殉教者の指
西暦2012年11月7日  サイキッカー部隊研究棟所長室

 それは11月の始め頃。ハロウィンは終わりクリスマスはまだ遠い中途半端な時期だった。

「クリスマスパーティーしようよ」

 サイキッカー部隊副司令官ブラド・キルステンの言葉に、クリスの所長室に何となく集まってだらりと過ごしていたサイキッカー達と栞は『だるまさんが転んだ』と言われた時のように動きを止めた。ちなみに10月に軍に乗り込んで来て捕虜になったレジーナも一緒である。
 繰り返すが、11月の始めである。
 皆の微妙な視線を一身に受けてもブラドはにこにこと笑っている。
 …全員を代表して刹那が質問した。

「それはつまり、クリスマスにパーティーをやりたいから今から企画を出して準備をしようと、そういう意味でいいか?」

 ああなるほどそういう意味かと皆が納得しかけた時、ブラドはあくまでもにっこり微笑んだまま首を横に振った。

「ううん、今日か明日にでも」
「………………」
「いくら何でも気が早すぎるだろ?」
「そーだよ、まだクリスマスまで1ヶ月以上あるじゃん」
「だって…」

 ブラドが軽く首を傾げた。

「12月24日にはクリスマスパーティーなんていってられる状況じゃないから今の内にやっておけって言われたんだ」
「誰に?」
「いわゆる『天の声』ですよ」

 いつの間に現れたのか、ウォンがいつもと同じ笑みを浮かべてブラドの隣に立っていた。

「ああ御心配なく、私の能力でクリスマスパーティーの間だけ皆さんを12月24日にお連れしますから。クリスマス気分は存分に味わえます」
「……………」
「詳しい事は突っ込んではいけませんよ?これは外伝とは言え本編と多少リンクしていますし、しかも季節ネタなんですから」

 とりあえず突っ込んではいけないと言う事だけきっぱりはっきり察した彼らは潔く心と頭のスイッチをオフにした。
 真っ先に気持ちを切り替えたのはレジーナだった。

「よっしゃ!そうと決まったら衣装を買って来ないとね!」
「衣装?」
「何の?」
「決まってるじゃないの、サンタとトナカイよ!お約束に則って私とクリスと栞はミニスカサンタね!」
「え、私も?」
「みにすかさんたって何ですか?」

 さっさと話を進めるレジーナをブラドとウォンはにこにこ笑いながら、刹那とエミリオとガデスは仏頂面で見ていたが、誰一人としてミニスカサンタに異義を唱える者はいなかった。

 

 

 そして、ウォンの能力によって日付けは一気に12月24日に変わる。
 ショッピングモールに買い出しに行った女性陣がサンタに着替えるのを待つ間、野郎共はツリーを出したり部屋を飾りつけるグッズを出したりしていた。
 ちなみにトナカイ役はブラドである。とは言え、全身タイツでも着ぐるみでもない、子供用のキャラクターパジャマのような、フリース製トナカイを着ていた。

「お待ちどーお!」

 マントをすっぽり羽織ったレジーナがクリスと栞を連れて隣の部屋から出て来た。
 クリスはタートルネックにノースリーブ、ショート丈の手袋に膝丈のスカートと言う無難な格好。栞はノースリーブの上にポンチョを羽織って赤いブーツと言う出で立ち。もちろんちょこんとサンタの帽子をかぶっている。
 微笑ましい姿に皆が笑顔を浮かべた。

「なかなか似合うぞ、栞」
「そ…そうですか?」
「おーおーかわいいじゃねーか。5年後はもうちょっとスカートの丈を短くして頼むな」
「ガデスさぁ…」
「さー皆さんお待ちかねっ!メインのレジーナ様の衣装公開よ!鼻血流して喜びなさい野郎共!」

 ばっさぁーっ!
 ドロンジョ様のごとくレジーナがマントを脱いだ。
 白いレースで縁取りされた赤いチョーカー、バニーガールのごとく胸の谷間を強調する上半身、ショートパンツ並みに短いタイトスカート、肩まである長い手袋、膝丈のブーツ。
 セクシーダイナマイツな衣装である。

「わー」
「これはこれは、目のやり場に困りますねぇ。はっはっはっ」

 ブラドがぱちぱち手を叩き、ウォンがいつもの微笑みを浮かべながら半分棒読みで誉めた(?)が、他3人はほとんどノーリアクションだった。
 それが照れ隠しとか、嬉しいけど顔には出すまいと強がっているならノープロブレムなのだが、どう見ても素で無感動なので、レジーナは唇を尖らせた。

