拝謁の時
EPISODE 8


 冥界三巨頭の姿も小宇宙も駅の雑踏に紛れるまで無言無表情で棒立ちしていたハービンジャーは、レントゲン撮影が終わった後のごとく大きな息を吐いた。

「っはー!!冥界御一行様をお出迎えした時はさほど感じなかったけど、真正面から会ってみるとやっぱスゲー迫力だな冥界三巨頭は!」
「あんなのに囲まれて良くもまぁ平然としていられたな、シラー」
「………………」

 玄武の言葉にシラーが何も反応しないので、どうした?と二人が怪訝に思ったと同時にシラーが膝からへなへなと崩れ落ちた。
 咄嗟にハービンジャーが手を出して支えると、シラーは半ば縋りつくようにして彼の胸倉を掴んだ。その両手はガクガクと震えているのを見て玄武が不安そうにそっと覗き込み、ハービンジャーも心配そうな顔になって声をかけた。

「おい、シラー?どうした?」
「まさか本当に貧血でも起こしたか?」
「緊張の糸、切れた…ダメだ、足が震えて、立てない…」
「へ?」
「え?」

 ハービンジャーと玄武が思わず間抜けな声を出すと、シラーはハービンジャーの胸に顔を埋めたまま震える声で続けた。

「三巨頭が相手とは言え、喧嘩しに来たわけじゃないし、尻尾巻いて逃げたらアテナの黄金聖闘士の名前を汚すことになるし、情けない姿なんて絶対に見せられない、逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ逃げちゃダメだって思って…」
「おいおい、どこのシンジ君だよお前は」
「必死に虚勢張ってたから、安心した途端に一気にガクッと来て…ああ…怖かったぁ…」
「立ってられないほどガクッと来るって…一体どんだけ気を張り詰めてたんだ?」
「猛禽類に狙われた兎の気分だったよ…はぁ…本当、君達が来てくれて助かった…僕一人じゃ帰れなかったよ、きっと。ありがとね、今は本気で感謝してる」
「『今は』は余計だ、バカ」

 涙目になって唇を震わせながらそれでも安堵のため息とともに笑顔を見せたシラーの額を軽く小突いて、さて…とハービンジャーは目をくるりと回した。通行 人がチラチラと好奇の眼や心配そうな眼を向けて来るので(シラーの姿は具合が悪くなって倒れたように見えるのだろう)、面倒なことになる前にさっさと引き 上げた方が良いだろう。ハービンジャーは自分の胸に倒れ込んでいたシラーの身体を支えて尋ねた。

「で、一人で歩けるか?」
「ん…まだちょっと膝が震えてるけど、何とか」
「転ぶといけないからな、手でも繋いでやろうか?」
「…本気の全力で遠慮するよ、恥ずかしい」

 ハービンジャーに倒れこんで支えられていたのが今更ながら恥ずかしくなったのか、頬を染めて身体を離しながらシラーがボソリと言った。
 そんな彼の姿にハービンジャーはニヤニヤしながら、玄武はあくまでも真顔で口を開いた。

「じゃあ、膝が笑ってるお前がスッ転んだら俺がお姫様だっこしてやるぜ!」
「しんどいようなら遠慮なく言えよ、おぶってやるから」
「…………。何かあった時は玄武に甘えることにするよ」
「えー?何でだよー、この胸を貸した仲じゃねーか!」
「この場に時貞がいたら君の胸を借りる前の時間まで巻き戻してもらうのにな」

 心底本気で呟いてぎこちなくシラーが歩き始めると、ハービンジャーと玄武は彼がいつひっくり返っても受け止められるように絶妙の距離を保って後に続いた。




 …名古屋駅にほど近いビルの一室。
 シラーと彼を追って行ったハービンジャーと玄武が戻って来るのを今か今かと待っていたパラドクスは、三人が帰って来る姿を見てほっと胸をなでおろした。貴鬼とミケーネも安心したように表情を和らげた。

「ああ、やっと帰って来た!遅かったじゃないの!」
「無事に帰ったか。…ああ、『無事に』という言葉も変だな、特にトラブルもなかったか?」
「三巨頭に掴まったとか言っていましたが、タナトス神には会えましたか?」
「結論から言うと、ダメだった」
「それってやっぱり、タナトス神が蟹座の黄金聖闘士を嫌ってるからって理由?」

 パラドクスの言葉に、どうして彼女がそれを知っているのかとシラーは怪訝そうな顔をしたが、先日の茶会で話したかもしれないと自己解決して頷いた。

「うん、つまりはそういう事。タナトス様はクリスマスイベントを成功させることで一杯だから、万が一にもお心に悪影響を与える様な事はされたくない…って 意味合いの話を、懇切丁寧にされたよ。イベントが終わったら出来るだけ早くタナトス様に話を通しておくって言われたから、僕もそれで引き下がって来た。 せっかくの楽しいイベントにケチをつけるような真似はしたくないしね」
「つまり、お礼を言うのは先延ばしになったけど、問題なく話は通したし約束も取り付けて来たってことね」
「そうなるね」
「そ。じゃあ…」

