Happy Birthday みんなで

 意識は覚醒しているのに体が眠っている…という状態だった。
 誰かが何かごそごそやっている気配を感じるのだが、頭も瞼も鉛のように重くて眼を開けられない。
 ぶっちゃけ眠すぎるということだ。
 この眠気をねじ伏せてまで起きる必要も危険も感じなかったので、エミリオは三大欲求のひとつに大人しく身を任せ心地良い微睡みに沈んでいった。

 

 エミリオはもぞもぞとベッドから手を伸ばし手近なテーブルに置いてあった起き時計を取った。
 時計が指す時間を見て我が眼を疑い、ゴシゴシと眼を擦ってもう一度時間を確認して、マジかよ…とボヤいた。
 午後2時。寝坊するにも程がある。
 今日は急ぎの仕事も無いが非番でもない。上司や同僚からの嫌味は覚悟しなくては…と思いつつベッドに体を起こしたエミリオは三たび我が眼を疑った。
 寝室のドアにべったりと張られた横長の紙にはハッキリとこう書いてある。

『↑順路』

 何の冗談?
 ベッドから降りてまじまじとその張り紙を見た。角度を変えると別の文字が浮かび上がるとかそんな細工は無いらしい。
 こんな物を(エミリオの寝室に忍び込んでまで)張っていった犯人は大体予想が付く。今朝の異常な眠気も、昨日の夜に一服盛られたせいだとしか思えなくなって来た。が、わざわざこんな手の込んだ事をする理由が分からない。
 そーっと手を伸ばして慎重に紙を剥がした。何か書いてあるのかと裏返すと玩具屋のチラシだった。
 チラシの裏かよ!いくら悪戯だからってエコ過ぎるだろ、せめてコピー用紙くらい使えよな!
 剥がしたチラシをくしゃくしゃに丸めて力一杯ゴミ箱に叩き込むとエミリオは寝室のドアを開けた。

「………………………」

 足下に玄関マット程度の大きさの紙が1枚。そこには勿論。

『↑順路』

 とりあえずぐりぐりと踏み付けてから、ゴミを放っておく訳にも行かないので拾い上げると1月のカレンダーだった。またしてもエコ仕様。
 もはや丸めて捨てるのも面倒で光の力で綺麗さっぱり消してやる。
 上司か同僚の悪戯に振り回されてやるつもりは無い。とにかく顔を洗ってさっぱりしようと洗面台に向かうと、鏡にも紙が貼ってあった。

『無視すんなよ。顔洗ったらちゃんと来るんだぞ』

 思わず殴りつけたくなった。
 うっせー!
 内心で怒鳴って紙を剥がし、ばしゃばしゃと顔を洗って歯磨きを終わらせて、さてどうするかとエミリオは考えた。
 無視するなと言われれば無視したくなるお年頃ではあるが、何せあの上司や同僚がここまで手の込んだ準備をしているのだ。無視したら後で何があるか分からない気もする。
 迷ったので取りあえずコーヒーでも飲もうかと棚を開けたエミリオはカップの底や中身をひっくり返してみた。…メッセージは無い。
 流石にここまで面倒な事はしなかったか、とインスタントコーヒーの瓶に手を伸ばしたエミリオの顔が引きつった。蓋の上に紙が貼ってある。

『一杯飲んだら来いよ?』

 ぐぬぬぬぬ。
 猛烈にむかついたがガラス瓶を投げ付けたら後始末が大変なのでぐっと堪えた。
 インスタントコーヒーをカップに入れて熱湯を注ぎ、乱暴にかき混ぜるとコーヒーが飛び散った。牛乳を出そうと冷蔵庫を開けると、手付かずの牛乳パックに紙が1枚。

『賞味期限切れてたから、新しいの入れておくね』

 …………。御丁寧にどうも…。つか、ブラドさんまでグルなのかよ。
 観念したエミリオは牛乳で温度を下げたインスタントコーヒーを一気飲みして部屋を出た。
 案の定と言うべきか、部屋の前の壁にも張り紙。

