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一ヵ月後、3月14日の早朝。 町外れの神社でデザトリアンが暴れている、と騒ぐ妖精の声で起こされたつぼみとえりかは、『何でまたこんな朝早くから…』と文句を言いながら大急ぎで支度をしてデザトリアン出現現場に向かった。 神社に到着すると、先に来ていたサンシャインとムーンライトが『バレンタインにはぁ〜クラスの男子全員にチョコをあげたのにぃ〜何で一個もお返しを貰えないんだぁ〜!!』と叫んで暴れるデザトリアンと戦っていた。 「うわぁ…何だかデジャヴを感じるデザトリアンですね…」 「こんな朝から『お返しを一個も貰えない』って言われてもさぁ…せめて夕方まで待ちなよ…ってこれ、先月も言った気がするよ」 ため息混じりに顔を見合わせた二人が境内に入ると、頭上から声が降ってきた。 「漸く全員揃ったねぇ、プリキュア」 「この間の借りを返しに来てやったきに、さっさとデザトリアンを倒すぜよ!」 声の主は勿論、御神木に足を掛けると言う不敬を働いている砂漠の使徒である。 借りを返すだけならわざわざデザトリアンを出現させなくても…と思いつつ、つぼみとえりかはこころパフュームを取り出した。 お返しを貰えなかったと嘆くのは夕方になってからでも遅くない…というプリキュアの言葉で呆気なく戦意を喪失したデザトリアンをサクサクと浄化すると、御神木の梢で高みの見物をしていたクモジャキーとコブラージャが四人の前に降り立った。 「前座は片付けてやったわよ!」 「それにしてもあなた達、どうしてこんな朝早くから来るんですか…」 「愚問だねぇプリキュア。今日はホワイトデーだよ?君達のデートの予定に影響が出ないように、という僕達の配慮だよ。どうしてそれが分からないのかなぁ」 「…………」 デートの予定などひとつも入っていないプリキュア達がコブラージャの台詞に微妙極まりない顔になったが、彼は意に介する様子もなく上着のポケットから封筒を取り出した。芝居がかった仕草で封筒を扇のように広げ、コブラージャはプリキュア達めがけて封筒を投げた。 「さぁ、受け取りたまえ!」 シュッ!! 投げられた封筒は寸分の狂いもなくプリキュア達の手元に飛んできた。 開けてみたまえ、という無言の促しに四人が封筒を開けると、『エルミタージュ』という洋菓子店のケーキセット無料チケットが入っていた。ホワイトデーのお返しとしては文句の付けどころがない。 ブロッサムは律儀にぺこんと頭を下げた。 「あ、ありがとうございます」 「礼には及ばないよ。バレンタインデーに君達に食らわされた愛を返しただけだからね」 「これで借りは返したぜよ、プリキュア!」 「明日からはまた僕達と君達は敵同士だよ。…アデュー」 プリキュア達が何かを言う間もなく砂漠の使徒の姿は消えていた。 チケットを握ったままブロッサムは残念そうに呟いた。 「私達の愛、返されちゃいましたね…」 「いや別に、告って振られたわけじゃないし、そんなにへこまなくても」 「…で、どうする?このチケット。今日限定だけど」 「ありがたく頂いていいんじゃないかしら。まさか偽物ってことはないでしょうし」 「そうですね。甘いものを食べて気分転換しましょう」 「異議なーし!」 ブロッサムの言葉に、マリンが満面の笑みで拳を突き上げた。 その日の午後。 プリキュア四人は封筒に同封されていた手書きの地図を頼りに『エルミタージュ洋菓子店』を訪ねていた。 大通りから一本裏に入った細い通りにひっそりと建つ、構えも看板もおとなしすぎる店を眺めてえりかはしみじみと呟いた。 「なんつー分かりにくいところにあるお店なんだろ。いくらエルミタージュが隠れ家だからって隠れすぎっしょ〜」 「知る人ぞ知る名店、ってやつかな」 「それにしてもコブラージャはどうしてこんなお店を知ってたんでしょうね」 「砂漠の使徒の情報網でもあるのかもしれないわね」 そんなことを話しながら四人は店に入り、応対に出てきた店員にチケットを出し、ショーケースにずらり並んだケーキに目移りしつつ好きなケーキを選び、店員に案内されてレースのカーテンで仕切られたイートインスペースに入った。 …シンプルながらセンスの良い店内に感心しつつ先頭を歩いていたえりかは、先客の姿に気付いてギョッとなった。 