| 「漸く元の姿に戻
れた喜びを実感できたか、ヒュプノスよ」 「ああ。この姿なら女性に間違われることはない故な」 「女性に間違われる?何だそれは」 「ああ…。地上にいる時、子供のヒュプノスを女の子かと勘違いした人間がいたのですよ」 怪訝そうに小首を傾げたヘカーテにざっくりと事情を説明したタナトスが、半ば呆れた顔で赤い徴のヒュプノスを見遣った。 「周囲にいた人間が『あっちの子は女の子なのかな』と言っただけではないか。あんな些細な事をまだ気にしていたのか」 「お前は女性に間違われた経験が無いからそんな事が言えるのだ」 「…何だか、今日の一件以外にも女の子に間違われた経験があるような物言いだな」 銀髪のタナトスが何気なく言った言葉にヒュプノスははっきりと嫌な顔をしたが、黒髪のタナトスは気付かない様子でさらっと爆弾を投下した。 「ヒュプノスは女の子に間違われた経験はないぞ。女の子にされたことがあるだけだ」 「タナトス!!!!」 眼鏡のヒュプノスが兄神の失言に思わず怒鳴ったが、他の神々の耳にはその絶叫は入っていなかった。 たちまち皆が黒髪のタナトスに詰め寄った(銀髪のタナトスなど、異世界のヒュプノスを押しのける勢いで詰め寄った)。 「っはぁ!?」 「ちょっと待て、それは『だけ』とは言わぬぞ!?」 「一体何がどうなってそんな事になったのだ!?」 「ん。さっきも言ったが、ヘラ様の依頼でヒュプノスがゼウスを眠らせた時にゼウスが激怒してな、ヒュプノスを罰しようとやって来たのだ」 「じゃあヒュプノスはゼウスに罰せられて女の子に?」 「いや、最初はゼウスが子供にしたヒュプノスを、その…手篭め、にしようとしたのだが…」 「タナトス!!余計な事を言う…ムグッ」 顔を真っ赤にして兄神の発言に抗議しかけたヒュプノスの口を銀髪のタナトスが塞いだ。ヒュプノスはタナトスの手を掴んで引き剥がそうとしたが、小宇宙や 腕力はさほど回復していないらしく、口を塞いだ手はビクとも動かない。 銀色の死神はヒュプノスの口をしっかりと塞いだまま、笑いだしそうになるのを必死に堪えるあまり逆に困惑したような顔になってしれっと言った。 「そちらの世界の大神も見境が無いのか。困ったものだな」 「…で、ヒュプノスはどうなったのだ?」 「え?え…と…」 「ああ、お前の弟が何か言いかけたが気にしなくて良いぞ。ここで話を終えられては続きが気になりすぎて我々が困るからな」 続きを話して良いものかどうか黒髪のタナトスは迷っているようだったが、銀髪のタナトスが満面の笑みで続きを促したので、気を取り直したように話を続け た。 「ヒュプノスは『私は男だぞ!』とゼウスに抗議したのだが、『なら女なら問題ないのじゃな』と女の子にされてしまったのだ。…まぁ、すぐに俺とハーデス様 とヘラ様が駆け付けたからヒュプノスは事なきを得たのだが…」 「だが?」 「ゼウスの仕打ちに激怒した我々がゼウスを叩きのめしてしまったせいで、奴が回復するまでヒュプノスは男に戻れなくなってしまって…。女の子にされたこと そのものよりも、男に戻るまでが大変だった」 「〜〜〜〜っ!!!」 口を塞がれている眼鏡のヒュプノスが、話を止める為にはもはやなりふり構っていられないとばかりにタナトスの手に噛みついた。 ガブッ!! 「っつ!」 歯形がつくほど本気で噛みつかれ、タナトスは思わずヒュプノスの口を塞いでいた手を離した。 「タナトス、それ以上余計なこ…」 「ほらヒュプノス、あーん。Dポップのチョコ味だぞ!」 