『←順路→』

 どっちだよ。
 頬の筋肉をひくつかせながら良ーく見ると、小さな字で『←遠回り 近道→』と書いてある。
 ああもう、どっちでもいい。
 エミリオは大股で右の廊下に向かった。

『順路→』『順路↑』『←順路』『↑順路』

 いちいち逆らうのも面倒で素直に矢印に添って進むと、辿り着いた先はサイキッカー部隊幹部専用の会議室だった。
 観音開きの豪華な扉を半ば蹴り飛ばすように勢い良く開けた。

「おい!一体何のつもり……」

 がん。ぼと。コロコロ…。
 直径50cmはありそうなくす玉が見事にエミリオの頭を直撃し、床に落ちて転がった。
 扉を開けたまま(正確にはくす玉の直撃を食らったまま)完全にフリーズした問題児の姿に、部屋で待っていた大人達はクラッカーを持ったままフリーズしていたが。

「…………」

 ガデスとブラドと刹那が無言で視線を時の支配者に向けた。
 部下の視線を一身に浴びた司令官様は大仰に苦笑を浮かべてみせた。

「いくら私でも時を戻す事は出来ないんですよ」
「そう言えばそうだっけ」
「どうするんだ?」
「しゃーねーだろ。これは無かった事にしようぜ」

 ガデスが床に落ちたくす玉を何ごとも無かったように天井に吊るし直した。
 目の前に『さぁ引っぱれ』と言わんばかりの紐を垂らされたエミリオはどんよりと曇った眼を上げた。

「お前らさ…一体これは何の真似?」

 普通の人間なら裸足で逃げ出す不機嫌MAXのエミリオの表情と声にも、大人達は全く悪びれた様子を見せなかった。揃いも揃ってあっけらかんとしている。

「知りたきゃその紐を引っぱりな」
「分かってるだろうが適度な力でだぞ、目一杯引っ張るんじゃねーぞ?」
「さっきの事は無かった事にしてね!」
「………………」

 ふざけるなと暴れたところでエミリオと互角以上の実力者が4人。相手が悪すぎる。
 頬を膨らませて不満をアピールしながら、目の前の紐を程々の力で引っ張った。
 ぱーん!
 大きな音と共に紙吹雪が舞った。
 一体なんだよ、と思ったエミリオの前に答えが書かれた垂れ幕が落ちて来た。

『ハッピーバースデー☆エミリオ』

 …不覚にも、不機嫌な気持ちが全部どこかに吹き飛んでしまった。
 すぱーん、すぱぱーーん!!
 クラッカーが鳴って、皆がお祝いの言葉を口にした。

「ハッピーバースデー、エミリオ」
「おめでとさーん」
「誕生日おめでとう、エミリオ」
「16歳おめでとう!」

 パチパチパチ。
 拍手をされても、エミリオは酸欠の金魚のように口をぱくぱくするしか出来なかった。
 あ…とか、う…とか呟くエミリオに大人達は満足げな笑みを浮かべて、テーブルの下からごそごそとプレゼントの包みを取り出した。ウォンは細長い箱、ブラドは手の平サイズの小さな箱、刹那は妙に大きくて重い箱、ガデスは馬鹿でかいリボン付きの袋をエミリオに渡した。
 両手に一杯プレゼントを抱えて、エミリオはようやく口を開いてマトモな言葉を言った。

