| 2月21日。 バレンタインの悲喜こもごもが終わって一週間目のこの日。 サイキッカー部隊所属のエミリオ・ミハイロフ少年の御機嫌はすこぶる斜めだった。廊下を歩けば上官ですら不自然に進路を変える程に邪悪なオーラを振りまいていた。 理由は簡単。 今日は彼の誕生日だというのに、仲間の誰一人としてそれを祝う気がないからである。 いや、一応『誕生日のパーティーでもしようか?』と打診はあった。が、思春期と反抗期が同時に来ている複雑まっただ中なお年頃のエミリオは、『誕生日 パーティーなんてガキ臭い事!』と可愛くない言葉を返してしまい、エミリオに環をかけて可愛くない性格の大人達は『じゃあケーキもプレゼントも無しでいい な。楽で助かる』的な返事を投げて来たのだ。 それでも何かしらサプライズがあるのでは…と心の隅でエミリオは期待していたのだが、仲間達はそれぞれの仕事で基地を開けていてしばらく帰って来ないらしい。つまり本当に本気でエミリオの誕生日はスルーされる事になったのである。 結局のところ素直でない返事をしてしまったエミリオ自身に原因があるのだが、そのくらいの言葉の裏くらい読みやがれと内心文句タラタラだったのだ。 …が。腹が立とうが誕生日なのに誰も祝ってくれなかろうが腹は減るものだ。 物凄い仏頂面のままエミリオは基地内にある飲食店エリアにやってきて、嫌という程見覚えのある奴とばったり出くわした。 濃い金色の髪、ダークブルーの眼、エミリオより頭半分程高い身長、ケチの付けどころが見つからない程度に整った容姿。 そいつは眼をぱちくりさせて尋ねた。 「こんなところで何をしてるんだ、エミリオ?」 「それはこっちの台詞だっつーの。任務じゃなかったのかよ」 「終わって帰って来たところだ」 「あっそ」 「何をムクれているんだ?」 「うっさいな」 エミリオはそっぽを向いた。 人並み外れて直感は鋭いものの、人一倍オツムの回転がノロく空気が読めないこいつにエミリオの不機嫌の理由が分かるはずがない。 分かられてもそれはそれで不愉快なのだが、どうして分からないんだよと文句も言いたくなる。 唇を尖らせるエミリオの内心など全く意に介さない様子で刹那は続けた。 「食事はまだか?」 「食べて来たように見えるかよ」 「空腹度合いと不機嫌が比例するとは、やはりお前もまだまだガキだな」 「うっさいな。何なんだよさっきから」 「………」 刹那にまじまじと見つめられて、エミリオは居心地悪く睨み返した。 エミリオの機嫌が見るからに悪くても変わらぬ態度で接して来るのは刹那だけで、そんな彼を、どうのこうの言ってもエミリオはこっそり慕っていたりする。 今こうやって構ってくれるのもちょっと嬉しかったりするのだ。顔や態度には出さないが(難しいお年頃なのだ)。 「俺もこれから食事だから一緒にどうかと思ったんだが…誕生日パーティーも嫌がるお前には余計な世話だった様だな」 「えっ…」 「ああちょっと待て、渡したいものがある」 刹那はジャケットのポケットを探ってチケットを取り出すとエミリオに差し出した。 …基地の敷地内に立っているそこそこ高級なレストランの優待券だった。 「コースを頼んだ時にこのチケットを出すと、デザートと飲み物のセットがサービスでついて来るそうだ。誕生日の証明ができるものを持っていればバースデーケーキが出るらしいぞ」 「こんなもん、僕にどうしろって言うのさ」 「誕生日を祝ってくれる奴と行ってくればいいだろう?…ああ安心しろ、誰と行くか詮索したり後を付けたりする程俺は暇でも下品でもないからな」 「…………」 刹那は嫌味ではなく本気で言っている。 こいつの頭の中では『仲間の誕生日パーティーの提案を蹴った』イコール『恋人と二人で過ごす』という図式が何の疑いもなく成立しているのだ。 一緒に昼ご飯を食べてやってもいいよ。 エミリオがその台詞を硫黄かどうしようか迷っている間に、じゃあな、とひらりと手を振って刹那は行ってしまった。 その夜。 あれこれと悩みに悩み、プライドと本音に板挟みになり、とうとう空腹が限界に来てエミリオは自室を出て刹那の部屋に向かった。 …部屋を尋ねて来たエミリオを見ても刹那は意外そうな顔はしなかった。予想の範囲内の出来事が起きた、と言う感じだ。 「こんな中途半端な時間に何の用だ?」 「刹那さ、もう夕飯食べた?」 「いや、これから何か食べようかと思っていたところだが」 「…じゃあさ、今から一緒に夕飯食べに行かない?」 空腹に負けたプライドが少しだけエミリオを躊躇わせ、不機嫌な顔でボソリと言った言葉に刹那は部屋の時計を見遣った。 「別に構わんが…この時間じゃ、昼に渡したチケットの店のラストオーダーには間に合わないぞ」 「僕はそこらのラーメン屋かファミレスで十分だけど」 「最近のガキは欲がないんだな。俺がお前くらいの歳の頃には高級レストランを要求したもんだが」 「いいとこのお坊っちゃんだった刹那と一緒にするなよ」 「その頃の俺は親父が失脚してどん底にいたさ。