死刑執行人の七夕

後編


 …マニゴルドは部屋の時計を見遣った。
 シラーが出て行ってからかれこれ二時間近く経つのに彼はまだ戻ってこない。エルミタージュ洋菓子店で秋乃に捕まって店の手伝いでもやっているのだろうか。だったら電話の一本くらい寄越しそうなものだが。
 映画を一本見終わったタナトスも同じことを思ったらしい。時計を見て怪訝そうに首をひねった。

「遅いな、シラーは。秋乃の店に行く途中で道に迷ったのであろうか」
「アンタの相棒じゃあるまいしそれはねーだろ。しかし確かに遅いな、ちょっと電話してみるか」

 マニゴルドがシラーの携帯に電話をかけると。
 りりーん、りりーん。
 着信音がちゃぶ台の下から聞こえてきた。

「「………………」」

 ふたりがなんとも言えない顔を見合わせてちゃぶ台の下を覗くと、シラーの物らしいスマホが置いてあった。

「あの馬鹿!いらねぇところでドジッ子アピールしてんじゃねーよ!携帯電話はちゃんと携帯しやがれ!!」
「マニゴルド、秋乃の携帯の番号は分かるか?いくら何でも遅いし、電話をしてみたらどうだ?」
「そうだなぁ…シラーはある意味俺以上に世間知らずだからなぁ…。想定外のトラブルを起こしてたらまずいし、ちょっと確認してみるか」

 いきなりプライベートの携帯に電話は遠慮したほうが良いかね、と思ったマニゴルドがエルミタージュ洋菓子店に電話をかけると留守電に繋がった。なら仕方ないと秋乃の携帯に電話をかけると、三コール目で相手が出た。

『はい、秋乃です』
「こんちわ、マニゴルドっす。俺の後輩が二時間くらい前に秋乃さんの店に向かったんですけど、まだ帰ってきてねーんですよ。無事に到着してますかね?」
『…もしもし、私、シラーさん。今、あなたの家の前にいるの』
「ん?」

 お約束のホラーな台詞が冗談めかした口調で返ってくると同時に部屋のインターフォンが鳴った。
 ナイスタイミングだなと呟きながら部屋のドアを開けたマニゴルドは、布団を抱えたシラーの後ろにソニアだけでなく龍神秋乃とヘカーテまでついてきているのを見て目を丸くした。
 マニゴルドがなんとも言えない目をシラーに向けながら布団を受け取ると、シラーはわざとらしく苦笑して言った。

「女の子、増えちゃった。良かったね…と言うべき?」
「『増えちゃった。テヘ☆』じゃねーだろ。つか何人分あるんだこの布団?」
「五人分」
「は?」
「エルミタージュ洋菓子店に行ったら、タナトス様から事情を聞いたヘカーテ様も来られててね。状況を説明したらソニアも秋乃もヘカーテ様も合宿に参加す るって言い出しちゃって。お風呂はエルミタージュ洋菓子店で済ませたほうが良いだろうってことで、今まで時間がかかってたんだよ」
「ちょっと待てや」

 マニゴルドは目を剥いた。
 今コイツ、何て言った?『ソニアも秋乃もヘカーテ様も合宿に参加することになっちゃって』?元は男神のタナトス様ならともかく、デフォで女性の皆さんが俺の部屋に泊まるってことか??
 女神タナトスのいる居間にキャッキャとはしゃぎながら入っていく女性達を見遣ったシラーは、マニゴルドを見遣ると蒼い目をスッと細めて笑った。

「念のため言っておくけど、僕はきちんと反対したよ。でも押し切られちゃったんだよねぇ。先輩が彼女達を説得できる自信があるなら、どうぞやってみて?」
「女絡みでお前に出来なかったことが俺に出来るわけねーだろ。…なぁ、シラー」
「何」
「強力な護衛も来た事だし、俺達は余所に避難するっつー手はどうよ」
「僕と先輩ってストッパーが無くなった後、あの『女性達』が何をやっても責任を取る自信があるなら喜んで乗るけど」
「…言ってみただけだ」
「じゃあ先輩。布団はこっちの部屋に入れておくよ」
「あ…」

