| 十日後、バレンタインデー。 諸々の任務が一段落したシラーは、お手製のチョコブラウニーを聖闘士仲間に配っていた。白羊宮の貴鬼羅喜師弟に洋菓子店のチョコと一緒に渡し、無人の金 牛宮を素通りし、双児宮のパラドクスに『そろそろハービンジャーさんを迎えに行ってあげたら?』と笑顔で言われ、獅子宮のミケーネに『これは日本流のバレ ンタインだよ』と説明してチョコを渡し、処女宮のフドウにもパラドクスと同じ事を言われ、微妙に複雑な気持ちで天秤宮の玄武を訪ねた。 チョコブラウニーを差し出された玄武は妙にうろたえておずおずと箱を受け取り、あー、とか、うー、とか、言葉にならない呻き声をいくつか漏らして、何故か頬を赤くしながらボソッと尋ねた。 「あの、な、シラー。これは何チョコなんだ?」 「何チョコって…ブラウニーだよ。ケーキとクッキーの中間みたいな食感のお菓子で…」 「あ、いや、そうじゃなく。バレンタインのチョコは色々あるんだろう?その、ほら、義理とか、本命とか、友とか、パパとか、自分用とか…」 「ああ、そっち?それは考えてなかったなぁ…パパチョコではないのは確かだし、義理でもないと思うけど…この場合どのカテゴリに入るのかなぁ?」 「…………」 内心かなりドキドキしながら固唾を呑んで答えを待っている玄武には気づかぬ様子で思案したシラーは、にこりと笑って答えを言った。 「君は僕の大事な友人だし、『本命の友チョコ』かな」 「そ…そうか。本命…の、友チョコか。うん…うん、そうか。ありがとう。大事に食わせてもらう」 「ふふ。ホワイトデーのお返し、楽しみにしてるよ」 にこりと笑ってシラーが天蠍宮に向かうと、ソニアが両手で顔を覆ってソファにへたり込んでいた。テーブルの上には綺麗にラッピングされたチョコが置いてある。確か彼女は、バレンタインに備えてチョコの試作を繰り返していたはずだが…。 「ソニア?どうしたの、チョコの作成がうまくいかなかったのかい?」 「…………」 チョコを渡して告白したけど振られたのか、と尋ねないのはシラーの優しさである。 シラーの言葉にソニアは力なく首を横に振って絞り出すような声で言った。 「今朝な、父様に手作りのパパチョコを渡したのだ…父様はとても喜んでチョコを全部食べてくれて…そして、腹を下して入院してしまったのだ…」 「…………」 「エデン達にも『私の手作りチョコをあげるぞ』と言ってしまったのだ…でも、腹を下すようなチョコをプレゼントするわけには…」 「えっ…と、それは、その、君のお父様は、チョコを食べ過ぎただけじゃないのかな」 「今朝ひとつ食べた叔父上は、数時間トイレにこもったそうだ…」 「…………」 「フフ…こんなこともあろうかと市販のチョコを買っておいてよかった…」 「あ、あのさソニア。これ、僕がプロのレクチャーを受けて作ったチョコブラウニーなんだけど。これを、君が作ったって事にして渡したらどうかな?自分で言うのもなんだけど『素人が頑張った』レベルの味になってると思うし」 「…………」 ソニアは顔を上げてチョコの箱を受け取り、蓋を開けて中身をしげしげと眺めた。 安っぽいレースペーパーを敷いた箱には大きさも形も不揃いのブラウニーが手作り感満載に並んでいる。ひとつ食べてみると、シラーの言うとおり『素人が頑張った』以上でも以下でもない、ほどほどの美味しさだった。 「あ…ありがとう、シラー。今回はお言葉に甘えることにする」 「ん。お役に立てたなら僕も嬉しいよ」 「そうだ、お礼にこれを。私が作ったバレンタインチョコだ!」 「…………。あ、ありがとう」 これを全部食べたお父上は入院して、ひとつ食べたアモールはトイレにこもったとか言ってなかったっけ…と思いつつ、シラーはソニアのチョコを受け取って次の宮に向かった。 人馬宮、磨羯宮、宝瓶宮にチョコを届けたシラーは、双魚宮の扉をそっとノックして開けた。 …アモールの姿は見えない。 ひょっとして、ソニアのチョコの影響がまだ残っててトイレにこもってるんだろうか。だったら胃腸薬でも処方して持ってきてあげればよかったかな。 そんなことを考えながら宮の中に数歩足を踏み入れた途端。 物陰に隠れていたアモールが後ろからシラーに抱きつくなり尻を触ってきた。 