| 『魔星よ、目覚めよ!』 死神様の声が聞こえた時、俺は快哉を叫んだね。 来た来た来た、ついに来た!チャンス到来だ!! クソ忌々しい兄神クロノスに己の存在を抹消されて、無力な人間の体に魂を縫い付けられて、地上に堕とされて、死んで生きて死んで生きてグルグル回って、天界で胡坐をかいてるあの野郎をブチ殺すことだけを夢見て、ひたすら耐えた数え切れないほどのクソ人生!! 永劫に繰り返す時間とオサラバ出来るチャンスが漸く巡ってきたんだ!! 神聖衣を纏えるレベルの聖闘士になるのが最高の理想だったが、この際だから贅沢は言わねーよ。神様の数だけで言えば冥界側だって悪かねぇ。面倒な修行なしでも小宇宙も 体得できる利点もあるしな!魔星に目覚めたところでイチ冥闘士が使える神の力なんて微々たるモンだが、からっきし使えなかった人間の時に比べれば遥かにマシだ。 死神様の仰せに従い、俺はちっぽけな島国を飛び出した。 そして見つけたのさ、空の大四辺形から飛び立つ流星、天馬星座の魂を! 天馬星座…冥王との因縁、天界の大罪人、神殺しの天馬星座!俺は夢中で追いかけて、そして。 ――現世で天馬星座の父だなんて、俺ってばどこまでツイてんだ!? チャンスは今しかない。今生を逃したらこんな幸運は二度と巡って来ないだろう。 俺は兄の野郎を殺して取って代わる。その目的のためなら何だって利用してやるさ。妻子だって天馬星座だって、神様だってな! 吹き抜けのホールに設えられた祭壇みてーな場所の一番高いところにカラの玉座がデーンと置かれて、一段低い場所に豪奢な椅子が玉座を囲むように二つ。右 には五芒星の銀色神様、左には六芒星の金色神様。神様達の更に一段下の左側に三巨頭、右側に文字通りちっちゃくなったパンドラちゃんが所在無げに座ってい る。 パンドラちゃんの母上の体を借りてハーデス様の魂が産まれた…途端に「何者か」によって攫われちまった(笑)んだけど、ハーデス様の魂が誕生した事に違いはねぇ訳で、魔星はまだ全員集合とはいかないが、冥王軍も本格的に編成を始める必要があるわけだ。 かといってお飾り名ばかりお子様の「冥王軍幹部」パンドラちゃんに軍隊編成なんて出来るはずもなく、冥王様側近の金銀神様が仕切るのは当然だーな。 冥闘士が神様の前に出て名乗りを上げると、銀神様か金神様から三巨頭の誰かにつくか固有の役目かを指示されて冥衣を与えられるってぇ寸法だ。 …俺のちょいと前に並んでたえらくガタイの良いオネーチャンが神様の前に出た。 「天孤星ベヒーモスのバイオレートにございます」 地獣なのに「天」孤星なのか、ふーん。 何か特殊技能はあるかと尋ねられたベヒーモスちゃんは申し訳なさそうに答えた。 「生憎と人並み以上の力しか」 「女の身で力が自慢か。…面白い、お前はガルーダの下に付くが良い」 「は」 銀神…タナトス様が面白そうに告げてサイを模したような冥衣を与えると、オネーチャンは恭しくそれを受け取って軽々と持ち上げて神の御前を辞した。 おっかねー怪力だぜ。あのオネーチャンと喧嘩はしないでおこう。 次に前に出たのはちっちぇガキだった。 「地獣星ケット・シーのチェシャでございます!」 「…何だお前は」 「ニャッ!?」 いや、いくらケット・シーが猫だからって「ニャッ」はねーだろ、「ニャッ」は。 それは置いとくとしてもタナトス様の突っ込みはご尤もだぜ。あのガキ、小宇宙はショボいしオツムも弱そうだ。正直言って何の役に立つのかわかんねーぞ。 銀神様が何か文句を言いたげに金神様を睨んだ。 金色神様は一度ゆっくり瞬きしてゆったりと口を開いた。 「…彼を選んだのは地獣星の魔星だ、私ではない」 「地の魔星を造ったのはお前であろう、ヒュプノス」 「だから何だと言うのだ、タナトス」 おいおい神様達、こんなところで兄弟喧嘩なんてやめて下さいよ、そんな不穏な小宇宙バリバリ出さないでくださいよ。