 何が『じゃあ』なのかとシラーが首を傾げると、不意にパラドクスの眼と髪が漆黒に染まった。
 え?と思った次の瞬間。

「…この馬鹿ガキがぁ!!」

 パァン!!
 パラドクスがシラーの頬を平手打ちした。

「!?!?!?!?」

 余りにも予想外の展開すぎてシラーだけでなく他の男性陣も眼を見開いてポカーンとする中、漆黒のパラドクスはキリキリと眉を吊り上げて怒鳴った。

「拳でなかっただけ有難く思え、このガキ!」
「え?え?…」
「神様が現れた絶好のチャンスをボサッとしてて取り逃がして、蟹座の黄金聖闘士を嫌っている死神に一人で会いに行って、皆に散々迷惑と心配かけて、電話も 無視して、黄金二人を迎えに行かせて、トロトロ歩いて戻ってきて、挙句ヘラヘラしながら『そうなるね〜』だと?ふざけるなこのクソガキ!バカ!いいや、バ カでは足りない、大バカ者だ!皆がどれだけお前を心配したか分かっているのか!?分かっていてその態度なのか!?だったら私がその根性を叩き直してやる、跪 け!!」
「…………」

 打たれた頬を押さえたまま呆然としているシラーの胸倉をパラドクスが掴むと、ハービンジャーと玄武が二人の間に割って入った。

「ちょ、待て待てパラドクス。事情くらい聞いてやってくれよ、マジで大変だったんだって!」
「シラーは三巨頭に掴まって電話を取れる状態じゃなかったし、病み上がりのコイツには三巨頭との話し合いは負担が大きすぎた。倒れずに帰って来ただけ褒めてやってもいいくらいだぞ、実際駅で一度倒れかけたしな」
「神ならともかく三巨頭とオハナシしただけで倒れかけたぁ?ふざけるな、お前それでもアテナの黄金聖闘士か!この軟弱者!!」
「パラドクス、もうその辺にしておけ。シラーが目覚めたのがほんの二日前だという事を忘れたか」
「大体、そんな事を言って今更シラーを責めて何になるのです」

 それまで黙っていたミケーネと貴鬼も真剣な顔でパラドクスを制したので、彼女は渋々口を閉じて胸倉を掴んでいた手を離した。
 パラドクスが手を離してもまだシラーは頬を押さえたままでぼんやりしているので、流石の漆黒のパラドクスも心配になって来たのか眉根を寄せて彼の顔を覗き込んだ。

「おい、シラー?どうした、さっきの一発で頭のネジでも飛んだか?」
「心配、した…」
「ん?」
「それって、本当?君も、皆も、心配してくれてたの?僕を?」

 バカかお前は。
 怒鳴りつけてやろうと口を開いたパラドクスは、自分を真っ直ぐ見つめるシラーの眼が酷く真剣なことに気付いて、一度息を吐いて冷静に言葉を吐き出した。

「…当たり前だ。『私』もお前を心配していた。勿論もう一人の私も、男連中も、本気でお前を心配していた。でなければ三巨頭と喧嘩する危険を冒してまでお前を追いかけて行ったり、ここでお前の帰りを棒立ちで待っていたりはしないだろう」
「そっか…本気で心配してくれたんだ、僕の事」

 頬を押さえたまま、シラーは微笑んだ。本当に、心の底から、嬉しそうに、唇を柔らかく綻ばせて。
 予想外の反応にパラドクスが怪訝そうに眉根を寄せると、シラーは打たれた頬をそっと撫でてクスリと笑った。

「ああ、今になって痛みを感じて来たよ。本気で手加減無しで叩いたんだね、パラドクス」
「何を笑っている?」
「君が、本気で僕を心配して、本気で怒ってくれたことが嬉しくてね。誰かに心から心配されて、心配かけたことで怒られるなんて…本当、一体何年ぶりだろ。本当の父さんと母さんが死んだ後は一度もなかった気がするよ」
「シラー、…………」
「心配かけてごめんね、パラドクス。それから心配してくれてありがとう。…皆も」

 シラーは子供のような素直な笑顔で仲間を見遣った。

「わざわざ僕を迎えに来てくれたり、待っててくれたりして、本当にありがとう。今日は心配かけてごめん、次からもう少し気をつけるよ」
「ん」
「私は成り行きで残っただけですけど…どういたしまして、と言っておきましょうか」
「あ、ああ…」
「何だよオイ、気持ち悪いくらい素直じゃねーか」
「ま…まぁ、ちゃんと反省しているならそれでいい。但し次は無いからな」
「肝に銘じておきます、パラドクスお姉様」

 シラーがいつもの飄々とした態度に戻って大袈裟に一礼すると、第二人格のパラドクスはひとつ頷いて第一人格に交代した。
 先程より穏やかな顔になったパラドクスは、もう一人の自分が叩いたシラーの頬に優しく触れて微笑んだ。

