| …神々と聖闘士
がエルミタージュ洋菓子店でゲームに興じている、その頃。 子供の双子神が暮らしていた世界に存在する城戸財閥の施設では、『聖域にも冥界にも属さない何者かによる、冥王ハーデスの臣下・双子神の誘拐』という前 代未聞の事件に関する会議が開かれていた。 深刻な顔で卓についているのは『誘拐現場』に居合わせた冥王ハーデスと黄金聖闘士のマニゴルド、双子神のホームステイ先である星矢・星華姉弟、冥王補佐 のパンドラ、そして女神アテナこと城戸沙織の六人だ。 本来なら双子神の身を預かっているアテナの管理能力が問題にされただろうが、現場に居合わせた黄金聖闘士だけでなく冥王ハーデスでも誘拐を阻止すること が出来なかった事、犯人が普通の人間ではない事から、『責任の所在が冥界と聖域のどちらにあるのか追及するのは時間の無駄』と早々に結論が出たのは不 幸中の幸いと言えた。 しかし、関係者を集めた会議の内容は芳しいものではなかった。 星矢・星華姉弟に『誘拐犯』に関する心当たりは無く、ハーデスが描いた誘拐犯の似顔絵やマニゴルドが説明した誘拐の手口に心当たりがある者もいなかっ た。 城戸沙織は厳しい顔でハーデスを見遣った。 「私達の中に心当たりがある方がいなくとも、城戸財閥や聖域の関係者の中にはいるかもしれません。この似顔絵と誘拐犯の手口を記載した書類を作って情報を 募ってみます。それから、タナトスとヒュプノスの行方も追いましょう。誘拐された先が日本国内とは限りませんから、外国にも協力要請を致します」 「では余も冥界の関係者に情報提供を呼び掛けてみよう。犯人に繋がる何かを知っている者がいるやもしれぬ」 「現時点で出来る事はそれだけか…。くっそ、もどかしいったらありゃしねぇ!」 「タナちゃん、ヒュプちゃん…大丈夫かしら、怖い目に遭ってないかしら…」 「………。あのさ」 厳しい顔をしている沙織とハーデス、青ざめた顔で無表情に俯くパンドラ、苛立つマニゴルド、オロオロしている星華を見ながら、星矢が微かな希望に縋るよ うに口を開いた。 「ポセイドンの仕業ってセンは、ないかな?」 「え?」 「ポセイドン?」 「だってあいつさ、ハーデス様に『女性関係がだらしなさすぎる』って説教された腹いせに双子神様を海界に誘拐したことあったじゃん」 「…………」 ハーデスとパンドラがハッと顔を上げた。 星矢の言う通り、ポセイドンは双子神のホームステイ先の星矢の家からふたりを『攫って』行ったことがあった。ただ、星矢に対して『ハーデスに説教された から腹いせにこいつらを海界に連れて行く』と事情は説明した上での『誘拐』だったし、ポセイドンも双子神に危害を加える様な事は無く事実上の海界への招待 だったが、結果的にポセイドンはまたしてもハーデスからしこたま叱られる羽目になったのだ。 予想と言うより願望に近い口調で星矢は続けた。 「ハーデス様から二度も説教されて変な方向に臍曲げたポセイドンが、『なら今度は宣言なしの本格的な誘拐で驚かせてやれ!』って思ったとか…」 「う…む、ポセイドンの仕業か…。その可能性は考えておらなかったぞ」 「此度の一件にポセイドンが関わっているかどうかは分かりませんが、関わっていなくとも事情を話せばふたりの捜索に力を貸してくれるでしょう。海界にはカ ノンがいますから、双子座のサガを派遣して確認させますわ」 「ならば我が冥界の三巨頭が一角、ラダマンティスも同行させよう」 …サガとラダマンティスのふたりを海界に派遣する事が即座に決まり、沙織とハーデスが部下に通達を出すために席を外したので会議は一時中断となった。 気は逸るし居ても立っても居られないが、犯人の正体も動機も双子神が誘拐された先も全く分からない今はどんな強大な力を持つ神や聖闘士でも動きようがな い。 星矢の言う通り『ポセイドンの度の過ぎた悪戯でした』と言うオチなら笑って済むのだが、そんな簡単な話でない事は集まった皆が感じていた。 張り詰めた空気が漂う会議室が息苦しくて廊下に出たマニゴルドは、ピシリと背筋を伸ばして身体の前で手を組み、壁に背を預けるでもなく青ざめた顔で廊下 に立っているパンドラの姿を見つけて軽く眉根を寄せた。 …何かやべェぞ、あの姉ちゃん。 マニゴルドは無意識に鼻をひくつかせた。 今のパンドラからは、死を決意したか死を覚悟したか…どちらにしても余りよろしくない系統の『匂い』がする。 (俺はあの姉ちゃんに義理もクソもねーんだけど、姿が見えないと思ったら裏で首括ってましたなんて事になったら後味悪ィなんてもんじゃねぇからなぁ…) マニゴルドはズボンのポケットに両手を突っ込んでさりげなくパンドラに近づき、あまり深刻にならないよう声をかけた。 「おいアンタ、大丈夫か?滅茶苦茶顔色悪ィぞ」 「…………」 ゆっくりと蒼白な顔を上げたパンドラは数回瞬きし、抑揚の無い声で答えた。 「私は冥界に属する者。死んでお詫びをしたくとも、死んだところで冥界に戻るだけ」 「はっ?」 ヤバい。予想以上にヤバい。 声をかけてしまった事を今更ながら後悔したが、この状況で彼女をほったらかして逃げるのはもっとヤバい。 マニゴルドは背中を嫌な汗が流れるのを感じながら必死に頭を巡らせた。 「あー…つまりアンタは、双子神様が誘拐されたことに、死んでお詫びをしたいほど責任を感じてると、そーゆーこと?」 「はい」 「ハーデス様ならともかくなんでアンタが責任感じる必要があるんだよ。神様達が誘拐された後に現場に到着したアンタが死んでお詫びしなきゃなんねェなら、 あのふたりが誘拐されるのを指くわえて眺めてた俺は神の道で死んでコキュートス送りになってもまだ足りねェぜ」 「タナトス様が天馬星座の家にホームステイすることを提案したのは私なんです」 「………。ああ…そゆこと」 漸く合点が行ってマニゴルドはガリガリと頭を掻いた。 …双子神が誘拐された直後、ハーデスを迎えに来たパンドラにハーデスは言っていた。『一体どこのどいつだ、可愛い子には旅をさせよなどと無責任な事を 言ったのは!旅をさせたらこ のざまではないか!』と。パンドラにしてみれば、双子神誘拐の原因を作ったのはお前だとハーデスに叱責されたも同然だったのだろう。 そら、死んでお詫びをとか考えるレベルでヘコむわな。 アンタの提案と今回の誘拐は無関係だよ、などと正論を言ったところで彼女の気持ちが軽くなるでもなし、どうしたものかとマニゴルドが考え込んでいると、 パンドラがポツリと呟いた。 「ハーデス様は私を咎めることはなさいませんでした」 「ん?」 「それどころか、『タナトスとヒュプノスを天馬星座のところにホームステイさせてはどうかというそなたの判断は間違っていなかったと余は今でも思う。ふた りが消えた時は取り乱してそなたを咎めるようなことを言ってしまってすまなかった』と仰せでした。…そのお優しいお言葉が逆に今の私には辛いのです。ハー デス様のお心に、私は答えることが出来ない…」 「…………」 ますますかける言葉が見つからないマニゴルドの前で、パンドラは身体の前で組んだ手を震わせた。 「あなたも御存知でしょう?私は七年前の聖戦でハーデス様を裏切ったのです。一輝をコキュートスから救い出し、神の道の通行証を与え、エリシオンへと送り 出した。…私は、ハーデス様の姉として生まれたにもかかわらず、弟を死に追いやるような真似をしたのです」 「う……ん」 「ですがハーデス様は、タナトス様に粛清された私を蘇らせて下さった。『余には姉であるそなたが必要だ』と仰せになってかつてのようにお傍に置いて下さっ ている。タナトス様もヒュプノス様も私に恨み事などおっしゃいませんでした。それどころか『我々の父がハーデス様で母がペルセフォネー様なら、さしずめパ ンドラは姉だな!』と無邪気に私を慕って下さるのです。お命を落とし、タナトス様とヒュプノス様が子供になってしまう一因を作ったこの私を、姉だと…。… ですか ら」 パンドラは蒼白な顔に強固な意志を宿して顔を上げた。 身体の前で組んだ手の爪が白くなるほどきつく握って彼女は言葉を続けた。 「私は神々のご恩に報いねばなりません。ハーデス様に再び与えて頂いた命を自ら捨てて冥界に逃げるなど愚の骨頂、神々に対する最も恥ずべき裏切りです。余 りの出来事にハーデス様は動転しておられます、こんな時こそ私が冷静になってあの方を支えねばなりません。お詫びをするのはタナトス様ヒュプノス様が無事 に戻られてからです」 「あ…そう…」 何か、勝手に立ち直ってくれちゃったわ。俺が気を揉む必要、なかったんじゃねーの? マニゴルドがそんな事を考えていると、パンドラが初めて彼を見上げて僅かに口元を微笑ませた。 「弱音を聞いて頂いてありがとうございます。気持ちを吐きだしたおかげで随分と気持ちが軽くなりました」 「そ…そっか。