| 西暦2012年、初夏―― 聖域と冥界の和解が成立してしばらく。 元聖闘士達の『また遊びに来てくれよ』という誘いに快く応じた…というより、地上見物にすっかり夢中な死の神タナトスと、星矢、一輝、瞬は待ち合わせの駅近くの喫茶店で本日の予定を相談していた。 ちなみにタナトスの服装は以前地上に来た時のスーツではなく、白いシャツにブルージーンズ、シルバーのアクセをジャラジャラという、ラフかつシンプルな格好だ。 例によって冥王の力で限界まで小宇宙を押さえつつも『只者ではないオーラ』をバリバリ出しつつ、死神様は子供のような顔でクリームソーダのアイスを掬って口に運んでいる。 「この国の食べ物飲み物は面白いものが多いな。緑色の甘い炭酸水にアイスクリームを乗せてクリームソーダと名付けるなど、我々には思いつかぬ」 「カレー味のピラフにナポリタンスパゲティ添えて、トンカツのっけてトルコライスとか言うもんな」 「カレーの横に焼うどんと焼きそば添えて病気ライスと言うのも見たことあるぞ」 「ところでさー、タナトスサマの買い物の資金でどっから出てんの?」 …死神様の買い物は豪快の一言につきる。目に付き気に入ったあれこれを値段も見ずに購入するので羨ましいとかムカつくとかを通り越していっそ清々しいほ どだ。星矢が今更ながら根本的な疑問をぶつけると、話の腰を遠慮なくへし折られたにも関わらずタナトスは気にした風もなくあっさりと答えた。 「城戸財閥だ」 「あ、やっぱり」 「だよねー」 「地上の平和の為ならば、数百万だろうが数千万だろうが数億だろうが、城戸財閥にとってはハシタ金なのだろうな」 ある意味予想通りの答えに聖闘士達が納得して頷くと、タナトスはむっとした顔でクリームソーダのアイスを緑色の炭酸水にゴボゴボと沈めた。 「…念のため言っておくが、俺は一方的に施しを受けている訳ではないからな。相応の対価は払っているぞ」 「あ、そーなんだ」 「まぁタダほど高いものは無いって言うもんね」 「しかし冥界の神であるあなたがどんな対価を?」 「それは…」 「あのー」 タナトスが口を開きかけた時、若い女性の数人組がタナトスに声をかけてきた。 死神と元聖闘士が店に入ってきた時から一行をちらちら見ながらこそこそ何か話していたが、タナトスが人目を引きすぎるのはいつもの事なので大して気にしていなかったのだ。ついでに(星矢達完全スルーで)死神様が逆ナンされるのも珍しくない。 ああまたか、まぁ死神様は地上でトラブルを起こす気はないから紳士的にお断りするんだろう…と思った星矢達が自分達の飲み物に専念していると、女性達は意外なセリフを口にした。 「死神タナトスさん、ですよね?」 星矢は危うくコーヒーを吹きかけた。瞬と一輝も驚きで目を丸くして、声をかけてきた女性とタナトスを思わずまじまじ見詰めた。 が、当のタナトスは驚いた風もなく、そうですよ、とにこやかに頷いた。 その返答に小さく歓声を上げた彼女達は、明らかに服装と不釣り合いな百円ショップの袋から色紙とペンを取り出してタナトスに差し出した。 「あの、サイン頂けます?」 「ああ、構いませんよ」 「写真はOKですか?」 「それはちょっと…」 「じゃあ握手は?」 「それは大丈夫です」 「え、おい、ちょ、どゆこと?一体どゆこと?」 どう見ても一般人の女性達がタナトスを知っている事にも驚いたが、サインや握手を求められて芸能人のごとく自然に対応している死神にも驚いた星矢が我慢できずに尋ねると、対応を終えたタナトスがジーンズのポケットに手を入れた。 「ああ、それか。さっき話しかけたのだが…」 …死神様はジーンズのポケットからA4サイズのファッション雑誌を取り出した。 神様だから何でも有りなのだろうが、聖闘士でもない一般人の目の前で神様パワーを使っていいんだろうか。案の定、サインを受け取った女性達もポカーンとしていたが、それに気付いたタナトスは実に爽やかな営業用スマイルを浮かべた。 「…タネも仕掛けもないですよ」 お約束のセリフと共に反対側のポケットに手を入れた彼は、ずらり繋がった万国旗を取り出して見せた。 