三巨頭もパンドラちゃんも真っ青じゃないですか。 銀神様は思いっきり舌打ちして縮こまってる猫…チェシャだっけ、を見て吐き捨てた。 「お前はパンドラのペットだ」 「ぺ…ペット?」 「………。108の魔星を全て管理するのはパンドラ一人では荷が重かろう。細々した雑事をお前が手伝ってやれば良い」 タナトス様の暴言を通訳したヒュプノス様が猫の形の冥衣をガキに与えた。 ガキはぺこぺこ頭を下げながら冥衣を難儀そうに背負って引っ込んだ。 …しばらく眺めてて分かったが、あの双子の神様、冥闘士の割り振りで意見が分かれる事が一度もない。 名乗りを上げた冥闘士からちょいと話を聞いて、銀神様が指示を出せば金神様は異議を唱えない。話を聞いても銀神様がなーんも言わないと、金神様があれこれ話を聞いて所属を決めるが、それに対して銀神様も反論しない。 あの双子、確か銀色が兄貴だったから、一応金色様は兄貴を立ててるのかね?それとも銀色様の直感は金色様のデータ分析より優秀なのか…なんて考えてるうちに俺の番が来た。 「天魁星メフィストフェレスの杳馬でございます」 スーツに蝶ネクタイ、パリッと折り目の入ったズボン、そしてシルクハット。 一応正装のはずなんだが、銀神様は眉間に皺を刻んでじーっと俺を見ている。何がお気に召さねーんだろう?まさか、ハーデス様の魂を攫ったのが俺だと気付いたとか?いやいやまさかなぁ。 とか思ってたら。 「貴様、何者だ?」 「は?」 一瞬ギクッとしたぜ。 ちょ、待て、何だよその質問は。俺はたった今、名乗ったじゃねーかよ。 パンドラちゃんも三巨頭も「何を言ってるんだこの神様?」って顔してるが、流石にそんなこと聞けねーよな。 相棒の金神様も銀神様の発言は意味不明だったらしい。 少しだけ怪訝そうな顔になった。 「どういう事だ、タナトスよ?この男は天魁星のメフィストフェレスではなく違う魔星の冥闘士なのか?」 「いや、この男は天魁星の冥闘士だ。だが…この男は冥闘士である以外の何かを持っているように思えてならん」 「………」 情けねぇことに驚きを顔に出さないだけで精一杯だった。 一体どこの誰だ、双子神の兄貴は単純馬鹿だとか言ったのは?恐ろしく頭の切れる奴じゃねーかよ。 他の冥闘士やパンドラちゃんの前で俺の正体を告白するわけにはいかねぇが、ウヤムヤとシラを切り通すのも無理そうだ。 どうする、どうする、どうする。 グルグルマーブルしてやがる頭で言い訳を考えてると、タナトス様がじーっと俺を見た。 「…貴様には以前どこかで会った気がしてならぬのだが…」 以前どこかで会った? いやいや、それはない。俺が「神」だった時代にもこの双子神と会った事は一度もない。 そうなると銀神様の勘違いか、人違いじゃないのか。 そう思うと急に気が楽になって俺は口を開いた。 「実は俺、パンドラ様の御屋敷の使用人でして。奥方様が出産される時もお屋敷で仕事をしておりまして、お二方がお見えになった時にも屋敷にいましたから、その時では?」 「いや、そんな最近の話ではない」 「私もこの男にはどこか覚えがあるが…聖戦の度に天魁星は生まれるのだし特に不思議なことではないと思うが?」 「………」 眠り神様の言葉にも死神様はまだ納得してない様子で(納得してくれよオイ!)俺をじーっと見ていたが。 痺れを切らしたらしい金神様が半ば呆れた顔で尋ねた。 「タナトスよ。それは今、この状況でどうしても拘らねばならぬ重要な事か?」 「………。いや…」 「ではメフィストフェレスよ。お前の能力を見せてみよ」 話が長引いたら面倒なことになりそうだ。