双子神・神話時代 …冥妃…
EPISODE 15

 冥妃ベルセフォネーを迎えた最初の数カ月は瞬く間に過ぎた。
 男所帯でのんびりとやってきた冥府は明るく活発な乙女と妖艶な美女の参入で今までとは比べ物にならないほど華やかで賑やかになった。
 ベルセフォネーがまず最初に取りかかったのは、エリシオンに咲き乱れる名も色も無い花に色と名前を与える事だった。花の女神は暇さえあれば 夫だけでなく臣下達の神殿にも押しかけて意見を求め、新たに名と色を与えた花を持って神殿を訪れてはあちこちに飾って回った。
 ハーデス神殿は彼女の意見で大きな窓を増やされ、冥府の支配者が住まう場所とは思えぬほど開放的に明るくなった。
 女神達はあっという間に魔犬ケルベロスを手なずけ、ハーデスや双子神の付き添いがなくてもケルベロスにのってあちこち行けるようになった。

 一方でヘカーテの加入は冥府の運営に予想外のプラス効果をもたらした。
 冥妃の侍女という名目で冥府に来たものの、侍女の仕事はニンフ達がこなすのでヘカーテに侍女らしい仕事などあるはずがない。暇を持て余してベルセフォネーにくっついて冥王の仕事を『見学』 していたヘカーテは、山のような仕事を段取り悪く片づけるハーデスと要領の悪い上司に振り回される双子神や夢の四神の姿に黙っていられず、『どうせ暇を持て余しているから』とハーデスの補佐を申し出た。
 流石は大神ゼウスに重用された女神という事か、ヘカーテはテキパキと書類を片づけハーデスのスケジュールを管理して重要な情報の再確認を行った。そのお かげで、そそっかしいハーデスが書類を失くしたり、あっちにもこっちにも同じ指示を出して臣下が入れ違い行き違って二度手間三度手間になったり、重要な会 合を忘れてすっぽかしたりというトラブルが激減した。地上の人間はどんどん増え続け、このままでは死者を受け入れるのに支障をきたすのでは…という双子神 の心配はヘカーテが事実上の冥王秘書になったことで解決した。

 それから、双子神がある意味何よりも気にしていた『冥界での生活が落ち着いたら本腰を入れてあなた達をオトしにかかるぞ』というヘカーテの宣言は、彼女が ハーデスの補佐業務に忙殺されたことであまり実行に移されなかった。いや、実行に移されはしたが、ヘカーテのアプローチは至って常識的かつ普通レベルのも ので、一体どんな無茶苦茶な行動に出るかと過剰なほど身構えていた双子神は妙な拍子抜け感と肩すかし感を味わった。
 …と、内心で思いつつも賢明なヒュプノスは黙っていたが、粗忽者のタナトスはうっかりヘカーテに素直な感想を言ってしまった。タナトスの『拍子抜け発 言』にヘカーテは大いに喜び、『がっかりさせて悪かった、これからは期待に添えるような積極的なアプローチをするから!』と宣言し(謹んで遠慮します、と いうタナトスの言葉は綺麗にスルーして)当面のターゲットを死神にする事を決めたのだった。かくして、兄神の『犠牲』のおかげでヒュプノスは(いつまで続 くか分からないが)平和な日々を手に入れたのである。






 そして。
 約束の数カ月が終わり、ベルセフォネーが地上に春を与えるために冥府を発った翌日。
 タナトスの神殿でふたりがチェスをしているところにヘカーテが訪ねて来た。
 最早チェックメイトは時間の問題、自身の勝利を確信していたヒュプノスは美貌の女神ににこやかな笑顔を向けた。

「これはヘカーテ様。ちょうど勝負は私の勝利で終わるところ、決着がつき次第お暇いたしますので少々お待ちを」
「ちょっと待てヒュプノス。俺がヘカーテ様とふたりきりという状況を作って逃げる気か?そもそもまだ勝負はついていないだろう」
「この状況からどう逆転するつもりだ、タナトスよ。大体逃げるとは人聞きの悪い。気を利かせたと言ってもらいたいな」
「…それなんだが」

 普段なら『さすが優等生と噂のヒュプノス、気が利くなぁ』と嬉しそうにしながらタナトスに絡み始めるヘカーテが、何とも微妙な顔でふたりを交互に見た。

「せっかく気を使ってもらったのに無下にするようで申し訳ないが、私はハーデスからの伝言を伝えに来たんだ」
「ハーデス様の?」
「弟として個人的に相談したい事があるから、ふたりだけで神殿に来てほしい…だそうだ」
「はぁ…弟として個人的に、ですか」

