虚構の時
…天秤座編…
EPISODE 3


  玄武がシラーの視線を追うと、崖下の滝壺のほとりに『フィアナ騎士団』のメンバーらしき男達が到着していた。彼らがいきなり動いても対応でき るように身構えながら聖闘士達が敵を囲んでいるが、首魁は半人前の聖闘士など眼中にないと言う顔でシラーを見つめている。
 パチ、パチ、パチ…。
 シラーは崖の先端に脚を組んで座ったまま、余裕綽々の態度で拍手した。

「おめでとう!良く僕の居場所が分かったね」
「あんな分かりやすい誘導をしておいて…俺を愚弄するか!」
「愚弄!これまたメルヘンチックなセリフだね。いいねぇ、実にいい」
「…………」
「ああそうだ、まずは彼らをお返ししよう。多分、君の部下だと思うんだけど」

 シラーは片手を翳すと、先程彼を襲って来た男達を閉じ込めた水球を崖下めがけて放り投げた。
 檻の無い水槽が弾けて溺死体が地面に叩きつけられると、首魁は芝居がかった仕草で怒りの表情を浮かべた。その反応にますます笑みを濃くしながら、シラーは頬杖をついて厭味たっぷりの口調で言った。

「君、部下の教育がなってないね。騎士団を名乗るなら正々堂々と名乗りを上げて決闘を挑まなきゃ。背後から物も言わずに襲いかかるなんてマナー違反だよ。そう思わないかい?」
「貴様…!」
「ああ失敬、マナーを説くなら僕も名乗りを上げないとね。僕は…」
「アテナの黄金聖闘士が一人、シラー」
「あれ、知ってるんだ?僕のこと」

 そう言えば無言で襲って来た彼らも僕のことを知っているようだったけど…とシラーが考えていると、ディルムッドは長槍を掴んだ手をシラーに突き出して高らかに言った。

「知っているとも。悪名高き『聖域の死神』、蟹座の黄金聖闘士シラー!このディルムッドの相手として不足はない!さぁ、貴殿と私、正々堂々と一対一の大将戦で決着をつけようではないか!」
「…『聖域の死神』?」

 シラーの後ろから様子を見ていた玄武が呆れた顔で彼を見た。

「シラー、お前…いくらタナトス神に憧れてるからって、その二つ名は痛いと思うが」
「ちょっと待ってよ玄武。僕もそんなあだ名を聞いたのは今が初めてなんだけど」
「え?お前が自分で名乗ってたんじゃないのか」
「僕はそこまでメルヘンチックじゃないよ。大体、本物の死神様を差し置いて人間の僕が死神を名乗るなんて、そんな畏れ多い事するわけないじゃないか」
「言われてみれば確かにそうだな。だったら、『悪名高きなんたら』の二つ名の出所はどこなんだ」
「僕が知るわけないだろ。それより今は…」

 シラーは声を潜め、玄武だけに聞こえるように小声で言った。

「あの槍を破壊することを考えないと」
「そんな物、あいつを倒してから破壊すればいいだろう。一対一で勝負しろとか言ってるし、お前ならあんな奴ひと捻りだろう?」
「それがそういう訳にはいかないんだよ。タナトス様がディルムッドを見たいって仰せでね、無傷で黄泉比良坂に送りこまなきゃいけないんだ。タナトス様に槍を壊して下さいなんて頼むわけにはいかないから、先に槍を破壊しないと」
「ちょ、お前…何でそんな面倒なこと引き受けたんだ!?」
「こんな面倒なことになるなんて思ってなかったからだよ!」
「いつまでコソコソ喋っているつもりだ!私と一対一で戦う勇気がないのか、蟹座のシラー?それでも誇り高きアテナの聖闘士か、この臆病者め!!」

 いい加減、崖の上に向かって槍を突き出した腕が疲れて来たらしいディルムッドが半切れで怒鳴った。
 怒鳴られたシラーは一言二言玄武と言葉を交わし、漸く崖の上に立ち上がった。吹き抜ける風に長い赤毛と片掛けのマントを靡かせて、彼はディルムッドに負けず劣らず芝居がかった口調で言った。