ここはサクッと配属先を決めて頂いて当分はおとなしくしてた方がよさそうだぜ。 俺はポケットから懐中時計を出して力の一端を発動した。 …時よ留まれ。 その場にいた全員が動きを止めた。 お、ひょっとして神様にも効果があるのかコレ? …とか思っちゃった直後、神様達は時が止まった世界で周囲を見回した。 やっぱ神様には効かねーか。冥衣でも着れば効くようになるかね?…… なーんて呑気に思った直後、死神様が一気に不穏な小宇宙を纏って俺を睨んだ。 無表情がデフォの眠り神様も驚いた顔になって尋ねた。 「どうしたのだ、タナトス?」 「思い出したぞ、その能力、その小宇宙…時を司る神クロノスだ」 …流石の俺も驚きを隠しきれなかったさ。 いやまぁ双子神様はハーデス様よりずっと古い時代から存在した神様だ、クロノスの事を知ってたって、奴と面識があったって不思議じゃねーよ。俺と奴は兄弟だからな、人間の姿になってたって似てる部分はあるんだろーよ。 だけどよ、どーしてクロノスに似てるってだけでそんな不機嫌になってくれちゃう訳?理由も分かんないまま神様の気まぐれで殺されちまうなんて真っ平御免だぜ!? 俺は背中を冷たい汗が伝うのをはっきり感じながら、金神様をじーっと見つめた。ヘルプミー!!って念じながらな。 ヒュプノス様は俺をちらりと見て突然ご機嫌斜めになったお兄様に目を向けた。 「…確かに能力も小宇宙もクロノスに近しいものを感じるが…それのどこがお前の気に障ったのだ?」 「そうか、お前は知らぬのだな。…神話の時代にクロノスと話をする機会があったのだが、頼んでもいないのにあの男は『兄たる者かくあるべし』と実に尊大な態度で滔々と高説を垂れて来てな」 「ほう…」 「『兄と弟は決定的に違う、兄は常に一番であり弟は常に二番目。弟は兄のレプリカであり、レプリカがオリジナルを上回ってはならんしオリジナルはレプリカ より劣ってはならない』…とか何とか、とにかくふざけた話だった。無論、俺はそんな理屈は理解できんと言ったのだが、奴は鼻で笑ってこう言ったのだ、『こ れは失礼。そう言えば君も元々は二番目だったな、理解できなくとも無理はない』…ハーデス様の父の農耕神も不愉快な奴だったがあの男はそれ以上だ!」 タナトス様は眉間に皺を寄せて忌々しそうに吐き捨てた。金神様が『同感だ』と言うように頷いた。 オリジナルとレプリカね。いかにもクロノスの野郎が言いそうなことだぜ。 とは言え、あのクソ兄貴に似てるってだけで銀神様に目ェ付けられちゃたまったもんじゃないやな。 …仕方ねぇ、ここは正直にゲロっておきますかね。 「タナトス様。今更ですがね、最初のご質問にお答えしますよ」 「ん?」 「『貴様は何者だ』とお尋ねになったでしょう」 正直ナメてましたわ、双子神様。 頑張ってシラ切り通しても銀神様には変に目ェ付けられそうだし、そうなったら銀神様が納得するまで金神様も俺を調べ上げるだろうよ。後から正体がバレたら余計怖いしな、ここは正直に本当の事(の、一部)を言っておくのがお利口さんってもんだぜ。 …御内密にお願いしますよ? 俺は人差し指を立てて神様達の注意を十分に引いてから告白した。 「俺はその、不愉快な時計神の『レプリカ』っすよ」 「…何?」 「時計神クロノスの弟…ということか?」 「お初にお目にかかります、偉大な夜の女神ニュクスの御子息方。俺の名はカイロス。神話の時代に兄クロノスによって存在を抹消されたもう一柱の時の神にございます」 「神だと?お前の小宇宙から神の気配は感じぬが…」 「無理もありませんや。神の力はクソ兄貴の力でガッチガチに封印されてるし肉体はタダの人間ですから。