うん、まぁ、本当にタネも仕掛けも無いんだろうな。 複雑な顔で納得する聖闘士達は眼中にない様子で、女性達は控え目に拍手をして、何度も名残惜しそうに振り返りながら店を出て行った。 …女性達が店を出ると、タナトスは感心したように呟いた。 「アテナから『神の力を使って何かを出す時は、タネも仕掛けもありませんと笑顔で言って下さいね。そうしたら騒ぎになりませんから。万国旗か造花をついでに出すとさらに効果的ですよ』と言われた時は半信半疑だったのだが、その通りにすると本当に人間は驚かぬのだな」 「え…あ…うん…」 「もう突っ込む気も起きないな…」 「で、タネも仕掛けもなく出してくれたこの雑誌が何か?」 「冥界の神である俺がどんな代償を払っているのか尋ねたのはお前達だろう」 「???」 雑誌を受け取った瞬がパラパラとページをめくり、ふと手を止めた。 城戸財閥が経営している宝石店の商品を紹介するページで、シルバーアクセのモデルになっているのは、どう見ても今彼らの眼の前にいる死を司る神タナトス様 だった。キャッチコピーは『死の神タナトス×シルバーアクセ』…そのまんまである。そのまんますぎて360度回ってある意味ネタとして成立してしまっている。 ケロリとした顔でクリームソーダを飲んでいるタナトスに星矢は何とも言えない顔で尋ねた。 「死神様…アンタ、ファッション雑誌のモデルなんてやってんのかよ…」 「資金提供を受けるからには相応の対価を払う、とアテナに言ったら、城戸財閥系列のブランドのアクセサリーを付けて写真を撮らせてくれと言われたのでな。 それから、地上に来る時は自社の製品を目立つように付けてくれと。どういう仕組みか分からぬが、付けているだけで報酬を支払う口実になるのだそうだ」 「いつ見てもアクセサリーを一杯付けているなと思ったらそういう事情か…」 「確かに神様が付けてれば下手なCMより効果ありそうだもんね…」 「地上で冥界の神がむやみに姿を晒すのは気が進まなかったのだが、ハーデス様が了承されたし、エリスだけでなくベル…秋乃様もぜひやるべきだと言うのでな。…しかし…」 タナトスは銀色の眼をくるりと回して不思議そうに言った。 「この国の…いや、この時代のと言うべきか…人間は死神を微塵も恐れぬのだな。神話の時代は俺の姿を見るだけで逃げ出したり石を投げたりする人間が大勢いたものだが」 「ええ、まぁ、時代は変わりましたからね」 「悪魔(自称)がバンド組んで音楽活動やったりテレビに出てたりするもんな」 「ほう…悪魔までいるのか。この国はバラエティに富んで興味深いな」 「日本人はあんまり死神とか悪魔とか怖がらない国民性なんだろ」 「なるほど、そんなものか」 「そんなもんですよ」 何だかもう根本的な部分に突っ込む気力も失せた聖闘士達が頷くと、死の神タナトスはふと目を細めて笑った。 「俺は長らく人間など虫ケラ以下の存在と思って碌に興味も持たず嫌悪してきたが、ああやって嬉しそうに近づいてきては名前を書いてやるだけで大喜びするのを見ると、何と言うか…可愛気のようなものを感じてくるな」 「………」 アテナってやっぱり知恵の女神なんだな。 無言で顔を見合わせた聖闘士達は改めて思った。 和解したとはいえ敵だったアテナに借りを作りたくないタナトスに資金提供する口実を作り、自社の製品を効果的に宣伝しつつ、死の神が人間に対して持っていた認識まで自然に変えてしまっている。 自分達が仕える女神の偉大さを改めて感じつつも、タナトスばかりが女性の注目を集めるのがなんとなぁーく面白くない星矢は、以前から気になっていた事を尋ねた。 「ところでさ、タナトスサマ。資金の出所以外に気になってた事があるんだけど」 「何だ?」 「タナトスサマが地上に来る時って、たいてい一人か連れがいてもヒュプノスか妹のエリスだよな」 「ああ、そうだな。それがどうかしたか?」 「あんた地上じゃ人間の女の子にキャーキャー言われてるけど、冥界にはこーゆーことに付き合ってくれる彼女もいねーの?」 