「素晴らしい騎士道精神だね、ディルムッド。称賛に値するよ。その騎士道精神に敬意を表して僕自らがお相手しよう」
「フ…漸く大将がお出ましか!いざ、フィアナ騎士団のディルムッド、押して参る…、…っ!!??」

 ドパァン!!
 ディルムッドの決め台詞は大砲のような水流で阻まれた。咄嗟に持っていた二本の槍を交差させて直撃は防いだが、槍を掴んだ腕はビリビリと痺れている。
 騎士道精神に敬意を表するとか騎士団を名乗るならマナーを守れとか言いながら、口上の途中で攻撃を仕掛けてくるなどと礼儀知らずな…とディルムッドが抗議しようとした途端に二発目の水流が襲ってきた。盾代わりに身を守った槍がギシギシと軋んでいる。
 飛び散る水に反射的に目を閉じたディルムッドは、目を開けた途端に驚愕で更に目を見開く羽目になった。
 …水流を防ぐために交差させた二本の槍は、天秤座の黄金聖衣を纏った青年…ディルムッドが水流に視界を奪われているうちに崖から飛び降りて来たに違いな い…の持つ三節棍に絡め取られてミシミシと悲鳴を上げていた。良く見ると、槍の刀身には水流を受け止めた時に出来たらしい亀裂まで入っている。
 怒りと焦りで顔を歪めたディルムッドは、崖の上に立つシラーに叫んだ。

「貴様…卑怯だぞ!」
「卑怯?何が?」
「私と貴様、一対一で決闘だと言っただろう!君もそれを承知したはずだ!それに、聖闘士は一対一で戦うのが掟ではないのか!」
「あはははははは!甘い、甘いねぇ君!!」

 シラーは哄笑した。
 ディルムッドを挑発するようにわざとらしく見下す視線で言葉を続ける。

「確かに僕は君の相手をするとは言ったよ。でも、『君と僕で一対一』は君が勝手に宣言しただけで僕は了承した覚えはないね。それから、君の相手が僕から玄武に変わったけど今もちゃんと一対一で戦ってるだろう?聖闘士の掟には反してないはずだけどね」
「詭弁を!」
「…君さぁ、相手が騎士ならともかく聖闘士の僕に対して騎士道精神とか主張しちゃって、馬鹿じゃないの?そもそもこれは、ルールに則った試合でも決闘でもない、命の取り合いだよ?…それにね」

 シラーは顔から笑みを消して傷を負った聖闘士にちらりと眼をやり、そしてディルムッドに視線を戻した。

「こっちは仲間の命がかかってるんだ。綺麗事なんて言ってられない、なりふりなんて構ってられないんだよ。君が部下や仲間を犠牲にしてでも騎士道精神を貫きたいなら好きにすればいいさ。僕は聖闘士の掟を破ってでも仲間を守るだけ。ま、現時点ではギリギリセーフだけどね」
「…………」

 らしくも無いシラーの台詞に聖闘士達は驚きの表情を浮かべ、玄武はにやりと笑った。ディルムッドは顔を歪ませて三節棍を振り払おうと したが、絡め取られた槍はびくとも動かない。みるみる余裕を無くしていく騎士を真っ直ぐに見据えたまま、玄武は槍に絡めた三節棍を握った手に一気に力 を込めた。
 ミシリ…強靭な槍が軋んで亀裂が広がった。

「俺が指揮を取っている時にお前にやられた借り、ここで返すぞ!」

 ボギッ!!
 ディルムッドの槍は二本同時に真っ二つに折れた。

「…くっ!!」

 使いものにならなくなった槍を捨てたディルムッドが腰に携えていた二本の剣を掴んだ瞬間、玄武は後ろに飛びのいて間合いを広げた。
 長剣と短剣を構えた騎士は凄まじい怒りの形相で玄武に吼えた。

「おのれ…貴様まで勝負から逃げるか!」
「フッ…何を言っているんだ騎士様?俺が借りを返した事で俺とお前の勝負は終わっただろう。俺はもう引っ込むから、お前は俺達の大将と思う存分一対一の決闘をしてくれ」