魔星に選ばれたお陰で神の力の一端を使えるようにはなりましたがね、そーでなければ小宇宙にも目覚めてない一般人ですよ」 「なるほどな…お前に対する既視感の理由はそれで得心がいった」 銀神様は鷹揚に頷いて豪奢な椅子に背を預けた。 まさに人並み外れて見目麗しいお方だから憎ったらしいほどサマになってやがるぜ。 「しかし我々にとってお前の過去や事情などどうでも良い事。神の力を使えないのならお前は冥闘士の一人に過ぎぬ」 「時を止める力が神にも通じるならともかく、三巨頭止まりではな…」 「あー…すいませんがね、俺の正体ってもう一個あるんスよ」 「今度は何だ」 「俺のヨメさんはアテナの従属神オウルで、息子は天馬星座なんです」 「……!?」 お、神様達、いーい感じに顔が変わったね? やっぱアテナと天馬星座って単語には敏感に反応してくれるねェ。 無言の促しに応じて俺は経緯を話した。 魔星に目覚めて国を飛び出した時に空の大四辺形から飛び立つ天馬星座の魂を見つけた事。 魂を追って辿り着いたのがパンドラちゃんのお屋敷だった事。 屋敷にいる娘の誰かが天馬星座の魂を胎内に宿しているに違いないと考えて、屋敷の使用人として潜り込んだ事。 天魁星が持っていた前聖戦の記憶を頼りにパルティータちゃんを見つけた事。 アテナの従属神だったコイツが天馬星座の母(予定)だと目星をつけて口説き落とした事。 「アテナの従属神が冥闘士のお前を受け入れたのか?」 「俺が冥闘士だって事は隠してましたし、パルティータちゃんは人を疑う事を知らない素直な良い子でしたからねェ。『俺はアテナの聖闘士を目指してる、冥王 が産まれるこの屋敷に潜り込んだのもアテナの役に立つ情報を掴みたいと思ったから』って言ったらあっさり信じてくれちゃいましたよ。チョロい女だと思って ナメてたら、冥王様の魂と天馬星座を連れて逃げちまって…誰が手引きしたのか知らねェが見事にしてやられましたぜ」 「………」 双子神様は無言で顔を見合わせた。 ハーデス様の魂が誕生する場所にアテナの従属神がいる事に神様達は気付かなかった。それはつまり、冥王誕生の地を監視してた(はずだよなァ?)神々の目を欺けるほどパルティータちゃんの力が強かった…って事になるよな。 神様二柱をあっさり出し抜いたアテナの手先からどうやって冥王様の魂を取り戻す?アテナの従属神というからには双子神にも匹敵する力があってもおかしくない、冥闘士が真正面からぶつかっても返り討ちに遭うのが関の山…。 神様達が考えてるのは概ねそんなとこだろうよ。 さーて、どうなさる? お二方が直接ハーデス様奪還に出向くかい?それとも…。 先に口を開いたのはヒュプノス様だった。 「…その、アテナの従属神はお前が冥闘士である事を知らぬのだな?」 「知らないどころかアテナの聖闘士志望者だと未だに思ってんじゃないですかね。変なとこでヌケてる女でしたから」 「はっきり言ったらどうだ、メフィストフェレスよ。『自分ならアテナの従属神に警戒されることなくハーデス様の魂を容易く奪い返せる、だから冥王軍内に相応の地位を用意してくれ』とな」 話が早いねェ、タナトス様。ま、俺が言いたいのは要するにそーゆー事なんだけどね。 こりゃー弟さん相手に遠回しに交渉するよりお兄ちゃん相手にサクッと本音で話を進めた方が手っ取り早そうだな。 「冥闘士を無駄遣いしたり神様が御自ら出撃なさるより、ずっと安上がりだと思いますが、如何ですかね?」 「…メフィストフェレスよ」 「はい?」 「器の少年が『普通に』生まれれば、聖戦も『普通に』始まる。正直言って我々はそんな『普通の聖戦』にはそろそろ飽きていたのだ」 死神様は俺を眺めながらうっそりと唇の端を持ち上げて銀色の眼を細めた。 オイオイ、何か洒落にならない気配がビシビシしやがるぜ? 笑ったまま顔が引きつってるのを自覚してる俺を見ながら今度は金神様がゆっくりとおっしゃった。 