漸く発言できるようになったヒュプノスが漆黒の兄神に抗議しようと口を開けた途端、手を噛まれたことなどものともしない銀色の死神が即座に一口サイズの ドーナツをヒュプノスの口に押し込んだ。 「んむぐぐぐ!!!」 「ヒュプノス、良く噛んで食べないと喉に詰まるぞ。ほら、紅茶」 口に入れられたドーナツを吐き出すとか口に物を入れたまま喋るとか無作法な事は出来ず、ヒュプノスは『余計な事は言うな』と兄神に目で訴えつつ、ヘカー テが輝くような笑顔でテーブル越しに差し出したカップを受け取り、ドーナツの咀嚼と嚥下に専念するしかなかった。 青い六芒星のヒュプノスとハーデスは、ドーナツで口を塞がれているヒュプノスからわざとらしく目を逸らして話の続きを促した。 「大変、とは?」 「どんなことがあったのか気になって仕方がないぞ、早く教えてくれぬか」 「え、あ、その…ペルセフォネー様やヘカーテ様がヒュプノスに女の子の服を着せようとしたり一緒に風呂に入ると言いだしたり、野次馬根性でヒュプノスを見 に来たアレスが『やべぇ、このヒュプノスなら俺は抱ける!』と言って胸を揉んだり…」 「ぷっ…ああ、こほん、それは大変だったなタナトスよ」 「はい、大変でした。俺がヒュプノスを庇って『風呂は俺が一緒に入るから大丈夫です』とペルセフォネー様を止めたら『タナトスちゃんのえっち☆』と言われ るし、アレスはぶっ飛ばしても這いずって近づいてくるし…」 「クッ…クククッ…ゲホッ、た、確かにそれは大変だ。兄として弟を…この場合妹か?を守らねばならぬのに、それは…クククク…」 「そうか、そんな事があったのか。しかし、今の姿なら女の子に間違われることはないだろう。安心していいぞ、ヒュプ子!」 「誰がヒュプ子ですか!!!!」 口に押し込まれたドーナツを紅茶で流し込んでやっと口が自由になったヒュプノスが怒鳴った時には『暴露話』は最後まで語られてしまっていた。この世界の 神々は涙ぐむほど笑っているし、黒髪のタナトスは屈託なくニコニコ笑っている。 ヒュプノスは頬を赤くしたまま唇を噛んだ。 色々と言いたいことも抗議したいこともあったが、この状況で何か言えば言うほど状況が悪化しそうな気がする。ヒュプノスは椅子に座りなおして紅茶のお代 わりを注ぎ、努めて苛立ちを押さえながらカップを口に運んだ。 この話題を引っ張るのは賢明とは言えない。さっさと他の話題を探して皆の関心を逸らした方がいい。他の話題、他の話題…。 眉間に皺を寄せて紅茶を啜る眠りの神を男神達が楽しげに眺めていると、ふとヘカーテが何かを思いついたように立ちあがった。紫水晶の瞳を子供のように輝 かせながら彼女は部屋を飛び出した。 …何か良からぬ悪戯を企んでいるな。 期待すべきか心配すべきか決めかねた皆が複雑な顔で微妙な視線を交わしていると。 「あったあった!」 実に楽しげな声と共に扉が開いてヘカーテが戻ってきた。フリルやレースがふんだんにあしらわれたパステルカラーのドレスを何着か抱えて。 嫌な予感をビシビシと感じ始めた男性陣に、彼女は持って来たドレスの一着を得意気に広げて見せた。 「ベルセフォネーがここにいた時に着ていたドレス、確かハーデス神殿の宝物庫に保管してあったなーと思って探しに行ってみたんだ!きちんと仕舞ってあった から染みも虫喰いもないしあの頃のままだ、今でも十分着れるぞ!」 「………」 迂闊な発言は地雷を踏むと察した双子神達がひたすら沈黙していると、彼女の行動の意味が素で分からなかったらしいハーデスが不思議そうに尋ねた。 「ヘカーテ…今の話の流れとベルセフォネーのドレスと、一体何の関係があるのだ?」 「相変わらず鈍い奴だな、ハーデス。