| 等々力はイライラとパソコンのデリートキーを叩いた。正にそれは『叩く』という言葉が相応しい勢いで、苦労して書き上げた報告書のまるまる1Pをうっかり消してしまい、彼女は更に苛立つハメになった。 「あぁ〜もうっ!」 思わず声に出して呟いて前髪を掴み、隣の机を睨み付けた。 書類もノートもファイルも雑多に山積みになって、更にその上には仕事に必要だとは到底思えないアニメのDVDやプラモが置いてある。自分の机に落ちてく れば迷わずゴミ箱に投げ捨ててやるのに、憎らしいことに目障りなそれらは絶対に等々力のテリトリーを侵蝕しない。見なければいいと思うのだが、まっすぐに パソコンに向かってもどうしても視界の端に入るので煩わしいことこの上ない。 机の主が戻ったら絶対に片付けさせてやる。 そう決めて再度パソコンに向かった時、目の前に自動販売機のカップがひょいと置かれた。ほかほかと湯気のたつ温かいカフェオレだ。思わぬ差し入れに顔を上げると。 「何をカリカリしてんだよ、等々力」 「笹塚先輩」 等々力が憧れる無表情な先輩は、ちらりと物で溢れた机に目をやった。 「石垣なら今日は非番だぞ」 「え?あ…いえ、そんなこと、私は…」 考えていたことを見透かされた等々力は慌ててカフェオレに口をつけ、その熱さに舌を引っ込めた。 そんな彼女の反応には何も言わず、笹塚は自分の席に着いた。 「あのさ等々力」 「はい」 「『好き』の反対は何か知ってるか?」 「え?『嫌い』じゃないんですか」 「違うな」 「………。何ですか」 「『無関心』だよ」 「私は、…」 「『無関心』の反対が『好き』ではねーけどな」 「………」 等々力は少しムクれて、さっきよりは慎重にカフェオレを口に含んだ。 …自分がこんなにイライラしてる理由は分かってる。 コトの発端は一昨日解決した傷害事件だ。被害者は小学4年生の男の子。犯人を見ていたが、襲われた時の恐怖から心も口も固く閉ざしていて、等々力が優し く話し掛けてもウンともスンとも言わなかった。だが、石垣が彼の病室にあるプラモ(電撃伐採ビジリアンとか言っていた)に気付いて話し掛けると、すっかり 二人は意気投合し、結果的に石垣は犯人の情報を聞き出すことに成功したのだ。 定食屋の事件に続いて『活躍』した石垣は『やっぱり先輩の相棒に相応しいのは俺だよ!』と得意げで、気持ちのおさまらない等々力は友人に散々そのことを愚痴ったのだが…。 「昨日、友達に会って、職場の人間関係の愚痴を言い合ったんです」 「ん」 等々力はカフェオレのコップに視線を落としたまま口を開いた。 「私が石垣さんのことを愚痴ったら、その友達が言ったんです。『志津香ったらそんなにその人が気になるの?』って。全力で否定したんですけど…」 「………」 「私、そんなに石垣さんを気にしてますか」 顔を上げると山積みのDVDやプラモ越しに笹塚と目が合った。 無表情で無愛想で、何を考えているか分からないけど、何も言わないだけでちゃんと全部分かっている。あの人はそういう人だ。 笹塚はぶっきらぼうに答えた。 「してるだろ」 「…………」 「気にしてなかったらとっくに報告書は出来上がってんじゃねーの」 「…すいません」 「自分と全然違う奴ってのは気になるもんだ。カンに触ると言ってもいい」 笹塚にとって『自分と全然違う奴』と言えば、笛吹警視のことだろう。『仲良くしている古い友人』がカンに触ると言っているようにも取れる言葉に等々力は興味を惹かれた。 「じゃあ何でカンに障るかって言うと、そいつの悪いところばっかり探して見てるからなんだよな。ちょっと見方を変えていいところを探して見るようにすると、ムカつく奴が興味深い奴になって、好感も持ててくる」 「………」 「嫌でも一緒に仕事しなくちゃいけねーんだ、悪いとこばっか見ねーでいいところを見るようにすれば、かなりストレスは少なくなるんじゃねーか?」 「…努力します」 「OK」 頷いた笹塚は周囲の全てを自分の意識からシャットアウトした様子でパソコンに向かった。等々力はまだ熱いカフェオレを一気に飲んでコップをゴミ箱に捨てた。 警察にも色んな奴がいた方が色んな奴の味方になれる…先日の笹塚の言葉に納得してない訳じゃない。 ただ、石垣が事件の捜査時にしか等々力に対抗意識を持たないのが気に食わないのだ。等々力は朝から晩まで、彼が非番の日まで石垣を意識しているのに。 …昨日、一緒に食事をした友人はなんとも言えないニヤニヤ笑いを浮かべて言っていた。 志津香みたいなマジメちゃんってさ、案外そういうダメ男君にゾッコン惚れちゃったりするのよね。 (…そんなこと) あるわけない。絶対にあるわけない。あってたまるもんですか。 等々力は憮然とした顔で、石垣の手柄を報告しなくてはいけない書類に挑み続けた。 |