歩くような速さで
前編

 特に用もないのだが、図書室を訪れたエミリオはそこで良く知っている顔をみつけた。
 濃い金色の髪、紫紺の眼、パーツも配置も文句の付けようのない顔立ち。
 エミリオが彼に近付くと、二人の半径5mから人が消えた。

「黙ってればボロが出ないんだけどねぇ」
「…いきなり何だ」

 雑誌を読んでいた刹那があからさまに不愉快そうな顔を向けた。
 あーあ、また眉間に皺寄せて。せっかくのかっこいい顔が台無しだよ。
 エミリオは刹那の読んでいた雑誌にちらりと目をやった。

「何を読んでるのかと思えば週刊ジャンプ?相変わらず子供だね、そんな漫画なんか読んでさ」
「大きな世話だ」
「漫画なんか読んでる暇があったらもっと実用的な本を読んで勉強したら?いつ軍を首になってもいいようにさ」
「貴様…!」

 刹那が雑誌を置いて立ち上がった。半径10mから人が消えた。
 なんて簡単な奴なんだろう。ちょっとからかうだけで熱くなっちゃって。
 エミリオはクスクス笑いながら刹那を見上げた。

「何を怒ってるの?僕は親切で言ってあげてるのに」
「…やはり小学校しか出ていないガキだな、上官に対する口のきき方も知らないのか」
「そっちこそ、先輩に対して態度がなってないよ。所詮は高卒ってやつ?」
「何だと!」

 刹那に胸倉を掴まれ、予想通りの反応にエミリオはますます嬉しくなった。

「何?僕と闘る気?」
「いいだろう。貴様のチンケな光などこの俺の闇で呑み込んでやる」
「できるもんならやってみなよ!」

 エミリオが両手を広げて結界を展開しようとした瞬間。
 すぱーん!!(×2)
 実に小気味良い音と共に、広がりかけた空間が消えた。

「何やってるの!」

 …両手に雑誌を丸めて持ったブラドが、珍しく怒った顔で立っていた。どうやら二人は、その丸めた雑誌で頭を叩かれたらしい。公衆の面前で。
 刹那はぽかーんとし、エミリオはせっかく楽しくやっていたところを邪魔されて、不貞腐れてソファに腰を降ろした。これがウォンやガデスなら猛抗議しているところだが、ノアにいた時から慕っているブラドではそれもできない。
 横目で見上げると、ようやく何があったか理解したらしい刹那が(遅いよバカ)さすがにムッとなっていた。

「おいブラド、いきなり何だ?」
「それはこっちの台詞だよ。ここをどこだと思ってるの?」

 まぁ確かに。喧嘩したいなら地下のトレーニングルームに行くのがスジだもんな。
 エミリオがそう思っていると、ブラドは予想の外の更に外を行く言葉を言った。

「図書館だよ?図書館では静かにしてないと駄目じゃないか!」

 頬杖を突いていたエミリオの手が滑って頭がガクッと傾いた。
 怒るポイントはそこかよ!
 刹那もそれは同感だったらしい。さすがに呆れた顔になった。

「何を言ってるんだ」

 そうだそうだ、バシッと突っ込んでやれ。

「お前は図書委員か?」

 だぁっ。
 エミリオはソファとセットになっていたテーブルに突っ伏した。
 突っ込むのはそこかよ!

「『何を言ってるんだ』はお前だよ、刹那!違うだろ!」

 ブラドの相手は刹那に任せようと思ったそばから思わずツッ込んでしまった。
 突っ込まれた刹那はフンと鼻で笑った。

「大真面目に突っ込むな。俺だって本気で言ってない」
「そっか、安心したよ。本気で言ってたらどうしようと思った」
「違わないよ?」

 刹那の言葉にほっとした次の瞬間、エミリオはブラドの言葉に猛烈な不安を感じた。
 不安げなエミリオに向かって、ブラドは両手を腰に当てて胸を張ってきっぱりと言った。

「僕は図書委員だよ!」

 思わずソファからずりこけた。
 やっぱり違う!いや、違わないといえば違わないけど、やっぱり何かが根本的に間違ってる!どこがどうとは言えないけど!
 もうこの人に対抗できるのは刹那しかいない。年の功で何とかしてくれと念じてみたが。

「お前、図書委員だったのか。ただでさえ忙しいのにこんなことまでやって大変だな」
「そうだよ、大変だよ。皆、読んだ本は元の場所に返さないし平気で延滞するし中には借りた本をなくす人もいるし」
「そうか…そんな時にガキを相手に騒いで悪かったな」

 エミリオはテーブルに突っ伏して頭を抱えた。
 天然+天然。いやむしろ天然の二乗。ダメだこいつら。早く何とかしないと。
 そんなことを考えていると、ひょいと刹那に襟首を掴まれた。