 ガラッ。
 ちょっと待て、とマニゴルドが言う間もなく襖を開けたシラーは、服やCDやゲームや雑誌の散乱した部屋の惨状に何とも言えないジト目でマニゴルドを見た。

「…………。先輩さぁ…」
「あー、皆まで言うな!『こんな部屋に女の子を通したら即座に幻滅される』とか言うんだろ!」
「そう、分かってるなら良いよ。何だか空気が淀んでるね。ちょっと窓開けて風を通そうか」

 ガラガラと窓を開けたシラーは、マニゴルドに断り無く居間と四畳半を仕切る襖を開けた、途端。
 居間に通されていた女性陣(約一名男性もいるが)が、部屋を見るなり呆れた顔になった。

「うっわー、凄い散らかり方だな」
「恋人がいない男性の一人暮らしなら仕方ないかもですけど…」
「女が来ると分かっていたんだろう、グラビア雑誌くらい押入れに片付けておいたらどうなんだ」
「二つ部屋があるのに襖を閉めっぱなしにしていたのはこういうわけか」
「うっせぇーーー!!隠してあったものを勝手に見た挙句に文句言ってんじゃねーよ!とっとと当初の予定通り美容体操教室やってろやぁぁ!!」

 マニゴルドが絶叫すると、女性陣も当初の目的を思い出したらしい。
 こほんとひとつ咳払いして、ソニアがタナトスに向き直った。

「ええと…タナトス様は、私がやっている美容体操に興味がおありなのでしたね」
「うむ!」
「あらっ、ソニアさん美容体操なんてやってたんですね。私も教えてもらおうかな」
「美容体操か。それは私も興味があるぞ。一体どんな効果があるんだ?」
「えっ…と…」

 ヘカーテの質問にソニアは一瞬目を泳がせて、言いにくそうに答えた。

「主な効果は、豊胸…です…」
「ホーキョー?何だそれは。鶯か?鶯のような美しい声が出るようになるのか?」
「鶯はホーホケキョでしょ、ヘカーテさん」
「ああ、そうか。ではホーキョーとは何だ?」
「えっと、つまり、胸が大きくなる体操です」
「……………………」

 居間に微妙な沈黙が流れた。
 龍神秋乃はともかく、ヘカーテは豊胸体操など必要ないレベルの巨乳である。ついでにヘカーテは、神話時代にベルセフォネーと喧嘩した折に彼女を『胸が小さい』と罵って手痛い反撃を受けたトラウマがあったりするので胸の大きさネタは軽く地雷だったりする。
 …マニゴルドはわざとらしく、シラーはナチュラルに、何も聞こえなかった振りをして盛大に散らかった部屋を見回した。

「ねぇ先輩。片付けるのも面倒だし全部まとめて黄泉比良坂に送っちゃおうか。本とかゲームとか、暇してる亡者達が有効活用してくれるんじゃないかな」
「いきなり積尸気冥界波の構えに入るなシラー!!んなことしたら、タナトス様が『黄泉比良坂はアテナのゴミ箱ではないぞ!』と怒るだろ!」
「やだなぁ先輩、これはジョークだよ。とりあえず、服と、CDゲームDVDと、要らない雑誌を分けたいから適当なダンボールと荷造り用の紐を用意してくれるかな。僕はその間にブックオフとドンドンタウンの場所を調べておくから」
「うぉい!俺の持ち物を中古屋に売る前提で話するんじゃねぇ!!」
「あ、ヤフオクに出す?」
「売るところからいったん離れろぉぉぉぉ!!」
「うるさいなぁ、一々そんな大声出さなくても突っ込みは入れられるだろ。…あ、この汚い部屋の掃除は僕と先輩で終わらせますので、お気になさらず」
「汚い言うな!あんたらも人の部屋いつまでもジロジロ見てねーでさっさと体操教室始めろよ!」
「え?あ、そ…そうだな。ここに来た目的を忘れるところだった。えー、では皆様、まずは足を肩幅に開いて背筋を伸ばして立ってください。両手を広げてもぶつからない程度に離れてくださいね」

 女性チームの間に流れていた微妙な空気は蟹座コンビの漫才でウヤムヤになり、『ヘカーテは今更豊胸体操なんて必要ないんじゃ』という突っ込みは誰からも入れられることなくソニアの体操教室が始まった。
 体操の基本的な流れとその効果を実演しながら説明したソニアは、最後の締めに入った。