 死と眠りの神は怪訝そうな顔を見合わせた。
 時期から言ってベルセフォネーとの仲に関する事だろうか。しかしふたりの夫婦仲は申し分なく良いし、特に困った事があるようには見受けられなかったが…。
 不思議そうにしている冥王の臣下を見遣ってヘカーテは何事か逡巡していたが、意を決したように口を開いた。

「あの…唐突に妙な事を尋ねるが」
「はい?」
「何でしょう?」
「ハーデスはベルセフォネーの前に恋人はいたか?あるいは、正式な恋人とまでは行かなくてもそれに近い誰かとか…」
「………?…我々の知る限りではベルセフォネー様が事実上の初恋のお相手になるかと…」
「………。そう、か」
「なぜそのような事をお尋ねになるのです?」

 タナトスが何気なく尋ねると、ヘカーテはますます微妙な顔になった。

「あ…うん…その、ベルセフォネーからちょっと個人的に相談を受けてな。ハーデスの女性遍歴はどのようなものかなと、少し気になったんだ。これと言った付き合いがなかったのなら、まあ納得だ」
「はぁ…」
 
 ヘカーテがベルセフォネーから受けた相談がどんなものだったのか気になったが、男神が突っ込んで良い話題ではない雰囲気を感じたふたりが何となく口を噤むと、美貌の女神は普段と同じ魅惑的な微笑みを浮かべた。

「ひょっとしたらハーデスの『個人的な相談』とやらは私がベルセフォネーに受けた相談と関係があるかもな。…タナトス」
「はい?」
「困った事があれば、『個人的に』私に相談しに来るといい。親身になってやるぞ」
「それは…どうも…」

 複雑な顔で曖昧な言葉を返すタナトスに極上の笑顔を見せてヘカーテは部屋を出て行った。
 何がどうだと明確な言葉にはできないが、漠然と嫌な予感を覚えながら双子神はハーデス神殿に向かった。






 ハーデス神殿最奥の私室で、冥王は深刻この上ない顔でふたりを出迎えた。
 一体何事かと怪訝そうな顔をする臣下に椅子を勧めたハーデスは、どう話を切り出したものかしばらく考えていたようだったが、意を決したようにバンと卓を叩いた。

「そなたらを呼びだしたのは他でもない、重要な相談をするためだ!」
「は…はい」
「一体何です?」
「………。んむ…その、……。…いや、兄であるそなたらが相手だ、ぶっちゃけて単刀直入に尋ねる!」

 ハーデスは一度俯き、深呼吸し、決意に満ちた顔を上げ、嫌な予感をビシビシ感じている双子神を見つめて言った。

「妃と寝所を共にした時、夫として何をすべきか教えてくれ!」
「………………」

 嫌な予感、最悪の形で的中。
 双子神は背中を嫌な汗が流れるのを感じながら引き攣った顔を見合わせた。

(ひょっとしたら『妃と寝所に入った後、どうすればよいのか分からぬから教えてくれ』とおっしゃるかもしれぬぞ)
(有り得ない話ではないと思ってな…)

 騒ぎが起きる前、冗談半分に交わした言葉が蘇る。
 正式にハーデスの結婚が成立した時も、夜伽に関する『お尋ね』があるかも知れぬ…と言葉に出さねどふたりは心配していた。しかしその手の質問をハーデス がして来る事は無く、取り越し苦労だったかとホッとしていたというのに…まさか時間差で、しかも冥王が臣下をふたりとも呼び出してこんなデリケートな質問 をしてくるとは。
 異物を口に押し込まれたような顔でぎこちなく沈黙する臣下を、ハーデスはじっと見つめてアドバイスを待っている。
 いつまでも黙っているわけにはいかず、タナトスはとにかく時間を稼がねばと口を開いた。

「ベルセフォネー様が冥府を去ってからそのような事をお尋ねになるとは、一体どのような事情がおありなのです?」
「え…あ、うん…その…」
「………」
「じ…実は、昨夜、妃と一緒に寝台に入った時、ベルセフォネーが真剣な顔でこう言ったのだ…」

 ハーデスが口籠ったので、質問に答えないままこのままウヤムヤと話を誤魔化せないかと思ったが、素直な弟は馬鹿正直に話し始めた。

「『ハーデス、私は子供じゃないわ。あなたとの結婚もあなたを愛している自分に気付いたから自分で決めたのよ。あなたを受け入れる心の準備はちゃんと出来ているから、変な気遣いは必要ないわ。それに、私も子供が欲しいもの!』と」
「それで、ハーデス様は何とお答えに?」
「とりあえず、分かった…と。それから、『余はそなたが妻となってくれただけでこれ以上の幸せは無いと思っていたからそれ以上を望むという考えが浮かばな かった。そなたに言われて余はやっと、結婚以上の幸せがあると気付いたぞ。既に心の準備が出来ているそなたには申し訳ないが、今以上の幸せを考えて心の準 備をする時間を貰っても良いか』と答えた」
「な…なるほど…」

