| 複数の監視カメラがノアの内部を映している。 ウォンとブラドはノアの最上階に設えられたモニタールームでその全てを監視していた。 地下エリアではキースとバーン、地上階ではウエンディーとソニアが戦っている。 そして建物の外には、彼らが手引きした国軍の大軍勢が待機している。本部を爆破したその後、先遣隊の誘導の元に本部内に流れ込んで来る手はずになっている。 「…頃合ですね」 ウォンは手元のボタンの安全カバーを外した。 このボタンを押せば、ノア本部のあちこちに仕掛けられた爆弾が地下から順番に爆発するようになっている。その爆発は総帥キースの命すら呑み込むだろう。それはつまり、サイキッカーの最後の希望の砦・ノアの崩壊と消滅を意味していた。 ボタンに置いたその手に、手が重ねられた。 ウォンは驚いて手の主の横顔を見た。 「…ブラド?」 「何?」 「何故、あなたまで」 「何故って…当たり前じゃない」 ブラドは柔らかく微笑んだ。 「二人で立てた計画だよ。仕上げだって二人でやらないと。でしょ?」 「あなたがこんなところで手を汚す必要など…」 「ウォン」 ブラドはあくまでも優しく微笑んだまま、ウォンを見つめた。 「僕だって覚悟を決めてる。僕は君の相棒で、共犯者だ。一人だけ良い子になるつもりなんてないよ、自分の意志で決めたことなんだから」 「…分かりました」 ブラドの意志の強さは、あまり長くない付き合いの中でも十分に理解していたし、それに。 一緒に手を汚そうとしてくれる彼の心遣いが嬉しかったから、ウォンはそれ以上言わずに頷いた。 そして。 二人は同時に、 運命の、 ボタンを押した。 崩れ落ちる壁と巻き起こる炎を最後に映して地下を監視していたカメラの映像は消えた。 そこにいたバーンとキースはどうなったか、ブラドは敢えて考えないようにして別のモニターに眼をやった。 尋常でない地響きに危険を察したのだろう、ソニアとウエンディーは戦いをやめてそれぞれの目的の為に動きだしている。恐らくソニアはキースの身を案じ、ウエンディーは別の誰かを。 別の誰か…。 地上の別フロアを監視していたカメラの映像に金色の翼が映り、ブラドはハッとした。 「エミリオ!?」 翼の生えた少年が怯え切った顔で揺れる廊下を歩いていた。強い意志を持って目的地に向かっているとはとても思えない足取りだった。 キースとバーンの命は最初から諦めていた。ソニアはよほどのことがなければ『修理』できる。ウエンディーは自力で脱出できるだろう。しかし、エミリオは…。 ブラドの顔色が変わった。 「どうしてここに…」 「バーンとウエンディーを追って来たのかも知れませんね」 「助けなきゃ」 ブラドの言葉と表情に迷いはなかった。 超能力研究所に拘束されていたエミリオを助けたことが縁になり、ブラドが彼を可愛がっていた事はウォンも知っている。 エミリオがいる場所はウォンとブラドのいる最上階に近く、比較的危険は少ない。無理にブラドを引き止める理由はなかった。但しタイムリミットはあったが。 ウォンは最上階が崩壊するまでの時間をざっと頭の中で計算した。 「15分で戻って下さい。15分を過ぎたら、強制的に連れ戻しに行きます」 「分かった」 モニターの監視をウォンに任せてブラドはモニタールームを飛び出した。 嫌な地響きが続いている。壁や床にも細かな亀裂が入り、崩れ始めた壁もあった。だが、サイキッカーであり重力を操る力を持つ彼には何の問題もない。 エミリオの光の波動を感じる方へ全力で走った。 …いた! 「…エミリオー!」 「ブラドさん!?」 怯え切っていたエミリオは信頼できる人物の姿を見つけて走りよって来た。 ブラドは少年を抱き締めてほっと安堵の息をついた。 エミリオはブラドにしがみつき、半泣きで言い募った。 「バーンとウエンディーが、どうしても気になる事があるって言って、ノアに戻ったんだ。僕も追い掛けて来たんだけど、はぐれちゃって…」 「そっか。二人のことは心配だけど、この場所は危な過ぎる。詳しい事は後で話すから、今は僕と一緒に避難しよう」 「うん」 安心したように頷いたエミリオの手を引いてモニタールームに戻ろうとしたブラドは、目の前に現れた人影に足を止めた。 人影…という言葉は彼に相応しいのだろうか。 人間と言うには大きすぎる体躯、身体と一体化した各種の重火器。 