「…以上の体操を、一日一回、できれば午前中と入浴後の二回、きちんと続けることで豊胸と美容の効果が期待できます。野菜ジュースを飲むのを併用するのも有効ですね」
「あ、やっぱり続けなくちゃ効果が出ないんですね。三日坊主にならないように頑張らなきゃ」
「ふむ…エリシオンのニンフ達と一緒にやってみるか。ひとりでは投げ出しそうだしな」
「なぁソニア。この体操だが、俺が男の子供に戻った時も続けていれば豊胸の効果が出るのか?」
「え?ええ…っと…ど、どうなんでしょう…そのケースは前例がないもので…」
「胸の筋肉を鍛える、と言う意味では続けておいた方がいいんじゃないかしら?」
「そうか。秋乃がそう言うならそうしよう。ヒュプノスを誘ってやってみるぞ!」

 …そんなこんなでソニアの体操教室が終了する頃には、物置と化していた四畳半もほぼ片付 いていた。汚れた服は洗濯機に放り込まれ、読まない本や見ないDVD、聞かないCDはリサイクルショップ行きのダンボールに詰め込まれ、読まない雑誌は紐で縛られてゴミの日を待っている。
  体操教室と部屋の片づけを終えた一行は夕食をとるためにぞろぞろとマニゴルドの部屋を出た。不用品をリサイクルショップに売るついでに巷で人気の食べ放題 の店で夕食を終え、全員揃ってアパートに帰還した。女神タナトスとシラーだけでなく、本気でソニアと秋乃とヘカーテはマニゴルドの部屋に一泊するつもりら しい。




 居間のちゃぶ台を片付けたソニアは布団を三組敷き、四畳半の部屋にマニゴルドとシラーは自分用の布団を敷き、さて…と顔を見合わせて女神のタナトスを見遣った。
 聖闘士達の視線の意味が分からなかったらしいタナトスは怪訝そうな顔で彼らを見回した。

「どうした?何故人数分の布団を敷かないのだ?」
「タナトス様よ、アンタどっちの部屋で寝る?」
「ん?」
「今のタナトス様は女神ですから女性達と一緒に居間か、元々は男神ですから僕と先輩と同じ部屋か、どちらになさいますか?」
「そんなの決まっているだろう。俺は元々男なのだからな、マニゴルドやシラーと一緒に寝るぞ」
「あら、残念」
「私とベルセフォネーでお前を挟んで寝ようと思っていたのになぁ」

 本気で残念そうにしている秋乃とヘカーテを見ながらソニアは複雑な顔で四畳半にタナトス用の布団を敷くと、蟹座コンビに怖い顔で指を突きつけた。

「じゃ、私達はこっちの居間で寝るが。明日、私達が起きて着替えを済ませたら開けてやるから、絶対に許可なく襖を開けるなよ。入ってきたりしたら殺すからな!」
「おっかないなぁ」
「ちょっと待てソニア、ここは俺の部屋だぞ?何でお前が仕切ってんだよ!そもそも居間を通らねーとトイレにも行けないじゃねーか!」
「知るか。黄金聖闘士なら自力で何とかしろ」
「あのな」
「窓から出て、玄関から入れば何とかなるんじゃない?それか、黄泉比良坂から冥界に行ってミーノスの館でトイレを借りるとか」
「おいシラー、真顔で大ボケかますなよ…」
「とにかく、襖は開けるな!入ってくるな!聞き耳も立てるな!以上!!」

 ピシャッ!!
 乱暴に襖が閉められて、マニゴルドは思いっきりその閉められた襖に舌を出して見せた。

「ケッ。青臭ぇ小娘が何ギャーギャー言ってんだか。自意識過剰だっつーの!」
「まぁまぁ、先輩。ソニアが厳重に監視しててくれれば、僕達があらぬ疑いをかけられることもないし有難いだろう?こうしてシャットアウトされた方が男同士気兼ねがなくて良いじゃないか」
「何だか修学旅行のようだなっ!」

 タナトスが楽しげに布団に寝そべって三人分の布団の端から端までゴロゴロ転がって一往復すると、シラーが蒼い目をぱちぱちさせて真顔でタナトスに尋ねた。

「タナトス様。その、ゴロゴロ転がるのが修学旅行のお約束なのですか?」
「……………。うむ、その通りだ。修学旅行で布団を敷いた後は、こうして転がるのがお約束だ!」
「そうなんですか。僕、修学旅行って行ったことがなくて、何も分からなくて」
「ならシラーも布団ゴロゴロをやってみたらどうだ」
「おいタナトス様。シラーはアンタの言うことは何でもハイハイって聞いちまうんだから、変な唆しすんのやめてくれねーかな。これ以上蟹座の黄金聖闘士に恥を晒されたら俺、お師匠に顔向けできねーし」
「…むう」