お前以外はこのドレスを何に使うのかちゃんと分かっているぞ」 「……………」 分かっているけど分かりたくないのですが。 双子神達が発する無言のオーラなどそよ風のように無視して、満面の笑みを浮かべたヘカーテは異世界のヒュプノスに近づくとパステルカラーのドレスをず いっと差し出した。 「と言う訳で、さぁ!」 「…何が『と言う訳で』なのです」 冷や汗を流して頬を引き攣らせながらヒュプノスがさりげなく抵抗すると、ヘカーテはますます楽しげな笑みを浮かべた。こんな状況でなければ思わず見惚れ てつられて微笑んでしまいそうな魅力的な笑顔だったが、状況が状況なので全くもって笑えない。 美貌の女神はヒュプノスに歩み寄り、身の危険を感じた彼が思わず立ち上がってじりじりと後ずさると、その分だけじりじりと距離を詰めた。 「わ…私に何をお望みなのです、ヘカーテ様?」 「決まっているではないか。分からぬお前ではあるまい」 「今は男性なので似合いませんし、着ませんから諦めて下さい!!」 とぼけた振りで逃げ切るのは無理と判断したヒュプノスはキッパリはっきりと拒絶した。 が、この程度の拒絶で引き下がるようなヘカーテではない。 ドレスを差し出すと真剣この上ない顔で言い返した。 「試しもしないうちから憶測だけで決めつけるな!」 「え、えぇー…………」 正論だ。非の打ちどころも反論の余地もない正論だ。 この世界のヘカーテの無体に対する切り返しなど全く心得の無い赤い徴のヒュプノスが困惑顔で硬直すると、黒髪のタナトスが物凄く不安そうな顔でこの世界 の双子神を見遣り、視線を向けられた双子神も困惑顔を見合わせた。 ヒュプノスの女装は見たくないこともないが(ヒュプノスは自分自身の女装など見たくもないが)、ここでヘカーテの暴走を止めなければ次は自分達がター ゲットになるに違いない。彼女が持って来たドレスの枚数が四枚と言うのも意味深だ。 …ヘカーテ様のお遊びを阻止するならお前が適任であろう。 蒼い徴のヒュプノスが兄神を見遣ると、その視線の意味を察した銀色のタナトスは浅く顎を引いて椅子から立ち上がった。 「さ、私が着替えを手伝ってやるぞ」 ヒュプノスのローブの襟に手をかけているヘカーテにつかつかと近づいたタナトスは、『ちょっと失礼』と断りを入れて彼女の手からドレスを奪い取り、硬直 しているヒュプノスの身体に当ててみた。 サイズが全く合わない事は素人目にもはっきりと分かる。 「ヘカーテ様、このヒュプノスが冥妃様のドレスを着るのは現実的に無理があるでしょう。御覧の通り、サイズが全く合っていません」 「んー、…………」 タナトスに真面目に止められたヘカーテが唇を尖らせた。 無理なのは分かっててやりたかったんだけど、と言いたげな顔だ。 彼女の不満気な反応は予想通り、タナトスはすかさず次の手を打った。 「むしろヘカーテ様がお召しになってはいかがです?」 「えっ!?」 「サイズ的にも問題なさそうですし…隣の部屋で着替えて来ては?何なら俺が着替えを手伝いますが」 「えっ…あっ…いや、いい。こんな明るい色の服は私には似合わないし、ほら、その、それに、あれだ、なっ!」 パステルカラーのドレスを差し出されたヘカーテは、途端に顔を赤くしてモニョりだした。肌を出すのは一向に構わないくせに乙女チックな服を着るのは恥ず かしいらしい。 …男神達を女装させる悪戯を彼女が諦めるまであとひと押しだ。 タナトスはわざとらしく首を傾げて見せた。 「アレと言われましても…どれです?」 「ええと、ほら…。………。…そう、胸!胸がきつくて入らないから!