国軍が対サイキッカー用に開発したサイボーグ、ゲイツだ。 思わぬ『敵』の姿に怯えるエミリオを背中に庇い、大丈夫だよとブラドは声をかけた。 ウォンとブラドが国軍と裏で手を結んでいる事はゲイツも承知している。つまり味方なのだから…。 その考えは、無言のゲイツが放ったミサイルで吹き飛んだ。 反射的にバリアで凌いだが、何故攻撃されたのか分からなかった。 「ゲイツさん!?何をするんです、僕です、ブラド・キルステンです。あなたの味方です!」 「ブラド・キルステン…お前もキースの仲間。私の妻子を奪った、サイキッカーの仲間。私の味方などでは決してない!」 「そんな…」 「キース本人の首を取るのはもはや不可能に近い…ならばせめて仲間の首だけでも取らねば貴様らに殺された妻子に顔向けできん!」 絶句したブラドをゲイツの右腕が襲った。 ゲイツの言葉に動揺してバリアを張るのが遅れた。ブラドはエミリオを庇い、発射された機械の右腕を払い除けようとした。が、腕は彼の執念を宿すようにブラドの左腕を凄まじい力で掴んで、ゲイツの方へ引きずり戻そうとした。右手で抱きかかえたエミリオごと。 ブラドはエミリオの体を突き飛ばすように離した。 「エミリオ、逃げて!」 「ブラドさん!?」 起きている事が理解の範疇を越えたのだろう。突き飛ばされたエミリオはただ、悲壮な顔でブラドを見るしかなかった。翼の少年に心配をかけまいと、ゲイツに引きずられる左腕の激痛に耐えながら微笑んだ。 「もうすぐ建物ごと崩れちゃうんだ。建物が崩れたら、幾ら重力使いの僕でも君を守り切れない」 「でも、ブラドさんは」 「僕なら大丈夫。僕の強さはエミリオも知ってるだろ?君が逃げたら、僕は安心して全力で戦える。ゲイツさんをやっつけて、すぐ君を追いかけるよ。だから、早く逃げて。ね?」 「ブラドさん…そんな奴に、絶対負けないで!」 「任せといて」 力強く頷いてみせると、エミリオはブラドから視線をもぎ離して走り出した。 どうか、無事に逃げられますように。 翼の後ろ姿に祈った時、ガッ、と機械の腕が彼の首に回された。 「他人の心配をしている場合か?」 冷たい腕が首を締め上げ、呼吸を妨げ、首の骨を軋ませる。 もう片方の腕で掴まれた左腕は痺れて感覚がほとんどなくなり、腕を伝う自分の血液の冷たさだけが感じられた。 それでも、ブラドは微笑んだ。 「忘れましたか?僕は重力を操れるんですよ」 エミリオが逃げたのを確認して磁場と重力場を狂わせた。 サイボーグに埋め込まれたコンピューターなどひとたまりもない、ゲイツは即座に機能を停止する…はずだった。 ブラドの耳にも届くノイズを発し、ギシギシと機械の体を軋ませながら、それでもゲイツは動いた。ブラドの腕と首を掴んだ機械の手を、じわじわと、確実に、絞めて行く。 「ティーナ…シェリル…。キース、キース…ツマト、ムス…メノ、カ…タ…キ…」 半ばノイズとなった合成音声で妻子の名を呼ぶ。機械の体になって、その機能を狂わされて尚、ゲイツを動かす執念。妻子への想い。 …家族への愛情。 その事実がブラドを迷わせた。 本気を出せばゲイツを完全に壊してしまうなど雑作もない事、しかし完全な破壊はゲイツの死を意味する。 しかし躊躇っていては自分が殺される、でも。 (ファースト!俺と交代だ、早くしろォッ!) セカンドの声が聞こえた、その時。 目の前の空間が歪み、竜の刺繍を施したスーツに身を包んだ黒髪の男が現れた。 ウォンは両手を広げて時に命じた。 「時よ!」 …ブラドは眼を瞬いた。 自分を締め上げていたゲイツは13本の剣に体を貫かれ機能を停止し、床に転がっていた。 左腕の感覚は全く無い。ただ、ウォンが何かしらの力を注ぎ込んでいる事は分かった。 地響きがひどくなって来て、壁が丸ごと崩れ落ちた。 ウエンディーは、ソニアは、エミリオは。無事に逃げただろうか。 自分を抱きかかえたウォンを見上げた。 「ウォン、…」 「話は後で聞きます。私にとって、あなたより大事なものなどありませんから」 ウォンの言葉には欠片ほどの余裕もなかった。 ぐらり。 視界と空間が歪み、ブラドは気を失った。 ブラドは眼を開けた。 殺風景な天井がまず見えた。視線を動かすと、白いカーテンのかかった窓、その先に軍の施設、シンプルなサイドテーブル、花を生けた花瓶、そして珍しく不機嫌な顔でスチール椅子に座っているウォンが見えた。 