「過去何度となく繰り返した『普通の聖戦』で我々はアテナに敗北を喫し続けてきた。ならば今回の『普通でない』出来事は今までと異なる結末の前兆かもしれ ぬ。だから我々はハーデス様の魂を攫った『何者か』を敢えて追わなかった。それがハーデス様ご自身の意思である可能性も否定できぬ故な」 「フ…正直に言ったらどうだヒュプノスよ?予定外の出来事に右往左往する人間の姿が面白い、とな」 「予定調和ばかりでは人間は成長せぬ。不測の事態に立ち向かい己の力で解決してこそさらなる高みへ到達するのだ」 「まぁ良い、そういう事にしておこう」 …参ったねこりゃ。冥王の側近様は俺以上のタヌキだぜ。 ハーデス様の魂を攫ったのが俺だってことも、俺の最終目的が兄クロノスへの復讐ってこともお見通しちゃった上で、『予想外のハプニングが起きた方が色々 と面白いから』っつー理由で素知らぬフリをしようってんだからな。ま、冥王様の魂が安全な場所に隠されてるって確信を持ったからこその余裕なんだろうけど よ。 うまい事立ちまわってこの神様達の力も利用できないかなぁなんて甘い事考えてたけど絶対無理だわ。 企み事には自信があったがこの神様達には敵わねーや。 俺はシルクハットを恭しく外した。これこそまさに『シャッポを脱ぐ』ってヤツだぜ。 タナトス様はますます面白そうに笑みを深くして、ヒュプノス様は無言のまま一度瞬きした。 「天魁星メフィストフェレスの杳馬よ、お前にはハーデス様の魂と天馬星座捜索の責任者を命じる。必要に応じて下級冥闘士や雑兵を使うが良い」 留めたはずの時がいつの間にか動き始めていたらしい、タナトス様の声が響いた直後に微かなざわめきが起きた。 そらそーだ、ハーデス様の魂捜索なんて重要任務は三巨頭に与えられて然るべきだもんなぁ。 グリフォンとガルーダは釈然としない顔をしながらも口を噤んでいたが、ワイバーンだけは納得しきれなかったらしい。やめときゃいいのに死神様に詰め寄りやがった。 「タナトス様。ハーデス様の魂を捜索するという重要任務、我々三巨頭ではなくその男にお与えになるのは何故ですか!?」 「この男が最適だからだ。それ以外に理由が要るか?」 「では、その男が最適だと判断された理由をお聞かせください!」 食い下がるワイバーンの姿に銀色の眼が氷点下に凍りつき、死神様の小宇宙が不穏に揺らめいた。 一気に場の雰囲気が緊張したが。 金色神様が目で兄貴を制して代わりに答えた。 「ハーデス様の魂を攫った者はこの男や天馬星座の縁者であるらしい。神である我々の眼をも欺いた敵だ、安全にハーデス様を奪還する為には彼の立場と時を止める能力が非常に有効だと我々は判断した。…これで納得したか?」 「ハ。大変失礼致しました」 ワイバーンは深々と一礼して神々に対する無礼を詫びると席に戻った。 タナトス様はじろりと翼竜を睨んでから集まった冥闘士達に視線を向けた。 「改めて言う事ではないと思っていたが理解していない者もいるかも知れぬのでな、念のために周知徹底しておく。いかなる事情があろうとも、どのような立場 にあろうとも、ハーデス様に対する裏切り行為は粛正の対象となる。無許可での行動や命令違反も同様だ。十分に肝に銘じておくように。良いな?」 要するに『俺様の機嫌を損ねたら三巨頭であろうとも命は無いと思え』って事だーな。 ガキ大将の発想と大差ないがこのお方はそれだけの力と地位と慧眼の持ち主だ、おとなしく従っておくのが長生きの秘訣ってモンだぜ。 …なぁに、聖戦が始まって間もなく死神様は戦線離脱されるんだ、ちょいとばかし鬱陶しいがそれまでの辛抱さね。 …とか思ってたんだけどなァ。 