「本当は私も一発殴ってやろうと思ってたんだけど。ちゃんと反省してるみたいだから赦してあげるわ」
「あはは、ありがと…で、いいのかな」
「ところでさっきからずっと気になってたんだけど、その袋は何?ドーナツなんて買ってくる余裕があったの?」
「あ、それは俺も気になってた」
「ああ、これ?三巨頭の皆様からのお土産。『タナトス様に会わせてあげられなかったお詫びと言っては何ですが』って。行列に並んでる時に試食したけど、結構おいしかったよ。丁度十二個あるから皆で一個ずつ…」
「シラーを心配して残ってあげたこの六人で二個ずつ頂けばいいわね!」
「異議なーし!」
「そうと決まったらさっさと帰還するか。茶会会場は巨蟹宮だな?」
「勿論そうだろう。シラーの淹れる紅茶やコーヒーはプロ以上のものだったからな、貴鬼も一度味わってみると良い」
「ではお言葉に甘えて」
「君達さぁ…僕の宮は喫茶店じゃないんだけど…」

 シラーはわざとらしく呆れた表情を作ったが、すぐに唇を綻ばせて、仕方ないなぁ…と呟きながら頷いた。





 …それから半月余り。
 シラーのタナトスに対する謁見は「アテナと教皇シオンがヒュプノスに内々に打診した結果、クリスマスイベントが終了した後にパーティーを開催するのでそ の時にということで決まった」と連絡があった程度で、聖域にも冥界にも目立った動きはなく表面上は穏やかに過ぎて行った。
 タナトスに『一目惚れ』したシラーが彼がモデルをしたアクセサリーや雑誌を集めたり、彼のブログを読んだりツイッターをフォローしたり、聖闘士の自分は クリスマスイベントの観覧に行ってもいいのだろうかと悩んでいるうちに瞬く間に時は過ぎてクリスマスイベントの当日が訪れた。
 執事喫茶の手品は自宮のネット配信で観覧し、コンサートイベントは『アテナの護衛』という名目で会場に行って生で観覧し、残念ながらタナトスから直接クリスマスの菓子を貰う事は出来なかったが、それでもシラーは大満足だった。
 …そして会場を移して城戸沙織主宰のクリスマスパーティーが始まった。
 冥闘士と聖闘士全員、しかも聖域からは聖闘士達の師匠や弟子も参加している。そのため会場は壁が見えないほど広いし、友人がどこにいるかどころか顔見知 りでない者が聖闘士なのか冥闘士なのかも分からない。皆が気軽に交流できるようにとの配慮からパーティーは立食式だったから、挨拶を交わして名乗ってみた ら実は『仲間』だった、などという笑っていいのかどうか分からないハプニングなどもそこかしこで起きている。
 シラーはカクテルのグラスに形ばかり唇をつけて、会場の一角にいる神々の姿にそっと目をやった。冥界の神々とアテナが和やかな雰囲気で談笑しているが、 輪の中に教皇シオンの姿は無い。只者ではない方々がひとかたまりになっているので、聖闘士も冥闘士も挨拶に行くのすら躊躇っている状況なのだが…。

(僕がタナトス様にお礼を言う話はどうなったのかなぁ…ちょっと教皇を探して確認した方が良いかな)

 シラーがそんな事を考えていると、ハービンジャーとパラドクス、そして玄武が料理をのせた皿を持って近づいてきた。ハービンジャーはフライドチキンを骨ごとバリボリ噛み砕きながら、皿に山盛りにしたローストビーフをずいとシラーに差し出した。

「おいシラー、神様への挨拶が気になるのは分かるけどよ、ちったぁ何か食ったらどうだ?パーティーが始まってからほとんど何も食べてないだろ?アテナが用意させただけあってどれも美味いぞ!」
「え?あ、うん、挨拶したら食べるよ」
「全くもう、シラーったら。タナトス様にお礼だけ言ってすぐ帰って来るつもりなの?雑談の輪に入れられて料理の話題が出たらどうするつもり?まだ何も食べてません、なんて言ったら場が白けるわよ」
「話のネタになりそうな物は食べてみたらどうだ。蟹爪フライと蟹の握り寿司を取って来たぞ」
「それもそうか。じゃあ有難く頂くよ」

 差し出された料理を順番に口に入れていたシラーがふと手を止めて顔から笑みを消した。
 シラーの表情の変化に気付いて彼の視線を追ったハービンジャーと玄武も眼差しをきつくして、パラドクスは男性陣の反応に怪訝そうな顔をしつつ、近づいてくる二人組を見遣った。
 二人組の片方、長い銀髪の男がシラーに会釈した。

「お久しぶりですね、アテナの黄金聖闘士の皆様」
「そうだね。二週間…いや、三週間ぶりくらいかな。冥界三巨頭の一人、天貴星グリフォンのミーノスさん…だったね」
「おや、覚えていて下さいましたか。ならば話は早い、タナトス様への謁見の話ですが」
「…うん」
「お陰様でイベントは大成功、タナトス様のご機嫌も非常に麗しい。そしてヒュプノス様を通してさりげなく探りを入れて頂いたところ、『タナトスの蟹座に対する悪印象は既に過去のものになっている。いつでも好きな時に挨拶に来るが良い』とお言葉を頂きました」
「…………」
「早速タナトス様にお取り次ぎしたいのですが、その前にあなたに会わせたい者がいるのです。…ルコ」

