| みなさんこんにちわ。桂木弥子探偵事務所の秘書、あかねと申します。 今日はちょっと所長の桂木弥子さんを紹介してみようと思います。 弥子さんはごくごく普通の女子高生なんですが、普通じゃないところが3つくらいあります。 まず一つ目は知名度。アヤ・エイジアの事件などを解決した名探偵なので、なかなかの有名人です。 次に二つ目は胃袋。フードファイターも真っ青の底無し胃袋の持ち主です。本当に私も不思議です、人並みより細い体の一体どこに吸い込まれて行くんでしょう。 そして三つ目は暴力を奮われる頻度。助手のネウロさんは、多分、コミュニケーションの一環のつもりで暴力を振るうんでしょうけど、日常的にキャメルクラッチやらドロップキックやらをかまされるせいで、弥子さんは女子プロレスラーもビックリなタフさを身に付けています。 ああ、そして今日も…。 「痛い痛い!ギブギブギ〜ブ〜!!」 事務所に弥子さんの絶叫が響いています。その原因は言うまでもなく、助手のネウロさんです。 ネウロさんはといえば、実に楽しそうな顔で弥子さんを踏んづけています。小さな男の子が虫やかえるを殺す時にこんな顔をしていた気がします…。私はこんな時、ハラハラしながら弥子さんを見守るしか出来ません。 叫びに叫んでやっと踏んづけ攻撃から解放された弥子さんは果敢にもネウロさんに抗議を始めました。 「ちょっとネウロ!なんで私が宿題に苦しんでる時にいきなり床に引きずり倒して踏んづけるのよ!?昨日はお菓子食べてる時にいきなり首絞めて来るし!あんた私に何か恨みでもあるわけ!?」 「恨み?」 ネウロさんはきょとんと目を丸くしました。弥子さんの反応が本当に予想外だったようです、あれは素で驚いている顔です。 「そうか…毎度毎度どうしてそんなに嫌そうなのか不思議で仕方がなかったのだが。貴様には我が輩の愛情表現が伝わっていなかったのだな」 「あ…あいじょうひょうげん〜〜〜〜〜〜!!??」 「そうだ」 弥子さんは目をまんまるにして口をぽかーんと開けています。私もびっくりです…が、魔界生物のネウロさんは地上の人間とは全く違う価値観を持っています。本当にあれは魔界流の愛情表現なのかもしれません。 余りにも弥子さん(と、私)が驚いているので、ネウロさんはちょっと真面目な顔で首を傾げました。 「地上の人間共の愛情表現は貴様には刺激が強すぎるかと思って魔界流の愛情表現で接していたのだが…やはり人間のやり方でないと伝わらないか」 「………へ?……………」 何だかとても嫌な予感がします。 弥子さんは引きつった顔でネウロさんに尋ねました。 「あ…あのさぁネウロ。あんたが知ってる人間の愛情表現ってどんなの?」 「む?縄で縛ったり、鞭で叩いたり、踵の高い靴で踏み付けたり…」 「………………」 魔界流の愛情表現で接してくれて良かった。 青ざめた弥子さんの顔にはっきりとそう書いてあります。 ネウロさんは謎を喰うために必要な地上の知識を、持ち前の頭脳と好奇心でどんどん吸収しています。なんですが、地上の一般的な価値観や常識を覚えるのは 後回しになることが多く、常識も非常識もメジャーもマイナーもノーマルもアブノーマルも、ネウロさんの中では『地上の文化』として一括りになっていること もよくあります。そんな時は弥子さんや私や、時には雑用の吾代さんが指摘してあげるのですけど。 今回もどうやらそのパターンのようで………。 「あ…あのさぁネウロ、その『愛情表現』ってどこで見た?多分、ほとんどネットだよね?本屋で子供が立ち読みできる雑誌コーナーとか、ゴールデンタイムのドラマとかじゃ見てないよね?」 引きつった笑顔で尋ねる弥子さんの姿に、ネウロさんはすぐピンと来たようです。 「…ひょっとして我が輩が人間の愛情表現だと思っていたこれらの行為は愛情表現ではなかったのか?」 「愛情表現ではあるけど、かなり特殊って言うか人を選ぶって言うか。そーゆー趣味のある恋人同士が、お互い合意の上で、初めて成り立つって言うか…」 「言われてみればこの手の愛情表現が見られるサイトではずらずらと注意書きが書いてあったな。『18禁』とか『SMに理解のない方は閲覧しないで下さい』とか。なるほど、マイナーでアブノーマルな愛情表現の手段なのだな」 さすがネウロさんです。事の次第を一瞬で理解しました。 それでは貴様には伝わらないはずだ、と言いながら頷いています。 …あ、弥子さんが何か思い付いたようです。 「そーそー。だからネウロ、私にも分かるように一般的な人間流の愛情表現で接してくれない?魔界流のやり方じゃ私にとっては暴力と同じだから、愛情なのか体罰なのか分からないし」 上手い持って行き方です。 これならネウロさんの無意味な暴力を止めることができるかもしれません。ネウロさんも思案顔です。 