「これ…開けていいの?」
「勿論」

 …ドキドキしながら包みを開いた。
 ウォンのプレゼントはネーム入りの万年筆。超が付く高級品だと言う事は素人にも分かる逸品だ。ブラドのプレゼントは彼のデザインしたシンプルなピアス。 とは言え、エミリオの月給でも変えない価格が付く事は想像出来る代物だ。刹那のプレゼントはWii本体とWiiFit。ガデスのプレゼントは背中にチャッ クの付いたクマのぬいぐるみ。ぬいぐるみには『だららん生活』と書かれたタスキまでかかっている。
 怒りや不満とは別の理由でエミリオが言葉を詰まらせている間に、ブラドがお茶とケーキを用意してくれていた。
 たっぷりの苺とクリームでデコレーションされたケーキには、『ハッピーバースデー@エミリオ』と書かれたチョコのプレートが乗っていて、ロウソクが16本立っている。

「やっぱりバースデーケーキにはロウソクがお約束だな」
「私達はもう、ケーキで誕生日をお祝いするような歳でも無いですからね」
「そもそも誕生日が分かってるのはエミリオとブラドだけじゃねーか」
「そんな事言わない!さぁエミリオ、火を付けるよ」

 16本のロウソクに火が灯ると、大人達は手拍子をしながら歌い始めた。

「ハッピーバースデートゥユー…」

 思わず嬉し涙が込み上げてエミリオは慌てて顔を擦った。

「ハッピーバースデー、エミリオ♪ハッピーバースデートゥユ〜〜〜」

 歌い終わりに合わせてエミリオはロウソクを吹き消した。
 パチパチパチ。
 再度の拍手に俯いて、もじもじしながらぽそっと呟いた。

「あ…ありがと……」
「どういたしまして」
「感謝しろよー」
「じゃ、ケーキ切るね」

 ホールのケーキをどう5等分するのかと思ったら、6当分したケーキの2切れ分がエミリオの皿に乗せられた。無論チョコのプレートも乗っている。
 一口頬張ると、甘酸っぱい苺の味が広がった。
 こんなに美味しいケーキを食べたのは何年ぶりだろうと思うほど素晴らしい味がした。
 素直に嬉しい感情を表に出せないせいで黙々とケーキを口に運ぶエミリオにブラドは優しい眼を向けた。

「ケーキを食べ終わったらショッピングセンターに皆で行こうと思ってるんだ。いいかな?」
「いいけど…何をしに?」
「遅めの昼食と、後は刹那があなたを玩具屋に連れて行きたいそうですよ」
「何で玩具屋?」
「Wiiの本体があってもソフトが無いと遊べないだろう?お前の欲しいゲームを買ってやるよ」
「んで、買って来たら一緒に遊ぶ訳だな」
「悪いか」
「あ、否定しないんだ」
「いいよ、刹那。一緒に遊んでやるよ」
「プレゼントしてもらう立場の癖に、何だその上から目線は」

 いつもの会話も普段以上に楽しく感じられて、エミリオは上機嫌でケーキを平らげた。

 

 

 仲間達でのささやかな誕生日パーティーを終えて、ショッピングセンターに行くために部屋を出た時、ブラドがそっとエミリオに囁いた。

「ガデスはああ言ってたけどさ、ウォンとか刹那とかガデスの誕生日もサプライズでお祝いしようかなって思うんだ」
「皆の誕生日がいつなのか分かんないのに?」
「僕達で勝手に決めちゃおうよ」
「へっ?」
「刹那は人工サイキッカーになった日。ガデスは僕達の仲間になった日。ウォンは11月のいつかで…どうかな?」
「…いい案だと思うよ」

 エミリオはにやっと笑った。
 こんな手の込んだ事をして僕を驚かせて、悔しい事に感動までさせてくれちゃって。そのお返しはきっちりしてやるからな。
 時期的に一番近い『仲間の誕生日』は刹那になる。
 先頭を歩いていた刹那が振り返った。

「遅いぞ!さっさと来い!」
「あ、ごめーん」
「今日の主役に命令するなよな!」

 取りあえず言い返してエミリオは小走りに刹那を追った。
 込み上げて来る笑みを隠し切れない。
 見てろよ、刹那。僕の時以上に念入りに計画を練って、驚愕と感動の誕生日にしてやるからな。精々その日を楽しみに待ってなよ!


     END    


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