 表情を緊張させるシラーを面白そうに見ながら、ミーノスは傍らにいた男を促した。柔和な顔立ちの壮年の男だ。どうやら冥闘士のようだが、生憎とシラーはその男に見覚えがなかった。
 男は丁寧に会釈すると穏やかに笑んだまま口を開いた。

「初めまして、が適切でしょうか。私は天立星ドリュアスのルコ。冥王軍の医者でございます」
「冥王軍の医者…」

 オウム返しに呟いてシラーは目を瞬いた。
 確か、先日ミーノスに会った時に彼はこう言っていた。『私はあなたを医者の所に運んだだけ』と。…と、いうことは。

「では、あなたが僕を治療してくれた?」
「はい。怪我も病気も一つも残らぬよう徹底的に治療しろ、とタナトス様に命じられまして…。出来る限りの事は致しましたが、お身体の調子は如何ですか?具合の悪いところなどございませんか?」
「何も無いよ。むしろ以前より調子が良いくらいだ。あなたにもお礼を言わなきゃね。ありがとう、感謝してる」
「それを伺って安心しました。これでようやく私も、タナトス様に与えられた任務遂行完了の報告を出来るというもの」
「では、善は急げです。早速タナトス様にお会いするとしましょう。どうぞ、お友達の皆さんもご一緒に」

 ミーノスがルコとシラーを促して、ハービンジャーと玄武とパラドクスもその後に付いて行った。



 
 シラーがミーノスと話をしている間に、神様達のグループは更にメンバーが増えていた。そこそこ顔見知りの星矢と一輝・瞬兄弟、初めて見るミニスカ サンタ姿の娘や(どうやらこのサンタも女神らしい)、トナカイの着ぐるみを着て頭部だけを外した美貌の女性(彼女も女神のようだ)が加わっている。
 一行の姿に気付いたアテナは意味深に笑って目配せし、トナカイの着ぐるみの頭部を抱えたヒュプノスはミーノスと視線を交わした。そんなアテ ナとヒュプノスの様子に気付いた風もなく、トナカイコスの女神の口に料理を運んでやっていたタナトスが『どうかしたか?』と言いたげな眼を向けて来た。
 神に目を向けられて身体を固くするシラーを一瞥して、ミーノスは優雅な足取りでタナトスに近づいた。

「失礼します、タナトス様。以前タナトス様がルコにお命じになった『蟹座の黄金聖闘士の治療』の件でご報告を」
「ん?」
「なにそれ、何の話?」
「エリス様は御存知ありませんか?半年ほど前…冥界と聖域の和解が成立した直後、異界の神を名乗る者が地上に侵攻してきたのです」
「え?何それ。初耳なんだけど」
「実はですね…」

 ミーノスは要点だけをかいつまんで…先日双子神が三巨頭を伴って地上を訪れた際、タナトスに命を救われた蟹座の黄金聖闘士が礼を言いに一行を追いかけて来たが、三巨頭の判断で謁見の機会は改めるよう要請したことも含めて…説明した。

「…と言う訳で、蟹座の彼に関しては、アテナにお任せした方がよろしいでしょうか」
「そうですね。ではタナトス殿、改めて紹介しますわ。…シラー」
「ハ」

 呼ばれたシラーはぎくしゃくとアテナの隣に歩み寄ると、丁寧に会釈した。
 彼を見遣った見たタナトスがアテナに視線を移すと、女神は柔らかく微笑んで口を開いた。

「この時代の蟹座の黄金聖闘士、シラーです」
「初めまして、シラーと申します。あ…あの時は、本当に、ありがとうございました。お礼を申し上げる言葉も見つかりません」
「タナトス殿に注がれた死の小宇宙がほとんど抜けたようで、今月の始めに意識を取り戻しましたの。本来ならすぐにあなたにお礼を申し上げたかったのですけれ ど、クリスマスイベントの準備と重なってタナトス殿のスケジュールが一杯だった事と、シラーの様子も少し見た方が良いだろうと私が判断したこともあってお 礼を言うのが遅れてしまって…ごめんなさい。失礼をお許しくださいね」
「いや、あなたが謝る事ではないだろう。確かに俺の頭は今日までイベントのことで一杯だった故な、聖闘士を助けた礼をしたいと言われても、碌に話も聞かずに 『後にしてくれ』と言っていただろう。…そうか、お前があの時俺が黄泉比良坂で見つけた黄金聖闘士か。ほう…あの時は気付かなかったが、なかなか見目麗しいでは ないか。今時の言葉で言うと『テライケメン』と言う奴か?」

 シラーに改めて目を向けたタナトスが銀色の眼を眇めて面白そうに笑った。
 そのあまりの美しさに言葉を失い、息を呑んで小刻みに指先を震わせるシラーに、銀の死神は親しげに声をかけた。