 双子神は顔を引き攣らせたまま頷いた。
 ヘカーテが今更になってハーデスの女性遍歴を尋ねて来たのは、ベルセフォネーから閨での睦事に関して質問をされたからだったのか。
 普段ならストレートにズバズバ発言する美貌の女神が珍しく歯切れの悪い物言いをしていた理由には得心が言ったものの、目の前の問題は何一つ解決していない。
 冷や汗を流し続ける死と眠りの神に真剣この上ない眼差しを向けて、冥王は言葉を続けた。

「ベルセフォネーは快く頷いてくれたが、妃にあのようなセリフを言わせる時点で余は夫失格だと思う。だから、妃と寝所を共にする時の事を尋ねるのが恥ずかしいとかそんな呑気な事は言っていられぬ。そういう訳で兄上、改めて尋ねる。寝所で余は何をしたらよいのだ?」
「な…何をと言われましても…」
「言葉で説明できる事ではないので、その…」
「うむ。非常にプライベートかつデリケートな話題だと言う事は余にも察しがつく。故に、この場で今すぐ答えをくれなどと無茶は言わぬ。ベルセフォネーが次に冥府に来る時までに教えてくれればそれでよい」

 漸く笑顔を見せたハーデスとは正反対に、眉間に皺を寄せて深刻極まりない顔をしたまま双子神はハーデス神殿を出た。
 重い足取りで色鮮やかな花が咲き乱れるエリシオンを歩きながら、タナトスはボソッと口を開いた。

「ヒュプノスよ。以前、『ハーデス様が夜伽に関して私にお尋ねになったら腹を括る』と言っていたが、実際にお尋ねがあった時の具体的な策は考えてあったか?」
「いや。それどころではなかったし、そもそも考えたくもなかった故な。…お前はどうなのだ?」
「優等生のお前が考えていないのに、俺が考えてあるはずがないだろう」
「………」
「………」

 ふたりは非難の眼差しで互いを見て、どちらからともなく視線を逸らした。
 そんなこと聞くな、自分で調べろと突き放せば良かったかと今更ながらに後悔したが時は既に遅い。
 タナトスは盛大な溜息と共に言葉を吐きだした。

「此度の縁談が冥王の保護者としての最後の仕事になるかと思ったが、そんな事は無かったようだな」
「ああ。これからも当分の間はあの方の保護者を続けねばならぬだろう。面倒な事だ」
「全く…一体いつになったら俺達は冥王の保護者の役目を終えて臣下に徹する事が出来るのか…」

 口では愚痴っぽい事を言いながら、ふたりの口元には優しい笑みが浮かんでいた。
 どうのこうの言っても、可愛い弟に頼りにされるのは兄冥利に尽きるし、それに…とふたりは思う。
 妻を娶った後もハーデスが何も変わらないことが、変わらずに自分達の弟でいてくれる事が、たまらなく嬉しい。可愛い弟ハーデスに甘えられ、頼られる兄でいたい。
 これからも、ずっと…永劫の未来まで。

END

↓蛇足↓


星矢部屋
総合目次
SS・2012時代
SS・神話時代
SS・蟹座達


 下にずずいっとスクロールすると蛇足があるのですが、星矢SSでぶっちぎりに長かった「冥妃」もこれにて完結です。私の脳内にあった色々な独自設定はこのシリーズでほぼ全部SSとして形に出来たかな、と思っています。
「妃と寝所に入った時に何をすればいいか」と恥を忍んで尋ねるハーデスと、冷や汗ダラダラで「えー………」と絶句する双子神、というネタでエピローグをし めよう!と最初から考えていたので、話の序盤で伏線になる会話は仕込んでおきました。伏線、と意識していたのでちょい流れ的に不自然な会話だったかなぁと も思いますが…。
 最後の一文をどうするか悩みに悩み、「考えたら負けだ」の台詞をもう一回使おうかと考えて、他の話とリンクすような文章で終わる事にしました。どーの こーの言って、双子神はハーデスが可愛くて仕方なくて、結局甘やかしてしまうんです。この辺は蛇足でヘカーテ様に突っ込んで頂きました。



