双子神・神話時代 …黎明…
EPISODE 9

 巨人達の帰還祝いとハーデスの歓迎会は(キュクロプスの飲み物とおやつがハーデスに押し付けられる事もなく)和気あいあいとした雰囲気で無事に終わり、ハーデスは臣下となった双子神の神殿にしばらく居候することになった。
 双子神のすぐ隣の敷地に自分達の館を構えるヘカトンケイル達と一緒に一番風呂に入ってきたハーデスは、タナトスの私室…と言っても相当な広さがあるのだが…でふかふかのクッションに身体を預けていた。
 伯父達は勝手知ったる様子で思い思いに寛いでいる。
 …ハーデスの頭の中は考える事で一杯で同時に真っ白と言う奇妙な状況だった。
 夜の一族に拒否されたらどうしようという心配は杞憂で終わったが、祖父の従兄弟である双子神…しかも夜の一族の長兄と次兄だ…に『あなたの臣下となってお仕えしましょう』などと言われるとは思っていなかったから、どう接していけばいいのか分からない。
 そんな事を考えてもなるようにしかならないか…。
 ぼんやりとそんな事を想っていると。

「…お疲れですか、ハーデス様?」
「今後の大まかな方針を相談しようかと思っていましたが、今日はもうお休みになりますか?」
「あ、いや…」

 頭上から声を掛けられてビクリと顔を上げたハーデスは、風呂を済ませて来たらしい銀と金の神に眼を見開いた。
 自身の神殿だからなのか、風呂を済ませたばかりだからなのか、彼らは随分と薄着だった。無論ハーデスが思わず見つめてしまったのは彼らが薄着だったからではない。
 …双子神の背には、淡く光を放つ一対の翼があった。
 その翼は光の糸で織り上げたような不思議な透明感があり、恐らく両手を広げたより大きいだろう。彼らが歩くと羽のように光が舞って幻想的なほど美しかった。
 ハーデスはただうっとりとその光景に見とれ、死と眠りの神は冥王が自分達の何にそこまで注目しているのか分からないらしく怪訝そうな顔をしていたが。

「何だハーデス、タナトスとヒュプノスの翼がそんなに興味深いか?」
「…翼?」

 ヘカトンケイルの言葉でハーデスが自分達を凝視している理由に気付いたタナトスは首を傾げた。

「翼がそんなに珍しいですか?」
「ああ…私の兄弟は誰も持っていなかった。…あの、近くで見せてもらっても良いだろうか?」
「…どうぞ」

 手近な棚から飲み物を取ってきたタナトスとヒュプノスが腰を降ろすと、ハーデスは輝く翼をまじまじと見つめてそっと手を伸ばした。
 彼らの翼は背についているのではなく、小宇宙が光になって翼の形を為しているらしい。翼に触れようとした指は何に阻まれる事無くすり抜けたが、全く感触 が無いと言う訳ではない。髪を梳くように翼に触れると、羽が一枚ふわりと舞ってハーデスの手のひらに落ち、光の粒になって消えた。
 思わずほうっと溜息を漏らしたハーデスは、真剣この上ない顔で双子神に尋ねた。

「普段は翼は仕舞っているのか?」
「ええ、まぁ」
「何故?」
「何故って…邪魔だからです」
「邪魔?ぶつかったら痛い訳でもないし、すり抜けてしまうのに何故邪魔なのだ?」
「兄弟姉妹曰く、『鬱陶しい』そうですよ」
「ぶつかってもほとんど抵抗は無いが、視界は少なからず遮りますからね。あまりにも邪魔だウザイ出すなと言われるので、普段は仕舞っているのです」
「何と勿体ない…こんなに美しくてふたりに良く似合って素晴らしいのに」

 独り言のようにハーデスが呟いた言葉に、今度は双子神が眼を丸くした。
 兄弟姉妹の言う通り、視界を遮るばかりで何の役にも立たないと思っていた翼にこんな憧れの眼を向ける者がいるなど考えた事もなかった。
 ハーデスは羨望の色を隠しもせず死と眠りの神の翼を見つめている。

「地上に行く機会があったらぜひ私の姉や弟達にも見せてあげてくれないか、きっと感激するぞ。ポセイドンなど自分も翼が欲しい、どうして翼を付けて産んでくれなかったのかと母上に文句を言いそうだな。…ああ、本当に綺麗だな。出来るなら私も欲しいくらいだ」
「………」

 ハーデスの偽りない心からの讃辞に何と返せばいいのか分からず、照れくささと気恥かしさにタナトスもヒュプノスもひたすら無言で飲み物を啜っていると、ヘカトンケイル達がクスリと笑った。

「なぁブリアレアス。タナトスとヒュプノスに『大きくて立派で素敵な体』と言われた時の我々も、あんな顔をしていたのだろうか?」
「恐らくしていたのだろうよ。照れ臭くて恥ずかしくてそれでいて少しだけ誇らしくて、賞賛の言葉を贈ってくれた者を大好きになった、そう言う顔をな」