ベルセフォネーはペタンコだったからなぁ」 「試しもしないうちから憶測だけで決めつけてはいけませんよ。さっきヘカーテ様ご自身がおっしゃったではないですか」 「試さなくても分かるって!無理無理!入らないし、似合わないしぃぃ!!!」 「…そうでしょうか?」 何だか面白そうな状況になって来たな…と様子を見に来た黒髪のタナトスが、ヘカーテが必死に押し返しているパステルカラーのドレスを受け取ってしげしげ と眺めた。予想外の展開にテンパっているヘカーテの体にドレスを当てて、彼はにこりと笑った。 「似合わないとおっしゃらず、試しに着てみてはいかがです?このドレス、ヘカーテ様が着ても可愛いと思いますよ」 「えっ………」 ヘカーテは紫水晶の瞳をまん丸にして黒髪のタナトスを見つめた。 先ほどまでとは違う理由で頬を染めて言葉を失う美貌の女神に、黒髪のタナトスは屈託なくニコニコと微笑んでいる。 美貌の女神は高鳴る鼓動を押さえるように胸を押さえて、色っぽい流し目で漆黒の死神を睨んで見せた。 「ガキだガキだと思っていたのに、お前も無自覚天然タラシか」 「え?」 「しれーっと『可愛いと思いますよ』なんて言って。私も乙女のハシクレだから、乙女心がトキメクじゃないか!」 「乙女の端くれって…ご謙遜ですか?この世界のタナトスに恋をしているのだから、ヘカーテ様は立派な乙女ではありませぬか」 「そ、そうか?私も乙女か?…ん、んふふふふふ、そ…そう言われると悪い気はしないな、んふふふふふ」 ヘカーテは両手の指を組んだりほぐしたりしながら嬉しそうに頬を染めて、黒髪のタナトスの手からパステルカラーのドレスを受け取った。 「そうだな、では、お前が勧めるのなら明るい色のドレスにチャレンジするのも前向きに検討するとしよう。…でも、ベルセフォネーのドレスを私が勝手に着る のはまずいからな、これは片づけてくる」 ドレスを抱えて鼻歌を歌いながら部屋を出て行くヘカーテの姿を黒髪のタナトスは微笑ましく眺め、銀髪のタナトスはどこか面白くなさそうな顔で見送り、赤 い徴のヒュプノスはそんな銀の死神の反応を見て金色の睫毛を瞬いた。 「紳士諸君、私は画期的な計画を思いついたのだが!!」 冥妃のドレスを片づけて上機嫌で戻ってきたヘカーテは、トンズラーとボヤッキーに指示を出すドロンジョのごとくポーズをとって男神達を見回した。 黒髪のタナトスから『可愛い』とか『立派な乙女』とか(普段は誰からも言われない)褒め言葉をかけられてテンションが上がっているらしく、目はキラキラ と輝き頬は赤く染まり唇は甘く笑みの形を作っている。 持ち前の美貌と色香が合わさって目眩がするほど魅力的な姿なのだが、どうにも嫌な予感が背中にへばりついていて、男神達は微妙な目くばせを交わした。 その『画期的な計画』とやらも男性陣の予想の斜め上をトンデモな方向に突き抜けて行くもののような気がしてならないので、正直聞きたくないのだが、ヘ カーテは誰かが計画の内容を尋ねてくれるのを今か今かと待ち構えている。 …仕方なく銀髪のタナトスが渋々口を開いた。 「正直詳細を伺うのが怖いのですが…どんな内容なのです?」 「口説き落とす対象をこっちの世界の銀色タナトスから!」 ヘカーテはビシッと銀髪のタナトスを指差して、次にズビシィッと黒髪のタナトスを指差した。 「あっちの世界の黒タナトスに変更する!!」 …………………。 ほら、やはり皆の予想の斜め上をトンデモ方向に突き抜けた計画だった。 口を半開きにしてボーゼンと顔を見合わせる男神達など意にも介さず、ヘカーテは黒髪のタナトスの隣に腰を下ろすと、彼の腕に腕を絡めて黒曜石の眼をじっ と見つめた。 