 玄武がグイッと親指をシラーに向けると、ディルムッドは忌々しく舌打ちして崖上のシラーを睨みつけ…地面を蹴って跳躍した。
 剣の刀身に太陽光を反射させることでシラーの眼を眩ませながら彼は二刀を振りかざし斬りかかった。
 …貰った!
 確信と共にディルムッドが剣を振り降ろした瞬間、二振りの剣はシラーの掌に出現した水の盾で受け止められていた。

「なっ…!?」
「無駄だよ。…唸れ、ハイドロトラップ!!」

 水の盾がディルムッドの攻撃を受け止め、受け流し、その威力を倍増させ弾き返した。
 攻撃を読まれた上でカウンターを食らったディルムッドは、何とか空中で受け身を取って崖下に着地した。迂闊に攻め込む事は出来ないと判断したのか、剣を構えてシラーの出方を伺っている。
 …シラーはちらりと背後に目をやった。ディルムッドに傷を負わされた聖闘士の異常が消えたことを確認した彼は、崖下から睨みつけて来る悲劇の騎士に視線を戻してゆっくりと右手を掲げた。彼の身体を包む黄金の小宇宙が右手に集まり闇色に染まる。
 シラーは思う。
 
(あの男を黄泉比良坂に送り込めば、きっとタナトス様は喜んで下さる。僕は神々の御所エリシオンに招かれると言う光栄に与れるんだ…!)

 知らず唇が甘く綻び、シラーの心は期待に高鳴った。
 …滝壺という大きな水場は水属性のシラーと相性が良く、タナトスの褒美に対する期待は彼の心を高揚させ、更に死の神が彼の命を繋ぐ時に注ぎ込んだ闇の小宇宙は蟹座の奥義と親和性が高い。それらの要素が重なった相乗効果は測り知れないものがあった。
 シラーの小宇宙が尋常ではなく膨れ上がっていることに気付いた玄武は不安を感じて眉根を寄せた。甘く蕩けるような笑みを浮かべたシラーの眼は夢見る色を孕んで危うく揺れている。彼の眼には最早、部下の聖闘士達は映っていない。
 これは…まずい!
 玄武はディルムッド一味を取り囲んでいる学生達に向かって叫んだ。

「総員、退避!積尸気冥界波に巻き込まれるぞ!この場から離れろ!!」
「………!!!」

 聖闘士達が慌ててその場を離れるのを見たディルムッドの部下が数人、どさくさにまぎれて逃げようとした。が、アテナの黄金聖闘士が敵を見逃すような失態を犯すはずもない。
 玄武は即座に両腕を翳して小宇宙を高め、一気に放った。

「逃がすか!!」

 ドッボーン!!!
 流石に首魁のディルムッドは踏みとどまったが、衝撃波を食らった一味の数人が滝壺に落ちて沈んで行った。それを一瞥した玄武も場を離脱した、その直後。
 右手に小宇宙を集めたシラーが甘く囁くように云った。

「さぁ、本物の死の神であらせられるタナトス様がお待ちかねだよ。あの方にお会いしたら、蟹座のシラーがよろしくと言っていたと伝えてね?」
「!!」
「堕ちるがいい、本物の死の世界へ…震えろ、真の死の恐怖に…!――積尸気冥界波!!!」

 シラーの指から闇色の小宇宙が放たれた。
 ドドドドォォォォォンンン!!!!
 滝の水を巻き込み濁流となって膨れ上がった冥界波は、轟音と共にディルムッドとその周辺にいた彼の部下を呑み込み、滝壺の水を巻き込んで渦を巻き、昇竜のように巻き上がり空まで届きそうな巨大な柱になった。
 余りの凄まじい威力に、退避した聖闘士達も崖上にいた聖闘士達もそして玄武も言葉を失い、水を孕んで天高くそびえたつ闇の柱を呆然と見つめていた。
 …積尸気冥界波の闇が消えると同時に、冥界波で巻きあげられていた滝の水がスコールのように一帯に降り注いだ。
 ザァァァ…
 水滴が太陽の光を孕んで美しく輝き、滝には虹がかかって幻想的に美しい光景が広がった…が。

