二人の記念日
後編

 エレベーターの扉が開くと事務所の扉までほんの数歩。
 弥子は事務所の扉の前でゆっくり深呼吸した。不本意にも、心臓がドキドキと動き出している。

『緊張、してる?』
「ちょっとね。変だよね、告白するわけでもないのに」
『全然変じゃないよ。身近な人に改まってお礼言うのって緊張するもん』
「ありがと、あかねちゃん。じゃあ行くよ。…ネウロ、ただいま…ぁ………」

 弥子は勢い良くドアを開け、目の前の光景に絶句した。
 応接スペースのテーブルの上には郵便物や小包が文字どおり山積みになっていて、ネウロはその前で一つ一つ箱をチェックしている。
 彼は顔もあげずに口を開いた。

「やっと来たか、ヤコ。待ちくたびれたぞ」
「ごめん…思ってた以上に凄い混雑で…。で、この山のような郵便は何?ネウロは何してんの?」
「フム、これか」

 ネウロは持っていた箱を『謎』と書いた箱に放り込んだ。『謎』箱の隣には髑髏のマークがついた箱とハートマークがついた箱が置いてある。相変わらず変な方向に凝り性だ。

「貴様当てのバレンタインチョコだ。今日は朝から来るのは郵便屋と宅配便業者ばかり、謎の気配がある物が混ざってなければ居留守を使うところなのだが」
「うわ、お疲れさま。記念日の答え合わせどころじゃないみたいだし、何か手伝おうか?」
「この『謎』箱と毒箱に入っているチョコの送り主をそれぞれ調べておけ。脅迫状が入っているものはまた別の箱に入れておくのだぞ」
「分かった。…えーと、チョコ食べながらでもいい?」
「それは構わんが、『毒』箱に入っているのは喰わない方がいい。我が輩が調べていないのも口に入れない方が賢明だろうな」
「…その、『毒』箱に入ってるチョコには何が入ってるの?聞くのが怖いような気もするけど」
「こっちか。劇薬、殺虫剤、殺鼠剤、ゴキブリホイホイの中身、火薬、剃刀…ああ、爆弾入りのも一つあったな」
「…………」

 やっぱり聞かなきゃ良かった。
 軽い頭痛を感じながら、弥子は気を取り直してハートマークの箱を覗き込んだ。

「こっちの箱には危ないものは入ってないんだよね?」
「そうだな。とりあえず人体に明確な悪影響を及ぼすものは入っていない」
「…その微妙な言い方、凄く引っ掛かるんですけど…」
「爪や髪の毛や涙や血液や怨念は入っているかもしれん」
「………」

 半べそ顔で弥子がネウロを見上げると、彼はあからさまに呆れた顔でため息をついた。

「手作りの物や開封した痕跡がある市販品は避ければ良かろう」
「あ…そっか。ありがと、ネウロ!」

 弥子はぱっと顔を輝かせて、幾つか箱を取り出してあかねのパソコンに向かった。
 …あかねがいれてくれた絶品の紅茶をお供にチョコをつまみながら弥子は作業を始めた。送り主の住所と名前、消印の日付けと投函日のデータを入力して行 く。謎の気配がある荷物の送り主の所には弥子とネウロが、物騒なものを送って来た物の所には警察か魔人様が行くことになるだろう。
 それにしても…と、弥子はネウロに目をやった。チョコを選別する背中を見ながらカタカタとキーボードを叩く。

『今日のネウロ、ちょっと変じゃない?らしくないっていうか…。普段だったら謎の気配がする物は分けても危険物が入ってるものまでは分けてくれないよね。ロシアンルーレットだ!とか言って私に食べさせようとするよ、きっと』
『いいことでもあったのかな。普段より機嫌がいいみたい』
『謎の気配のする物が結構あったから嬉しいのかな』
『私達からのチョコ欲しさの点数稼ぎかも?(笑)』
「ぷっ、まさか」