ガキ大将の兄貴も優等生の弟君もいなくなったらちょいと寂しかったりしちゃって、俺は用もないのに冥王様のアトリエにお邪魔してるって訳だ。 双子神様の魂が封印されたアテナの聖櫃は、アテナの護符をペタリと貼られて冥王様のアトリエの一角に鎮座している。眠り神様が封印された後、聖闘士共が 大事な聖櫃をほったらかしてトンズラしたせいで(師匠兄弟の命がけの結晶を忘れんなよシオン様…)、ハーデス様が回収してきたって訳だ。 俺は聖櫃を取り上げてしげしげ眺め、護符を剥がしてみようとして…バチバチバチッ!!護符から放たれた雷で手を火傷した。 「いってェーーーーーーッ!!」 分かっちゃいるんだがなぁ…お札が貼ってあったら引っぺがしたくなるのが人のサガって奴かね。 ジンジン痛む手に涙目でふーふー息をかけていると、お絵描き中のハーデス様が明らかに不快そうな眼で俺を見た。俺がこの箱を触る時、ハーデス様は全然いい顔をなさらない。そんなにあの兄弟神が大事なのかね? 「メフィストよ。その聖櫃には余の大事な臣下が封印されている。粗雑に扱うと承知せぬぞ」 「分かってますよ、ハーデス様。ちょいと護符を剥がせないかなーってやってみただけですって」 「何度同じ事を繰り返せば懲りるのだ。時が来る前にその符を剥がせるのはアテナか黄金聖闘士だけ、お前も重々承知であろう。…来るべき時までお前が時を進められるのなら話は別だが」 「それも前に言ったじゃないですか、人間の身の俺じゃあアテナの護符をどうこうするなんて無理だって」 ハーデス様がきっつい眼で睨んで下さるので俺は慎重にそーっと聖櫃を元に戻した。 俺だってさぁ、双子神様を解放できるならそうすることにやぶさかじゃねーよ。パルティータちゃんやテンマの捜索の進捗報告ついでにちょいとおしゃべりしてみたら、意外にも好感持っちゃうキャラだったりしたし。 お兄ちゃんの方なんて「血縁を蔑ろにする奴が報いを受ける姿を眺めるのは面白い」とか、ちょっと俺を応援するようなこと言ってくれてたしよ。話の持って行き方によっちゃクロノスへの復讐に手を貸してくれそうな雰囲気だったのに、勿体ないったらありゃしない。 …それにしても。 「俺の計画もまるっとお見通しだったのに、なーんでタナトス様は人間如きの奸計にハマっちゃったのかねェ…」 いくら相手が『神の一手先を読む』教皇だからって、あそこまでミエミエの罠に引っ掛かるか? 肉体から魂を引っぺがす作戦で来たって事は、別の肉体に何かしら罠が仕掛けてあるのはお約束だろーよ。 「相手が人間だったから…だろうな」 「あら?ハーデス様、聞こえてましたか」 「神であるタナトスには、人間が知恵を絞った罠でも子供騙しの稚拙なものに見えてしまう。だから逆に『こんな見え透いた罠があるはずがない』と油断して あっさり引っ掛かってしまうのだ。それに、人間の作った罠など嵌まっても簡単に対処できると侮っていたのもあるだろうな。追い詰められた人間の底力を舐め てかかると足元を掬われるぞと余とヒュプノスが何度か忠告したのだが…全く困った兄上だ」 ハーデス様は溜息をついてお絵描きの手を止めた。 兄上? 双子神はハーデス様の兄貴じゃないが…ああアレか、兄貴分ってやつなのかね。確かにタナトス様はお兄ちゃんなのに好感の持てるお方でしたよ。早々に戦線離脱させるには惜しい存在だったがそれも歴史の必然ってやつだ、どうしようもない。 黙り込んじまった冥王様は、双子神の封印された聖櫃を手にとって物憂げな顔で見つめておられた。 何となく居心地が悪くなって、俺は冥王様のアトリエを出た。 ――歴史の分岐点はすぐそこまで来てる。神殺しの天馬星座になるのが俺の息子のテンマか、それとも次代の星矢かの重要な分かれ目がな。 ハーデス様を言いくるめてパルティータちゃんを蘇らせる約束は取り付けたし、うまくいけば神聖衣が現代に復活する。