なら良かったぜ」 「そのお礼と言っては何ですけれど」 「?」 「タナトス様とヒュプノス様が誘拐されるのを、あなたが『指をくわえて眺めていた』理由は追及しないで差し上げます」 「……………………」 マニゴルドは酸欠の金魚のように口をパクパクさせた。 いやいや、ちょっと待て姉ちゃん。俺だってただぼけーっとあの女が双子神様を攫うところを見てたわけじゃないぜ。あの女がふたりに声をかけた時点で何か おかしーなー、声かけよーかなーとは思ったんだ、いやホント、マジで。でもアテナ様から『双子神に気付かれないように護衛をするように』って命令されてた から少し様子を見ようと思ったんだよ。ひょっとしたら双子神様か、星矢か、星矢の姉ちゃんの知り合いかもしれないなーって思ったし?偶然通りがかったフリ して声かけようかなって思ったけど、前にそれやったら双子神様にソッコー見抜かれてスゲー嫌な顔されてさぁ。タナトス様は『俺が知らない奴にすぐ捕まるほ ど間抜けな子供だと思って馬鹿にしてるのか、お前は!』ってご機嫌損ねるし、ヒュプノス様は鬼の形相で俺を睨みつけて『タナトスにまとわりつく不審者 が!』なんて大声出すし、あん時の居心地の悪さったらなくてよー。だからその時の苦ーい経験を生かしてギリギリまで様子を見ようと思ったわけ。だってほ ら、俺って黄金じゃん?光速で動けんじゃん?あの女が妙な行動とったらすぐ対応できるって思ったんだよ。だってさ、あんな空間に穴開けて引きずり込むなん てフツー予想できねーだろ?余りにも予想外すぎて呆気にとられた隙にあのふたりは攫われちまったんだよ。星矢だって言ってた じゃねーか、『ハーデスとマニゴルドの見てる前でタナトス様とヒュプノス様を一瞬で攫うなんて、その犯人は只者じゃないな』って。いや、実際は一瞬じゃな かったさ。空間が開いて黒い手がふたりを引きずり込むまで二・三秒はあったと思うぜ。ただよ、ふっと考えちまったんだよ。あの妙な黒い手が神様を掴んで引 きずり込もうとしたところで止めに 入ったら、上半身は異空間に下半身はこの世界に残されて肉体が真っ二つ、なんてホラーな展開になったりしねーかなーって。そんなヤな事考えて躊躇った隙に 双子神様は異空間に引きずり込まれちまったんだよ。あ、いや、俺だって死ぬほど後悔してるぜ。 何であの時、すぐに止めに入らなかったのかってさ… コンマ数秒でそんな言い訳を考えたマニゴルドにパンドラは冷静な眼を向けて静かに言った。 「もう一度申し上げますが私はあなたを追及するつもりはございません。ですが、タナトス様ヒュプノス様が戻られた時に『我々が攫われるのを見ていて何故助 けてくれなかったのだ?!』と追及された時にどうお返事するかは考えておいた方がよろしいかと存じますわ。…では、失礼します」 「……………」 慇懃なほど恭しく一礼して会議室に戻って行く漆黒の女を見送って、マニゴルドは心の底から思った。 あの女は確かにヒュプノス様の『姉』だ。絶対に間違いない。 |
| 星矢部屋 |
総合目次 |
SS・2012
時代 |
SS・神話時代 |
SS・蟹座達 |
| 当初はこの時点
で蝶様世界の話を入れるつもりはなかったのですが、最初の予定の場所に入れると色々と状況説明が長ったらしくなりそうだったので思い切って入れることにし
ました。 とにかく蝶様双子神が『誘拐』された原因を作ったのは当サイト双子神なので、蝶様世界で何をどう調べても犯人に繋がる手掛かりが見つかるはずはないわけ で。アテナやハーデスだけでなく星華さん以外の人間達も『これは普通の誘拐事件じゃない』と言う事は直感的に気付いているんだけど、でも、何かをせずには いられない状況だ…という雰囲気を目指してみました。多分、沙織さんは警察だけでなく城戸財閥の総力を挙げて双子神を捜索してると思います。マニさんの証 言で、双子神を誘拐した犯人が使った『技』はアナザーディメンジョンみたいな感じでどこに通じているか分からないって事も察してるんじゃないかなと。 ちなみに星華さんは双子神が本物の神だと言う事は知らなくて、ギリシアのお偉いさんとだけ聞いているそうです。そして天然なので、双子神を誘拐した手口 がアレなのも『犯人はマジシャン』で納得してるそうです(笑)。 んで、誰からも突っ込まれてないけど、個人的に引っかかっていた『可愛い子には旅をさせよと無責任な事を言ったのは誰だ!