「何よ、もっと喜んだらどうなのよ」
「喜べと言われてもな…」
「普段の格好がアレだしね。露出、大して変わってないよね」
「顔も体も乳も尻も文句無しなんだけどなぁ、何つうかこうグッとこねぇんだよな。何でかねぇ、うーん…」

 魅惑のミニスカサンタを研究課題を見るような目で見ている野郎共にレジーナが本気でムカつき始めた時、ガデスがぽんと手を叩いた。

「そーか分かったぞ!レジーナの発する体育会系オーラが全てを台無し…あーいや、覆い隠してるんだ!」
「ああ、どんな高級食材を使ってもバーモントカレーを入れると途端にB級料理になるようなものか」
「なーる」
「そこ!納得しない!」
「さて、クリスマスパーティーの準備を再開するか」
「だな」
「はぁーい」
「こらぁぁぁーー!!」

 かくして。
 セクシーサンタを右から左に受け流した野郎共はサンタの帽子だけを被って部屋とツリーの飾り付け、ブラドとウォンと女性陣はパーティーの料理とケーキの 準備を始めた。ちなみにブラドはトナカイのフリースを着たまま、律儀にフードまでかぶってチキンやピザを焼いている。クリスの料理の腕がさっぱりと言うの もあるだろうが、ブラドの料理の腕はなかなかで、デザートに関してはプロじゃないかと言うレベルだ。
 天は二物を与えずって絶対嘘だよな。
 本人が気付かないだけで二物以上を授かっている刹那は脚立に乗ってツリーの飾り付けをしていた。ブラドが張り切って用意したツリーはとても大きく、高さ は部屋の2階あたりまである。サイキッカーだから飛べば済むのだが、そこはそれ、小道具や雰囲気も含めてパーティーである。

「やっほー、真面目に仕事してるー?」

 下から声がかけられた。
 見下ろすと、シャンパンの瓶とグラスを2個持ったレジーナが笑っていた。…どう見ても手伝いに来たようには見えない。

「見れば分かるだろう」
「分かる分かる。だからさ、ちょっと休憩しない?」

 少し迷ったが、クリスマスまでクソ真面目に仕事をする事もないだろうと脚立を降りた。御丁寧に床まで降りて座ったのは、レジーナの胸の谷間見物が目当てだと思われるのが絶対に嫌だったからである。
 隣に座ったレジーナがなみなみとシャンパンを注いだグラスを差し出した。有り難くグラスを受け取り、ケーキの飾り付けを始めたブラドと栞を見遣った。
 綺麗にクリームを絞ったケーキに、二人掛かりで色とりどりの果物を乗せている。自分の料理の腕を絶対に信用していないクリスは食器の準備に専念しているらしい。

「楽しそうね」
「そうだな」
「私も楽しいよ。クリスマスパーティーなんて子供の時以来だから」
「そうか」
「ねね、あんたは何歳の時までサンタを信じてた?」
「さあな」
「冷たいなぁ、もうちょっとマトモな反応してよねー」

 レジーナが腕を搦めて半分寄り掛かって来たが、少し顔をしかめただけに留めてやった。振りほどかないのは刹那の優しさであって、腕に当たるレジーナの胸が理由ではない…と言う事にしておこう。


 

 …振りほどいてツリーの片づけに戻るべきだった。
 数分もしない内に刹那は心底思った。

「だいたいさー、イブだってゆーのにさー、私みたいなイイ女が彼氏無しっておかしくなーい!?」
「…………」
「おかしいよねっ!?」
「そ…その通りだな。だから髪を引っ張るな」
「だって引っ張って下さいって言わんばかりじゃない」

 ぎゅー。
 レジーナが刹那のもみあげ部分を引っ張った。

「ねぇ何が原因なの私の何が悪いの顔なの胸なの体なの年令なの髪型なのファッションセンスなの何処に問題があるのねぇ教えてよ」
「シャンパン1杯でタチの悪い酔っ払いになるからじゃないのか」

 かなり真面目に刹那は答えた。
 どうでもいいおしゃべりの間に飲んだのはシャンパンをグラスに1杯。それが空になる頃にはレジーナは筋金入りの酔っ払いに変貌していた。酒に弱いにも程がある。
 がし。
 今度は両手で刹那の髪を掴んで無理矢理自分の方を向かせて、凄まじく不機嫌な顔でレジーナは彼の顔を覗き込んで来た。

