優しくキミは微笑んでいた
西暦2010年??月??日  国立超能力研究所

 白衣のスタッフがせわしなく動き回っているのを、エミリオはベッドに横たわったまま虚ろな目で見ていた。
 体中に繋がれたコードや検査機具を煩わしいと感じる事すら忘れていた。

(バーン…ウエンディー…)

 ノアを脱出してから姑くの間、家族のように生活を共にしていた二人は、結局エミリオを置いてそれぞれの目的の人物の為にノアに向かった。
 何処にも頼れる相手がいなくなったエミリオは彼らを追ってノアに戻るしかなかった。戻れば人殺しの道具にされると分かっていても、生活力など持たない子供の彼が生きていける場所はそこしかなかったのだ。
 それに、ノアに行けばブラドがいるという希望もあった。

(ブラド、さん…)

 エミリオを庇ってゲイツに掴まって…無事で済んだだろうか。
 あの人は強い、あんな奴に負けるはずがない。
 …じゃあどうして、ブラドさんは僕を助けに来てくれないんだろう?
 僕は超能力研究所に連れて来られても、いい子にしているのに。いい子で待っているのに…。
 どうして?

「脳波に異常が」
「精神状態が不安定に」
「強いストレスが…」

 研究員達の交わす言葉はエミリオの意識の外側を通り過ぎて行った。

 

 

 コンコン。
 躊躇いがちなノックの音に、部屋の片隅で膝を抱えていたエミリオはのろのろと顔を上げた。

「………?」

 ここは超能力研究所で、エミリオは研究材料として拘束されている。『外側から』鍵のかかる部屋の扉をノックされるなど、初めての経験だ。
 しばしの間を置いて扉が開いた。
 白衣のスタッフはなんとも複雑な顔でエミリオに声をかけた。

「21番、君の名前は何だったかね」
「………。エミリオ」
「フルネームは?」
「エミリオ・ミハイロフ…」
「…エミリオ君。先ほど、軍サイキッカー部隊から連絡があった」
「………?」

 軍?
 そう言えば、崩れ落ちるノアの建物から逃げ出した時、僕を捕まえた人達は軍服を着て銃を持っていたような気もするけど…。
 サイキッカー部隊って、なんだろう。
 疲弊し切ったエミリオの頭はぼんやりとそんな事を思っていたが、研究員の次の一言ではっきりと目が醒めた。

「リチャード・ウォン、及びブラド・キルステンと言う人が君を引き取りたいと言っているそうだ」
「…ブラドさん!?」
「事情があって、今すぐと言う訳には行かないが数日中に尋ねて来るそうだ」
「ブラドさんが…」

 エミリオの胸はドキドキと動きだした。
 一緒に行こうと言って僕を置いてどこかに行ってしまったバーンとウエンディーとは違う。ブラドさんは僕を迎えに来てくれる。あの人は僕を裏切らなかった。
 僕を、助けてくれたんだ。

 

 

 数日後。
 研究所にやって来たブラドの姿を見た途端、エミリオはたまらず彼に抱き着いた。

「ブラドさん!」
「エミリオ!ごめんね、一緒に避難しようって言ったのに一人にして…また恐い思いさせちゃって」
「全然いいよ。だって、すごい大変なことがあったんでしょう?」

 だってあのゲイツに掴まって闘ったんだもんね。
 抱き着いたエミリオを、ブラドは右手で抱き留めている。ふと顔を上げたエミリオは、彼の羽織ったジャケットの左腕部分が空っぽだと気付いた。

「ブラドさん、腕を怪我したの………」

 言いかけて、ブラドが腕を吊ってすらいない事に気付いた。骨折したのなら首から腕を吊っているはず。
 腕も吊っていないのに服の袖が空っぽと言う事は…。
 全身の血がさぁっと降りて行くのが分かった。

