| ある日の午後。 学校帰りの弥子が事務所のドアをあけると、何やら真剣な顔でパソコンに向かっていたネウロが嬉しそうな顔で立ち上がった。 「ようやく来たか。待ちかねたぞ、ヤコ」 「え、いきなり事件?」 紅茶の一杯くらい飲みたかったのに…と言いかけて、弥子はネウロの上着が椅子にかけたままになっていることに気付いた。彼は外出する時はきちんと上着を着るから謎の気配が近いという訳ではなさそうだ。 「…じゃないみたいね。何?」 「気になることがあってな。まぁ座れ」 「??」 弥子はネウロに勧められるままソファの隅に腰を降ろした。 「で、気になることって何……………」 隣に腰を降ろしたネウロがそのままナチュラルに膝の上に寝転んで来たので、弥子の問いは中途半端に途切れた。 普段とは違う位置で二人の目が合った。 引きつった顔で硬直している弥子の姿にネウロは怪訝そうな顔になった。 「む?ヤコ、どうして驚いているのだ」 「いや…ここは普通、驚くところだと思う…けど……」 「そうなのか」 弥子の膝の上に頭を預けたままネウロは感心したように呟いた。 …この様子を見る限り、ネウロの目的は弥子いじめではなく純粋な好奇心からくる人間の文化の探究らしい。 ここで変に恥ずかしがったりうろたえたりしようものなら、面白がって何をして来るか分からない。弥子はできるだけ気持ちを落ち着けて口を開いた。 「…で、ネウロの気になることとこの行動とどんな関係があるの?」 「ネットをしていたら、『膝枕』というものについて熱く議論しているサイトがあってな。人間の男共がそれほどこだわりを持つ『膝枕』とはどんなものか、魔界生物の男である我が輩も知りたくなったのだ」 「ああ…そうなんだ…。で、ご感想は?」 「………」 ネウロは顎に手をあてて、少し頭を動かして上下左右を見た。 素肌を髪でくすぐられてムズムズしたが、弥子はぐっとこらえて返事を待った。 「…何故これを『膝枕』というのかが分からん。枕にしているのは膝ではなく腿ではないか」 「ん…まぁ…膝に頭を乗せるのは難しいし、無理に乗せても痛いしね。『腿枕』じゃ語呂が悪いから『膝枕』なのかも。日本語って結構そういうとこ大らかって言うかいい加減だから」 「なるほど。…ところで」 ネウロは視線を弥子と合わせて僅かに目元を和ませた。 「見慣れた貴様の貧相な顔も、普段と違う角度から見ると印象が違うな。新たな発見だ」 「貧相は余計」 「世間一般ではウケの悪い貴様の貧相な胸も、この場合は長所になるぞ。なまじ胸が人並み以上に大きくてはこの位置から顔が見えないからな」 「それって嫌味?フォロー?」 相手がこいつでなければ鼻の一つでもつまんでやるところだ。 むすっとする弥子とは対照的に、ネウロは楽しそうに笑っている。居心地のいい場所を探すように頭の位置を変えると、手を組んで目を閉じた。 「実際に試してみて、人間の男共がこだわる理由が分かったぞ。これは…予想以上に心地良い」 「………」 膝にかかるネウロの重みが少しだけ増した気がした。 来るなり人に膝枕させて自分は寝ちゃう訳? 不満げに唇を曲げてみたけれど、無理に作った不機嫌顔は長続きしなかった。 悔しいけれど、膝にかかるネウロの頭の重みは悪いものじゃなくて。 こうして無防備に体を預けてくることにも悪い気はしなくて。 化け物のくせにちっちゃな子供みたいで可愛いところもあるじゃない、なんて思っちゃって。 まぁいいか…と呟いて、弥子は体の力を抜いてソファによりかかった。 「…あーあ、涎なんか垂らしちゃって。おいしいものでも食べる夢でも見てるのかな」 スカートに涎の染みを付けられても困るので、拭ってやろうと弥子は鞄を開けてハンカチを探した。 …零れた涎でスカートに穴を開けられた弥子の絶叫が事務所に響くのは5秒後の事である。 |