 筆談中に思わず吹き出した途端、ゴツン!!という小気味いい音がした。
 少し大きめでその分重たいチョコの箱が、御丁寧に角から頭にぶつかって来たのだ。涙目で振り返ると、相変わらずネウロは弥子に背中を向けたままだった。お見事なコントロールと言わざるを得ない。

「サボるなよ、ヤコ。選別作業が終わったら貴様の計画発表、その後は脅迫状付きのチョコを笹塚に届けに行くのだからな。全部終わるまで家には帰さんぞ」
「ええーっ!」
「この我が輩が食事を抜いてまで貴様に休みをくれてやったのだぞ。少しは主人の優しさに応えたらどうだ」
「はいはい…お優しいネウロ様、ありがとうございますぅ」

 嫌味たっぷりに言葉を返して、弥子は作業に戻った。
 一度は膨れっ面になったものの、食べても食べても減らない高級チョコにまた顔が綻ぶ。
 これなら自分用のチョコを買う必要もなくなったし、その分ネウロのチョコに予算をまわせて良かった。今日はネウロの記念日なんだし、日付けがバレンタインである内に家に帰れればそれでいいや。
 弥子はみんなのチョコが入った袋を大事に抱え直して今度こそ真剣にパソコンに向かった。
 …だから。
 弥子の様子を伺っていたネウロが僅かに口元を綻ばせたことに、あいにく全く気付かなかった。



 これで最後だ、とネウロが投げたチョコのデータをあかねが入力し終わる頃には窓の外はすっかり暗くなって、無害なチョコの大半は弥子の胃袋に納まっていた。
 ソファから立ち上がったネウロがデスクの椅子に腰を降ろすのをきっかけに弥子は口を開いた。

「…で、ネウロ。私とあかねちゃんの計画は何だか分かった?」
「バレンタインは無関係、だったな」
「うん」
「1年前の2月14日は、貴様が父親の事件を解決して名探偵としてデビューした『記念日』だ。我が輩との付き合いも、アカネや吾代や、笹塚との出会いもその記念日から始まっている。よって貴様らの計画とはデビュー記念日のパーティーか何かだ。違うか?」

 自信満々の言葉に、弥子はにこりと笑った。
 奴隷人形の考えなどお見通しだ、ネウロはそう思ったが、弥子から返って来たのは予想と違う答えだった。

「ニアピン」
「……………………ニアピン?」
「うん。すごくいいセン行ってる。ほとんど正解なんだけど、一番肝心な部分が外れだな。私にとっての2月14日は探偵デビューの記念日じゃないんだ」
「では何だ」
「本当に惜しいんだけどなぁ」
「だから何だと聞いている」

 不満そうに眉を潜めるネウロとは反対に、弥子はますます嬉しそうな笑みを浮かべて勿体ぶってみせた。

「あのね、今日は、私とネウロが出会った記念日…だよ」
「…………」
「私の探偵デビューより、私とネウロが出会ったのが先だったでしょ?ネウロと私が会えたから、私は探偵になって、吾代さんやあかねちゃんとも会えて、笹塚 さんとの交流も続いてる。この日本だけでも1億人以上の人がいるのに、その中のたったひとりである私がネウロと会えた。世の中には多分たくさん、謎のある 事務所があると思う、でもネウロが選んだここにあかねちゃんがいた。それって、奇跡に近いすごいことだと思わない?」

 別に思わんが。
 ネウロの呟きは彼自身の耳にも届かないほど小さかった。
 無数の中のたった一人と出会えた奇跡。
 そんなものに感動したりするようには、ネウロの心は作られていない。
 しかし今は。
 弥子の言葉や嬉しそうな表情に今まで感じたことのない感情を覚える自分自身が、確かにいる。この思いを人間達がどんな言葉で記すのかは知らないが。
 未知の感覚に戸惑い黙り込むネウロの前で、弥子は大切に抱えていた紙袋から小さな包みを取り出した。手の平に載るほどの小さな箱にはちゃちな造花がついている。
 彼女は携帯と一緒に、携帯にくっついたあかねと一緒に、その箱をネウロに差し出した。

