| 西暦1990年初夏、冥界。 ラダマンティス、アイアコス、ミーノスの冥界三巨頭の元にわざわざ出向いて来た冥王軍女幹部パンドラは、厳かな声でこう告げた。 「タナトス様がお呼びだ」 パンドラの言葉に三人は驚き戸惑い、困惑顔を見合わせた。 …魔星に選ばれ双子神の声によって冥闘士として覚醒した彼らは、神に与えられた運命に導かれるようにして冥界に集っていた。しかし冥闘士の魂と冥衣は未 だ塔に封印されたままで、冥闘士の自覚も碌に持っていない彼らにとっては『冥界三巨頭』の肩書きも形式的なものに過ぎない。 そんな自分達をタナトス神が呼んでいる?? 神は気まぐれなものだがそれにしても呼び出しの意図が全く見えず、三人は内心びくびくしながらジュデッカに向かった。 ハーデスの玉座の前には薄絹が幾重にもかけられて、玉座の階段下で傅く三巨頭はその姿を伺い知ることは出来ない。玉座の一段下には豪華な椅子が玉座を挟 むように左右対称に置かれ、右に置かれたそれに銀色の死神が座っている。神の圧倒的な威厳と小宇宙に気圧されて俯く三巨頭の頭上から尊大な声が降ってき た。 「三巨頭よ。お前達を呼び出したのは他でもない」 声の主は、冥王の片腕である双子神の片割れ、死の神タナトスだ。 三巨頭が死神に謁見するのはこれが二度目か三度目だったが、彼が『人間など塵芥や蛆虫も同然。冥闘士などいくらでも変えのある奴隷』と考える非情な性格だと言う事は本能的なレベルで知っていた。 そんな死の神が冥闘士として覚醒もしていない三巨頭を呼び出して一体何を命じるつもりなのか…固唾を飲む彼らを見降ろしたタナトスは皆が予想もしなかったセリフを口にした。 「ヒュプノスの誕生日まであと二週間を切った!」 …………。はい? タナトスの発言の意図が全く理解できず、三巨頭は頭を垂れたままで『どういう事か分かるか?』『いや、さっぱり』と目顔で会話し、そぉっとパンドラに視線を向けると、彼女もきょとんとした表情を浮かべている。 場に流れる微妙な雰囲気には気付く様子もなく、タナトスは至って真剣な顔で言葉を続けた。 「聞けば、アテナは今、ポセイドンと何やら揉めている様子。聖戦が始まっては誕生日を祝う余裕など無いからな、ポセイドンとアテナのいざこざは好都合と言えよう。…と言う訳でヒュプノスの誕生日を祝いたいのだが、これと言って良いアイデアが浮かばぬので困っていたのだ」 「…はぁ」 「と、言う訳でお前達。ヒュプノスの誕生日を祝う為に良いアイデアを出せ!」 「………………」 「何を黙っている?俺は『良いアイデアを出せ』と命じたのだぞ!」 予想外の無茶な命令に思考停止した三巨頭が傅いたままフリーズしていると、短気なタナトスは眉間に皺を刻んで苛々と組んだ腕を指で叩いた。 玉座の階段下で控えていたパンドラは、死神の機嫌が急激に斜めになっているのを見てそっと口を開いた。 「…畏れながら申し上げます、タナトス様」 「何だ、パンドラ」 「ヒュプノス様のお誕生日は即ちタナトス様のお誕生日でもございます。冥王の片腕であられるお二方の誕生日を、即興の思い付きでお祝いするなど余りにも畏れ多い。神々のお誕生日に相応しいアイデアを考える時間を頂く事は出来ませぬか」 「む…」 「余もパンドラの言う通りだと思うぞ、タナトスよ。今すぐ良いアイデアを出せと言うのは少々酷であろう。考える時間くらい与えてやるが良い」 薄絹の奥から穏やかな威厳に満ちた声が響いて、タナトスは多少不満そうにしながらも大人しく首肯した。 「ハーデス様がそう仰せになるのなら…。但し三巨頭よ、長くは待たぬ。三日後のこの時間までに良いアイデアを出して来るように。良いな?」 「ハ」 …パンドラを伴ったタナトスがハーデスと共にジュデッカを出て行き、神々の小宇宙が感じられなくなって漸く、三巨頭は安堵の溜息を吐いた。 