「決めたわ」
「何をだ」
「今年のイブの相手はあんたでいい」
「あんた『で』とは何だ。あと今年『は』って何だ。去年は別の奴だったのか」
「去年はガデス、一昨年はキース様だったわ」
「……………………」

 酔っ払いの戯言…だよ、な?
 何処まで本気か一瞬本気で考えた時、トナカイのブラドがトコトコとやって来た。

「レジーナ、刹那。チキンの味見してくれる…ってあれ?」

 トナカイフードを被ったブラドが首を傾げた。

「刹那、何やってるの?」
「見れば分かるだろう、酔っ払いに絡まれてる」

 左右のもみあげ部分の髪をレジーナに掴まれているせいでろくに動けない刹那が横目で見上げると、ブラドは何とも哀れみのこもった目で彼を見ていた。
 …物凄く、嫌な予感がする。
 ブラドはアンニュイなため息をついた。

「そっか…イブのレジーナに絡まれちゃったか…」
「何だその、死亡フラグが立っちゃったな、みたいな言い方は」
「キース様とガデスから聞いた話だから何処まで本当かわかんないんだけどね。あ、これ、チキン。味見お願い」
「………………」

 何か抗議しようかと思ったがトナカイに何か言っても無駄だろうと早々に諦めて、爪楊枝に刺さった肉を受け取って口に入れてみた。

「美味いと思うぞ」
「そっかよかった。…で、イブのレジーナなんだけど、とにかく愚痴るらしくて」
「既に愚痴られてる」
「ちゃんと話を聞かなかったり、レジーナの理想とあんまりにも懸け離れた答えを返すと火を吹くんだって。25日のキース様とガデスは火傷いっぱいしてた」
「は?」
「あとね、押し倒されたりキスされたり抱き着かれたり泣かれたり脱がれたりするって。その時に反応とか対応を間違えるとアトミックバーナーが飛んで来るんだって」
「………………」
「ノアにいた事のある皆はその話を知ってるから、お酒の瓶を持ち出したレジーナには近付かないようにしてたんだけど…そう言えば刹那には言ってなかったね。今更だけどほんとごめん!」

 ブラドは両手を合わせて本当に申し訳無さそうに謝った。

「レジーナのターゲットが決まっちゃった以上、僕にできるのは君の無事を祈る事だけ。…刹那、生きて帰ってね」
「ちょ…」
「あははははははは心配いらないわよ刹那、このレジーナ様が天国を見せてあげるから!」
「いや、慎んで遠慮す……」

 ちゅうううう。
 辞退の言葉はレジーナの熱烈なキスで妨害された。
 神様天使様サンタ様、どうか刹那が無事に帰って来ますように。
 ブラドが十字を切って持ち場に戻ろうとした時、目の前には青白いオーラを纏った栞が羅将神ミヅキのような面持ちで立っていた。

「悪霊退散ーーーーーーーっ!!!!」

 …超本気を出した影高野の神妃による『悪霊退散』は、凄まじい効果を発揮した。そりゃもう本当に凄かった。レジーナの酔いをぶっ飛ばしただけでなく『栞が恐い』と本気でビビらせたくらい凄かった。
 栞の余りの迫力と気迫と霊力に、こっそり刹那が腰を抜かしていたのは誰にも言えない秘密である。

END
  
↓没部分↓  


サイキ部屋
総合目次


「楽しそうね」
「そうだな」
「私も楽しいよ。クリスマスパーティーなんて子供の時以来だから」
「研究所はともかく、ノアでもやらなかったのか?」
「一昨年はクリスマスの前に崩壊しちゃったし、去年はノアの建て直しでそれどころじゃなかったし…」
「それもそうか」

 口に含んだ差し入れのシャンパンはなかなかの味だ。
 会話が途切れてふとレジーナを見ると、彼女は本当に楽しそうに目を細め、ジングルベルを口ずさんでいた。
 本当に楽しいんだな。
 まぁ何だかんだで俺も楽しくない訳ではないし…そう思って女の横顔から目を逸らしかけた時、刹那は気が付いた。
 レジーナの左の鎖骨の下、光の角度に寄ってはほとんど見えないであろう箇所の、不自然に細長く爛れた傷。
 刹那の視線に気付いたレジーナが胸元を隠して悪戯っぽく笑った。