「それで、身体の方は問題ないのか?」
「は…はい。怪我も病気も治して頂けましたので、もう何も」
「そうか。ルコは俺が無茶振りした命令を忠実に遂行した訳だな」

 冗談交じりに言いながらルコに笑みを見せたタナトスはシラーに視線を戻した。

「無事に目覚め、そして息災なようで何よりだ。今後は、俺が地上を訪ねた際には世話になることもあろう。その時はよろしく頼むぞ」
「…仰せの通りに」

 シラーはタナトス神の言葉に最敬礼した。
 感謝の言葉も憧れの死神に謁見した感激の言葉も語りつくせないほどあったはずなのに、いざ本人を目の前にしたら心も声も身体も震えて何も言葉が出て来ない。
 そんなシラーの状況を察したのか、後ろにそっとついてきていたハービンジャーとパラドクスと玄武も丁寧に冥界の神々に会釈してその場を離れた。




 …何となく押し黙ったままアルコールが飲めるカウンターにやって来た聖闘士達は、一気に脱力して盛大に息を吐き出した。シラーに至っては半ばカウンターに突っ伏している。
 アルコールを注文したハービンジャーは、肩の筋肉をほぐすようにグルグル回してシラーを見遣った。

「っはぁ〜この間三巨頭に会った時以上に緊張したぜ。けどまぁ、無事に済んで良かったじゃねーか!」
「神様だからさぞかし近づきがたいオーラをバリバリ出してるんだろうと思ってたら、案外気さくな感じだったわね」
「シラーを助けたことすら忘れてるような雰囲気だったけどな、あの神様」
「いいじゃねーか。悪印象バッチリのまま覚えてられるより、『誰お前?』って言われる方がずっとマシだろ。ほれ、酒でも飲んで景気づけと行こうぜ!」
「…………。そう、だね」

 差し出されたブラッディ・マリーのグラスを受け取ったシラーが窓の外に目をやると、白い雪がふわふわと舞い降りていた。
 …メリー・クリスマス。
 そっと呟いてシラーは真紅の液体に唇を付けた。



 …それからしばらくの時が流れ。
 シラーは師匠であるデスマスクと共に教皇シオンに呼び出され教皇宮を訪ねていた。呼び出された用件は『久しぶりに聖域に復帰した聖闘士がいるので紹介しておきたい』だったのだが…。
 シラーは緩く小首を傾げて師に尋ねた。

「聖闘士が復帰するから紹介したいというのは分かるけど、何故シオン様は僕と師匠だけを呼び出したんです?」
「そんなん俺が聞きてーわ」
「あれっ、師匠も知らないんですか」
「あのジジイの考える事は昔っからよく分かんねーんだよな。俺とお前の共通点なんて蟹座の黄金ってだけじゃん?」

 師弟揃って頭の上にクエスチョンマークをつけていると、扉が開いて教皇シオンが姿を見せた。挨拶をしようとした蟹師弟はシオンの後ろに童虎まで付いて来 た事にギョッとして、その後ろにデスマスクそっくりの男がついてきているのを見て更に驚き、半端な姿勢で固まった。自分のソックリさんに驚いたのはその男も同じ だったらしく、デスマスクを何ともいえない顔でまじまじと見ている。
 シオンと童虎はそんな蟹師弟と『デスマスクのそっくりさん』を面白そうに見ながら双方を引き合わせた。

「紹介しよう。こちらは、先日の異世界の双子神誘拐事件の折に、冥王ハーデスの思い付き…ああいや、心にくい計らいによってこの時代に甦った私達の同期、元蟹座の黄金聖闘士 マニゴルドだ。マニゴルド、こちらは我々と共に最後の聖戦を戦った蟹座のデスマスク、そしてこちらはデスマスクの弟子で現役の蟹座の黄金聖闘士、シラーだ」
「あー…初めまして。シオンや童虎と同じ時代に蟹座の黄金やってた、マニゴルドです。何かもう、自分でも色々と意味不明な状況なんだけど、一応『よろしく』って言っときゃいいのかね?」
「えーと…は、初めまして。元蟹座のデスマスクです。よろしく…でいいのか?」
「…シラーです。あなたの事は教皇から伺いました。先の聖戦でタナトス神を封印する偉業を成し遂げたとか」
「え、何、俺ってばそんな美化されちゃってんの?死神様を封印したのはお師匠で、俺はその手伝いをやっただけなんだけど…」