ズキズキと痛み始めた頭を拳で押しながらラダマンティスが傍らの二人を見遣った。 「わざわざパンドラ様を寄越してまで我々を呼び出すとは一体何事かと思えば、弟君の誕生日とは…。そう言えばタナトス様はその手の楽しい事には目の無い方だったな」 「俺もうっすらと思い出したぜ。前回の聖戦の時代に、ハーデス様が発起人になって、あの神様達の部屋に『順路』とかいう紙貼ってパーティー会場まで誘導した事あったよな」 「ああ…タナトス様が勢いよく部屋のドアを開けた途端にくす玉が落ちて、ヒュプノス様にぶつかった…。……………」 「…………」 「…………。今年はくす玉は無しで行こう」 「「異議なし」」 今年の双子神誕生日パーティーはくす玉なしで行く事を即決した三巨頭は、改めて顔をつき合わせうーんと唸った。 魔星が冥闘士となるべき人間を選び始めているとは言え肝心の魂は未だ封印されたままで、冥闘士としてきちんと覚醒しない状態でありながら冥界に集まって いるのは三巨頭やその直属の部下達など、冥王に対する忠誠心が特別強いほんの一握りの精鋭だけだ。ぶっちゃけ、盛大なパーティーを盛り上げられるだけの頭 数が揃っていないのである。 「ヒュプノス様はともかく、タナトス様は盛大なパーティーをお望みだろうな…」 「けど、今の人数で盛大なパーティーは無理だぜ。今の冥界にいる冥闘士なんて俺達入れて十人いるかいないかだろ?双子神様の誕生日までにあと何人集まるか…」 「タナトス様の目的は『ヒュプノス様の誕生日を祝う』事でしょう。ヒュプノス様は必ずしも盛大なパーティーをお望みとは限りません。ささやかでも趣向を凝らしたパーティーの方が喜んで下さるやも」 「趣向を凝らすと言っても…ある意味、盛大なパーティーより難しいぞ」 「ここはいっそ開き直って思いっきりお粗末なパーティーでもするか!豪華絢爛に飽き飽きした神様なら逆に面白がってくれるんじゃないか?」 「…………」 ヤケクソの冗談でアイアコスが言った言葉に、ラダマンティスとミーノスが思案顔を見合わせた。 …三日後。 冥界三巨頭はタナトスに呼び出されてジュデッカを訪れていた。 ハーデスの玉座の一段下に置かれた豪華な椅子にふんぞり返った銀の神は、期待に満ちた眼差しを彼らに向けて楽しげに尋ねた。 「さぁ、三日も時間をくれてやったのだ。さぞかし面白いアイデアを用意して来たのであろうな?」 「ハ。三人で色々と検討した結果…」 深々と頭を垂れたミーノスが静かに口を開いた。 「ヒュプノス様は、絢爛豪華な誕生日パーティーにはそろそろ飽いておられるかと。ならば逆に、質素なパーティーを開催してはどうだろうか?新鮮で面白いと喜んで下さるのではないか…と言う結論に至りました」 「ほう…質素なパーティーか。具体的にはどのような?」 タナトスの反応が悪くなかった事にほっと安堵しつつ、ミーノスは慎重に言葉を選んで話を続けた。 「此度の聖戦が冥王軍の勝利で終わり、人間が滅びるのは最早時間の問題。ならばその滅びゆく文明を間近でご覧になって頂こうかと」 「…つまり、地上で人間流の誕生日パーティーを開催すると言う事か?」 「左様でございます。聞けば今生のアテナは日本にいるとか。ならばその、日本の『一般庶民』と言われる人間達の流儀で神々の生誕をお祝いするのも一興でございましょう。何しろ今年を逃したら、未来永劫このようなお遊びをする機会は無いのですから」 「ふむ…確かにヒュプノスは人間に対して慈愛や興味を持っている。もうすぐ消えて無くなるものならば、今のうちに見物するのも悪くないやもしれぬな」 タナトスは子供のような顔で銀色の眼をくるりと回した。 