「やーね、どこ見てるのよ」
「……………」

 何か言い返すのも馬鹿馬鹿しくて、ジト目でレジーナを見てツリーの片づけ作業に戻ろうと立ち上がった途端にシャツの裾を掴まれた。

「離せ」
「何でよー?」
「あらぬ疑いをかけられるのは御免だ」
「疑ってないって、冗談だってば!そのくらい分かるし分かってよねー。鎖骨の下の傷は何かなーって思ってたんでしょ?」
「どうでもいい」
「教えてあげるから聞きなさいよー」
「いらん」
「ここにはね、番号が刻印されてたの」
「………」

 どうしても話を聞いて欲しいと言う事か。
 仕方なく刹那は床に座り直した。
 レジーナはグラスに残っていたシャンパンを飲み干して膝を抱えた。

「研究所に掴まってすぐにね、番号を、焼き印で。魔女の認定みたいに、ジュッてさ」
「…………」
「一ケ所だけじゃないんだ」

 レジーナは肩まである手袋をそっと降ろした。
 …刹那は息を飲んだ。
 二の腕に大きく火傷の跡。

「ここにも」

 膝丈のブーツを脱ぐと、ふくらはぎの肌も焼けて爛れていた。
 冷たくなった指先で辛うじてグラスを支えて、刹那は言葉を押し出した。

「自分でやったのか?」
「うん」
「何故」
「あの辛さを、あの悔しさを、絶対忘れちゃいけないと思って」
「…………」

 焼け爛れた肌。
 彼女が苦しんだ残滓、そして自由と引き換えに別の何かを失った刻印。
 忘れてはならない過去がある間は体に刻んでおけば良い、しかし過去は過去として捨てられる時が来たら、その時は。

「全てが終わったら、皮膚の移植手術を受けるといい。完全にとはいかないが、パッと見には分からない程度には治るはずだ」
「…そんな事、言わないでよ」

 少しだけ笑ってレジーナは2杯目のグラスを開けた。

「何故だ?」
「あんまり優しくされたら、あんたのこと好きになっちゃうじゃない」
「…………」

 不覚にも狼狽えた。
 刹那から視線を逸らし、ほんのりと目もとを染めてワイングラスに唇をつけるレジーナは妙に色っぽい。
 ぎこちなく脚を組み換えて、刹那はシャンパンに口を付けて、ようやく気付いた。
 栞とエミリオと言う未成年がいるしパーティーの準備中だからシャンパンもどきのジュースだろうと思っていたが、しっかりアルコールの味がする。
 見れば、レジーナが抱えたシャンパンの瓶の中身はほとんど無くなっている。
 準備中に酔い潰れたりしないだろうな。
 そんな心配をした時、トナカイのブラドがやってきた。

「刹那、レジーナ。チキンの味見してくれる?……って、あれ」
「どうした?」

 ブラドはレジーナが抱えている酒瓶を指して首を傾げた。

「それ、ジュース?」
「俺も最初はそうかと思ったんだが、本物の…アルコールの入ったシャンパンだな」
「え…刹那、レジーナにお酒飲ませたの!?」

 素頓狂なブラドの声に、栞以外の皆が驚いて刹那に注目した。
 …何だか凄まじく、とんでもなく嫌な予感がする。
 背中を嫌な汗が伝うのを感じながら恐る恐る尋ねた。

「飲ませたと言うか、こいつが持って来たんだが…」
「どんだけレジーナが飲んだ?」
「俺がグラスに一杯だから、残り全部…」
「……………」
「ちょ、ブラド、黙るな、後ずさるな!恐いだろうが!」
「あのね、刹那…レジーナの酒癖の悪さは伝説級でね、例えるなら『ひぐらし』のキレちゃった竜宮レナ…」
「あーっはっはっはっはっは!!!」

 突如、レジーナが凄まじい哄笑と共に立ち上がった。
 確認するまでもない、絶対に目はブッ飛んでいる。間違いない、賭けてもいい。
 片手を腰に当てたセクシーサンタはずびしぃっと刹那とブラドを指差した。

「お前達っ!やぁーーーっておしまいぃぃぃぃ!!」

 何をだ。
 そう突っ込むより早く。

「っしゃぁぁぁぁぁ!!」

 シャンパンを飲んでいたレジーナが火を吹いた。
 大道芸人は口に含んだアルコールを吹き出しながらそこに火をつけるらしいが、こっちは冗談抜き種も仕掛けもない本物だ。

 

 …違う意味で忘れられないイブになったと、後日ブラドは語ったと言う。