 シラーに『布団の端から端までゴロゴロ』をやらせてみたかったらしいタナトスは少々不満げに眉根を寄せてマニゴルドを見上げた。

「なら代わりの面白い話題を出せ、マニゴルド。シラーの布団ゴロゴロより面白くないとダメだぞ!」
「ん?」
「そうだね、他人にダメ出しするなら代替案を出さないと」
「面白い話題か…だったら修学旅行お約束のがあるだろ。『初恋の思い出』『今好きな子いる?』トーク!」
「俺の初恋の相手はヒュプノスだ。何しろ神話の時代はヒュプノス以外の誰かと関わることがほとんどなかったからな。ヒュプノスから『好きだ』と言われて、 『俺もだ』と返して…『兄弟としてではなく、恋人として好きだ』という気持ちを確認したのが初恋のエピソードといえばエピソードだ。それから今好きなのも ヒュプノスだ。タナトスのことも好きだがな!」
「僕の初恋の相手はタナトス様だね」
「一言で終わらせんなよ!しかも何だよお前ら揃って恋の相手が野郎って!タナトス様はともかくシラー、お前は婚約してる彼女までいるんだろ!その彼女との馴れ初めを語れや!ロマンチックに話を盛って、それっぽい『甘酸っぱい初恋のエピソード』にして語れよ!」
「おお、それは俺も聞きたいぞ」
「…タナトス様がそう仰せなら」

 シラーは淡く苦笑して、数秒考えて口を開いた。

「彼女のとの馴れ初めはありきたりだよ。学生時代に友人と一緒にハンバーガー食べに行った時、そのお店で働いてたのが彼女だったんだ。とても笑顔が素敵で ね、『あの店員、可愛いね』って言ったら友人の一人が『あの子なら俺のサークルのメンバーだよ。気になるなら紹介しようか?』って言って、そこからとんと ん拍子でオツキアイ開始って訳」
「ド定番過ぎるエピソードだな。王道過ぎて一週回って新鮮なくらいコテコテのラブコメだぜ」
「ロマンチックに話を盛れって言ったのは先輩だろ。リアルに話したら、ジャンルがラブコメからサスペンスになるよ」
「真顔で笑えない冗談言うんじゃねーよ」
「では次はマニゴルドの番だな!」
「ん?」
「そうだね、そういう先輩はどうだったのさ。今は女運ゼロだけど、『死ぬ前』はどうだったの?今とは比べ物にならないほどモテモテだったの?」
「その頃は色恋なんぞにうつつを抜かしてられる状況じゃねーっての。俺がお師匠に拾われた頃は既に冥王軍との小競り合いはあちこちで起きてたし、俺も修行修行だったしな」
「要するに女の子には無縁だったと」
「どうしてそうなるんだよ。俺だって、いい雰囲気になった女の一人や二人、いる…と言えなくもないと言い切れないこともないというか…」

 マニゴルドが視線を逸らして口篭ると、シラーとタナトスが身を乗り出してマニゴルドの顔を覗き込んだ。

「どうしてそこで言いかけてやめるのさ、先輩」
「そうだぞ。そんなところで黙られては余計気になるではないか」
「もしかして『いい雰囲気にはなったけどそこから先には発展しなかった』ってオチ?」
「うぐ」
「『うぐ』?」
「え…まさか、図星?図星なの?深く短くでも付き合った女の子、いないの?黄金聖闘士だったのに?しかも教皇の直弟子だったのに??え?本当に?当時の聖域では恋愛禁止だったとか、そういうわけでもなく??」
「…………」
「…………」
「…………」

 マニゴルドが否定も肯定もしないで黙り込んでいるので、追求して良いのか下手に追求しない方が良いのか決めかねてタナトスとシラーも黙り込んだ。
 互いの腹を探り合う沈黙が流れること数秒。
 ガラッ!!
 勢いよく襖が開いて、隣の部屋に女性陣がいたことなど半ば忘れかけていた二人と一柱は飛び上がるほど驚いて思わず絶叫した。