「ウォン…」 喋りにくいなと思ってふと見ると、呼吸器のようなマスクがついていた。右手には幾つもの点滴のチューブが繋がっている。 ああそうか。僕、ノアを爆破した時にゲイツさんとやりあって、怪我をしたんだな。でもウォンのおかげで死なずに済んだみたいだ。 妙に冷静に状況を確認したブラドが次に気にかけたのは他者のことだった。 「ウォン。エミリオとソニアは?」 「エミリオはノアを逃げ出した時に軍に掴まったようです。どこの研究所に収容されたか現在調査中です。居場所はすぐに分かるでしょうし、あなたの傷が落ち 着いたら迎えに行きましょう。ソニアはかなりのダメージを負って機能を停止していますが、入院中のクリスの脳波に変化が見られるそうです。どうやら植物状 態から抜けだせそうですよ。リハビリに多少時間はかかるでしょうが」 「そっか。よかった」 「安心しましたか?ならば次は自分の体を心配して下さい」 「…僕?」 言われて初めて、左手の感覚がない事に気付いた。 機械の腕で掴まれて大怪我をしたに違いない、手術の麻酔がまだ残っているのだろうか。 そんな事を考えながら左の肩の先を見た。 首元まですっぽりと毛布がかけられていて見る事は出来なかったが、左の肩から先、本来ならあるはずの腕の膨らみがなかった。 ブラドは数回、目を瞬きした。 「腕…ダメだったんだ」 「あなたの左腕の時間を止めて軍の最高レベルの病院に運んだんですがね。あまりにも損傷がひどすぎると」 「そっか」 「…冷静ですね」 不機嫌な顔をしていたウォンが、今度は怪訝そうな顔になった。 ブラドの表情が悲愴感や諦めではなく、安堵しているように見えたからだろう。 「驚いたり、悲しんだり、嘆いたり、怒ったりしないんですか。『ウォンがもっと早く来てくれればこんな事にはならなかったのに』とか」 「うーん…」 ブラドは深紅の瞳をくるりと回した。 「むしろ、ほっとしてるかなぁ」 「…は?」 「キース様やバーン君や、ノアの皆の命を犠牲にして軍に寝返った罪を、左腕1本で償えたなら安いもんじゃない?それに、エミリオやクリスの命も救えた訳だし。幸い僕は重力使いだから、生活に不便もないだろうし」 「…………」 あっけらかんと言われて流石のウォンも呆れた顔になった。 はぁ…とため息をついて眼鏡を押し上げた。 「では余計なお世話だったかも知れませんが、機械鎧の手配を済ませてあります。近日中に技術者が来るはずです」 「オートメイル?…ああ、ハガレンのエドみたいな?」 「ええ、そのようなものです」 「あれってもう実用化されてたんだ」 「まだ完全実用化とまでは至っていませんが、かなりそれに近いところまで技術開発は進んでいます。多少の不都合はあるでしょうが、あなたならサイキックパワーで補えるでしょう」 「ありがと、ウォン。心配かけてごめんね」 腕を失った事よりもウォンに心配をかけた事がブラドにとっては気掛かりだったらしい。 その事実がウォンの心を優しく締め付けたが、わざと意地悪に微笑んでみせた。 「そうそう、あなたが大怪我をして入院した事はお祖父様に連絡しました。仕事を休んでお見舞いに来られるそうですよ」 「え…わざわざドイツから!?」 「はい。あまりにも孫が羽目を外し過ぎるから一度雷を落としてやらにゃならん、とおっしゃって。機械鎧にも『素敵な』武器をつけて下さるそうです」 「ええーっ!ちょっ、やだよそんなの!」 「ブラド。安静にしていなくてはダメだとお医者様よりお達しが出ています。私は仕事に戻りますのでお祖父様によろしく」 「ウォン!ああっ、ひどいよ、裏切り者ーーーっ!」 喚くブラドににっこり笑ってウォンは病室を出た。 扉を閉めて、思わず壁に背を預けてほっと息を吐いた。 ノアを爆破したあの日…ブラドが重傷を負って病院に運ばれた時から今まで、生きた心地がしなかった。命に別状はない、しかしブラドの心に傷は残らないだろうか。二人の間に取り返しのつかない亀裂が入る事はないだろうか。 不安に塗りつぶされていたウォンの心はようやく解放された。 …無事で良かった、本当に。 眼鏡を外して、手袋を嵌めた手でぎゅっと目頭を押さえた。 数日後。 二人はエミリオが拘束されている研究所を訪ねた。 既に連絡をしてあったからだろう、エミリオは応接間のソファに所在なげに腰掛けて二人を待っていた。不安げなその顔が、ブラドの姿を認めた途端ぱぁっと綻んだ。 