「………」 ぴきっ、とタナトスの頬が引き攣る音が聞こえたような気がした。 死神様は一定ラインを越えた怒りのせいで逆に唇に歪んだ笑みを浮かべながらグリグリとグラスの底に残ったアイスを氷に押しつけた。 「…馬鹿にするな、天馬星座」 「やだなぁ、馬鹿になんてしてねーよ。ちっぽけな人間のソボクなギモンってやつですよ。…ってーことはいるんだ?冥界に、彼女」 「………。無論だ」 「あっれー?今、なんか微妙な間があったようですけどぉ?」 「それは…あの女神は余り地上に興味が無い故、何と言って地上行きを承諾させるか考えたからだ。貴様のことだ、どうせ『本当に彼女がいるなら連れてこい』と言うのであろう?」 「さっすがカミサマ、良くお分かりで。じゃあ次に地上に来る時はその彼女な女神を連れて来てくれるんだな?期待しちゃうよ?」 「好きなだけ期待するが良い。その期待の上を行ってやるからな」 売り言葉に買い言葉。 内心、ほんのちょっと、しまったと思いつつ、タナトスはぬるくなりかけたクリームソーダを一気に飲み干した。 …エリシオンに帰還したタナトスは、自身の神殿にも戻らず、主君ハーデスに帰還の報告をするのも後回しでヘカーテの神殿に向かった。 人間を相手にあれだけの大口を叩いてしまったのだ、彼女だと言って妹神の誰かを同伴しても(神々が兄弟姉妹で結婚するのは珍しくなくとも)天馬星座は納得しないだろう。そうなると誘える相手は限定される…というか、彼女しかいない。 相も変わらず馥郁と甘い色気を纏った美貌の女神は、お気に入りの死神の訪問に多少意外そうな顔をしつつ妖艶に微笑んだ。 「お前が私を訪ねてくるとは珍しいな。何だ?デートの誘いか?」 「そうです」 「…は?」 お約束の冗談を言ったつもりが大真面目に肯定されて、流石のヘカーテもきょとんとした。 タナトスは真剣この上ない眼差しで彼女の手を握り、壁に押し付けんばかりの勢いで詰め寄った。予想外の展開にタジタジになっているヘカーテなどお構いなしである。 「ヘカーテ様、次に地上に行く時は俺に同行して頂けませんか。無論、相応のおもてなしはさせて頂きますので何かご希望があれば遠慮なくおっしゃってくださ い。あの生意気な天馬星座を黙らせるだけの魅力は、言っては悪いが俺の妹達にはありません。ヘカーテ様でなければ。ヘカーテ様しかいないのです。無理を 言ってるのは百も承知ですが、お願いします!!」 「え?ん?あ…えーと…何だかよく分からんがお前と一緒に地上に行けば良いのだな。あ、ああ、構わんぞ、そのくらいお安い御用だ」 「ありがとうございます。では俺は下調べをしてきますので、また後ほど!」 呆気にとられているヘカーテを置き去りに、タナトスは一方的に言いたい事だけ言って自身の神殿に大急ぎで帰って行った。 嵐が過ぎ去った後のような気分で美貌の女神は首を傾げた。 あの生意気な天馬星座を黙らせる魅力がどうとか言っていたっけ。と言う事は、タナトスは此度の地上訪問で何かプライドを傷つけられるような事でも言われたのだろうか。…例えば、恋人の有無とか。 「…ふむ」 なんだか色々と面白そうだ。これはヒュプノスには秘密にしておいた方がいいだろう。 甘やかに整った唇に妖艶な笑みを乗せて、ヘカーテは久方ぶりに気持ちがわくわくするのを感じていた。 |
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げたSSです。WEB拍手に空きがあれば拍手にしたかったんですが、空きが無かったので2012年時間軸の番外編扱いと言う事で。この話の後、WEB拍手
お礼SS「プリティ・ウーマン」に続きます。ヘカーテ同伴で地上に行くタナトスの話も漠然と考えているので機会があったらSSにしたいところです。 人間相手にタナトスは紳士的に対応してますが、これは龍神秋乃(ベルセフォネーの転生体)に『地上に来たら地上のマナーに則った行動をとるように』と言われてるためです。 雑誌のタナトスのプロフィールには、「職業:死神 特技:手品」とか書いてあるんだ、きっと。 |