とハーデスに言われたパンド ラ』と『双子神が誘拐されるのを阻止できなかったマニさん』の二点を消化しました。『タナトス(のちにヒュプノスも)の星矢宅へのホームステイを提案した のはパンドラ』と言う設定を伺っていたもので、ハーデスにああ言われたパンドラさんは結構堪えてるんじゃないかなぁ、と。でも、蝶様のお話だと今回の事件 で一番パ二くってるのはハーデス様らしいので、パンドラさんまで一緒に取り乱したら収集付かないのでこんな感じに。普通の人だったら出来る『死んでお詫び を』が、冥界に属する人間であるパンドラさんは色々な理由で出来ない、そんなジレンマ。 で、マニさんはそういう『自殺願望を強く持ってる人間』の匂いみたいなものに敏感なんじゃないかなと。 そして第一話で『マニさんが双子神誘拐を阻止しなかった理由』もここで言い訳しました。黄金聖闘士のマニさんだったら、八雲紫が開いた空間から出て来た 手が双子神を掴んだ時点で止めに入れたんじゃないの?というセルフツッコミがずーっと頭の中をグルグルしてまして。それを言い出したら『あからさまに不審 な格好してたハーデスに何でマニさんは気付いてなかったのか』とか『なんで双子神の後ろではなく前方で護衛の仕事してたのか』とか疑問は出てくるのですが その辺は突っ込まない方向でお願いします。今だから言えますが、第一話のマニさん登場自体が割と突発事項だったんです…当初はハーデス様しか出てこない予 定だったんです…。でもハーデスが見てただけじゃ聖域側から信用されないかな?と思ったのもあり、蝶様マニさんに感激した勢いでマニさんを書いてみたかっ たのもあり、マニさんの登場となったわけです。しかし8話の解説でも書いたけどマニさん動かしやすいなぁ…動かしやすくていじられキャラって美味しすぎる 立ち位置ですね(笑)。 そして海界に派遣されたのがサガ+ラダというある意味異色コンビなのですがこの人選にも一応理由はありまして。 沙織さんが言っていましたが蝶様世界の海界にはカノンがいます(ポセイドンもハーデスの計らいで復活しています)。で、ラダ課長とカノンは遠距離恋愛 中。メールするのが三週間に一回(!)とかでアイコさんやミノさんに『ダメじゃん』と突っ込まれてますが交際中。 当初はハーデスが『余が!余が海界に行ってポセイドンを問い詰めてくる!!』と叫んで、パンドラがハーデスを羽交い締めにして『ハーデス様落ち着いて! 今のハーデス様が海界に行ったら話が余計拗れます!!』と阻止する展開を考えていたのですが、蝶様世界でもそんなアップダウンやっていたら書く私もSSを 読んで下さる方も息切れしそうだったので割とあっさり目の展開にしました。 で、いきなりハーデスとアテナがアポなしで行こうもんなら海界が大騒ぎになりそうな気がしたので、アポ取りを兼ねた聖域の使者はサガが妥当かなと。双子 座のままなのか教皇なのかは不明ですが、聖域からの正式な使者としては適切な人選しょう。そして話を聞きに行ったのが聖域の人間だけじゃ話の信憑性や真偽 を疑われるかもしれないので、冥界代表も入れるべきだな。だったらカノンと親しいラダ課長が適任。肩書きも冥界三巨頭だしね。こんな感じでサガとラダ課長 に白羽の矢が立ちました。 そして、海界に派遣するふたりを呼び出す→ふたりが海界に行って話を聞いて帰ってくる、という展開を挟んだのも理由がありまして。ギリシアからサガを、 冥界からラダを呼んで、ふたりに事情を話して、ふたりが海界に行って帰ってくるだけで結構な時間がかかります。いくら二人が光速で動けたって帰ってくるの は夜でしょう。で、他の皆はふたりが帰ってくるまで城戸財閥の施設(アテナの力で結界が張ってある)で待機してるはず。で、蝶様世界でサガ+ラダが帰還し て一時解散となる頃には、当サイトの世界では双子神達は冥界に帰ってしまっている、という状況を作りたかったのです。 何でかって言いますと、八雲紫は蝶様世界の混乱を大きくしないためにマニさんを利用したいのです。なんだけど、マニさんがアテナの結界内部にいる時は八 雲紫はマニさんにコンタクトが取れない。コンタクトが取れても、その時に当サイト世界の双子神が地上にいないと意味がない。なので、八雲紫は『マニさんが アテナの結界の外にいて、かつ、当サイト世界にいる双子神達が地上にいる』状況を待っているのです。 |