「おいシラー!少しは加減したらどうなんだ!味方まで巻き込む気か!?」

 頭からつま先までずぶずぶに濡れた玄武が崖上のシラーを怒鳴り付けた。
 夢見るような目で虹を見ていたシラーは玄武の怒鳴り声でハッと我に返り、長い赤毛と片掛けのマントからポタポタと雫を落としながら苦笑した。

「ああ、ごめんごめん。皆の前でいいところ見せようと思ってさ。ちょっと頑張りすぎちゃったかなぁ?」
「『ちょっと頑張りすぎちゃったかなぁ?』じゃないだろう!いくら何でも張り切り過ぎだ!!」
「そんなに怒らないでよ、玄武。真夏なんだし、ゲリラ豪雨に遭ったと思えば。皆無事だったんだしそのくらいいいじゃないか。水も滴るいい男って奴だよ」
「お前が言ったところで有難くも何ともない!それに、俺が怒っているのは濡れた事じゃない、味方を巻き込みかけたことだ!」
「だーかーらー。巻き込みかけただけで巻き込まなかったんだから良いじゃないか、結果オーライだろ?って僕は言ってるんだよ。…ねぇ?」

 シラーが後ろを振り返って尋ねると、ディルムッドに負わされた厄介な傷が消えた聖闘士が慌てて頷いた。
 その反応ににこりと笑うと、シラーは崖下の滝壺に集まって来た聖闘士達に向けて言った。

「じゃあ、実戦試験はここで終了!パライストラに戻ったら今日のレポートを提出すること。締め切りは一週間後、分かってると思うけど遅刻は減点対象だよ。…それから」
「それから?」
「玄武にガーガー文句言われたから、埋め合わせをしておくよ。父の会社の保養所がここから一番近い街にあるから、皆をそのホテルに招待しよう。それでどうかな?」
 
 シラーの提案に聖闘士達からわっと歓声が上がり、玄武は肩をすくめた。
 まるでバカンスに来たかのような呑気さでワイワイと帰り支度をする学生達を見ながら彼は大きく溜息をついた。

(全く、こいつらときたら…。一歩間違ったらディルムッド一味と一緒にあの世に行っていたかもしれないというのにに能天気なものだな。まぁ、聖域と冥界の間に和平は成立してるから、聖闘士達は無傷で返してもらえるかもしれないが…)
(それにしても…)

 玄武は、何やら楽しげに電話をしているシラーを見遣って微かに口元に笑みを浮かべた。
 本当に変わったな、シラーの奴。





 …海と空が一望できるホテルの最上階に位置する部屋のテラスで、玄武は皿に盛られた果物を口に入れながら砂浜を眺めた。白い砂浜は完璧に手入 れされてゴミひとつない美しさで、その美しさの割には砂浜の人影はまばらだった。より正確に言うなら、彼らが引率してきたパライストラの学生聖闘士しかい ないのだ。
 玄武は不思議そうな顔になり、マリンブルーのカクテルを優雅に飲んでいるシラーを振り返った。

「天気もいいしこんなに綺麗な砂浜なのに、家族連れの一組もいないんだな」
「このホテル専用のプライベートビーチだからね、ホテルの宿泊客しか入れないんだよ。今日は家族連れが宿泊してないのかもね」
「なるほどな…プライベートビーチか」

 ナチュラルに言われた言葉をオウム返しに呟いて、玄武はチェアに腰を降ろした。
 …『父の会社の保養所を兼ねたホテル』と聞いた時、少しばかり上等なペンションみたいなものを想像していたら、一流の頭に『超』がつくような豪華ホテル に案内され、総支配人が満面の笑みで一行を出迎え、シラーを『お坊ちゃま』と呼び、予約も入れてないのに最上階の部屋に皆を通し、総料理長様が夕食の希望 を聞きに来た後なので、シラーのセレブ発言に驚く元気はもう残っていない。
 驚きすぎて一周回って冷静になった玄武は、遠慮なく果物を食べながら気になっていた事を口にした。