ガタイの良い赤毛の男、青白い髪の優男、赤毛に褐色肌の女、黒髪ゴスロリ服の少女と、何だかすっごく見覚えのある連中がお茶をしていた。 「あー!?」 「どうしたんですか、えりか?急に立ち止まって…って、あ!」 つぼみとえりかの声に顔を上げた四人組が、四者四様の反応をした。 赤毛の男は眉をそびやかし、赤毛の女は顔をしかめ、黒髪少女は眼差しをきつくし、優男はわざとらしく笑ってみせた。 「おや、奇遇だねぇ」 「どうしてあなた達がここに?」 「なぁによ。私達がケーキを食べてちゃいけないって言うのぉん?」 「いや、そうじゃないけど。何か、意外って言うか…あんた達もお店でケーキ食べてお茶したりするんだ、って思って」 えりかは無遠慮にじろじろと砂漠の使徒を眺めた。 彼らはトレードマークのダンダラ模様の上着を着ておらず(ついでにクモジャキーは帯刀もしておらず)、人間界で浮かない程度の至って『普通』の服装をしている。 コブラージャは苺が山のように乗ったショートケーキにフォークを入れながらフフッと笑った。 「この世界の文化は僕達の好みに合うものがあるからね。仕事とプライベートは別だから、気に入ったものは素直に楽しむのさ。ああ、僕達がここにいる理由かい?バレンタインにサソリーナとダークプリキュアからチョコを貰ったから、そのお返しだよ」 「…じゃあ、今のあなた達はプライベートと言うことね?」 きつい眼差しを向けてくるダークプリキュアを一瞥してゆりが四人に尋ねた。 ゆりの言葉の意味が『この場で戦いを始める気はないということね?』だと正しく理解しているのかいないのか、砂漠の使徒達は常と変わらぬ態度で言葉を返してきた。 「勿論、僕はプライベートのつもりだけど」 「今日の仕事は終了しちょる」 「私も今から仕事って気分じゃないわぁん」 「…………」 「それならいいわ。邪魔して悪かったわね」 彼らの返答を『この場で戦う意思はない』と解釈したゆりが皆を目で促した。 砂漠の使徒ご一行から出来るだけ離れた席につくと、店員が水の入ったピッチャーと飲み物のメニューを持ってやって来た。 …テーブルに飾られた花のセンスや水のピッチャーとグラスに施された緻密な細工に感心し、店員に渡された飲み物のメニューにずらり並んだ見慣れない単語 に戸惑い、ついでにメニューに記載された金額の数字に驚き、おっかなびっくり飲み物を注文し、供されたケーキや飲み物の器やカトラリーが素人目に も分かる高級品である事に緊張しつつ、ケーキと飲み物を口に入れた四人は予想の遥か上を行く美味しさに感激のあまり目を潤ませた。 あっという間に一つ目のケーキを食べ終えたつぼみとえりかが二つ目のケーキを選びに売り場に出ると(ケーキはおかわり自由なのだ)、コブラージャがショーケースの前に立っていた。 緩く波打つ青白い髪の隙間から、獲物を狙う毒蛇のような蒼い目が二人に向けられた。美しい唇が甘く笑みの形を作る。 「おや、早速おかわりかい?フフ…この店のケーキは美味しいだろう?」 「う…何か悔しいけど、それは認めざるを得ない」 「どうしてあなたがこんな隠れた名店を知っているんですか?割と近所に住んでいる私達も今まで知らなかったのに」 人の心の花が枯れ果てた世界を作ろうとする、世界を砂漠にしようと企む組織の幹部であるあなたが。 そんな含みを持たせたつぼみの問いに、コブラージャはクックッと喉の奥で笑った。 「言っただろう?僕は美しいものが好きなんだ。そして、美しいものが好きだからこそ、美しいものを見つけるのは得意なんだよ。『美しい味』と書く美味しい物を見つけるのも、ね」 「…あのさ。世界が砂漠になっちゃったら、アンタが好きな美味しい物もぜーんぶ砂の下に埋もれちゃうんじゃないの?」 「愚問だねぇ。世界に砂漠になったって、美しいもの、美味しいものはちゃんと残るから安心したまえ。人の心なんて醜いもの、美しい砂漠の世界には必要ない。君達はそう思わないのかい?」 「アンタねぇ…」 「じゃあ、」 眉間に皺を寄せたえりかが文句を言いかけたところにつぼみが割り込んだ。ここで砂漠の使徒を相手に価値観の相違について議論しても、平行線の上に喧嘩別れになるのは目に見えている。 えりかとコブラージャの間に割り込んだつぼみは視線を店のスタッフに向けた。十人に意見を聞けば十人が『美人』と評しそうな綺麗な女性だ。 「あの店員さんの事はどう思います?