人間など塵芥よ蛆虫よと蔑む死の神も、『今回を逃せば次は無い』という言葉には多少なりとも心を動かされた。三巨頭の言う通り贅を尽くした神々の宴には 少々食傷気味でもあったし、ポセイドンと死闘を繰り広げているアテナの膝元で冥界の神々がのんびりと誕生日を祝うのもまた痛快ではないか。 …タナトスの唇がスッと弧を描いた。 そして6月13日。 死の神タナトスは、弟である眠りの神ヒュプノスを伴ってジュデッカに向かっていた。 「ヒュプノスよ。今年の誕生日は、三巨頭が少々趣向を変えた誕生日パーティーを企画したそうだぞ。一体どのようなものなのか、実に楽しみだな!」 「…………。ああ、そうだな」 ヒュプノスは金色の睫毛を瞬いて短く答えた。 …死の神タナトスは気まぐれで冷徹で、冥闘士の命など虫けら以下にしか思っていない。彼の気分と胸先三寸で呆気なく自分の首が飛ぶことくらい三巨頭も心 得ているだろう。そんな彼らが、ぶっつけ本番で『趣向を変えた誕生日パーティー』を開催するとは思えない。恐らく兄神が『趣向を変えた誕生日パーティーを しろ』と命じて、それなりのアイデアを出した三巨頭はタナトスにお伺いを立てて了解を得たのだろう…とヒュプノスは考えていた。 三巨頭が出したアイデアが面白そうだったから、己の半身である弟も三巨頭主催のパーティーを面白がるに違いないと何の疑いもなく思っているから、兄神はこんなにも上機嫌なのだろうと。 ならば良い、と眠りの神は思う。 最愛の兄が喜んでくれるのならそれで良い。私は兄の傍らで、兄と同じようにパーティーを楽しもう。 ジュデッカに到着すると、三巨頭と数名の冥闘士、パンドラ、そして仮初めの肉体に魂を入れたハーデスが既に待っていた。 …双子神は彼らの服装を見て数回目を瞬いた。 三巨頭も冥闘士もパンドラも、ついでに少年の姿をしたハーデスも、事前に話を聞いていなければ『神に謁見する姿ではない』と言う理由で処罰されても仕方 がないような庶民的でカジュアルな服を着ていた。アイアコスに至っては胴体の真ん中に『侍』とプリントされたTシャツを着て野球帽のようなキャップまで 被っている。 タナトスはますます面白そうに目を輝かせ、ヒュプノスはそんな兄神を横目で見つつ常と変らぬ無表情でいると、パンドラがおずおずと口を開いた。 「あの…三巨頭が言うには、これがいわゆる『パーティーの衣装』なのだそうです。…ええと…では、三巨頭よ。神々にご説明を」 「ハ。…まずはタナトス様、ヒュプノス様。お誕生日おめでとうございます」 「うむ!」 「ああ…」 「我等冥界三巨頭、此度の双子神様の誕生日パーティーはどのようなものにするか十分に相談、検討した結果、『神々は豪華絢爛な宴には飽いておられようから、人間レベルで質素な宴を面白く感じて下さるのではないか』と言う結論に至りました」 「既にお二方も御承知の通り、アテナの黄金聖闘士の半数は我等の軍門に下り聖域軍は半壊滅状態。此度の聖戦で冥王軍が勝利し人間が滅びるのは時間の問題。なれば、その消えゆく文明を間近でご覧になって頂こうと考えた次第」 「中途半端に裕福な人間流の宴など面白くもなかろうと思い、アテナが命がけで守っている人間、その人間の中でも大多数を占める『庶民』風の誕生日パー ティー会場を準備させて頂きました。これからお二方とハーデス様を地上の『庶民的な店』にご案内いたします故、どうぞ、こちらの服にお召し変えを」 頭を垂れて説明を終えた三巨頭は、傍らに置いてあった庶民的な服を恭しく双子神に差し出した。 ………… 三巨頭が冥界御一行を連れて来たのは、日本のそこそこ大きな地方都市にあるファミリーレストランだった。丁度夕食時だからなのか駐車場はほぼ一杯で、客席の空きもほとんどない混雑ぶりだ。 アイアコスは、観光ガイドのごとくにこりと笑って店を指差した。 