「それにしても意外だったな」
「何が?」
「お前の発言。『仲間の命がかかってるから綺麗事なんて言ってられない、なりふりなんて構ってられない。僕は聖闘士の掟を破ってでも仲間を守るだけ』…。まさかお前の口から少年漫画のお約束みたいな台詞が出るとは思ってなかったから驚いたぞ」
「…ああ、あれ」

 シラーはスティールブルーの眼を細めてクスリと笑った。

「皆、好きだろう?そういう『カッコいい』台詞がさ」
「おい、お前…あの発言は計算で言ったのか?」
「当たり前じゃないか」
「何だ…本当にあの世に行きかけたことでお前にも劇的な心境の変化があったのか?と思っていたのに」

 ケロリとした顔で言われて、玄武は一気に脱力した。
 ああ、せっかくの感激が台無しだ…とぼやくと、シラーは楽しげに笑ったまま口を開いた。

「劇的な心境の変化は確かにあったよ。以前の僕は人心掌握に興味なんて無かったからね」
「そう言えばそうか。何でまた人心掌握に興味を持ったんだ?」
「決まってるだろう?僕は死にたくないからだよ」
「…意味不明だ」
「ええとねぇ…日本にはね、『情けは人の為ならず』って諺があるんだって。これは『人に恩を売っておくと、別の誰かから恩返しされるから、恩は売っておい た方が得だよ』って意味なんだってさ。確かに一理あるなぁと思って。それってつまり、余裕がある時に誰かを助けておいたら、僕が危なくなった時に誰かが僕 を助けてくれるって事になるだろう?」
「ああ、なるほどな。そういうことか」

 納得した玄武が深々と頷くと、シラーはカクテルグラスを回しながら飄々と言った。

「損得勘定と合理性で動く僕が、本気であんなこと考えると思う?」
「……………。…考えるかもしれない、と思うようにはなったな」
「…………」

 カラン。
 シラーがグラスを回す手を止めたので、氷がグラスにぶつかって涼やかな音がした。
 顔から笑みを消して目を見開くシラーに笑みを見せて、玄武は言った。

「俺は本気で思ってるぜ?あの『カッコいい台詞』はお前の本心で、お前は本気で仲間を守りたいと考えていたのかもしれない…ってな」
「何故」
「以前のお前があんな台詞を言うのは聞いたことがないからな」
「だから、以前は人心掌握に興味がなかったから」
「興味があろうとなかろうと、どんなに打算や計算で動こうと、考えてもいないことが咄嗟に口から出てくるはずないだろう。やはりお前は、本当に死にかけたことで変わったんじゃないのか?」
「…………」

 訳が分からない。
 そんな顔で目を見開くシラーを柔らかな笑みを浮かべて見ながら、玄武はわざとらしく顎に手を当てて『考察』を続けた。

「いや、『変わった』とは少し違うか。ガチガチに凍らせて心の奥底に重りをつけて沈めてた優しさとか、お前が元々持っていたがずっと押さえつけていた性格や感覚が溶けて表に出て来たのかもしれないな」
「僕は、…」
「まぁ、お前と碌に接したことの無い俺の勝手な想像だ。そうムキになって反論するな、図星をさされて焦ったのかと思われるぞ」

 玄武の言葉にぐっと詰まったシラーは、不貞腐れたようにそっぽを向いてカクテルを飲み干した。
 空になったグラスを些か乱暴にテーブルに置いて、シラーは雑な所作でチェアから立ち上がった。大股にテラスを出ていくその背中に、玄武は茶化した声をかけた。

「お坊ちゃま、どちらへ?」
「君に僕の内面分析をされるなんて不愉快だからね。席を外させてもらうよ」
「…フッ。俺の言葉を不愉快に感じるって事は、痛いところを突かれたって自覚があるんじゃないのか?」
「…………。そのセリフを言ったのがハービンジャーだったら、部屋の内側から鍵をかけて君をテラスに閉じ込めていたよ」
「お前って本当、どこまで本気で言っているのか分からないキャラだな」