「「「どわーーーーーーーー!??!?」」」
「シーッ!夜遅いんだからそんな大声出すな」
「さっきから聞いてたが全くもって焦れったいな!イエスかノーかさっさと答えろカニゴルド!シラーにタナトス、お前達もだ!もっと突っ込んで聞かなくてどうする!!」
「ヘカーテさんもそんな大声出して床を叩いちゃダメですよ。で、答えはどっちなんですかマニゴルドさん。いまだに恋人が出来ないのは運命の女神に与えられた運命のせいだって言ってましたけど、女運ゼロは元からだったんですか?」
「う、うるせぇー!!俺だってなぁ、俺だって浮いた話の一つや二つ…無くはないけど、ありきたりすぎて面白くねーだろうからシラーのリアルでサスペンスな恋バナ体験談を聞いたほうがずっと面白いと思うぜ!」

 ズビシッとシラーを指して、我ながら上手い逃げだ!とマニゴルドは思った。
 これで女性陣の興味の矛先はクソ生意気で一言多い後輩に向くだろう。さぁシラー、女性陣の怒涛の追及に晒されてタジタジになれや!…と、思ったのだが。
 シラーは実に魅力的な胡散臭い笑顔を浮かべた。

「やだなぁ先輩。僕の体験談なんてリアルに生々し過ぎて後味悪いから、恋バナどころか怪談だよ。純情可憐な女の子達に聞かせられる話じゃないなぁ」
「さらっと洒落にならない事言うな!あと『純情可憐な女の子』って誰のことだよ!そんな希少生物が一体どこにいるんだ…よ……」

 その途端、部屋の空気が一気に冷たくなった。比喩だけでなく、物理的にも…である。
 マニゴルドが冷や汗を流しながらそぉーっと視線を動かすと、月と氷の女神ヘカーテが満面の笑みを浮かべたまま冷たく凍える小宇宙を放出していた。ヘカーテの隣にいる秋乃とソニアもにっこり笑っていて、その可愛らしい笑顔が実に怖い。

「私は聞きたいなぁ、マニゴルドさんの『ありきたりな浮いたオハナシ』」
「お前の基準では私達は『純情可憐な乙女ではない』のだろう?だったら遠慮なく体験談を語るが良い」
「実に好奇心を刺激されるな、女運ゼロではなかった時代のマニゴルド先輩の恋愛話」

 ヘカーテが氷の小宇宙をバリバリ出しているせいで部屋の中は涼しいを通り越して寒くなってきた。シラーはサッと立ち上がって押入れから毛布を出してくる と秋乃とソニアに渡し、女神タナトスにも毛布をかけた。ついでに、タナトスに『一 緒に毛布に包まろう』と言われて、感激で目を潤ませながらタナトスと一緒に毛布に包まってしまった。ああなったらシラーはもうダメだ、タナトス以外のメンバーはアウトオブ眼中である。
 ソニアはともかく、タナトスの彼女ヘカーテや冥妃の転生体である秋乃の機嫌を盛大に損ねたら、女運ゼロ人生がマイナスになりかねない。それこそ異世界のヒュプノスが脅したような『オカマに好かれる』に変えられてしまうかもしれない。
 どうやってこのピンチを切り抜けるかマニゴルドは必死に考えて、近頃はやりのネタで誤魔化す作戦で行くことにした。

「あー…じゃあ、誰でもいいから前フリしてくれねぇ?」
「前フリ?」
「『でもあなたは恋をしたんですよね。 何か分かりやすい結果は出なくてもあなたは恋をしたことがあるんですよね』って言ってくれねぇかな」
「どこかで聞いたことがある台詞だな」
「最近話題の『進撃の巨人』でしょう。第一話で、息子を亡くしたお母さんがそんな台詞を言ってました」
「…ふぅん。つまりお前はネタに走って逃げる気か。まぁ良かろう、面白ければ許してやるぞ。面白ければ、な」
「あざーっす!」
「じゃ、その台詞は私が言いますね。…こほん。でもあなたは恋をしたんですよね。 何か結果は出なくてもあなたは誰かと恋をしたことがあるんですよね?」

