友達ってことじゃな」 「ふぅん。リナは、以前とは全く違う方向に進むんだね」 「そうよぉん。心機一転、頑張るわぁん!」 明るい笑顔で宣言したリナに釣られたように笑みを見せて、熊本は座席に寄りかかって腕を組んだ。 「俺も、これからどうするか考えねばならんな」 「方向性は決まってるのかい?」 「プロの格闘家を目指す、それは変わらんぜよ。俺の子供の頃からの夢じゃからな!問題は、どこの道場、あるいはジムに入門するか、ぜよ。『系統の違う武術 や格闘技の道場やジムを掛け持ちしては方向が定まらないから、一本に絞ってひとつの系統で力を磨いた方がいいんじゃないか』っちゅう小早川の意見にはなる ほどと思ったからな。ここは!というところを探さねば」 「…そうか。リナは以前とは全く新しい道に、熊本は以前と同じ道に進むって決めたんだね」 「アンタはどうするの、小早川?」 「僕は…どうしようかなぁ…。夢を追うか、すっぱり諦めて全く違う道に進むか、それとも一度は挫折した道をもう一度行ってみるか…」 「…………」 小早川は車窓の外を眺めながら独り言のように呟いた。 熊本とリナはバックミラー越しに視線を合わせ、何となくの暗黙の了解で何も言わず口を噤んだ。 昏睡状態になる前は何をしていたのか。小早川は『服飾デザイナーになりたくてファッション業界に就職したが、本来希望した部署とは違うところに異動を命じ られ、悩みながら働いていた』と言うだけで詳しいことに関しては言葉を濁していた。あまり詮索して欲しくなさそうな雰囲気を感じたから、二人も何も聞かず にいる。 熊本も車窓の外に目をやって誰に言うとでもなく言った。 「ま、俺達は三年も世の中から離れちょったからな。自分の行く道を決めるのは、今の世界を知って、色々な人に会って、じっくり考えてからでも遅くないと思うぜよ」 「…………。そう、だね。世界を知って、色々な人に会って、じっくり考えて…僕が道を決めるのは、それからだ」 熊本の言葉を反芻して小早川はふわりと目を閉じた。 悩み、迷い、答えを見つけ出せないまま迷い込んだ夢から戻ってきたのだ。まずは現実を見つめて考えを纏めるところから始めるのも悪くない。 ――これが。 在るべき姿に戻った砂漠の使徒の三幹部の、『二度目の初めての出会い』だった。 彼らがプリキュア達と再会し、砂漠の三幹部として再会するのは、これから少し後のことになる。 |
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三幹部っぽい人達は、本編最終回のエピローグで熊本が明堂院道場に丹生オンするより前に再会して交流していたらしい、と自分の中で結論が出ていたので、
「なにがどうなってそうなった?」を自分の中で整理する為にこの話を書きました。顔を褒められた小早川が微妙な顔をしてるのは、コブラージャになる前は外
見しか見てもらえなくて、それに対して「自分の価値は外見にしかないのか?」と少なからずの不満を感じていたからです。コブラージャが目に見える美しさば
かり追い求めていたのは、その不満が明後日の方向にはっちゃけたから…と設定しています。 あと、熊本小早川コンビが妙に戦い慣れているのは、三幹部だった 時の名残です。デザートデビルが山ノ中診療所に来たのは、三幹部の元の人の気配を察したから。で、「あれ?こいつら三幹部に似てるな。うーん、でも、良く 見たらやっぱり別人みたいだし、倒しとこう」みたいな考えで攻撃を仕掛けてきました。 |