「そう言う訳でタナトス。お前、私の恋人になれ」 「え?え?えっ???」 唇が触れ合うほどの間近から甘く囁かれ、漆黒の死神は頬を赤くして視線を彷徨わせ、誰かが助けてくれないかと見回したが、頼りのヒュプノスまで呆気にと られて思考回路が止まっている。 …俺はもう子供ではないのだから、自分で何とかしなければ。まずは、まずは…。…そうだ、突っ込みだ。突っ込みを入れるのだったな。 混乱する頭で何とかそこまで考えたタナトスは、ドキドキしながら美貌の女神と視線を合わせた。 「ヘカーテ様」 「何だ?」 「あなたが好きなのはこの世界のタナトスでしょう?恋仲になりたい相手を口説き落として下さい。応援も協力も出来る限り致しますので」 「何をとぼけているのだタナトスよ。口説く相手をお前に変更するとさっき私が言ったではないか」 「いや、ですから、口説くなら惚れた相手を口説かないと無意味でしょう?俺を口説き落としたところであのタナトスと恋仲にはなれませぬ、俺と彼は異なる心 を持つ別の存在なのですから」 黒髪のタナトスの精一杯の抵抗に他の男神達も思考回路が動き始め、こんな正論を言われたらヘカーテも引き下がるだろうと皆が安堵しかけた時。 ヘカーテはきょとんとした顔でさらっと爆弾を投下した。 「ん?私はお前に惚れてるぞ?」 「え…えぇえぇぇぇぇえぇ?!?!?!?」 タナトスは素っ頓狂な声をあげ、安堵しかけた男性陣も我が耳を疑いぎょっと目を見開いた。 真顔で冗談を言っているのかと思ったが、どうもヘカーテは本気で言っているらしいと感じた皆が何となく口を閉じた。銀髪のタナトスは仏頂面で、青い徴の ヒュプノスは判断を決めかねる顔で、赤い徴のヒュプノスはただ戸惑って、ハーデスはひどく心配そうに。 余りの出来事にただ眼を見開き絶句する黒髪のタナトスの頬を、ヘカーテは優しい手つきでそっと撫でた。 「…私はお前が好きだぞ、タナトス。だから私の恋人になれ」 「え?で、でも、俺とヘカーテ様は今日初めて会ったばかりではありませぬか。それに俺はさっきまで子供でしたし…お、俺の一体どこにヘカーテ様が好意を持 つポイントがあったのです?」 跳ねまわる心臓とは反対に緊張でガチガチに固まった身体で少しでもヘカーテから離れようとさりげなくもがきつつ、タナトスは必死に状況を打開しようと脳 味噌をフル回転させた。 御尤もな質問にヘカーテは目をくるりと回して考える素振りを見せた。 「惚れたポイントか?そうだな…子供の姿が可愛らしかったのがひとつ目かな」 「子供に変身する程度の事ならこの世界のタナトスもできるでしょう」 「あとはトナカイの私を受け入れてくれたこと」 「それは俺だけでなく皆がそうです」 「黒い髪と眼もとても綺麗だ」 「黒い髪と眼がお気に召したなら、タナトスに頼んでみては?簡単に変えてくれるでしょう」 「それからな」 ヘカーテは美しい瞳を細めて微笑むと、タナトスに抱きつくようにして肩に顔をうずめた。 「私を『可愛い乙女』と言ってくれた」 「え?」 「タナトスにあんなことを言われたのは初めてで…嬉しかったんだ、本当に」 「………。初めて?」 「…ああ、お前の身体もあたたかくていい香りがするな。私の大好きな、花と静寂と夜の香りと死のぬくもり…こうしていると心が安らぐ…」 「…………」 嬉しそうに目を閉じて身体を預けるヘカーテの姿に、彼女を突っぱねるのは申し訳ないような気がして来たタナトスはもがくのをやめた。 …急にとんでもない事を言われて驚いたが、大人しくしていれば何だか子供のようで可愛いし愛らしいではないか。 