 照れ臭そうに頭を掻くマニゴルドをシラーが複雑な眼で見つめていると、彼の心情を察したようにシオンが口を開いた。

「アテナとも話し合った結果、マニゴルドには冥界の窓口担当業務を任せることにした。元黄金聖闘士で、冥界に通じる能力があり、現教皇のシオンとも同期、 タナトス神とも顔見知り。正に適任…というのが建前上の理由だ。タナトス神も快く了承して下さったし特に問題はなかろうが、二百数十年ぶりに地上に甦った 彼は色々と戸惑う事も多かろう。同じ蟹座同士、仲良くやってくれると有難い」
「はぁ…なるほど。それで俺とシラーにお呼びが掛かったって訳ですか。オッケーオッケー、いいっスよ、何か困ったことがあったら遠慮なく言って下さいよ。頼りになる奴に丸投げますから。なっ、シラー」
「そこは『頼りになる奴に交代する』って言おうよ、師匠。…まぁいいや、教皇の御命令だし逆らう理由も無いし、出来る範囲でお手伝いするよ。どうぞよろしく、『マニゴルド先輩』…で、いいのかな」
「…おう」

 シラーの言葉に何か引っかかるものを感じたのか、マニゴルドが微妙な顔で曖昧に答えると、デスマスクがニヤニヤしながらシラーの頭をくしゃりと撫でた。

「あー…この馬鹿弟子シラーちゃんなんですがね、先日ポカやって死にかけた時にタナトス様に助けてもらって、以来タナトス様の熱烈な大ファンなんスよ。同 時に『偉大な先輩』に対してアコガレとかコンプレックスとか持っちゃってるヤヤコシイお年頃の現代っ子なんで、ひろーい心で赦してやって下さいよ、『マニ ゴルド先輩』」
「ちょ、師匠…!」
「ハァ?蟹座の黄金がタナトス様に助けられた?でもって熱烈な大ファン?なんだそりゃ、マジか?」
「マジマジ。掛け値なしのマジっスよ」
「はぁ〜…シオンや童虎が時代は変わったって連呼してたけど、本当に変わったんだなぁ。へぇ〜〜〜」
「と言う訳でシラー、マニゴルド先輩と仲良くするんだぞ。冥界担当の先輩と仲良くしとけば、先輩後輩のコネでタナトス様と個人的に仲良くなれるチャンスが出来るかもしれないからなっ!」
「本当にもう、何言ってるのさ師匠!そんな都合の良い話…」

 あるわけないよ、とシラーはボソリと呟いた。
 マニゴルドが冥界担当の役割に就くのをタナトス神が快く了承したとは言え、それはあくまで仕事上の接点ができると言うだけで、仮にそれがきっかけでタナ トスとマニゴルドが親交を深めたとしても、蟹座の後輩だと言うだけで自分がタナトス神と個人的に仲良くなれるなんて、そんな都合のいい夢みたいな話がそうそ うあるはずない。世の中そんなに甘くない。
 と、この時のシラーは思っていた。
 思っていたのだが…



 …マニゴルドがタナトスのマネージャーに就任したという噂を聞いたシラーが、マニゴルドに頼みこんでタナトスと個人的にお喋りする茶会を設けてもらった数日後。
 任務を終えて自宮に帰ってきたシラーがいつものようにタナトスのブログやツイッターを眺めていると、パソコンの横に置いた携帯が鳴りだした。着信画面を見ると『マニゴルド先輩』の文字。
 一体何の用事だろう?と首を捻りながらシラーは電話を取った。

「もしもし?」
『シラーか。マニゴルドだ。あのさ、突然なんだけどよ、お前、次の日曜予定空いてるか?』
「次の日曜?…そうだね、特にこれと言った予定はないけど。それが何か?」
『ああ…その、実はなぁ…』

 電話口でマニゴルドはらしくもなく歯切れ悪く言い淀み、数秒の沈黙を挟んで微妙極まりない口調で用件を告げた。

『あのな…タナトス様が、またお前に会いたいって言ってるんだよ。今度は、冥妃様が店長をやってるエルミタージュ洋菓子店を会場にしたいんだと』
「………………」

 …世の中はそんなに甘くもないがそんなに辛くもなく、都合の良い夢みたいな話はそうそうないがごくごく稀にはあるという事をシラーが知るのは、この数分後のことになる。

END


星矢部屋
総合目次
SS・2012時代
SS・神話時代
SS・蟹座達


  当初の予定では前後編だったなんて嘘だろうと思うほど伸びまくった『拝謁』もこれにて完結!です。どこで話を終わらせるか散々悩んだのですが、「シラー がタナトス(と、ルコ)に直接礼を言う」部分はけじめをつける為にも入れないとね、と思ってこうなりました。お礼を言った部分で話を終わらせるとどうにも 座りが悪い感じがしたのでSS「溜息」前後にちょっと繋がる感じの終わり方にしてみました。タナトスはシラーさんを助けた事をこの時点では綺麗さっぱり 忘れてますし、SS「溜息」でインパクト抜群の再会をするまでまたシラーさんの事は忘れています(笑)。
 前回、シラーさんは三巨頭相手に堂々と渡り合っていましたが、それは必死に虚勢を張ってたという事で。気が抜けてへなへなと腰が砕けて、ハビさんに支え てもらう展開は絶対入れよう!そしてパラさんにビンタとお説教を食らう展開も絶対入れよう!と思っていました。シラーさんをビンタするパラさんは第一人格 か第二人格か散々悩んで、第二人格パラさんもシラーさんを心配してたという事にしよう、と思って第二人格になりました。腰砕けになったシラーさんをハビさ んがお姫様だっこしてくれないか考えたのでですが、脳内シラーさんと玄武君に猛抗議されて没になりました。
 ちなみにカウンターで黄金の皆が飲んだのは、ハビさん=カルーアミルク、シラーさん=ブラッディ・マリー、パラさん=ホワイト・アレキサンダー、玄武君 =ジンジャーエール、です。骨にこだわるハビさんはミルク入り、シラーさんが真っ赤なカクテルはお約束、パラさんはホワイトクリスマスらしく白いものを、 玄武君は当サイト設定では未成年なのでジュース。パーティーその後の様子も描写しようかなと思ったのですが、本編とは直接関係ないので没に。多分、以前ブ ログでネタにした感じだったんじゃないかなと思っています。↓ブログネタ