「…何だ?」
「今日はちょうどバレンタインだから。ネウロに出会えたこととかお父さんの事件を解決してくれたこととかあかねちゃんや吾代さんや笹塚さんに会えたことと か、刺激的な日常をくれたこととか、色々なことに感謝を込めて…これ。あかねちゃんと一緒にチョコを選んで来たの。あんたが謎しか食べられないことは知っ てるけど、私達の気持ち」
「…………」
「ネウロ、色々ありがとう」

 ネウロは手を出しかけて躊躇い、一度ゆっくりまばたきをして弥子とあかねの差し出したチョコを受け取った。
 見ると、弥子は何がそんなに嬉しいのかと思うほど幸せそうな顔で笑っている。表情が見えないあかねも恐らくそうなのだろう。
 くすぐったさのようなむず痒さを感じてネウロはボソリと嫌味を口にした。

「…感謝の気持ちと言うわりに小さいな」
「その小さい箱に気持ちが凝縮されてるの!中身だって、外国の超高級ブランドのチョコなのよ?吾代さんと笹塚さんと石垣さんと、それからお父さんの分の チョコを全部足したよりも高いのよ。売り場を何周もして散々迷ってあかねちゃんと相談して清水の舞台から飛び下りる気持ちで買ったんだからね。今日、事務 所に来るのが遅れたのはあんたへのチョコをどれにするか悩んでたからなんだから…あんたに告白するわけでもないのにさ」

 弥子は頬を赤くして、最後の言葉を付け足した。
 ネウロは無言でチョコの包みに眼を落とした。突然変異の魔人である彼は人の食べ物を口にすることは出来ない。ならば、悩む必要も、高級品を選ぶ必要もないだろうに。
 そんな下らないことのために時間や金を無駄にするとは…、馬鹿な奴隷どもだ。
 唇の動きだけで呟いて、ネウロはチョコの包みを開けた。綺麗なフィルムで包まれたチョコを摘まみ上げてしげしげと眺める。

「これは何と言うのだ?」
「トリュフチョコ。中に何も入ってない、定番中の定番だよ」
「そうなのか。…で」

 馨しい香りを漂わせるそれに目を落とし、造花をクルクルと回しながらネウロは話を変えた。

「貴様の話とは何なのだ?」
「え?」
「昨日言っていただろう、我が輩が完璧に貴様らの計画を当てられなかったら話に付き合えと」
「…ああ」

 弥子は頷き、考え考え口を開いた。

「誰かが人を刺し殺した時、返り血が目に入って、弾みでコンタクトが落ちて、そのコンタクトが机と床の隙間に転がり込む確率…どのくらいあると思う?」
「………」

 ネウロは僅かに眼を見開き、すっと細めた。
 弥子の言う状況は彼女の父が殺された時のそれだ。一体何の意味があってそんな話を出して来たのか、不審に思いながらネウロは答えを返した。

「実際に検証してみるわけにはいかないから断言は出来んが、非常に低いだろうな。あり得ないと言ってもいいだろう」
「だよね」

 弥子の瞳が揺れている。いや、潤んでいるのか。
 1年という時間があんな形で父を失った傷を癒せるとは思わない。なのにどうして、その辛い思い出を引っ張り出して来たのか。
 怪訝な顔で見つめるネウロの前で弥子は口早に続けた。

「この間お父さんの一周忌があって、その時に話が出たの。返り血が目に入らなかったら、犯人がコンタクトを落とさなかったら、落としてもすぐに見つけた ら、あの事件は解決しなかったかもしれないねって。だけど、その『あり得ない』ことが起きたから、あの人は自分への疑いを逸らすために不自然な密室を作ら ざるを得なくて、結果的にそれが犯人を断定する証拠になった。きっと、殺されたお父さんの無念の気持ちが、犯人を捕まえて欲しいって気持ちが、血のついた コンタクトをあんな場所に転がり込ませたんだろうねって」
「………」
「そんな話をしてる時に私は一つ思い出したの。お父さんが殺されたあの日は、お父さんは取引先に用事があって2、3日出かけてるはずだったのよ。でも、直 前になって仕事の中身にミスを見付けたから予定を延期したの。だから、予定通り出かけていればお父さんは殺されずに済んだのかも…って思ってた。犯人がお 父さんを殺した動機を知るまでは」