「お待ちしていましたよマイスイートハニー☆あなたがその手に持っているのはバレンタインのチョコですね?ありがたく頂戴しますよ、何なら一緒にお茶など如何ですか?」 「どわーーーーーーー!?!?」 思わずシラーが絶叫した次の瞬間。 ドゴッ!!! 双魚宮に飛び込んできた玄武がアモールに飛び蹴りをかました。不意をつかれたアモールはお約束の悲鳴を上げて床にずっこけた。 「ひでぶっ!!」 「玄武?どうしてここに?」 「お前がアモールの宮に行ったらまた何かされるんじゃないかと思ってな、追ってきたんだ。案の定だったな」 「くっ…正義のヒーロー気取りですか、玄武。カッコイイじゃないですか全くもう!」 「フッ」 「そうだね、口の回りにチョコが付いてなかったらカッコよかったのにねぇ」 「あ…」 赤面しながら口の周りを拭う玄武に笑顔を見せて、シラーはアモールに『ソニアお手製の』チョコを差し出した。 「そういうわけで、これ。バレンタインのチョコだよ」 「いやいやいや、ちょっと待ってください。これはソニアの作った破壊力抜群のチョコですよね?」 「バレンタインのチョコだよ」 「シラーあなた、分かって言ってますよね!?」 「アモール。僕から君への、友チョコだよ。君以外にこれを渡せる人なんていないんだ」 「何ですかそのドS全開の微笑みは!こんなもので、こんなもので私が喜ぶとでも思っているんですか!!」 「うん、思ってる。これでも僕は君のことを良く分かってるつもりだよ」 「何と言う殺し文句!いやまぁ確かにあなたの言動行動は嬉しいですけど!気持ちいいですけど!」 頬を赤くして目に星を入れてアモールが嬉しそうにソニアのチョコを受け取った。 そして、ウキウキと包みを開けてひとつ口に放り込んで。 途端に顔色を変えて宮の奥へと戻って行った。 アモールの後姿を見送って玄武はボソッと呟いた。 「さすが、『素敵な超ウルトラスーパースペシャルなドMで変態』の名を欲しいままにする男だな」 「本当、期待を裏切らないねぇ。あれで変なセクハラ癖さえなければ、僕も彼と魚介類コンビでつるむことに吝かじゃないんだけど」 「あんなド変態とつるむ必要なんてないだろう。そもそもアモールのセクハラ癖が治るとも思えん」 「まぁね。アモールからセクハラ取ったらドMしか残らないし。…今回の件でドM属性がなくなったらつまらない…じゃないや、お腹を壊して入院じゃ気の毒だから、あとで胃腸薬を届けてあげようかな」 「お前のお人よしも大概だな」 …何となく帰るタイミングを逃した玄武と一緒に教皇宮に向かうと、教皇シオンが笑顔で二人を出迎えた。 「シラー、ちょうどいいところに」 「何かありましたか?」 「うむ。先程冥界から連絡があってな、タナトス神がお前とマニゴルドをお呼びだそうだ。何でも、タナトス神宛にバレンタインのチョコが大量に届いたので、お前達にエリシオンまで届けて欲しいとか…」 「タナトス様が…!畏まりました、先輩と連絡が取れ次第冥界に向かいます」 「それからもうひとつ。『牡牛座の手を借りた第一獄の復旧に目処がついたので、いつでも連れ帰ってよい』そうだ」 「…聖闘士をタダ働きさせたくせに随分と上から目線だな」 「そういわないでよ玄武。ハービンジャーを冥界に一方的に送り込んだのは僕なんだから、僕が迎えに行くのが筋ってものだよ。分かりました、タナトス様の用事が終わりましたらハービンジャーを迎えに行ってきます」 「ああ、頼む」 ハービンジャーを連れて帰っていい、と言われたシラーがホッと嬉しそうに笑うのを、シオンも玄武もきちんと気付いていた。 ………… エリシオンでの茶会が終わった後、シラーは冥界三巨頭の一人ミーノスに連れられて第一獄の裁きの館を訪ねていた。 副官のルネが衣擦れの音もさせないほど堅苦しい所作で一礼して、館の応接間に二人を案内した。 あてがわれた椅子に小さくなって居心地悪そうに座っていたハービンジャーは、シラーを見るなりパッと顔を輝かせて立ち上がった。 「迎えに来たよ、ハービンジャー」 「おおおおおシラーちゃぁぁぁぁん!!」 目を潤ませたハービンジャーはシラーに駆け寄るなり思い切り抱きついた。シラーの骨がバキバキ言っているのはお構いなしである。 「あいたたた!!」 「一日先週の思いで待ってたぜぇぇぇぇ!