| 山は綺麗な赤と黄色に染められていた。 影高野の総本山がここにあると知っているからかもしれないが、空気も清らかに澄み切っている気がしてブラドはゆっくりと深呼吸した。 先を歩いている刹那が振り返った。 「大丈夫か?ここまで来れば一般人の眼もないし、飛んで行っても差し支えないが」 「お気遣いありがとう。でも大丈夫よ、マイトもハイキングみたいだって喜んでるし」 「ならいいが」 ちょこちょこ走り回るマイトに穏やかな眼を向けて刹那は山頂に向けて歩き始めた。 新生ノアが崩壊して7年。 刹那によって壊滅した影高野は、神妃・栞の手によってほぼ完全に再興されていた。各地に散らばっていた僧兵達を召集し、新たな仲間を受け入れ、諸外国の 僧兵組織と協定を結び、以前よりもより強固な組織として再誕したのだ。無論、影に日なたに刹那やブラドが協力した事は言うまでもない。 神妃の命令のためか、再興に手を借りた恩義があるのか、あるいはまた壊滅させられる事を恐れてか…彼らの真意は不明だが、少なくとも現在の影高野は刹那やブラドに対して好意的だった。 …山門が見えて来た。 錫杖を持ち厳しい顔で門番をしていた僧兵達は、訪問者の顔を確認するなり相好を崩した。 一人は早速門を開け、もう一人は親しげに近付いて来た。 「刹那殿、皆様、遠いところをようござった。お待ちしておりましたぞ」 「また世話になる」 「歓迎致しまするぞ。栞様もお喜びになられましょう。どうぞ、こちらに」 僧兵に案内されて刹那一行は影高野の敷地に足を踏み入れた。 塵ひとつないほど浄められた本堂へ続く廊下を歩いていると、ガッシリと体格のいい坊主頭の男が足音も高く出迎えに出て来た。 7年前の難を逃れた高僧の一人であり、影高野の実動部隊として旧ノアと戦った経験もある男、六道玄真である。 「おうおう婿殿!ようおいでなされた、すっかり待ちくたびれましたぞ!」 「玄真、いいかげんその『婿殿』はやめろ」 「いやはや、何しろ変化の乏しい山寺ですのでな、最近の関心事は専ら婿殿と栞様のことですぞ。栞様も今年で二十歳になられた、そろそろ異国に嫁がれるのかと思うと、嬉しさ半分寂しさ半分…」 「あのな…」 「そうそう、お二人にお子が生まれたらどんな名前がいいか考えておったのです。男の子なら刹那殿にちなんで永久。女の子ならお二人から漢字をひとつずつ貰って神那というのはどうですかな」 「人の話を聞け!」 「玄真さん、子供の話はいくら何でも早すぎるんじゃないかしら」 刹那の言葉など右から左に受け流してマイワールド突入状態の玄真にクリスが突っ込みを入れると、ようやく彼の耳に届いたらしい。 これはこれは、と豪快にワハハと笑った。 「いやはや、年を取るとせっかちになって行けませんな。ブラド殿とクリス殿にお子が生まれたと聞いて、それでは次は婿殿と栞様の番だと先走ってしまって」 「先走るにも程があるだろう」 「いやぁ失敬。子供の名前は気が早過ぎでした。その前に祝言の余興がありますな!」 「……ふー………」 刹那がやるせないため息をついた。 そもそも恋人同志としての付き合いすらしてない…と言ったところで無駄に違いない。 影荒野での刹那の呼び名が『婿殿』で定着してしまった理由は、刹那と栞が揃いの指輪を左手の薬指に填めているからだけではないはずだ。 (7年前の栞ちゃんとの約束の意味、刹那はまだ分かってないんだろうな) 親友の左手薬指に嵌まった銀の環を見ながらブラドは思った。 何かを諦めた顔で刹那は玄真を見遣った。 「…で?栞はいるのか」 「おお、おお!そうでしたそうでした。勿論おられますぞ。…栞様!婿殿がお見えですぞー!」 大声で叫びながら廊下を歩く玄真の後ろを、仏頂面の刹那と笑顔のブラド夫妻、好奇心一杯できょろきょろする幼いマイトがぞろぞろと続く。 …本堂の扉が開いて栞が姿を見せた。 