「…何だよ」
「話を聞いてなかったのか?ここでやり合うとブラドの迷惑になる」
「そもそも図書館で闘りあうこと自体迷惑だと思うけど」
「トレーニングルームに行ってキッチリ白黒つける。異存はないな?」
「は?つか僕の話聞いてるの?」

 まだやる気だったのかよ。
 そう思ったが、刹那は返事も聞かずにさっさと図書室を出て行った。
 どうしようか迷っていると、ブラドが怪訝そうな顔になった。

「どうしたのエミリオ?早く追いかけないと」
「………」
「最近、二人の勝敗はけっこう五分五分なんだってね。そうやって仲間同志で切磋琢磨するのって、凄くいいと思うよ」

 にっこり。
 ブラドの微笑みに何も言えなくなり、仕方なくエミリオは刹那を追った。
 その足取りがとても軽いことを、ちゃんとブラドは見抜いていた。

 

 

 

 小走りに追い掛けてエミリオはやっと刹那に追い付いた。
 二人の深長差のせいで(絶対に足の長さじゃないぞ!)、エミリオは時々小走りにならないと刹那に追いつけない。
 ちょっとは僕の事も気遣えよな。
 内心で愚痴りながらついていくと、ふと刹那が足を止めた。

「思い出した」
「…今度は何?」
「お前が邪魔したせいで今週のジャンプを最後まで読んでない!くそっ、今週のブリーチはどうなったんだ!?」
「そんなこと知るかよ!つか、どうでもいいだろ!」

 思わずマジ切れした。
 僕との勝負より漫画の方が大事なのかよ!

「いや、思い出したら気になって来た。展開が気になってお前との勝負に集中できない」
「何だよ、負けた時の言い訳?」
「フ…まさか。お前と勝負する前にどこかでジャンプを読んでくるだけだ」
「ちょ…」

 文句を言おうとした時。
 ぐうぅぅ。
 エミリオの胃袋が情けない声で空腹を訴えた。
 微妙な沈黙が流れた。
 情けないやら恥ずかしいやらでエミリオは唇を噛んでそっぽを向いた。
 ああ、馬鹿にされる。向こう1週間はこれをネタにからかわれる。
 そう思ったが。

「何だ、妙に突っかかってくると思ったら。腹が減ってたのか」
「…………」

 予想外にあっさりした反応が返って来た。
 そっと見上げると、刹那は笑っていなかった。何だか懐かしそうな顔で呟く。

「そう言えば俺もお前くらいの歳の時には、夕飯まで待てずに友達と買い食いしてたな。最近はそんなことはなくなったが」
「歳とったんじゃないの」
「何だと?生意気言うのはこの口か、エミリオ」
「あいたたっ」

 ぎゅーっと頬を引っ張られた。
 慌てて言い直す。

「せ…刹那も大人になったってことじゃないの!」
「…ふん。まぁ良かろう」

 あっさりと刹那は手を離した。
 大事なこともわりとすぐ忘れるが、嫌なこともすぐに忘れるのは刹那の長所だ。
 名案が浮かんだ、と言う顔で笑った。

「真剣勝負の前にお互いの気掛かりを片付ける必要がありそうだな」
「何、それ」
「4時か…まぁ大丈夫だろう」

 だから人の話を聞けよ!
 返事を待たずに進路変更してさっさと行ってしまった刹那を、またエミリオは小走りに追い掛けた。
 …刹那が向かったのは施設の駐車場だった。管理室からキーを持って来て適当なジープに乗り込む刹那に続いて、エミリオもいそいそと助手席に座った。

「わざわざ車まで出してどこ行くのさ」
「決まってるだろう、基地の外れにあるショッピングモールだ」

 奇妙なコンビをのせてジープはサイキッカー部隊の施設を出発した。

 

 サイキッカー部隊が設立された基地は、ちょっとしたテーマパーク並みの広さがある。サイキッカー部隊のメンバーの他、研究員、一般兵など大勢の人間が生 活しているので、基地の一角には巨大なショッピングモールまで建っている。ガデスや刹那、ブラドは休日に出かけたりしているが、子供の上にマトモな社会生 活の経験がほとんどないエミリオは、ブラドに誘われた数回しか行ったことがなかった。一人で行くのは気が進まないが、素直に「ショッピングモールに行きた いから一緒に連れて行って」と言える相手はブラドだけで、そのブラドは何かと忙しく(本業にサイキッカー部隊副司令官に図書委員までやってるし)、たまの 休日はクリスか刹那とつるんでいるので、なかなか頼む機会がない。そんなわけで、巨大ショッピングモールはエミリオがこっそり憧れている場所だったりす る。
 ついでに普段は車に乗る機会が滅多にないので、できるだけ顔に出さない努力はしていたが、エミリオは内心ウキウキしていた。


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サイキ部屋
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