…ちょっと待ってろ、準備して来る」 …結局ファミレスで夕食を取る事にしたエミリオは、少しだけ、自分の誕生日がバレンタインでなくてよかったと思った。 バレンタインの夜に男二人でファミレスで夕食なんて、侘しいし恥ずかしいじゃないか。そういえばバレンタインが誕生日のどこぞの総帥様は自分の記念日をどう過ごしたんだろう。 そんな話を刹那に振ると、『あの馬鹿な優等生がクソ真面目に仮装とかしてクソ真面目にケーキにロウソク立ててクソ真面目にクラッカー鳴らして祝ったんじゃないか』と真顔で返され、なるほどきっとそうだろうなとエミリオは納得した。 そして同時に、誕生日でも変な肩ひじ張らずに自然体で一緒に食事をする仲間がいる事に少しだけ(ほんの少しだけだぞ!)感謝した。 食事を終えて基地に戻って来たエミリオは刹那の『コーヒーくらい飲んで行くだろう?』という誘いに甘えて彼の私室に上がり込んだ。 刹那の部屋には漫画喫茶でも開くつもりかよと突っ込みたくなる程の漫画本があって、エミリオは時々その漫画を読みに来るのだ。 例によって本棚にぎっしり詰め込まれた本を適当に選んでソファに戻ると、コーヒーのいい香りが流れて来た。刹那はコーヒーに多少のこだわりがあるらしく、コーヒーメーカーでそのつどいれているのだ。 刹那がコーヒーセットの乗ったトレイをテーブルに置いたので有り難く頂こうと顔を上げたエミリオは眼をぱちぱちさせた。 コーヒーと、砂糖とミルクの容器、カップとスプーンは分かる。けど、ナイフとフォーク、取り皿と、リボンのかかった箱は余計じゃないか? 問いかけるような顔をするエミリオに、刹那はにやりと笑ってリボンのかかった箱を差し出した。 「え…何だよ、これ」 「開ければいいだろう」 「………」 エミリオはもう一度刹那と箱を交互に見て、恐る恐るリボンをほどいて箱を開けた。 …ケーキだった。 真っ赤な苺と白い生クリームでデコレーションされて、チョコのメッセージプレートが乗った定番中の定番の、バースデーケーキだ。 チョコのプレートには、今日は仕事で基地を開けている仲間達からのお祝いメッセージが書かれている。 箱を開けたままぽかんとしているエミリオに刹那はクスリと笑った。 「どうのこうの言って、皆お祭り騒ぎをする口実が欲しかったんだよ。次からはもう少し空気を読んで、ガキらしく大人に甘えるんだな」 「何だよ、皆して僕を子供扱いしてさ」 「ロウソクもあるからな、ちゃんとケーキに立てて火を付けてから吹き消せよ」 「命令かよ」 「その通り、上官命令だ」 わざと刺々しく言ったエミリオの言葉などどこ吹く風と言う顔で、刹那は近くに置いてあったハンディビデオを用意した。 「お前がロウソクを吹き消して礼を言うところをきちんと記録しておけと指示が出ている」 「全部強制かよっ」 「コーヒーが冷める、早くしろ」 「ロウソクくらい刹那が立ててくれてもいいだろ」 「…お前な、それが人にものを頼む態度か」 呆れながらも刹那は16本のロウソクをケーキに立てた。きっちきちにロウソクを立てて(独り占めサイズの小さなケーキなのだ)火をつけると、ついでに闇の炎で部屋の中を暗くした。 お膳立てはバッチリである。 刹那はハンディカメラを構えて撮影を始めた。 「『エミリオ、16歳の誕生日おめでとう。軍サイキッカー部隊一同。』祝辞代表、俺」 「ま、仕方ないから刹那に免じて感謝してやるよ。ありがと」 「片手が塞がってるから拍手は省略な」 「略すなよ!」 取りあえず言い返して、エミリオはロウソクを吹き消した。 最後の1本の火が消えると同時にタイミングよく闇が消えて部屋が明るくなった。 これでお役目終了とハンディカメラを止めた刹那がぱちぱちと拍手をした。 照れくさいやら恥ずかしいやら嬉しいやらでエミリオは唇をへの字に曲げて、しばらく待ったが刹那は自分のコーヒーを飲みながら漫画を読み始めている。自分の役目はここで終わり、と言う事らしい。 仕方なくエミリオは自分でロウソクを抜き、ケーキを切り分けようとナイフを手に取った。 「…皆が帰って来るのっていつだっけ」 「早くて3日後だな」 「そっか…皆が帰って来る時まで残しておいたら傷んじゃうな、これは」 「そんな小さいケーキ、一人で食えばいいだろうが」 「誕生日を一緒に祝ったんならケーキも食べるのが筋ってもんだろ」 我ながら変な理屈だと思いながら、エミリオは小さなケーキを半分に切ってチョコのプレートが付いていない方を皿に乗せて刹那に差し出した。 甘いものを特別好きではない刹那は、黙って半分のケーキを受け取った。 箱に入ったままの残り半分のケーキにエミリオは無造作にフォークを突き立てて口に運んだ。 何だよ畜生。めちゃくちゃ美味いじゃないか。これじゃ皆が帰って来たら改めて礼を言わなくちゃいけないじゃないか、全くもう。 エミリオは思わず零れそうになる笑みを必死で押さえながら、最高に美味しいケーキを黙々と攻略して行った。 |
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