神聖衣があればテンマが冥王ハーデス様を倒すのも有り得ない話じゃねェ。 そうしたら俺は神聖衣を使って天界に行って忌々しいクロノスの野郎をぶっ殺す。あのクソ兄貴に取って代わってやるんだ! 長年の夢が手の届くところまで来てるんだ。 …なのに。 ハーデス様がマジに天馬星座に倒されればあの双子神様は本気で悲しむだろうし、それはスマナイなァなんて。 どうして俺は、本気でそんな事を思ったりしてるんだろうなァ…? 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| LCから星矢に入ったのにLC時代の話を書いてないな、杳馬の事を双子神はどこまで把握してたんだろう?的な発想からアイデアを膨らませて行きました。神様達の退場が早かった事を逆手に取ってあれこれ捏造してみました。 魔星達 「天」と名のつく魔星はタナトスが、「地」と名のつく魔星はヒュプノスが作ったという裏設定があります。なので「天○星」の冥闘士はタナトスから、「地○ 星」の冥闘士はヒュプノスから冥衣をもらう。魔星に覚醒する時もそれぞれを管轄する神様の声で目覚める。んで、神様達の性格も冥闘士の特性に多少影響して て、「天」は比較的直接戦闘向き、「地」は諜報・情報戦向きの特殊性能寄りって感じです。 最後の落ちが決まらず悩みに悩んでこんな感じに。 双子神の「弟」ハーデスを踏み台(犠牲)にして目的を遂げることに杳馬がちょっと良心の呵責を感じたりとか、「この時代でハーデスが死ねば封印されてる双子神は次代の聖戦で死なずに済むんだからいいだろ?」って言い訳したりとか、そんな文章を書いては消し書いては消し。 あと、最後部分の「ハーデス」はアローンが成り済ましてる偽冥王ではなく、ヒュプノスの糾弾で一時的に表に出てきた真冥王です。時間軸的にはコミックス12〜13巻頃、テンマが修行して蠍&水瓶コンビが海底神殿に行ってる頃を想定しました。 以下、キャラごと解説。 杳馬 24巻のセリフを見ると、彼は「これから起こる未来の歴史」を知っているぽいなと。ただ、知ってはいるけど、「歴史の分岐点」以外で歴史の改編は出来な い。その辺サイキのウォンと同じような設定をイメージしてみました。時を操る能力があり、過去も未来も知っているけど、時の流れそのものを変える力は無 い、的な。だから杳馬的には双子神の封印も出来れば避けたかったけど、それはもう「歴史上の決定事項」なので変えられなかった。19巻で結構ハーデスと馴 れ馴れしく会話してたので、双子神とも案外フレンドリーにお喋りとかして、ちょっと仲良くなってたりしたんじゃないかなーと考えてみました。 双子神 主君の魂が強奪(?)されたことに後から気付くなんていくらなんでも間抜けすぎるだろうと思って、全部分かった上で敢えて素知らぬふりをしてたんだよ、っ て話にしてみました。タナトスにとっての聖戦はマルチシナリオタイプのRPG感覚なので、開始早々主人公が行方不明ってシナリオも面白いからアリ。ヒュプ ノスは人間の諸々の心模様を見るのが面白いので、主君が無事なら色々と見て見ぬ振りを平気でする。無印はともかくLCヒュプは相当の腹黒キャラに見えるの でこんな感じに。 ラダ課長 ハーデスへの忠誠心が強いのは理解できるんですが、なんで双子神をそんなに目の敵にするのか未だに理解できないお方。三巨頭の上にパンドラ、その上に双子 神、その上にハーデスって構成だと私は思ってたので、パンドラの命令は素直に聞くのに何で双子神の命令にはあんなに不満タラタラなのかと。その辺消化する 意味で、しょっぱなからお互い最悪の印象でしたよ、的なエピソードを入れてみました。 |