ブラドが彼女に会った3年前はまだ子供っ気の残る少女だったのに、見違えるほど大人びて…美しく成長していた。 その左手薬指には、栞が3年前サイキッカー部隊を訪れた時に彼女の指のサイズに合わせて刹那が改めてプレゼントした指輪が嵌まっている。 栞は皆の姿を見てパッと顔を輝かせた。 「刹那殿、ブラド殿、クリス殿!お変わりなくお元気そうで何よりです。マイト殿は大きくお成りですね」 「栞、また世話になる」 「久しぶりだね栞ちゃん。すっかり綺麗になっててびっくりしちゃったよ」 「こ…こんにちわ」 栞はクスリと笑って、さぁこちらへ、と皆を本堂内部に招いた。 内部には既に僧侶達が集まって待機している。幼いマイトも張り詰めた気配を感じたのかはしゃぐのをやめて大人しく両親について来た。 …教会で言うところの神父が立つ位置に巫女装束の栞が立ち、刹那がその目の前に座禅を組んで座った。ブラドとクリスも刹那に倣って腰を降ろす。 眼を閉じた刹那の前に栞が歩み寄って鈴を鳴らし、祈りの声を呟く。それに呼応するように僧達の読経が低く重厚に本堂に響き始めた。 ウォンの死後、サイキッカー部隊の表向きの総司令官のポジションにはブラドが就いた。軍事面で積極的に協力し、国に貢献して手柄を立てて信頼と地位を固 めつつ、サイキッカーの市民権取得の為の活動を続けている。無論、サイキッカーに絡んでは軍も国も突つかれたくない部分、干渉されたくない事がある。綺麗 事だけでその領域に踏み込んでいくのは難しい、時には非合法な手段も必要になる。そんな裏の仕事は刹那が全て引き受けていた。 ブラドが手を汚す必要はない。お前はどこをどう調べられても後ろ暗い事が何もない状態でいろ。 刹那はそう言って、二人の計画に邪魔になりそうな者を抹殺して来た。直接邪魔になる者だけではない、協力を要請した実力者との取引条件のために全く無関係な誰かを手にかけた事も一度や二度ではないだろう。誰を何人殺したのか、刹那は一切ブラドに言わなかった。 表舞台には滅多に姿を見せず、闇へ闇へとその身を沈めて行く刹那は、数カ月に一度こうして影高野に顔を出す。栞や影高野の様子を見るのを兼ねて、罪を浄 める祈祷をしてしてもらう為だ。刹那曰く、自国の神様に懺悔するより栞に払ってもらった方が効果があるような気がするらしい。 …鈴の音がひときわ涼やかに本堂に響いて清めの儀式が終わった。 刹那とブラドは寺の縁側に腰掛けて、庭を散策するクリスと栞とマイトを眺めていた。 どこからどう見ても20代の『ガイジンサン』な二人が羊羹をつまみながら緑茶を飲む姿は趣があると言えなくもない。 愛しい妻子の姿に深紅の眼を細めながら、ブラドはいつか話そうと思っていた話題を切り出した。 「それにしても栞ちゃん、すっかり大人になっちゃって。3年前とは見違えるほど綺麗になっててびっくりだったよ」 「そうか?俺はわりと頻繁に会っているからあまりピンと来ないが」 「そんな呑気な事言ってる場合じゃないよ、刹那。うかうかしてたら他の誰かに栞ちゃんを取られちゃうよ?」 「ブラド、お前もか」 ブルータス、お前もか。 そう言いたげな表情で刹那は羊羹を一切れ口に入れた。…左手の薬指に嵌まった、3年前栞に指輪を贈り直した時に一緒に買った指輪が夕日に照らされて輝いた。 あの時の栞は17歳だった。大人と言うにはまだ幼い、しかし子供と言うほど幼くはない、微妙な年頃。その17歳の栞に、刹那が左手薬指に填める指輪を揃いで買った理由は何なのだろう。 日本の短大に通う栞はクリスとメールで文通している(流石の影高野もパソコンは導入している)。当然と言うべきか栞はモテるらしいが、左手の指輪を見せ て『好きな人がいるのです』と言って交際の申し込みを全て断っているらしい。その話を刹那が知らないはずはないと思うのだが…。 ブラドはそっと一歩、踏み込んだ。 「刹那と対等に渡り合えて、刹那の『闇』もひっくるめて理解して受け入れられる人なんて滅多にいないと思うよ」 「…………」 「僕は刹那には本当に感謝してるんだ。