 なかなか上手い秋乃の演技に、マニゴルドは大袈裟な仕草で布団に手をつき頭を下げて叫んだ。

「勿論…いや…前回の人生で俺は、いや、前回も…くっ…一人の恋人も得られませんでしたぁぁ!!俺が無能なばかりにただ悪戯にイイ女に声をかけ、彼女らを振り向かせることが、できませんでしたぁぁ!!」

 おぉー。
 女神タナトス含めた女性達が感心の溜息を漏らしつつパチパチと拍手した。

「即興の思いつきにしてはなかなか秀逸な返しではないか」
「そこまで正直に告白されたらもう突っ込めないな…」
「面白かったですよ、マニゴルドさん」
「カニゴルドの失恋話を根掘り葉掘り聞いてやろうかと思っていたが、これでは面白い話は聞けそうにないな。仕方ない、赤い蟹のリアルに生々しくて後味の悪い怪談レベルの体験談を聞くとするか」
「さんせーい。私も聞きたいな!」
「私も興味がある」

 女性陣の興味がシラーに移ったので、マニゴルドはホッと息を吐いて後輩を見遣った。

「夏はやっぱり怪談だしな。…ほらシラー、秋乃さんとヘカーテ様とソニアがご指名だ」
「シラー、お前の怪談体験談を皆が聞きたいそうだぞ」
「…え?」

 タナトスの言葉に我に返ったシラーは、自分が皆の注目を集めているのを見て大体の事情を察したらしい。こほんとひとつ咳払いして、芝居がかった笑みを浮かべて見せた。

「仕方ないなぁ。では、とっておきの怪談を語りましょうか。勿論、これは僕が実際に体験した話ですよ。…そう、あれは十年前…」

 …女性陣全員が無表情でフリーズし、マニゴルドが真顔で『マジ怖いからもうやめてくれ、いややめてくださいお願いします!!』と絶叫するのはこの数分後のことになる。




 ……
 …………
 誰かが自分に何か言っている。どうやら『起きろ』と言っているらしい…と、ぼんやりしている頭でマニゴルドは思った。
 うるせぇな、眠たいんだよ寝かせてくれよ今日は休みなんだし、それでなくても夕べはシラーの怪談体験談のせいで寝るのが遅かったんだからよ…と半分寝言のようにぶつくさ言うと、覚醒を促す声が遠ざかった。
 有難く眠りの世界に戻ろうとしたその途端、腹に衝撃が来た。
 ボスッ!!

「グヘッ!!」
「もう昼だぞ!起きろ、マニゴルド!!」

 一瞬で眠気が吹き飛んだマニゴルドが目を開けると、悪戯っぽい笑みを浮かべた銀髪の男の子が腹の上に座っているのが見えた。どうやらマニゴルドを起こすために腹の上目掛けてダイブしてきたらしい。
 男の子…異世界のタナトスはマニゴルドが目を覚ましたのを見ると、よしよしと頷いた。

「漸く起きたか、この寝ぼすけめ」
「起きたじゃなくて叩き起こされただろ、畜生…って、ん?タナトス様、元に戻ったのか?」
「うむ。今朝、目が覚めたら子供に戻っていたのだ。ほら、早く着替えてこっちに来い。皆が待ってるぞ」
「皆?」

 開けっ放しになっていた襖から居間を見ると、ソニアの姿がない代わりにこの世界の双子神と異世界のヒュプノス少年、更にハービンジャーと玄武の姿があった。
 …マニゴルドは頭をガリガリ掻きながらタナトス少年を見遣った。

「なぁタナトス様。ソニアは一晩で分身したのか?」
「ソニアは任務があるとかで先ほど帰ったぞ。タナトスとヒュプノス達は用事があってここに来て、ハービンジャーと玄武はタナトスが呼んだのだ」
「はぁ…用事…。一体何だよ、このメンバー集めてやる用事って」

 人んちに無断で上がりこむんじゃねぇとか当たり前の突込みをする気にもなれないマニゴルドが尋ねると、この世界のタナトスは満面の笑みを浮かべて言った。

「今宵は祭りがある、そして明日は七夕だ!」
「…………。ああ、なるほどね。そーゆーワケか」

 イベント好きの死神の短い言葉で全てを察したマニゴルドは、せめてもの抗議で盛大に溜息をついて布団から出た。





 …その夜。
 浴衣の購入に始まり、夏祭りと屋台の食べ物と花火大会を満喫した冥界・聖域ご一行は、深夜のパライストラ学園に侵入した。
 去年同様、秋乃とヘカーテは近所のコンビニに買い出しに行き、双子神達(主にこの世界のタナトス)はふんぞり返って指示を出し、聖闘士四人が体育倉庫から白線引きを出してきて校庭にメッセージを描き始めた。
 楽しげにラインを引きながらシラーが誰に言うともなく言った。