「これが、この国の『一般庶民』が食事をする時によく利用する『ファミリーレストラン』という店です。ファミリーレストランも色々なタイプがありますが、今回は典型的な店を選びました」 「ほう…」 「確かに家族連れらしいグループ客が多いな」 「…やけに我々は注目を浴びているな。特に珍妙な格好をしているとは思えぬが、何故だ?」 「そればかりは致し方ございません、ハーデス様。小宇宙は抑えて頂いても、神の気配は愚鈍な人間にも分かるものですから」 「どうぞ、素知らぬ顔をなさっていて下さい。日本語が分からない振りをしていれば、店員以外の人間が話しかけて来る事は滅多にございません」 「この店での振る舞い方は随時我々がご説明いたします。では、入店しましょう」 先頭に立って店に入ったアイアコスが予約を入れていた旨を告げると、店員は笑顔で一行を奥の席に案内した。 …案内しただけで立ち去った。 至れり尽くせりのもてなしに慣れ切った神々がポカーンとしていると、ミーノスが神々に席を勧めた。 「さぁ、ハーデス様、タナトス様、ヒュプノス様。奥の席にお座り下さい」 「…ミーノスよ。先程の人間の女は言うなれば侍女であろう。客人が来たと言うのに、椅子も引かずに立ち去るのか」 「面白いでしょう?この店では、侍女は客をもてなさないのです。どのくらいもてなさないかと言うと、飲み物すら給仕しないくらいです」 「何と!」 「御覧ください。あちらにある機械に人間が集まっているでしょう?あれは、客が自分で飲み物を給仕しているのです」 「飲み物も客自身に用意させるのか」 「『セルフサービス』という文化でございます。身も蓋もない言い方をすれば『自分でやれ』です」 「フッ…神である我々が自分の飲み物を自分で用意するなど、滅多にできる経験ではないな。確かにこれは面白いではないか、タナトスよ」 「そうだな。中途半端なもてなしは不快だが、ここまで手抜きされると腹を立てる気にもならん。どこまで手を抜かれるのか逆に興味が出て来たぞ」 「余もあの妙ちくりんな機械で自分の飲み物を用意してみたいのだが…どうすれば良いのだ?」 「飲み物が欲しい、と店員に申しつければ良いのですよ。…では皆様、まずは料理の注文を済ませましょう」 チープな誕生日パーティーを開催する事は予め了解を得ていたとはいえ、ファミレスの店員の『無礼さ』に神々が腹を立てたらどうしよう…と三巨頭は内心ハラハラしていたのだが、どうやらその心配は杞憂に終わりそうだった。 安堵の笑みを浮かべてミーノスはメニューを神々に差し出した。 …料理の注文を済ませ、三巨頭に説明を受けつつ神々が『セルフサービス』で飲み物を用意し、初めて味わうあれこれに驚いたり感心したり、ああでもないこ うでもないと話をしているところに料理が運ばれて来た。定番のハンバーグ、ドリア、スパゲティ、ピザ、フライドポテト、更には和風の御膳や丼物などなど… 冥界で暮らす神々は食べた事どころか見たこともない物ばかりだ。 タナトスとハーデスは興味津々の顔で運ばれてきた料理をしげしげ見つめ、恐る恐る口に入れ始めた。 「む。この、すりおろした野菜の乗った肉料理…『わふうおろしはんばーぐ』と言ったか?…は、なかなか美味だぞ」 「こちらのスパゲティは少々茹で過ぎのようだが、不思議とこれはこれで良いものだな。そして、米粒に生の魚が乗ったこれは『スシ』というものだろうか」 「ヒュプノスよ、このエビが入ったドリアはなかなかだぞ。お前にも分けてやろう」 「こちらのビーフシチューがかかった卵料理も悪くない。食べてみるが良い」 「タナトス様もハーデス様も、何故私に食べかけの料理を渡すのですか…」 「「食べかけではない、分けているのだ!」」 