「まさかブラドさん、腕…!」
「うん、ちょっとね」
「僕のせい?僕を助けに来たせいで、ゲイツにやられたの?」
「やだなぁ、違うよ」

 あはは…と明るく笑ってブラドは右手を振った。

「後できちんと話すけど、僕は大きな罪を犯した。その償いに失っただけだよ。大丈夫、すぐに代わりの腕を用意してもらうから。それより今は君のことの方が大事」
「ブラドさん…」

 この人は、大怪我した自分の体より僕を心配してくれている。
 一度は冷たく凍え切った胸が熱くなった。

「エミリオ、君はもう子供じゃない。僕達のことも君のことも何もかも正直に話すから、僕達の仲間になる事を考えてもらえないかな」
「分かった。僕、ブラドさんの仲間になる。そしてブラドさんの腕になるよ」
「…ありがとう、エミリオ」

 ブラドは目を潤ませて優しくエミリオの頭を撫でた。
 優しい手。優しい笑顔。絶対に僕を裏切らない、見捨てない、置いて行かない、たったひとりの人。
 ブラドは傍らのウォンを見遣った。

「…ここで話しても大丈夫かな?」
「問題ないでしょう。彼らもまさか、こんなところで重大な秘密を話すなどとは考えていないでしょうから」
「秘密?」
「座って話そうか」

 ブラドは応接間のソファにエミリオと並んで座るとウォンから封筒を受け取り、中から書類を取り出した。
 そっと覗き込んだエミリオは、自分の名前が記されているのに気付いた。どうやらこの研究所で採取された彼のデータのようだが。

「ここにはとても興味深い事が書かれているんだ。以前君が拘束されていたロシアの研究所のデータには記載されていなかったことがね」
「何が書いてあるの?」
「乱暴に一言にまとめると、エミリオ、君も僕と同じなんだ。君の中には、別の君がいる」
「えっ……」
「とは言っても、僕みたいに一つの体に二つの人格があるって事じゃない。僕が『二重人格』なら君は『二重性格』かな」
「……?」

 怪訝な顔をするエミリオに、ブラドはエミリオ自身も気付いていなかった彼の本性を話し始めた。
 丁寧にゆっくりと、エミリオの理解が追い付くのを待ちながら彼の心の闇を説明したブラドは、ただ驚いて目を見開く彼の頬に優しく触れた。

「君はもう、自分を偽るなんて悲しい事はしなくていいんだよ。ありのままの君を僕達は受け入れるから」
「ブラド、さん…」
「ねぇエミリオ。『いい子』なんてやめちゃいなよ。その方がきっと楽しいよ」

 そう言って、ブラドは優しく微笑んだ。
 何かに縛られて押し潰されそうだったエミリオの心を解放してくれる、あたたかな笑顔だった。

 

 

 

 ………

 …………………

 携帯電話が鳴っている。
 エミリオの携帯に電話をかけて来る人物といえば、心当たりは二人しかいない。いや、一応三人目もいたか。どうでもいいことだが。
 ごろりと横になっていたソファから携帯に手を伸ばして、けだるく通話ボタンを押した。

「はーい」
『エミリオ、今は任務中ですか?』
「違うよ。僕の予定くらいウォンは知ってるだろ」
『そうですか、それはよかった』
「何がさ?」
『ひとつお使いを頼みたいのですが』
「嫌だよ、面倒臭い」

 上官命令を躊躇わず拒否した。
 自分に嘘をつかない、したい事をして言いたい事を言う、『いい子』でいるのを止めた途端に世界が変わった。毎日が心地よく、気持ちいい。最高の気分だった。
 解放してくれたウォンには感謝してるけど、面倒なものは面倒だ。
 通話を切ろうとボタンに指を置いた時。