「ふむ…そう言えば以前笹塚にも、我が輩の愛情表現が犯罪に見えるとか忠告されたな。確かに地上では一般的な人間流の愛情表現にした方がいいのかもしれん」 「でしょでしょ」 「では早速試してみるか」 「へ?」 この展開は予想外だったようで、弥子さんはまた顔を引きつらせました。何と言っても相手はネウロさんです。何を『一般的な人間流の愛情表現』と認識しているか分かりません。 弥子さんはいつでも逃げだせるように身構えながら(逃げたところで直ぐ捕まるんですけど…)尋ねました。 「念のために聞くけど、その愛情表現は年令制限無しのサイトでも見れる?ゴールデンタイムのドラマでもやってる?」 「無論だ」 「服は…着たままで大丈夫、だよね?」 「先ほど外出した時にもこの愛情表現を見たが。服はきちんと着ていたぞ」 それならいきなり押し倒されることもなさそうです。 弥子さんもほっとしたような顔になりました。ネウロさんに指示される通りにソファに腰を降ろしました。その前にネウロさんが屈んで弥子さんの顔を両手で挟みました。 弥子さんは目を開けたままじーっとネウロさんを見ています。 …ここは目を閉じるのが一般的な気がするんですけど。ネウロさんも不思議なのかちょっと首を傾げていましたが、まぁいいかという顔でそのまま弥子さんにキスしました。 ちゅっ。 唇に、一瞬だけ。 うんうん、実に一般的かつ適切な愛情表現です。 他人事ながら私はホッとしたんですけど、弥子さんは固まっています。ネウロさんが目の前でひらひらと手を振ったり指を変型させて『指は何本だ?』と聞いていますが完璧に固まっています。 まさか…。 「ちょっとネウロ、いきなり何するのよー!!」 弥子さんが涙目で絶叫しました。 ネウロさんはきょとんとしています。お望み通り『一般的な人間流の愛情表現』をしてあげたのに、どうして弥子さんが怒るのか全く分からないのでしょう。 私はすぐある可能性に思い当たったのですけど…。 「何と言われても。貴様の言う『一般的な人間流の愛情表現』だが?」 「そーだけど!確かに一般的な愛情表現だけど!だからって断りもなく唇にキスすることないじゃない!」 「??」 「ああ…私のファーストキスがこんな奴となんて…」 やっぱり。 色気より食い気を地で行く弥子さんは今のが初めてのキスだったようです。 ネウロさんは『初めて?』と不思議そうな顔で呟いて、なんとも言えない顔になりました。 「ヤコ…遅れているな」 「遅れてるとか進んでるとかそーゆー問題じゃないの!!どうしてくれんのよ、私だってファーストキスには色々夢があったのにーー!!」 「まぁいいではないか。我が輩は魔界生物だ、数には入らん」 「そんな慰めなんかいらないーーーっ!!」 不思議そうだったり哀れんだり笑ったり思案したり、くるくると表情を変えたネウロさんは不意に弥子さんの顔をがしっと掴みました。 殺される。 私と弥子さんが同時に同じことを思って同時にビクッとなった次の瞬間。 ネウロさんはまた弥子さんにキスしました。 …今度はちょっと長めです。 ようやくキスから解放された弥子さんは、訳が分からないのと殺される恐怖から言葉を失ってただネウロさんを見つめています。そんな弥子さんをじーっと見ていたネウロさんは満足そうな笑みを浮かべました。 「人間の女が騒いでうるさい時はこうすると静かになるとどこかで見たのだが…。半信半疑だったのだがまさか貴様にも効果があるとはな」 「…………………」 何か違います。どこがどう、とははっきり言えませんが、何かズレています。 初めてだけでなく2度目のキスまで奪われてしまった弥子さんは放心状態で固まっていますが、そんなことを意に介するネウロさんではありません。キスの思わぬ追加効果にかなり御機嫌がよろしいようです。そしてそんな時のネウロさんは碌なことを思い付きません。 あ、子供のような無邪気な顔でポンと手を打ちました。…凄まじく嫌な予感がします。 「よしヤコ。貴様に選択権を与えてやろう。優しい主人の我が輩に感謝するのだぞ」 「選択権って…何を選ぶの?」 「貴様が奴隷に過ぎた言動をした場合、魔界流のやり方と人間界流のやり方、どっちで黙らせて欲しい?好きな方を選べ」 「……えっ…と…第三の選択肢はないの?例えば『状況に応じて使い分ける』とか、『どっちもなし』とか………」 「ない」 にっこり。 ああ、ネウロさんはとても楽しそうです。反対に弥子さんは真っ青です。 人前でネウロさんの気に入らない事を言った時、暴力を奮われるかキスをされるかのどちらかしかないなんて。 究極の選択だ。 弥子さんの全身のオーラがそう言っています。 はたして弥子さんがどちらを選んだのか…それは皆様の想像にお任せして、所長・桂木弥子の紹介を終えさせて頂きます…。 |