「…………」 主君と兄神に同時に同じセリフを言われて、ヒュプノスは苦笑しながら二人が差し出した料理の皿を受け取った。 ハーデスとタナトスが『粗末だがこれはこれでアリ』と評する料理は『食べられない事もないがまた食べたいとは思わない』レベルのものだったが、眠りの神は淡く笑んだまま差し出された料理を勧められるままに口に運んだ。 ハーデスとタナトスが笑っていればそれで良い。兄と、主君と、楽しい時間を過ごす事が出来るのならそれが何よりの贈り物、料理の味など彼にとっては瑣末な問題だった。 …料理を食べ終わると、パフェやケーキやクレープやあんみつなどのデザートが運ばれて来た。 これは美味い、これは今ひとつ、これはメニューの写真と白玉の数が違う、メニューの写真はイメージですので…と皆がああだこうだ言いながらデザートを食べていると、数人の店員がホールケーキをワゴンに乗せてしずしずと運んで来た。 ホールケーキなど注文した覚えはないが…と怪訝そうな顔をする双子神の前に『ハッピーバースデー』のチョコプレートが乗ったケーキを置いて、店員達がパチパチと拍手した。 「お誕生日、おめでとうございます!」 「おめでとうございます!こちらはサプライズのバースデーケーキでございます!」 「…………」 驚いて目を丸くする双子神に笑顔を見せて、店員達は周囲の客を見回した。 「それでは、スタッフよりハッピーバースデーの歌を歌わせて頂きます!お客様もよろしければご一緒に!では、せーの…」 ハッピーバースデートゥユ〜♪ 店員達が手拍子をしながら歌い始めると、三巨頭と冥闘士達がそれに合わせ、『イケメンのガイジンサン御一行』に注目していた隣の席の家族連れが手拍子をして歌い始めた。それに釣られたように他の席のグループ客も一緒に手拍子を始めた。 歌が終わって皆が拍手すると、ハーデスにそっとつつかれた双子神はにこりと笑ってわざとぎこちない日本語で礼を言った。 「あー…アリガトウ」 「アリガトウゴザイマス」 最後にもう一度拍手をして、取り皿とサーバーをテーブルに置くと店員は一礼して下がった。 …ドリンクバーのコーヒーを飲みながらケーキを口に運んだタナトスは、遠くを見るような眼で呟いた。 「そう言えば、人間として生まれた先代のアテナはこう言っていたそうだな。『人は皆、多くの痛みに耐えて生きている。でも、飢えや苦しみの中にあっても、精一杯手を伸ばして、繋ぎ合って、喜びや幸福を見つけて、次へ向かおうとする』と」 「…………。この場にいる人間達が見も知らぬ我々の誕生日を一緒になって祝ったから、そんな事を思い出したのか?タナトス」 死神の発言の意図が理解できず反応に戸惑う皆の姿を見て、眠りの神は兄神の心情を解説するような言葉を返した。 弟の言葉に浅く頷いたタナトスはケーキを崩しながら独り言のように言葉を続けた。 「人間達は見も知らぬ誰かの誕生日に幸福を見出し、他者と繋がり喜びを分かち合い、そして、次に…明日に、未来に、向かおうとする。精々百年程度の短い時間しか生きられぬのに…」 「短い時しか生きられぬからこそ、生まれて来た事に感謝し、生きる喜びを享受し、誕生日を祝福するのであろう。それが自分であっても他人であっても。それこそがアテナが信じる『人間の強さ』なのであろうな」 「ふむ…そんなものか」 ヒュプノスの『人間賛歌』など普段なら鼻で笑い飛ばすタナトスが、珍しく真面目な顔で弟の言葉を受け止めた。 しばらく何か考えていたらしい銀の神は、ケーキの最後の一切れを口に入れて唇に笑みを浮かべた。 「とりあえず、この『ふぁみりーれすとらん』という店は面白いな。碌に給仕をせぬ侍女、多種多様な飲み物が出て来る妙ちきりんな機械、粗末すぎて逆に美味いような錯覚を覚える料理、そして見知らぬ他者の誕生日祝いに嬉々として参加する人間ども。