EPISODE  EX



 …神殿に戻り、チェスの勝負で最後のとどめを刺されたタナトスはさっさとチェス盤を片づけて手に顎を載せて考え込んだ。

「しかし夜伽の手ほどきなどどうしたものか…。結婚が成立する前なら適当なニンフを送り込んで『実践』で覚えさせるという手もあったが、今それをやるのはまずいだろうな」
「かと言って絵を描いて説明すると言うのも気が進まぬな…」
「うーむ…」

 真剣に考え込んだタナトスは、ふとハーデスに呼び出される前のヘカーテとの会話を思い出した。

「…ところでヒュプノスよ。ヘカーテ様はハーデス様の『個人的な相談内容』を察しておられたようだが、それはやはりベルセフォネー様から何らかの相談を受けたからであろうな?」
「恐らくな。…それがどうかしたか?」
「いや…事実上の処女神で有られたベルセフォネー様が、夜伽に関する知識を持っていたのかふと疑問に感じてな」
「明確な知識は無くとも、夫婦となれば閨の中で何らかの交わりを持つ程度の事はデメテル様から聞いていたのではないか?」
「そうか、そうだな。………」

 タナトスが複雑な顔で言葉を切ったのを見て、ヒュプノスは軽く眉根を寄せた。
 兄神が何を考えているのか察しがついたからである。

「タナトスよ。ヘカーテ様への協力要請は諸刃の剣だぞ。良いアイデアを提供して下さるかもしれぬが、お前へのアプローチはエスカレートする可能性も十分ある」
「いや、前者はともかく後者は無い」
「………」

 タナトスがあっさりとヘカーテの暴走を否定したのでヒュプノスは目を瞬いた。

「ヘカーテ様のターゲットにされて絡まれたおかげで…おかげでというのも変だが、あの方は常識的で空気が読めて色々な事を察して引き際を弁える事が出来る 方だと分かった。皆の前では何かと俺に絡んでくるが、ふたりきりの時は逆に隣にすら座らないくらいでな。ある意味二度目の拍子抜けだ。…流石に一回目で懲りたから言ってはいないがな」
「そう、なのか…」
「ああ、話が逸れたな。要するに、ヘカーテ様に相談するのは決して悪い選択肢ではないと言いたかったのだ。親身に相談に乗って下さると言う言葉は本当であろう。今なら仕事も終わっているだろうし、少しばかり話をしてくる」
「ならば私も一緒に行こう」
「馬鹿を言え」
「だが」
「ヘカーテ様は俺とふたりきりの時は控え目にしているが誰かがいたら絡んでくると言ったであろう?お前が一緒だと話がややこしくなるし、聞ける話も聞けなくなる。大人しく待っていろ」

 同行を申し出た弟神の言葉をタナトスは即座に切り捨てた。
 そう言われてはもう食い下がる事は出来ず、ヒュプノスは渋々椅子に腰を降ろした。
 お前も心配性だなと苦笑して部屋を出て行く兄神の背中を見送ってヒュプノスは思った。
 私が心配しているのはお前がヘカーテ様に襲われる事ではない。お前がヘカーテ様に心を奪われてあの方だけしか見えなくなることだ。
 …つまりは、大事で大好きな兄貴を取られるのが嫌だったのである。





 タナトスの訪問を快く受け入れたヘカーテは、手づから紅茶を淹れると茶菓子と共に振る舞った。
 有難く一口頂いた死神はカップをソーサーに置き、真剣に切り出した。

「俺の訪問理由は既にお察しかと思いますが、確認の為申し上げます。先ほど、ハーデス様より閨での睦事に関してお尋ねがありました。どのように手ほどき、あるいは説明したものか分かりかねて俺もヒュプノスも困り果てております。良きお知恵を拝借できれば有難いのですが」
「…口説くとっかかりも付け入る隙もない事務的な申し出だな」

 美貌の女神は拗ねたように唇を尖らせてカップに口を付けた。
 ヘカーテがかなり本気でガッカリしている様子なので、タナトスも多少態度を軟化させた。
 視線を逸らして微かに赤くなった仏頂面でぼやいた。

「事務的に話さなければやってられないでしょう、恋仲でも身内でもない女性に夜伽に関する相談をするなど。殴られた揚句に氷漬けにされるのも辞さない覚悟で来ましたから」
「オリンポスの馬鹿共相手ならともかくお前にはそんな無茶はしないぞ」
「ではどうなさるのです?」
「夜伽に関する話なら閨の中でゆっくりと…と言ってお前を誘う」