 ネウロは黙って弥子の話を聞いている。
 その静かな沈黙が逆に今の弥子には有り難かった。独り言のように話を続ける。

「仕事にミスがあってもなくても、結果は変わらなかったんだ…って、この間まで思ってた。でも一周忌に皆と話して気付いたの、お父さんが殺される運命は変えられなかった、でも、その後の私の生活は変わった」

 弥子は俯いたまま。
 ネウロの顔は見えない、彼が弄ぶ造花だけが視界の中でクルクル回っている。

「あの日お父さんが予定通りでかけていたら、事件は起きなくて、謎もなくて、ネウロは別の謎がある家に行ってたと思う。別の日にお父さんが殺されて、その 時も現場が不自然な密室になっていたらあんたは謎の気配を感じて私の家に来たかも知れない、でもその時のネウロは『名探偵の助手』でしかなくて、事件が解 決したらすぐに私の記憶から消えちゃったと思うんだ」

 ネウロの手の中の造花が動きを止めた。
 その作り物の花を見つめて弥子は言葉を続ける。

「そしてその後の私は『普通の女子高生』として平凡な生活をしてたと思う。時々お父さんの事件を思い出して悲しくなったり、事件を解決してくれた名探偵を 想ったり、進学について悩んだりして、友達と食べ歩きとかして、誰かに恋とかして、当たり前の日常を生きてたと思う。そこまで考えてふと思ったの。そうい う平凡な、当たり前の日常と、今の『名探偵』としてのハチャメチャな日常、どっちが幸せなんだろうって」
「………」
「随分考えたけど、答えは出なかった。でもね」

 弥子は顔を上げた。
 ネウロの闇を孕んだ翠緑の目を見つめる。

「一周忌が終わる時、ふっと思ったんだ…お父さんが、自分の運命を悟ってネウロを私に会わせてくれたんじゃないかって」
「…どういう意味だ?」
「お父さんは気付いてたんじゃないかな。近い内に自分が事件に巻き込まれて死ぬことや、ネウロが地上に来ることを。ネウロが地上に来た時、真っ先に私の家 の謎に気付いてくれるように、私を探偵役に選ぶように、私が色々な経験をできるように計画して…仕事をミスして予定を変更して、事件の起きる日を調整し て…」

 馬鹿な。
 言いかけて、ネウロはその言葉を胸に押し戻した。
 弥子の目から溢れた雫がポツリと床に落ちる。微かな嗚咽が喉から漏れた。
 彼女が亡き父を想って泣いている間、ネウロはただ黙って待っていた。
 人間の下らない感傷に興味はないし、理解したいとも思わない。しかし死者を悼み悲しいと感じる心にどうこう言うつもりもない。人間だろうと魔人だろうと、それは決して犯してはならない領域なのだ。
 …弥子がごしごしと手の甲で涙を拭った。ちょっとごめん、と呟きながら鼻をかんで、赤くなった目を何度もまばたきした。

「だからね。私、ネウロと会って探偵をしていることはお父さんからのプレゼントだと思うことにしたの」
「フム…死期を悟った父親が、貴様に非凡な日常のきっかけを遺して逝ったということか」
「うん、そんな感じ…かな。色んなことプラスマイナスしたら、ネウロに会って探偵やってて良かったって思えたし」
「…なるほど、それでこれを」

 ネウロは彼女から視線を外して手の中にあるチョコに向けた。小さな、とても小さな、弥子のネウロへの気持ちが凝縮された結晶。

「…ならば我が輩も、貴様らの気持ちには答えねばならんな」
「?」

 きょとんとする弥子を無視してネウロは手にしたトリュフチョコを一口齧った。あいにくと味は全く分からなかったが、ふわりと広がる馨しい香りはとても好ましいと思った。
 まさかネウロが人間の食べ物を口にするとは思わなかったのだろう。弥子は目を丸くしていたが、齧りかけのチョコを差し出されて更に目を丸くした。