もー思いっきりアウェーだし片付けるのはクソ重要な本ばっかりだし一歩でも館を出ればお化けやゾンビがうじゃう じゃだしマジでこえーしミーノスとルネは嫌味で高慢ちきでとっつきにくいしさぁぁ!!メシは美味いし寝床は雑魚寝だけどフカフカだったから良かったけど よぉぉ!!パンタソスちゃんのフトモモ眺めながら俺、頑張ったぜぇぇぇぇ!迎えに来てくれてマジありがとな、愛してるぜシラーちゃぁぁん!!」 「本人達目の前にして悪口言うなとかパンタソス様は男神だとか何気に楽しんでたじゃないかとか色々突っ込みたいけど、まずその誤解を招く言動と行動をやめてくれないかな!それから離してくれ、本気で痛い!」 半べそで縋りつくハービンジャーを必死に押し返して力づくで引き剥がし、笑いをこらえているミーノスとひたすら無表情のルネに礼を言って二人は第一獄を後にした。 おっかなびっくりシラーの後をついてくるハービンジャーは、自分よりもずっと細い腕を掴んで落ち着きなく尋ねた。 「なぁなぁシラーちゃんよー。お前の特殊能力でばびゅん!と巨蟹宮まで戻れねーのか?」 「そんなことは無理だよ。アテナの聖闘士の僕の力で行き来ができるのは冥界の入り口である黄泉比良坂までさ。あの場所は一応アテナの管轄だからね」 「うう…亡者やゾンビがくっついてきたりしないだろうなぁ…」 「くっついてきたら僕がちゃんと冥界に追い返すから安心していいよ。戻ったら僕お手製のバレンタインのチョコと美味しいコーヒーをご馳走するからさ、もう少しだけ頑張りなよ。ね?」 「おう…」 シラーが優しく笑んでハービンジャーの肩をぽんぽんと叩くと、ハービンジャーは子供のように素直に頷いた。 年下のシラーから小さな子供にそうするようにされたのが気恥ずかしくなったのか、ハービンジャーは掴んでいた腕を離してポケットに突っ込み、しばらくモジモジしてから明後日の方を見てボソッと言った。 「…あのさ、シラー。ちょっと頼みがあるんだけどよ」 「何?」 「お前、しばらくの間、俺の宮で寝泊りしねーか?」 「え?」 「あ、いや、もう正直に言うわ。俺さ、マジでお化けとかこえーんだよ。ダメなんだよ。だから、その、一人じゃ眠れねーし、夜中に便所も行けねぇんだよ。かと言ってお前の宮じゃナニか出て来そうでおっかねーし…」 「…………。確か君もストレートチルドレンだったことがあるんだよね?人の死は身近な出来事だったんじゃないの?」 「身近だったのと怖くないのは別だろ!俺は怖いものは怖いの!」 「分かったよ。今回の件は僕にも責任があるし、君が安心するまで一緒に寝るくらいお安いご用さ」 「うぉ、マージで!?ふざけんな寝言は寝て言えって言われたらどうしようと思ったぜ!ありがとよシラーちゃん、愛してるぜぇぇぇ!!」 「あーもう、そんなに連呼したら『愛してる』の言葉のありがたみが薄れるじゃないか」 「いいじゃねーか、言って減るもんじゃなし!何度でも言ってやるぜ、愛してるってな!」 首っ玉にかじりつく…と言うよりヘッドロックして頬に口付けてくるハービンジャーに苦笑しながら、シラーは深い蒼の目をそっと伏せて自身を抱きしめる腕にそっと触れた。 ああ、そうだね。僕も君を愛してるよ、ハービンジャー。 |
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| 節分の続きを書き始めた頃は全く予定になかったΩ黄金のバレンタインネタです。当初の予定では、節分の翌日にシラーさんがハビさんを迎えに行って、最後
のやり取りをしておわる…と言うのを考えていました。節分SSを書く途中でアイデアが漠然と浮かんで、ためしに書いてみたらソニアさんとアモさんが自然に
動き出してくれて、以前からどこかで使いたいと思っていた『シラーさんにアモさんがセクハラした途端に飛び込んでくる玄武君(と、ハビさん)』ネタを入れ
てまとめることにしました。 それから、ハビさんと一緒に寝ることをシラーさんはすんなり了承していますが。SS『休息』でも触れましたが、ハビシラコンビはストリートチルドレンの 経験があり、子供同士でくっついて暖を取って寝た経験があるので、同性と一緒のベッドで寝ることに抵抗はないと言う設定があります。 |