そんな想いに唇を綻ばせてそっと彼女の頭を撫でると、銀色の死神が苛立ちも露わに赤い徴のヒュプノスの背中をバシッと叩いた。 「おいヒュプノス!いつまでボケっとしているのだ!愛しの兄貴をヘカーテ様に取られるか否かの瀬戸際だぞ!しっかりしろ!!」 「?!………」 何もそんな力一杯叩かずとも…という文句がチラと頭をかすめたが、確かに今はそんな悠長なことを言っている場合ではない。 ヒュプノスは軽く頭を振って頭の中の靄を追い出すと、大股にふたりに近づいて兄神の首に回されたヘカーテの手を恭しく握って丁寧かつ強引に引き剥がし た。思わぬ邪魔が入って驚いたヘカーテが身体を離した隙を逃さず、黒髪のタナトスの腕を掴んで長椅子から引きずりおろして壁際まで引きずって行った。つい でに、どこか夢見る瞳をしている兄神の頬をパシパシと叩いて目を覚ましてやる。 頬を叩かれたタナトスはぱちぱちと瞬きして、ハッと我に返ったように顔を赤くした。 「目が覚めたか、タナトス?」 「あ…ああ、すまない」 「…………」 タナトスを取り上げられたヘカーテが残念そうに眉根を寄せてしょんぼりと指をくわえた。黒髪のタナトスはすまなそうな顔になり、銀色タナトスは 不機嫌な顔に、蒼い徴のヒュプノスとハーデスは複雑な顔になった。そんな皆の反応を見遣り、赤い徴のヒュプノスは一つ咳払いをした。 「ヘカーテ様。少々お戯れが過ぎませぬか?あなたが恋しているのはこの世界のタナトスでしょう?私の兄が浮いた言葉を言ったせいでお心を惑わせてしまった ようですが、あなたが本当に恋仲になりたいのはどちらのタナトスです?冷静にお考えになって下さい」 「んー…………」 ヒュプノスの言葉にヘカーテは手を顎に当てて真剣に考え、銀髪のタナトスとその片割れを見て、黒髪のタナトスとその片割れを見て、美しい顔に深く真剣な 苦悩を浮かべて再度うーんと唸った。 「タナトス本体の攻略難易度は銀色より黒が低そうだが、黒を攻略するためにはまず壁となっている鬼畜眼鏡を何とかせねばならない…トータルで考えれば難易 度はトントン…さてどうするか…いっそ銀も黒も鬼畜眼鏡も同時進行で攻略するのが得策か…?上手くいけば銀タナトスも黒タナトスも私のものになるしな…こ れぞ一挙両得…ぶつぶつ…」 「……………」 何故そうなる。何をどう解釈したらそうなる。 |
| 星矢部屋 | 総合目次 | SS・2012時代 | SS・神話時代 | SS・蟹座達 |
| 14話目…うむ
む、意外に解説することが無いです(@@;) 蝶様ヒュプがゼウスに女の子にされた過去がある、と言う設定を伺って、その話題でツイッターで楽しく盛り上がったのでコラボSSでもそのネタを使わせて いただきました。7話目(だったっけ)で、蝶様ヒュプが女の子に間違われた事を酷く気にしていた事の説得力も増すと言う事で。何だか蝶様ヒュプはいじりに くい印象があったのですが、当サイトヘカーテ様にかかってはそんなもの関係ありませんでした(・ω・;) そしてここから16話当たりまでものすごーく個人的な趣味に走った話になります。少し前に言っていた「タナトスとヘカーテの仲、特にタナトスの心に一石 を投じる」話です。ヘカーテが蝶様タナトスに絡み始めた途端に当サイトタナトスの機嫌が悪くなってる時点で、周囲には「お前、ヤキモチ妬いてるだろ」とバ レバレなのですが、本人には自覚が無いしヘカーテも気付いてないと言う。そんな曖昧な関係を当サイトの神々はどう思ってるのか、みたいな話を書きたいなと 思っています。 |