『そうですか…。あなたが迎えに行けばブラドが喜ぶかと思ったのですが、仕方ありませんね。ガデスに頼むとしますよ』
「えっ?ブラドさん!?ブラドさんが来るの!?」

 がばっとソファに身を起こした。
 エミリオが慕ってやまないブラドは、人工サイキッカーの研究に専念するためウォンズ・コーポレーションの研究所に滞在していた。軍サイキッカー部隊に属したエミリオはそれなりに忙しく彼に会う時間も思うように取れない日々が続いていたのだが…。
 電話の向こうでウォンはしれっと続けた。

『ええ。人工サイキッカー計画が本格的に動き始めましたから、彼にもこちらに来て頂く事にしたんですよ。ですが、到着するなり建物の中で迷子になって人間 の兵士に保護されたらしくて。その兵士に研究所エリア入り口までの案内を頼むので、あなたに迎えに行って貰おうかと思ったのですが…面倒臭いんですよ ね?』
「そ…そんなことないよ!暇で暇で仕方なかったんだ、僕が行くよ!」
『そうですか。では、よろしくお願いしますよ。今からその兵士に連絡を取りますので…』

 ピッ。
 ウォンの言葉を最後まで聞かず、エミリオは通話を切った。
 ブラドさんが来る。ここに来る。これからは毎日会えるんだ。毎日!
 そう思うといても立ってもいられなくなって、大急ぎで部屋を飛び出した。

 

 

 …遅い。
 エミリオは研究所エリアの入り口でイライラしながらブラドを待っていた。
 そう言えば、さっきの電話でウォンが『今から兵士に連絡する』とか言ってたような気もする。あの時、研究所エリアと言わず研究棟の入り口まで迎えに行くと言えば良かった…と後悔したがもう遅い。
 研究棟への入り口は複数あるから、うっかりエミリオが迎えに行ったらすれ違いになる可能性が高い。
 今来るか、もう来るかとジリジリしながら待って待って、ようやくブラドの姿が見えた。銀色の髪とほっそりした体、柔らかな空気。
 懐かしさと嬉しさでブラドを大声で呼ぼうとして、エミリオはふと気付いた。
 隣に誰かいる。金色の髪の、特に見覚えのない長身の男だ。軍服に勲章らしきものは見当たらないから、兵士の中でも下っ端なのだろうと察しがついた。

(そう言えば、ウォンが人間の兵士に案内させるって言ってたっけ)

 ブラドと何やら親しげに話している。ブラドは相手がサイキッカーでも人間でも、偉い奴でも下っ端でも態度を変える事はないから、特別おかしな光景ではないのだが…。
 近付いて来た人間の顔が見えた。
 くっきりと濃いダークブルーの眼。迷いのない熱い手でエミリオの手を引いたあの男と同じ色の眼だった。
 …腹の底から猛烈な不快感が込み上げて来て、エミリオは顔を歪めた。

(何だ、あいつは…)

 

 時は音を立てて動きだし、そして、運命の2012年が始まる…。


END


サイキ部屋
総合目次


 エミリオ→ウエンディーの片思いを補強するつもりが全くうまく行かなかったんだぜ!(苦笑)
 んまぁ、エミリオはバーンとウエンディーに対して複雑な感情を持ってるって事で納得していただければ幸いです。なんだか、エミリオ→ブラド、刹那への感情 を補強して終わった感が…当初の予定通りと言えば予定通りなんですが。ううむ。まぁエミ→ウエンディーの感情は公式とか色々な同人誌で一杯描かれているの で、むしろ当サイトオリジナルのエミリオの感情を補強したと考えれば問題ないでしょう…と言う事にして下さい。(^^;)
 最後部分は凄く苦しむか割とすんなり決まるかどっちかのことが多いんですが、今回はすんなり決まりました。ハチャメチャな髪の色のキャラが多いサイキック では、「金髪碧眼」キャラはバーンと刹那しかいないんですよね。まぁ何だ、「髪と眼の色が同じ」ってだけで不快になるほどエミリオはバーンを意識してるっ て感じでしょうか。