「去年話題になってた『パライストラ学園の校庭に描かれた謎のメッセージ』の答えはこれだったんだねぇ」
「ああ、冥界の神様達の盛大なお遊びだよ」
「…で、メッセージの相手の『蝶』とは何者だ?」
「俺達の世界に住む日本人だ。地上に現存する人間の書物に記載されていない我々の他愛もない話を、漫画や読み物にして公開している、いわゆる『腐女子』というものだ」
「なるほど、パラドクスの同類か。で?何でその腐女子のために神様と黄金聖闘士がメッセージなんて描いてやるんだ?」
「この世界にも蝶と似たようなことをやっている『ソラ』という腐女子がいてな。詳しい事情は分からぬが、異世界のチビ共がこちらの世界に来た時の経緯を文 章と絵で公開していたのだ。その二人三脚の話が無事に完走した事に対する褒美というのがひとつ。そして、俺が主役をやっている戦隊モノをソラが読み物にし ているのだが、蝶はその読み物の挿絵を描いているそうだ。俺の信仰集めに異世界から協力するなど、実に敬虔で感心な心がけではないか。褒美のひとつくらい やってもよかろう」
「だからって二年続けてメッセージだけかよ?アンタも神様ならモノのひとつくらい送ったらどうなんだ」

 白線引きの手を止めてマニゴルドがごもっともな突っ込みを入れると、異世界の双子神が真顔で言った。

「俺達も一度はそう思ったのだがな。こちらの世界のモノをむやみに俺達の世界に持っていくのは色々とまずいようなのだ」
「僅かではあるが世界の均衡に悪影響を及ぼすようなのでな。私達がこの世界で誘拐された時に貰った物は神である私とタナトスが管理しているから影響は最小 限に抑えられているが、異世界のモノや神の手が触れたモノを近親者でもない人間に管理させるのは些か不安でな。悪影響が起きるリスクを考えると、メッセージが一番適切であろうという結論に 至ったのだ」
「なるほどな。確かにそんな理由があったら迂闊にホイホイとモノは送れねーやな」
「好意で送った物で万が一にも世界の均衡が崩れたりしたら大変だもんね」

 …四人で作業をしたので異世界へのメッセージは去年よりも短時間で描き終わり、買出しを終えた秋乃とヘカーテが合流した一行はぞろぞろと校庭の一角に設置された笹の木に向かった。目的は勿論、短冊に願いを書くためである。

『戦隊モノが大ヒットしたのち信仰よ集まれ! タナトス』
『ハーデス様の体調がよりよくなるように ヒュプノス』
『タナトスと結婚タナトスと結婚 ヘカーテ』
『皆が仲良く平和に過ごせますように 秋乃』
『Ω二期に再登場したい シラー』
『玄武みたいな退場は勘弁 ハービンジャー』
『再登場と再活躍を要求する 玄武』
『兄上が意地をはらずにヘカーテ様に告白しますように ヒュプノス』
『ヒュプノスがパシテアを早く迎えにいきますように タナトス』
『彼女欲しい!!!! マニゴルド』

 …夏の夜風が吊るされた短冊を揺らして吹きぬけた。




 笹の葉に短冊を吊るした一行は学校の屋上に向かった。7月7日はカルピスの日と言うことで、女性二人はコンビニの袋からカルピスグッズを取り出してずらりと並べた。
 定番のカルピスウォーター、カルピスソーダ、カルピスサワー、カルピス蒸しパン、カルピスグミ、カルピス餅、更にはカルピスドーナツまでと、正にカルピス尽くしのフルコースである。皆がそれぞれ好きな飲み物の封を開けると、大人のタナトスが代表で音頭をとった。