私はとても美しい人だと思いますけど」 「ああ、彼女はとても美しいね。外見だけでなく心も完璧に美しい」 「心も?…それってつまり、心の花も、ってことですか?」 「そうだよ。彼女の心の花は生き生きと輝いて僅かの萎れも穢れも無く本当に美しい。そして彼女の作るお菓子も美しく美味しい。実に好ましいね」 「…………」 コブラージャの言葉に二人が顔を見合わせた時、ケーキとパフェの載ったトレイを持った店員が売り場に出て来た。 「パフェとケーキ、お待たせしました」 「メルシー、マドモアゼル」 コブラージャはソツのない笑みを浮かべて礼を言うと、店員からトレイを受け取って席に戻って行った。 その後ろ姿を横目で見ながらえりかがボソッと言った。 「『彼女は心まで美しい』『美しいものと美味しい物は残る』って言いながら、『人の心は醜いから必要ない』?何それ?アイツの言ってること、思いっきり矛盾してるじゃん」 「彼は気付いているんでしょうか。自分の言っている事が矛盾してるってことに。美しいものを美しいと感じているのは、彼が『必要ない』と言った心だってことに」 「…そこ、突っ込んでみる?」 「いえ、今日は止めておきましょう。真正面から『あなたの言ってることは矛盾しています!』って言えばきっと、あちらも怒って喧嘩になってしまいます」 「そっか…確かにここで喧嘩が始まったらお店の人に迷惑だよね」 「でも、上手く矛盾を指摘することが出来れば、彼らの心に何かを訴えることが出来るかもしれません」 「つぼみってば難しい言い回ししてるけど、要するに言い方次第で話し合いに持ち込めるかもしれないって事だね。じゃ、『チョコは世界を救う!バレンタインだよ☆チョコ&ピース作戦』は続行ってことで、作戦会議と行きますか!」 「砂漠の使徒の皆さんのおごりで美味しいケーキを食べながら、ね!」 ふたりは顔を見合わせてにっこり笑うと、真剣にケーキを選び始めた。 |
| ハトプリ部屋 | 総合目次 |
| ハトプリボイスカレンダーでクモジャキーが「チョコレート絶賛募集中」と言っていた、と知ったことがきっかけでこの話が出来ました。つぼみがプリキュア
になったのは春で最終決戦が年末だったので、ゆりさん加入済みでバレンタインデーを迎えるというのは時系列的におかしいのですが、その辺は突っ込まない方
向でお願いします(笑)。 「チョコを要求するクモジャキー」「キュアハートの真似をするキュアブロッサム」「チョコにハマるダーク」という三点だけが決まっていて、間を埋める形で 話を作って行ったのですが近年まれに見る迷走と難産の一本となりました。後日談を蛇足にしようと思ったら、蛇足どころか蛇本体レベルで長くなったり…。悩 みに悩んだ挙句、半ば投げっぱなしのオチになってしまった感がありますがここが限界でしたorz 今回、ちょっとコブラージャが頭脳派っぽくなっててキャラじゃないかなーと思ったのですが。夏休みの作戦とか見る限り言うほど馬鹿じゃないだろうと言う のと、砂漠の使徒の誰かがそこそこ常識を持ってて頭を動かしてくれないと話が進まなかったので、コブラージャに進行役を任せることにしました。 以下、細かい脳内設定とか。 ・三幹部が「サバーク博士がダークの父ポジ」と認識している→対ムーンライトの戦力としてダークを生み出したことは全員が知っているため。 ・食べ切れないほどのチョコを貰っているコブラージャ→人間だった時、そこそこ人気のあるモデルだった為に未だにチョコが送られてくる。送られてきたチョコはサバーク博士を経由してコブラージャに届けられている。 ・プリキュア達があげたチョコ→バレンタインの時期に登場する超ビッグサイズの板チョコやアーモンドチョコやバケツサイズのカップに入ったチロルチョコと、高級ブランドのチョコ。 ・コブラージャのブロマイドを持っているコッペ→ブロッサムがコブラージャのブロマイドを受け取った後、それを捨てるシーンがなかったので持って帰ったの かなぁ、と(漫画版ではマリンは即座に捨てていました)。で、砂漠の使徒を探す時に写真があれば便利なんじゃないかなと思ってとっておいたのではないか と。 ・エルミタージュ洋菓子店→デスノ・星矢SSで出している、当サイトオリジナル設定の洋菓子店(星矢コンテンツの簡易版キャラ設定)。作中で「店員」と言われているのは店長の龍神秋乃。コブラージャは人間だった時からこの店を知っていた。 |