 ゴフッ。
 紅茶を口に含みかけていたタナトスは思わずむせて、その反応にクスクスと笑いながらヘカーテは大きな世話かもしれないが…と口を開いた。

「それにしてもお前達兄弟はハーデスを甘やかし過ぎではないか?妃を娶ったのだしそろそろ突き離しても良い時期ではないのか?いつまで手取り足取り乞われるままに手を差し伸べてやるつもりだ?」
「…耳が痛いお言葉です」
「………。やはり『末の弟』とは可愛いものなのかな」

 神々の仲では珍しく一人っ子のヘカーテは、小首を傾げて紅茶を掻き混ぜた。
 あまり掘り下げて欲しくない話題はさらりと流されたものの、話が本筋から離れ始めたのでタナトスは話題を元に戻した。

「それで、お知恵は拝借できますか?」
「そうだな…アイデアは無くもないが、その前にもうひとつ余計な世話を焼いておこう」
「?」
「ハーデスがお前とヒュプノスを呼んだという事は、お前たちふたりに同じ事を尋ねたのだろう?ならばちゃっかり者の優等生に嫌な役目を押しつけられないように予め役割分担は決めておいた方がいいと思うぞ」
「…と、おっしゃいますと」

 タナトスが怪訝そうな顔をすると、ヘカーテは至って真面目な顔で答えた。 

「危険を冒して私から良いアイデアを聞き出したはいいが、『それは良いアイデアだ、では全てお前に任せる』とヒュプノスに言われて、ハーデスに夜伽の手ほどきをする役目までお前に回ってくるのでは割に合わないだろう?」
「確かにそうですね」
「というわけで、だ。有効なアイデアを出した方はもう片方にアイデア実行を押しつけられる、というルールでも決めておいてはどうだ?お前が有効な手段を 考えた時はヒュプノスが、ヒュプノスが有効な手段を考えた時はお前が、ハーデスを『指導』する役目を引き受けるわけだ。これならヒュプノスも知恵を絞って有効な手段を考えるだろう。お前達ふたりがひとつずつアイデアを 出して、どっちを採用するかはハーデスに決めさせるのが一番公平だろうな」
「…なるほど」

 実に有益なヘカーテのアドバイスに、タナトスは感心しつつ頷いた。
 しかしその条件で行くとなると、嫌な役目をヒュプノスに押し付ける為には賢い弟よりも有効な方法を提示しなければならないが…。
 新たな問題に直面して唸るタナトスに、美貌の女神はついと立ち上がって彼の隣に色気たっぷりの仕草で腰を降ろすと、魅惑的な曲線を描く身体を密着させるようにタナトスの腕に自身の腕を絡めた。

「…それで、だ。お前達が自分の手を煩わせなくてもハーデスが夜伽のなんたるかを学べるアイデアがあるのだけど…聞きたいか?無論、タダではないけどな」
「………」

 美貌の女神の甘い囁きに、貧乏籤を引くのと彼女の要望に応えるのと、どちらが精神的にダメージが少ないかタナトスは真剣に頭を悩ませたのだった。



 蛇足の解説です。本編はほんわかと良い雰囲気で締めた(つもり)ので、コメディ部分は蛇足にしました。
 タナトスは何故、『危険』を承知でヘカーテにアドバイスを求めたのか?ですが。タナトスは思い立ったら即実行しないと気が済まない性質なのです。ヘカー テ様だったらいいアイデアくれるんじゃ?と思った途端、危ないかもしれないと思っても聞かずにいられない。あとは、無意識の直感で、野郎同士でウダウダ考 えるより良い結果が出る、と予感していたのも有ります。
 この後、タナトスはリスクを承知でヘカーテにアイデアを貰 い、アイデア実行はヒュプノスに押し付ける事に成功しました。ちなみにヘカーテのアイデアは『人間の睦事をこっそり覗き見る』です。神々は自在に姿を変える事が出来るそうで(ギリシア神話ではヒュプノスは鳥に姿を変 えた事があったとか)、適当な動物にでも姿を変えて見物すれば良い、百聞は一見にしかずだ…的な。
 それから、ヘカーテが要求した報酬は『ケルベロスに乗ってふたりきりの地獄めぐり』…まぁ、現代で言うところのドライブデートみたいなもんですね。もっ と無茶苦茶言われるかも…と覚悟していたタナトスは『え?そんな程度でいいの?』と肩すかし食らいながらも快くOKして、わーいデートだデートだ〜!とは しゃぐヘカーテの姿を見て『素直で可愛い一面もあるじゃないか』と彼女に対する好感度が上がっています。そして親密度がちょびっと増した兄神とヘカーテを 見て、ひとり面白くないのが夜伽の指導の役目を押しつけられたヒュプノスなんだ(笑)。