「では。チビ共誘拐事件の読み物が完走した祝いと、戦隊モノ読み物が完走する願掛けと、蝶の誕生日を祝って…乾杯!」
「誕生日おめでとう、蝶!」

 かんぱーい!
 皆はカルピスのペットボトルや缶を月の浮かぶ空に高く掲げてから飲み始めた。
 …青白い月明かりが校庭のメッセージを照らしている。

『誕生日おめでとう&これからもよろしく 蝶!』


END
↓没になったネタふたつ↓


星矢部屋
総合目次
SS・2012時代
SS・神話時代
SS・蟹座達


没ネタその1
 シラーは淡い笑みを浮かべたまま、押入れから雑誌を数冊持って来るとごろりと布団に寝転がった。
 戦災孤児だった頃は『逆援助交際』で衣食住を得ていたと言うシラーがお色気系雑誌を興味深げな顔で眺めているのを見て、マニゴルドは目を瞬いた。

「意外だな、お前がそんなエロ雑誌を見るなんて」
「え…何で?」
「だってお前、色んな『本物』を見てきたんだろ。今更グラビアアイドルなんか見て面白いか?」
「面白いと言うか興味深いね。危険とは縁遠い環境で健全に育った人間は、こういう綺麗で優しい嘘を眺めて夢や理想を思い描いて、誰かに恋をして、現実を 知って多少がっかりして、でも、その理想と現実のギャップを愛情で埋めていくんだろうなって思うと…ちょっと、羨ましいかな」
「羨ましい?」
「僕は、こういうことに興味を持って夢や理想を描く前にリアルな現実に直面だったからね。いつでも、夢や理想より現実が先だった。だから、夢を思い描いて恋をできる人が羨ましいよ。僕はいまだに恋心の何たるかを知らないままだ」
「……………。素敵な奥様に面倒見てもらってぬくぬくと生きてきたのかと思ってたけど、結構ハードな人生だったのな」

 布団の上に胡坐をかいたマニゴルドがしみじみ言うと、シラーはフフッと笑って冗談めかして言葉を返した。

「常に上客をキープしてナンバーワンホストであり続けるのは大変な苦労と努力が必要なんだよ。お客様のご希望に添えなかったら、最悪の場合は命がないんだからね。ま、努力の甲斐あって好条件のところに『永久就職』出来たけど、今度は別の意味で気が抜けないね」
「…おっかねぇ。任務で敵をぶっ倒してる方が気楽だな」
「そういう先輩はどうなのさ」
「俺?俺は、追い剥ぎやってる時期に当時の教皇様に保護されてそのまま聖闘士に…」

没ネタその2
「ねぇ先輩。『レンタル』ってシールが貼ってあるCDが出てきたけど」
「マジか!やべぇ、レンタル屋から返却されてねぇって電話があったけど、絶対返した!って押し切っちまったぞ」
「じゃあ仕方ないね、捨てようか」
「そりゃまずいだろ。返却ポストの裏にでも置いてくるから寄越せよ」
「それから先輩、服のセンス無いね」
「大きな世話だ!タナトス様に会う時にホストみたいな格好してたお前に言われたくねーぞ!」
「その話は忘れてくれないかな!そういう、人が触れないで欲しいと思ってる話題を蒸し返すから先輩は彼女が出来ないんだよ!」
「うっせ!お前こそ二言目には『それだから彼女が出来ない』『それだから彼女に逃げられるんだ』言いやがって!触れないで欲しい話題に触れまくってるのはそっちだろーが!!」
「後輩の親切心から出たアドバイスに逆切れ?だから先輩は彼女が出来ないんだよ、そこがダメなんだよ!」
「親切心からのアドバイスならそれらしい言葉を使えや!変にイヤミったらしい言い回しをするからお前は周囲から慕われないんだよ、そこがダメなんだよ!」

 互いに痛いところを突かれた蟹座コンビが顔を突き合わせ険悪ムードが流れた時、部屋の片隅で体育座りしていたヘカーテがバンと畳を叩いて怒鳴った。

「女の私がこれ見よがしに落ち込んでるのにガン無視してる時点でお前らふたりともダメダメだ!!!!」
「「……………………」」
「ちょ、何だその、『MAXめんどくせぇ』と言わんばかりの眼差しは!!」
「いやだって、マジでめんどくさそうだしよ」
「ヘカーテ様が落ち込んでおられる理由を考慮すると、男の僕が迂闊にお声をかけるべきではないかと思って」
「要するに下手に事情を聞いて面倒に巻き込まれたくないと」