僕が人殺しを嫌いなのを知ってるから、君は僕の分までその手を穢してくれてる」 「単なる役割分担だろうが」 「でも…あ、『でも』じゃ繋がらないかもしれないけど、僕は刹那にも幸せになって欲しいと思ってる」 「お前と友達付き合いしてる今でも俺は十分幸せだが」 「自分を理解して支えてくれる大切な人がいつも隣にいてくれたら、きっともっと幸せだよ」 「…回りくどいな、何が言いたい?」 「そろそろ栞ちゃんと一緒になってもいいんじゃない?」 「馬鹿を言え」 刹那は眉間に皺を寄せてブラドから視線を外した。 その視線の先には栞がいる。 刹那の言葉を、顔には出さないがブラドは内心ドキドキしながら待っていた。 「俺と栞が幾つ年が離れてると思ってるんだ」 「年の差?」 何だ、気にしてるのはそこか。 栞は妹みたいなものだから恋愛対象になるなんてあり得ない、と言われたらどうしようと思っていたブラドはほっと安堵のため息をついた。 怪訝そうな顔になる刹那ににっこり笑いかける。 「刹那は2012年から年をとってないから27、栞ちゃんが20だから年の差は7つだね。後5年経てば2つ差だよ」 「10年たてば栞が3つ上、50年経てば43歳も俺より年上になる。俺が年を取らなくても栞は年を取るんだからな」 「………」 ああそうか。本当に気にしてたのはそこなんだ。 ブラドは納得した。 ウォンの力なのか否かは分からないが、刹那、ブラド、クリスの3人の肉体年令、外見は2012年から全くと言っていいほど変わっていない。 周囲の皆が年を重ね相応に外見が変化しても、自分達は変わらないままだ。ウォンの遺志を継いで新しい未来を生み出せればその時点で彼らの時は動き出すの かもしれないし、そうであって欲しいと思う。このままずっと外見が変わらずにいて、いつか息子のマイトの外見が自分達より年上になっていくとしたら、それ は悲しすぎるしあまりにも辛い。 きっと刹那もそうなのだ。 自分がいつまでも若い外見のままなのに、愛する人だけが時と共に老いていったら、やはりやるせない寂しさを感じるだろう。 だから。 ブラドはその気掛かりを消す話を始めた。 「クリスからの又聞きだから100%確実ではないんだけどね。影高野の神妃は自分の意思で肉体の老化を止められるらしいよ」 「…は?」 「曲がりなりにも『神妃』だからね。カリスマ性とか神秘性とか、そういうのを出す為に長い歴史の中で編み出した生命力を操る力らしいんだけど。例えば、栞 ちゃんが25歳になって、『ここで年を取るのをやめる』って思えば、ずーっと25歳のままでいられるんだよ。25になってから『やっぱり20に戻りた い』って言うのは駄目らしいけどね」 「…………」 「ねぇ刹那。自分の事を一途に想ってくれて、理解してくれて、『闇』の部分も全部受け入れて支えてくれて、しかも僕達の時が動き出すまで同じように時を止めて待っていてくれる人がいるっていうのは、凄く素晴らしい事だと思わない?」 親友の静かな言葉を刹那は無言で聞いている。 ブラドは独り言のように続けた。 「僕はクリスがいてくれて本当に良かったと思う。クリスがいつも側にいてくれるおかげで、何があっても心が癒される。クリスがいてくれるから安らげる」 「………」 「刹那は僕の親友だから、この安らぎと幸せを知って欲しい。知ってもらって、帰る家庭があるって言う当たり前の幸せについて話ができたら、僕はきっと、めちゃくちゃ嬉しい」 「当たり前の幸せ、か…」 ありふれた、当たり前の、何の変哲もない、しかし、かけがえのない大切なもの。 過去、悲しい理由で二人はその当たり前の幸せを失った。 しかし今、望んで手を伸ばせばその当たり前の幸せに手が届くのなら…。 永遠を誓った徴を填めた左手に眼を落とす親友の背中を、ブラドは優しくそっと押した。 「ところで刹那。