 Ω黄金がクリスマスイベント参加したらどうなるか考えてみたんですが、ハビさんはノリノリでサンタコスしそう。で、骨付きフライドチキンを骨ごと噛み砕 いてパラさんとかシラーさんに「ちょ、おま…」って言われそう。パラさんはミニスカサンタでもシックなドレスでもどっちでもOK
 シラーさんはサンタもトナカイも似合わなさそうだし(本人も全力拒否しそうだし)バーテンダーやって下さい。タナトス様と一緒に。絶対あの人、色んなカ クテルをちょちょいっと作ってお喋りもそつなくこなすよ。で、酔った客が暴れたら営業用スマイル+積尸気冥界波で強制退店させるんだ。
 ミケさんは無表情でサンタやってもトナカイやっても不思議と馴染みそう。フドウさんは…仏教徒っぽいけどパーティー来るのかな。あの私服(?)でサンタ 帽子だけ被っててもシュールでよろしい。玄武君はコスとかしないで普通にパーティー楽しみそう。イオニアはサンタコスが全く違和感ない。
 で、バーテンやってるシラーさんのところにハビさんが蟹爪フライとか蟹クリームグラタンとか蟹のピザとか持って行って「蟹しゃぶ食おうぜ!」と言ってイ ヤーな顔されればいいバーなのに「牛乳くれ」と言ってカルーアミルク出されると。で、「ここはバーだよ?子供じゃないんだから相応しい注文をしなよ」とシ ラーさんにしかめっ面で言われて、「じゃあブラッディマリーに蟹爪乗せてくれ」とからかって、雑に作ったカルーアミルク叩きつけられればいいと思います (蟹爪ののったブラッディマリー=溶岩におっこちたシラーさんの暗喩、というものすごい嫌がらせ)。

ハビ 「これ、この間のお前(笑)」
シラー 「………(無言で顔面パンチ)」→殴り合いの喧嘩
パラ 「ちょっとちょっと、二人ともそのくらいで暴力に訴えるのは大人気ないわよ?アテナ様だっておっしゃってるじゃない、『汝の敵を愛せよ』…」→ カクテル入りのグラスが飛んできてパラさんにヒット
裏パラ 「女が仲裁してるのに無視するなんて何事だ、ゴミ虫どもがーーー!!!土下座して詫びろぉぉーーーー!!!」
シラー&ハビさんに全力腹パン→牛&蟹殴られた腹を抱えて「マジサ―セン」まで想像…。ハビさんパラさんシラーさんは良いトリオだなと思います。パラさんは色んな意味で最強だといい(笑)。

 他のメンバーですが、パラさんはクリスマスらしいオシャレなカクテル飲んでそう。玄武君もバーに来るけど「君は未成年だろ」とジュース出される。ミケさ んはウォッカとかをチビチビやってそう。で、女の子状態パン太(セクシー衣装)がやってきて男性陣が見とれるんだけど、タナトス様が「中身は男だぞ」とバ ラして夢がコナゴナ。そんなクリスマス。

 そして、ハビさんとシラーさんのだべりもネタを練っていたのですが、雰囲気的に合わないかな?と思ったので本編に入れず、ここで公開してみます。
 没になっただべり部分↓

 日課の「朝飯前ジョギング」を終えたハービンジャーは、向こう一週間分のスケジュール表を渡すという名目で巨蟹宮に入り込み、いつものようにシラーに朝 食を用意してもらっていた。ミルクたっぷりのカフェオレをお代わりしつつ、二枚目のトーストにピーナツバターを塗って齧りついたハービンジャーは、妙に緩 慢な動きでロールパンにマーマレードを塗っているシラーの姿に首を傾げた。シラーは元々そんなに量を食べない方だが、それにしても今朝は食べる量が少なす ぎる気がした。
 ウィンナーと茸とチーズ入りのオムレツをフォークで崩しながらハービンジャーはシラーに声をかけた。

「どうしたんだよシラー、全然食ってねぇな。どっか具合でも悪いのか?それなら遠慮せずに言うんだぞ、あの冥界の医者を呼んでくれるように俺が教皇に頼みに行くからよ」
「あ…身体は別に問題ないよ。ちょっと考え事をしてただけ」
「そーいやお前、この頃ボケっとしてる事が多いよな。上の空っつーか、心ここにあらずっつーか。何か悩んでる事でもあんのか?」
「ん…」