「ブラドさん!」 「エミリオ!ごめんね、一緒に避難しようって言ったのに一人にして…また恐い思いさせちゃって」 「全然いいよ。だって、すごい大変なことがあったんでしょう?」 ブラドに抱き着いたエミリオは、彼の羽織ったジャケットの左腕部分が空っぽだと気付いた。 「ブラドさん、腕を怪我したの………」 言いかけて、ブラドが腕を吊ってすらいない事に気付き、エミリオは青ざめた。 「まさかブラドさん、腕…!」 「うん、ちょっとね」 「僕のせい?僕を助けに来たせいで、ゲイツにやられたの?」 「やだなぁ、違うよ」 あはは、明るく笑ってブラドは右手を振った。 「後できちんと話すけど、僕は大きな罪を犯した。その償いに失っただけだよ。大丈夫、すぐに代わりの腕を用意してもらうから。それより今は君のことの方が大事」 「ブラドさん…」 「エミリオ、君はもう子供じゃない。僕達のことも君のことも何もかも正直に話すから、僕達の仲間になる事を考えてもらえないかな」 「分かった。僕、ブラドさんの仲間になる。そしてブラドさんの腕になるよ」 「…ありがとう、エミリオ」 幼い顔に強い決意を滲ませた少年の姿に思わず眼を潤ませて、ブラドは片方だけの手でその翠の髪を撫でた。 二人が次に訪れたのはクリスの病室だった。 ノアが崩壊した際の爆発に巻き込まれ、ソニアのボディも大破した。それが結果的に幸いしたのだろうか、ソニアに取り込まれた精神がクリスの体に戻ったかのように、クリスは意識を取り戻していた。 ウォンとブラドが病室に入って来るのを見てクリスはベッドに体を起こした。 「ウォン、それにブラドも!」 「もうすっかりいいようですね、クリス」 「『いいようですね』じゃないわよ!いくらソニアのボディが修理できるからって、巻き添えにするなんてあんまりじゃない?一体どういうことなのよ」 「おや、『ソニア』だった時のことも覚えておいででしたか」 「とぼけないで。ちゃんと説明を…」 「クリス!」 部屋に入ってからずっと無言で、唇をへの字にしていたブラドが不意にクリスに抱き着いた。 面喰らう彼女を右腕だけで抱き締めて、ブラドはポロポロと涙を零した。 「クリス、クリス…無事でよかった…本当によかったよぉ。このまま意識が戻らなかったらどうしようかと、僕は、僕は…」 「ブラド…あなた、腕…」 何か言いかけてクリスは一度眼を伏せて、両手で優しくブラドの頬を包み込んだ。 「まぁいいわ。そこまで反省してるなら許してあげる」 「本当に?」 「そのかわり、ちゃんと説明してよね」 「ありがと、クリス」 もう一度彼女を抱き締めようとして、ブラドは少し困った顔になった。 「うーん、やっぱりできるだけ早く左腕が欲しいな。大好きな人はやっぱり両手で抱き締めたいもんね」 「…え?」 「あ」 半ば勢いで告白したブラドが固まって、つられてクリスも固まった。 ウォンはわざとらしく微笑んで恭しくお辞儀をした。 「畏まりました、ブラド。では早急に機械鎧を造らせましょう。そうと決まればできるだけ早く技術者達と打ち合わせをしなければ。ああ御心配なく。あなたがいなくても大丈夫ですから。ではいってきますよ」 「あ、ウォ…」 ブラドが呼び止める間もなく、ウォンは扉すら開かずに部屋の中から消えていた。 部屋に二人きり残された二人は、ただ頬を赤くして無言で見つめあうしか出来なかった…。 |
| サイキ部屋 |
総合目次 |
| なんだか勢いで付け足したと言うか突っ走ってしまった感のある『ブラドの左腕が義手』ネタ。10年前、2012にブラドが出るのかでないのか気になる余り
夢に出て来ちゃったのが、『ノアの爆発に巻き込まれて片手を失って機械鎧をつけているブラド』だったのです。多分、サイキにハマる前に好きだった幽遊白書
の躯の影響が夢に出たんだと思います。しかも夢に出て来たブラド君の格好と来たら、黒のノースリーブタートルニット、黒の指無し手袋、白のスリムパンツ、
さらにボタンを外して下着チラ見せ、臍出しと言う妄想の塊のような出で立ちでした。余りのインパクトで夢だったのに鮮明に覚えていて、ブラドファン本でカ
ラーイラストを書いた覚えがあります。確か、十字架のネックレスつけさせたような。 刹那×シルバーアクセの話も思いつきだった割に結構便利に使えてるので、今回も便利に使えると良いなぁ。 |