 玄武が苦笑すると、シラーは動揺している自分を押し隠すような仏頂面で部屋に戻って行った。部屋とテラスを仕切る窓を開け放して行ったのは、鍵はかけていないから大人しくそこにいろと言いたいのか、それとも機嫌を取りに追いかけて来いと言いたいのか。
 シラーとそれなりに仲の良いハービンジャーやパラドクスなら正しい判断ができるのだろうが、彼ときちんと交流を始めて日の浅い玄武はどちらが『正解』なのか分からなかった。

(間違った選択肢を選んでギスギスしたくはないからな…アドバイスを求めるとするか)

 そう考えた玄武は、ハービンジャーとパラドクスに意見を求める為に携帯を開いた。
 あのシラーが、『仲間の命がかかってるから綺麗事なんて言ってられない、なりふりなんて構ってられない。僕は聖闘士の掟を破ってでも仲間を守るだけ』な どと少年漫画のお約束のような台詞を言ったことも、それは本心だろうと指摘したらムキになって否定したことも話してやらないとな、と思いながら。


END

星矢部屋
総合目次
SS・2012時代
SS・神話時代
SS・蟹座達

 ある意味、シラーさんに『聖域の死神』というあだ名をつけたかっただけかもしれない3話目です(笑)。シラーさんは任務遂行の為には味方を切り捨てるのも厭わない人なので、揶揄や恐怖の意味も含めてそんなあだ名が密かに流れてたらいいなぁ…などと思ったり。
 Ω本編でもシラーさんは崖の上っぽいところからユナを見降ろしていたので、彼は物理的に敵の上に立ちたいのかなと思ってこんな感じに。厨二だからという 理由も多分にあるのですが、シラーさんの属性は水なので、高いところから低いところに向かって撃った方が重力の加速もあって有利になる、みたいな理屈もあ るかと。あとは崖の上で太陽の光を浴びて、黄金聖衣がキラキラしてあのゆるふわロングな赤毛とマントが風に靡いてたらシラーさんカッコいいだろうな〜と 思ったのもあります(笑)。
 それから相方玄武君にも見せ場を作ろうと思いまして、ディルムッドの槍を破壊して貰いました。学生聖闘士が怪我を負ったのは玄武君が指揮を取ってる時の ハプニングでもあるので、彼自身の『失態』をフォローする意味合いもあります。ハビさんは腕力で槍を折れそうだけど、玄武君はちょっと無理かなと思って天 秤座の武器を使って頂きました。多分、アテナの許可はシラーさんが事前に取ってたんだと思います。
 そしてシラーさんが撃ってる水流はカルロのハイドロスパイラル、カウンター技は(まんま名前を出しましたが)ハイドロトラップです。シラーさんはカルロ の技が似合いそうだなーと思いまして。そしてΩ本編での積尸気冥界波の演出がド派手で素敵だったのでこちらでもド派手に行きました。水属性の小宇宙を増幅 させる水場+気持ちの高揚+タナトスがシラーさんの命を繋ぐ為に注いだ死の神の小宇宙で威力倍増、というこじつけで盛大にドカーンと。滝の水まで巻き込ん で雨を降らせたのは、『水も滴るいい男』をやりたかったのと、シラーさんと玄武君がゆっくり会話する場に移動する口実が欲しかったからです。
 今までのSSでもちらりと書いていますが、当サイトシラーさんは良いとこのお坊ちゃま(社長御子息)なので、世界中に別荘を兼ねた保養地があるかなーと 思いまして。玄武君が「父の会社って言うは、『父が勤める』じゃなくて『父が経営する』って意味だったんだな…」と呆れたり感心したりするエピを入れよう かなと思っていたのですが上手くおさまらなかったです…。本来は聖域が用意した可もなく不可もない普通のホテルに宿泊する予定だったんじゃないかなと思い ます。
 そして話の最後だけ、ハビさん版と玄武君版でちょっとオチが違います。当初は、臍を曲げたシラーさんに玄武君が『お前の詮索はやめて俺の身の上話をする から機嫌を直せよ』という展開にしようかなと思ったのですが、『シラーさんのらしくないセリフをハビさんパラさんに玄武君が話す(そしてハビさんパラさん が皆に言い触らす)』という展開にしたかったのでこうなりました。玄武君がシラーさんを追いかけたのか放置したのかは皆様のご想像にお任せします。