 ロールパンを一口飲みこんで、シラーはテーブルに頬杖をついてポツリと尋ねた。

「ねぇ、ハービンジャー。君は誰かに恋をした事、ある?」
「………………」

 オムレツを崩すハービンジャーの手が止まった。
 …鈍感さと空気の読めなさに定評のある牡牛座だが、頭が悪いわけでは決してないし、一般的に『常識』と定義される価値観も(自身をその枠に当て嵌めるか 否かは別にして)きちんと理解も把握もしている。そして持ち前の図々しさと積極性で、他の仲間は知らないようなシラーの個人情報も知っているし、自分こそ シラーの一番の親友で理解者だと自負もしている。
 そんなハービンジャーの脳味噌は、シラーの爆弾発言に一気にフル稼働した。
 シラーが『君は恋をした事がある?』と質問したということはつまり、彼は誰かに恋をした(可能性がある)と言う事だ。恋愛経験は豊富そうなシラーだが、 実際は生きる為に『恋愛ごっこ』の経験を重ねてきただけに過ぎず、『普通の』恋愛をした事がないのはハービンジャーも知っていた。遠距離恋愛中の恋人はい るが、『養父の情報を探るために恋愛ごっこを続けているうちに情が湧いて、特に別れる理由もないから交際を続けているが、どちらかに別に好きな人が出来た らうらみっこなしでさっぱり別れよう』程度のあっさりした関係だと聞いている。だから、シラーが『彼女』以外の誰かに恋をしたならお別れすることに問題は 無いはずではあるが、面倒なことにシラーの恋人はシラーの養父の実の娘だ。双方の親が勝手に二人を結婚させる気でいる以上、どちらから別れ話を切り出して も揉めること必至だろう。勿論自分はシラーの味方になるつもりだが、そうなった時に自分は何ができるだろう?
 …と、コンマ数秒で考えたハービンジャーは、オムレツを一切れ口に運んでゆっくりと咀嚼し嚥下してから口を開いた。

「お、このオムレツうめーな。あ、あと俺は恋なんてロマンチックな体験した事は無いぜ。多分聖域の野郎聖闘士の大半はそうなんじゃねーかな」
「…そっか」
「俺にそんなこと聞くって事は、お前は誰かに恋をしたのか?」
「それが分からないんだよね。どうしようもなく惹かれてるのは確かなんだけど」
「へー。お前を上の空にするほど惹きつけてんのは一体どこのどなた様だ?」
「タナトス様」
「………………」

 三枚目のトーストに伸ばしかけたハービンジャーの手が止まった。
 普通の人間がこの台詞を聞いたら、相手が神様、しかも同性と言う時点で『アホか』と呆れて終わっただろう。しかしハービンジャーは普通ではなかった。常識を理解も把握もしているが、常識の枠には囚われない彼は三枚目のトーストにバターを塗りながら真剣に考えた。

「シラーよぉ…それってかなりのレアケースじゃねーか?神様っつーのは、もともとすげぇ魅力をデフォで持ってるもんだろ?ついでにタナトス様はお前の命の 恩人だろ。お前が上の空になるほどタナトス神に惹かれるのは何も不思議じゃねーけど、それって恋か?…って、それが分かんねーから聞いたんだったな」
「うん。この感情が恋なのか、憧憬なのか、尊敬なのか、判別できなくて悩んでてさ」
「判別できないと何か困るのか?」
「僕がタナトス様に恋をしたのだったら、今の彼女と交際を続けるのは問題だろ」
「ん?じゃあ彼女に対する気持ちは冷めちまったのか?」
「それは無い。彼女に対する気持ちに変わりはないよ」
「じゃあ、タナトス神とヤリたいとか、アッチ方面の欲求みてーなもんはあるか?」

 男同士の気安さであっさりとハービンジャーが尋ねると、妙なところで無神経なシラーはスティールブルーの眼をくるりと回して思案顔になった。

「僕にはないけど。でも、タナトス様がお望みなら受け入れることに吝かではない、かな」
「ううーむ…難しい問題だな。いくら相手が人間の常識に当てはまらない神様とはいえ、関係を持ったらフタマタっつーか浮気したことになるだろうしな」
「そうなんだよねぇ」

 傍から聞いていたら突っ込みどころ満載の会話を大真面目に交わしたハービンジャーは、三枚目のトーストとオムレツを食べ終える間真剣に考え、結論を出した。

「すまん、シラー。俺じゃお前の悩みを解決する力にはなれねーわ。惚れた相手が男なら、女に相談した方が良いだろ。パラドクスは現在進行形で恋する乙女だし、俺よりずっと為になるアドバイスをしてくれるんじゃねーか?」
「…そうか、確かにそうだね。うん、君の言う通りだ。食事が済んだらパラドクスのところに相談に行ってみるよ」