「え、何?」
「見て分からんか、この半分は貴様にやると言うことだ」
「はぁ!?」

 弥子は素頓狂な声を出した。
 先ほどまでの沈んだ気持ちは一瞬でどこかに吹き飛んでしまったらしい。普段の彼女に戻ったのを見て安堵した自分に気付き、ネウロは緩く唇の端を持ち上げた。

「な…何で私があんたの食べかけのチョコ食べなくちゃいけないのよ!?」
「記念日には、人間は一つの食べ物を皆で分け合うのだろう?」
「そりゃ、ケーキを切り分けたり大皿の料理を取り分けて食べたりはするけど、誰かの齧りかけを食べたりなんてしないって!ああもう…それは私達からネウロへの贈り物なんだから、全部あんたが食べてよ」
「嫌か?嫌ならいいが…」

 ネウロはわざとらしく困った顔で小首を傾げてみせた。
 こういう顔で『嫌か?』とか『ダメか?』としおらしく彼が尋ねて来る時は逆に要注意だ。一体何を言い出すのか、と弥子は警戒心一杯で身構えた。

「貴様も承知の通り、我が輩は謎しか喰えない突然変異種。貴様らの気持ちに応えたいから無理をして半分喰ったのだが…残りも喰って我が輩の体に何か異常が起きたら、貴様はどう責任を取るのだ?朝から晩まで我が輩に付きっきりで看病してくれるのか?」
「うっ…」

 予想に反してと言うべきか。意外にごもっともな言葉だったので弥子は言葉に詰まった。
 怯んだところに畳み掛けるようにネウロは更に続ける。

「それにこの『トリュフチョコ』と言ったか…さすがに超高級品だけある、口に入れた時の素晴らしい香りは言葉に尽くしがたいものがあるぞ。我が輩は味の方は分からんが、さぞかし美味いのだろうな」
「え、そんなに?」
「そうだ、ちょうど今日は恋人達の記念日だったな。なんなら我が輩が口移しで……」
「有り難く頂きます!」

 これ以上迷っていたらますます状況が悪化すると直感した弥子は半ばひったくるようにチョコを取った。目を瞑って口に放り込む。噛まずに飲み込んでしまうつもりだったのだが、口の中一杯に広がった香りに顔がだらしなく弛んだ。

「ん!んん〜〜〜っ!!お〜いし〜〜〜い!ああもう、飲み込んじゃうのがもったいないの!」

 まさに絶品という言葉が相応しいその味に、ネウロの食べかけということなどすっかり忘れて弥子はチョコを味わった。
 飲み込んだ後の余韻にまでうっとりしている弥子を見ながらネウロがにやりと笑った。

「よし、これで少なくとも向こう一年間の主従契約は成立したな」
「え?ネウロ、今なんて言った?何かすごーく不吉なこと言われたような気がするんだけど!」
「この記念日を節目に気分を一新して探偵業に励め、と言ったのだ」
「嘘!もっと物騒なこと言ってた!」
「言い方はどうあれ主旨は変わらんのだ、どうでも良かろう。…ヤコ」

 ネウロは弄んでいた造花を手の中に握り込んだ。不思議そうな顔をしている弥子の前でマジシャンよろしく手を開く。
 そこには、薄紅色の花が一輪。
 作り物から本物になった花を、ネウロは恭しく弥子に差し出した。

「私にくれるの?」
「無論」
「あ…ありがと」
「天国の父親に恥じない働きを期待してるぞ」
「…うん」

 渡された花を大切に手の中に包んで、神妙な顔で弥子が頷く。
 一年という時間。
 一年目という記念日。
 それらは桂木弥子という人間の可能性をどのように開花させるのだろうか。そして彼女が進化したその時こそ、究極の謎に手が届くのかも知れない。
 一刻でも一瞬でも早くその時が訪れるように。
 強く、強く、ネウロは願った。


END



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