7年前に栞ちゃんが日本に帰る時に、『ふつつか者ですがよろしく』って言った時、刹那は『こちらこそ』って答えたよね」 「ああ…そう言えばお前とクリスが『どう言う意味か分かってるのか』って微妙な顔してたな。結局あの時は秘密のままだったが…。そういえばあの挨拶はどういう意味があったんだ?」 「一言でいえば栞ちゃんのプロポーズを刹那がOKしたって事」 「何!?」 「『ふつつか者ですがよろしく』っていうのは、日本の女性が結婚する時の伝統的なお約束の挨拶なんだよ。刹那はそれに対して『こちらこそ』って答えた訳だから…」 「影高野の坊主どもが俺を『婿殿』と呼ぶ理由はそれか…」 「左手の薬指にお揃いの指輪を填めてて、『ふつつか者ですがよろしく』『こちらこそ』って挨拶して、連絡を取り合って、わざわざ日本まで会いに来てる訳でしょ?そりゃー玄真さんも影高野の皆も僕達も、二人の結婚は今か今かと楽しみにしちゃうよ」 「……………。そう、か…………」 刹那の沈黙は長かったが、ブラドはそれ以上何も言わなかった。 …何かを決意した眼で刹那が縁側から立ち上がった。 …マイトは舞い散る楓を追い掛けて走り回り、池の鯉が跳ねたのに気付いては池を覗き込み、クリスと栞の周りをちょこちょこと走り回っている。 栞はそんなマイトの姿に眼を細めた。 「以前お会いした時はまだ赤ちゃんで、クリス殿にだっこされておりましたのに。時の経つのは早いものですね」 「子供はすぐ大きくなるのよ。私達は何故か分からないけど年を取らないでしょう?マイトがいないと時が流れている事すら忘れちゃいそうよ」 「そうですね。この影高野も時の流れはとても緩やかです。緩やか過ぎて本当に時は流れているのか分からなくなる事もあります。刹那殿がたまにいらしても、あの方も全くお変わりないし…」 「良くも悪くも変わらないわね、刹那は。栞との関係はそろそろ変化が欲しいところなんだけど」 縁側に座ってブラドと何か喋りながら緑茶を飲んでいる刹那を見遣って、クリスは大袈裟に眉を寄せてみせた。クリスの視線を追って栞も少し複雑な顔になった。 「先日、刹那殿がいらした時にも告白をしたのですけれど。『馬鹿を言え』の一言で切り捨てられてしまいました」 「えー……?」 「今まで何度も告白したんですけど、『アホか』『馬鹿を言え』『いい加減眼をさませ』のどれかが返って来ますね」 「お揃いの指輪を左手の薬指に填めてる奴が言う台詞じゃないわね」 「きっぱりはっきり断られて、刹那殿があの指輪を外してしまったら諦めもつくのかも知れませぬが…」 栞は3年前にプレゼントされた左手の指輪を見た。 以前買ってもらった指輪のサイズが合わなくなってペンダントヘッドにしているのにブラドが気付き、新しい指輪をプレゼントしろと刹那に勧めたのだ。 刹那の栞に対する感情が心底『妹みたいな存在』だったなら、刹那への恋心が薄れるどころか募り続ける彼女に薬指に填める指輪をプレゼントするなど考えにくいのだが…。 あの時は『絶対にお断りな男が言い寄って来た時の撃退に使えばいい』と言われたけれど。 「最初は、やっぱり一回り以上も年が離れていたら駄目なのかと思っておりました。『愛があれば年の差なんて』とは言いますが、あれはまず互いに愛情がある事が前提ですから」 「まぁ確かにね…」 「刹那殿の私用の携帯に電話をした時、恋人らしい女性の声が聞こえた事もありました」 「………」 眼を伏せた栞に、クリスは何も言わなかった。 何せ刹那はあの外見と社会的地位で、多少難はあるものの性格も決して悪くない。それに、ノアやウォンとの一件を経て随分と精神的に『大人』になった。そ れだけの条件が揃っていてモテないはずがない。ブラドのアクセサリーのモデルは変わらず続けているので、左手の薬指に填めた指輪などほとんど障害にはなら ない。 刹那に恋人らしい誰かがいた事も、あまり長く付き合う事なく刹那から距離をとって自然消滅していたのも、クリスは知っていた。