…アイアコスよ」 「ハ」 「お前は先程『この店は典型的な店』と言っていたが、典型的な店があると言う事は典型的ではない店もあると言う事だな」 「その通りです。この店では料理の給仕は店員がしましたが、料理すら客に給仕させる店もございます」 「ほう…実に興味深いな。…ヒュプノス」 「何だ、タナトス?」 「次に我々の誕生日パーティーをする時は、その『料理すら客に給仕させる』ふざけた店に行こうではないか」 「…………。ああ、そうだな。次はそうしよう」 金色の睫毛を伏せてヒュプノスは頷いた。 タナトスは無意識に発したであろう、『次に』という言葉。 恐らくあと数日もしないうちに魔星の封印は解け、この時代の聖戦が始まる。此度の聖戦を冥王軍が制すれば人間はハーデスの名の元に滅び、人間が運営するこの店も同時に消えるだろう。つまり、冥王軍が勝利すれば『次』など無いはずなのだ。 しかし、予言の神に勝るとも劣らぬ直感を持つ兄神は『次』と言った。それはつまり、双子神が次の誕生日パーティーを開く時にも人間の世は存続していると言う事だ。 それが意味するものは冥王軍の敗北か、それとも。 ――それとも、冥王と死神が人間の存在価値を認め彼らの存続を赦すのか。 …どちらでも良い、と金の神は思う。 敬愛する主君ハーデスと、最愛の兄タナトスと一緒に楽しい時間を過ごせるのなら、戦の結末など些細な問題だ。 ケーキを食べ終えてフォークを置いたヒュプノスは傍らの兄を見遣った。 「…タナトス。驚きの連続で、私は大事なことを言い忘れていた」 「何だ?」 ヒュプノスは柔らかな笑みを浮かべて一年に一度しか言えない言葉を紡いだ。 「誕生日おめでとう、タナトス」 |
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| 2013年の双子神誕生日企画様に投稿した作品です。気が付けばハマって三年目、飽きっぽい私にしては長いお付き合いになった双子神様。去年に続いて「ネタが出ないよ!」と頭を抱えつつ、何とか話を作って
お二人の誕生日をお祝いすることが出来て嬉しく思います。去年と一昨年はLC時代を舞台にした話を作ったので、今回は無印の時代で…と思ったのですが。
「魔星の封印が解けると同時に聖戦が始まったのにいつ誕生日お祝いするん?」というセルフツッコミが入り、「幹部クラスの冥闘士は、魔星が目覚める前に神
の声を聞いて冥界に来てるかも」という言い訳で話を作っていきました。 ハーデス様はこの時点ではまだ魂だけ状態なので(瞬はポセイドン軍と戦ってる真っ最中ですし)、「パンドラと冥界で留守番」にしようか悩み、「やっぱり ハーデス様も臣下の誕生日を一緒に祝いたいんじゃないかな」と思って「仮初の肉体を急ごしらえして一緒に行く」という展開にしました。 ケーキのサービスとか、スタッフがハッピーバースデーの歌を歌ってくれるサービスをやってるファミレスがあったような気がして調べてみたのですが確認で きませんでした…。昔、ファミレスで誕生日パーティーをやってる人を見たことあるような気がするのですが…まぁこれはフィクションですので現実にそういう サービスが無くてもナァナァでお願いします(笑)。 双子神の部屋に「順路」と言う紙を貼ってくす玉がヒュプの頭に落ちて…と言うのは、2011年の双子神誕生日企画様に投稿したSS「双子神1747・生誕」のネタです。 LCアテナの「人は皆、多くの痛みに耐えて生きている。(略)」発言をタナトスが知っている理由ですが。あの発言を聞いていた杳馬が無印時代でも冥闘士として選ばれていて既に冥界に来ていて、何かの折にタナトスに話した…と設定しています。 |