 巨人達の言葉は内緒話にしては大きすぎたが、タナトスもヒュプノスも巨人達の話は聞こえていないことにしたいらしい。ちなみにハーデスは翼に夢中で伯父の言葉は耳を素通りしていた。
 



 …ハーデスは酔い潰れたヘカトンケイル達と一緒に、部屋の一角に仮ごしらえした寝床で穏やかな寝息を立てている。
 初めて海に行って波と戯れる子供のように飽きもせず翼に触れ続けていたので、いい加減に眠らないと明日に差し支えると判断したヒュプノスが己の力を行使したのだ。
 幼くさえ見えるその寝顔を見遣ったタナトスは何とも複雑な顔でぶつくさ言った。

「全く…こんな無邪気なお方が我らが主の新冥王とはな…。帝王学を叩き込もうにもこんなお子様では厳しくなど出来ぬではないか」
「まぁ良いではないかタナトスよ。飴と鞭と言う言葉もある、姉上やエリスが厳しく指導し我々が優しくしてやればバランスも取れるし問題なかろう」
「しかしヒュプノスよ、冥王がいつまでも夜の一族と共にいる訳にも行かぬぞ」
「そうだな…我々も母上の元より独立する頃合いかも知れぬ。新たな拠点としてはエレボスの闇など相応しいのではないかと思うのだが…」
「いや、俺が言いたいのは独立後の事だ」
「?」
「俺とお前だけでは、際限なくこの方を甘やかしてしまうのではないかと危惧しているのだが…」

 ヘカトンケイルが寝返りを打った瞬間、その巨体に潰されかけたハーデスの身体を敷き布ごと素早く手元に引き寄せてタナトスが呟いた。
 その行動は自然すぎるほど自然で、己の半身である兄を奪われる不快感にも似た淡い妬みの感情を自覚しながら、ヒュプノスは努めて平静に口を開いた。

「それは要らぬ心配であろう」
「そうか?」
「どんなに可愛い弟であれ、良くない事をした時に怒らずにいられるほどお前の心は広くないからな」
「………。見ていろ、ヒュプノス。俺はこの方をとことん可愛がって甘やかして、超絶ブラコンに仕立ててやるからな。お前のような憎まれ口など利かない素直で可愛い弟にしてやる」
「ならばやってみるが良い。短気で短慮なお前に出来るものならな」

 兄の返事は羽根枕の全力投擲だった。
 眠りの神に枕を投げたところで蛙に水をかけるようなものだ。難なく受け止めたヒュプノスに『そんなだからお前は可愛げがないのだ』と捨て台詞を吐いたタ ナトスは、ヘカトンケイルが派手に寝返りを打っても被害が及ばない場所までハーデスを引きずって行って、その隣に身体を横たえた…途端に起き上がり。

「お前はちゃんと自室に帰って寝るのだぞ!」

 ご丁寧に捨て台詞を吐いて主君の隣で寝る体勢に入った。
 ここまで言われては自室に引っ込まない訳にはいかない。
 ヒュプノスは先ほど投げつけられた羽根枕を力任せに投げ返し、苛立ちを隠しもせずわざと足音高く兄の自室を出た。
 


 …本当にあの言葉通りにタナトスがハーデスに目をかけ可愛がり、双子の弟である自分よりも主君ハーデスに時間を割くようになったら…微かな不安がヒュプノスの心をよぎったが。
 翌日、起きるのが遅い片付けが遅い身支度が遅いと『主君』を叱り飛ばす兄の姿を見てその不安は胡散霧消したのだった。




 奈落タルタロスから始まってエレボスの冥府へと流れ繋がる、冥王ハーデスと死の神タナトス・眠りの神ヒュプノスの絆。それは時の流れと共に強く結ばれて永劫の未来へと紡がれてゆくのだった。

END


星矢部屋
総合目次
SS・2012時代
SS・神話時代
SS・蟹座達


 難産だった前の話と違って、書きたいシーンが決まってたから楽勝 だZE!と思っていたら、最後の一文で2時間悩んだ完結エピです。双子神の翼に感激して触りまくり褒めまくりなハーデスと、褒められて嬉しはずかしな双子 神を書きたくて書きたくて。ハーデスの冥衣に6枚も羽がついてるのは双子神の翼が羨ましくて仕方なかったからです。タナヒュプのまくら投げ喧嘩は書いてて 楽しかった!最初は双子神+ハーデスで「川の字になって寝る」落ちにしようかと思ってたんですが、まくら投げで喧嘩始めたらこういう結果に。兄貴をハーデ スに取られないかちょっと不安になるヒュプと、そんな弟の不安を無意識に感じ取って「俺がお前の兄である事は何も変わらぬぞ」というタナトス、というシー ンを入れたかったのですがまくら投げで流れてしまったのでまたの機会に。