彼女達が刹那の外見や肩書 きだけに惹かれたのではない事は分かる。しかし刹那の抱える闇ごと彼を理解出来る度量や器までは誰も持ち得なかったのだ。 いやむしろ、刹那の闇の部分を理解し包み込める存在など世界にたった一人しかいないのではないか…その点ではクリスの意見はブラドと同じだった。 その『たったひとり』は、夕日に照らされて神々しく輝く金色の瞳を刹那に向けた。柔らかく吹き抜ける風が黒絹の髪を揺らす。 「でも…何年経っても、何度お会いしてもお姿の変わらぬ刹那殿を見ているうちに、私は確信したのです」 「?」 「刹那殿は私が大人になるのを待って下さっている」 「…なるほど」 「ですから私、まだ諦めないつもりです」 「その調子よ、栞!まだまだ勝負はこれからよ。私もブラドも応援してるから、頑張ってね」 「はい」 クリスの言葉に柔らかく頷いた栞は、刹那が近付いて来るのに気がついて花が綻ぶような笑顔を見せた。 絶妙のタイミングでやって来た栞の思い人に目を向けたクリスは、縁側に残っているブラドが手招きしている事に気付いた。 …ブラドが刹那に何か言ったのかしら。 勘のいいクリスは刹那と入れ代わりに栞の側を離れた。 「栞。話したい事があるんだが、構わないか?」 「は…はい…?」 背中から聞こえた短い会話に好奇心を刺激されながら、クリスはブラドの座る縁側に戻って来た。 そっと振り返ると栞に話をしているらしい刹那の後ろ姿と、普段と違う空気を察したのかじっと二人を見つめているマイトの姿があった。 「ブラド…あなた、刹那に何か言ったの?」 「うん、ちょっとね」 「何なのよー、気になるじゃない。勿体ぶらないで教えてよ」 「7年前に空港で栞ちゃんが言った『ふつつか者ですがよろしくお願いします』の意味と、家庭を持つ幸せについて熱弁を奮ってみた…ってとこかな」 「へぇ〜。それで、刹那はなんて?」 「しばらく何か考えてたけど、僕には何も」 「そっか」 刹那と栞が何を話しているのかは聞こえないが、決して悪い雰囲気では無さそうだ。 …彼らを交互に見上げてきょろきょろしていたマイトが不思議そうに首を傾げて両親の所に戻って来た。 「ねぇねぇ」 「どうしたの、マイト?」 「おねえちゃん、へんなんだよ」 「何があったの?」 「ないてるの。でも、わらってるの」 「………」 ブラドとクリスは顔を見合わせ、そして心からの喜びに顔を綻ばせてにっこりと笑った。 不思議そうな息子にブラドは言った。 「きっとお姉ちゃんは、涙が出るほど嬉しい事があったんだよ」 「うれしいのに、なくの?」 「凄く嬉しい事があると感激で涙が出るのよ。お母さんも、お父さんにプロポーズされた時とマイトが生まれた時は嬉しくて泣いちゃったもの」 「へぇー」 僕も涙が出そうだよ。 ブラドは潤みかけた眼をごまかすように瞬きして、かけがえのない親友を見遣った。 君も幸せになって欲しいと、ずっとずっと思ってた。世界でたった一人の、かけがえのない親友の君。 心から願う、どうか、きっと、ずっと幸せになって。 夕日が沈み、闇が優しくゆっくりと影高野を包み始めていた。 |
| サイキ部屋 |
総合目次 |
| 珍しく、ブラド視点の話です。元はといえば、外伝タイトルに.hackのタイトルを使った時、.hackつながりで『君想フ声』というタイトルを使って何
か話を作れないか…と思ったのがきっかけでした。栞→刹那をきちんと消化できたので満足してます。刹那が栞ちゃんをどう思っていたのかは特に決めてませ
ん。多少なりとも意識はしていたのか、ブラドに背中を押されるまで保護者感覚でいたのか、どっちでもいいなと思ってますので。 タイトルの『君』=刹那ですが、『君』を『想って』いるのは栞でもあるしブラドでもあると言う意味合いです。タイトル先行で話を作ったのですがうまくハマって気にいってます。 |