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…翌日。 浅く微睡んだまま寝返りを打つと、頬がひんやりと冷たいアイスノンに触れて、その冷たさに刺激されてシラーの意識は覚醒した。 シラーから風邪を貰うため、という口実で昨夜は隣で寝ていたハービンジャーの姿は既に無い。 (早朝ジョギングにでも行ったのかな…) それにしても頭が重い。 のろのろとサイドテーブルに置いてあった体温計に手を伸ばして熱を計ると、まだ38度以上熱があった。これは完全に熱風邪らしい。熱以外の症状らしい症状が無いのが不幸中の幸いではあったが、頭と体の重い倦怠感は煩わしくて仕方がなかった。 頭痛と喉の痛みとくしゃみ鼻水鼻づまりの三点セットに悩まされるのとどっちがマシだろう…とシラーが真剣に考えていると、寝室のドアが開いてハービンジャーが姿を見せた。両手で鍋を持ち、手から提げた袋からはぴょこんと長ネギが飛び出している。 「お、起きてたかシラー。調子はどうだ?」 「昨日から変化なしだね、熱も全然下がってない。君はどう?」 「俺も変化なしだな。昨日は薄着で人ごみの中をふらふらして、水風呂に入って、しばらく外で座禅を組んでから寝たんだが何ともなくてな。今朝は改めて水風 呂に入って、軽くジョギングして、双児宮でメシ食って来た。このパンとスープはパラドクスからの土産だけど、すぐ食うか?」 「いや、今さっき目が覚めたばかりだからもう少し後にするよ。…ところでその長ネギは何?」 「あ、これか?」 ハービンジャーは袋から長ネギを取り出して、魔法のステッキよろしくクルリと回した。 「俺に風邪がうつるうつらないは別にして、お前も高熱が続くとしんどいだろうから熱を下げた方が良いかなーと思ってよ」 「??長ネギと熱に何の関係があるわけ?」 「尻の穴にネギを入れると熱が下がるんだってよ!あ、そう言えばお前、熱が下がってないって言ったな?じゃあ早速ネギで熱を下げ…おぶっ!!!!!」 ばふっ!!べち!!! シラーが掛けていた毛布をはぐろうとした途端にアイスノン付き枕で全力で顔面を殴られ、ハービンジャーは長ネギを握ったまま床に尻餅をついた。 得物が枕だったとはいえ、運悪く(?)アイスノンがくっついた側で殴られたので地味に痛い。しかも、下心無し100%好意と善意から出た行動に対してこんな事をされては心も痛い。 ハービンジャーは思わず涙目になってベッドのシラーに怒鳴った。 「ちょ、おま…いきなり殴るこたーねーだろ!!これは確かな筋からの情報なんだぜ!?」 「情報源が確かとか不確かとか、それ以前の問題だろ!熱に浮かされた僕より判断力が鈍っててどうするのさ、もっと根本的な部分に疑問を感じなよ馬鹿牛!サ イドテーブルに花瓶があったら花瓶で殴ってるところだよ!!スープの鍋やスコーンの瓶で殴らなかっただけ有難く思って欲しいね!!…うあ…ゲホッ、ゴホゴ ホッ!!」 真っ赤になって大声で怒鳴り返したシラーは、一瞬遅れて襲って来た目眩と頭痛と吐き気に身体を抱えて激しく咳き込んだ。 ハービンジャーは呆れた顔で立ち上がり、枕を元通りベッドに置くとシラーの背中をポンポンと叩いた。 「あーあーもう、熱があるのに興奮して大声出すから…」 「誰の、せい、だよ…」 「って、熱っ!お前の身体、普段は体温あるのかって思うくらいひんやりしてんのに何だよこの熱さ?やっぱ解熱剤でも使った方がいいんじゃねーか?」 「うー…」 シラーが蒼い眼を伏せて迷うような仕草を見せたので、ハービンジャーはここぞとばかりにおちゃらけてやることにした。ネギを握った手の小指をぴょこんと立てて超お約束の台詞を茶目っ気たっぷりに言った。 「座薬にする?ネギにする?それともア・タ・シ?」 「……………………」 「あ、スイマセン調子乗りました。嘘です、ジョーダンです。ネギは普通に料理して食います。だから真顔で積尸気冥界波の構えに入るのやめてくれませんかシラーさん」 「……………………」 右手の人差指に集めかけていた物騒な小宇宙を消したシラーは凍りつくような眼でハービンジャーを一瞥すると、彼の手が届かないベッドの端に枕を置くと背中を向けて寝てしまった。 完全にご機嫌斜めモードに入ってしまったらしい。 しまったなぁ…とハービンジャーは困り顔でガリガリと頭をかいた。 戦災孤児の経験があるとはいえ、どうのこうの言って他者からちやほやされる立場にいた事が多いシラーは、自分が機嫌を損ねたら誰かが機嫌を取るのが当たり前と思っている節がある。 それだけならまぁいいのだが(良くないが)、機嫌の取り方を間違えるとますます臍を曲げるし、機嫌を取らずに放置すると拗ねるし、機嫌を損ねた事を正論 で責めようものなら不貞腐れてそっぽを向いて口も利いてくれなくなってしまう。気位の高いお猫様でももうちょっと扱いやすいだろう。 (本当にコイツってば扱いにくいお坊ちゃまなのな。ま、そこが魅力でもあるんだけどよ。ギャルゲーでも、苦労して攻略したヒロインは愛着がわくもんなー) 内心でかなり失礼なことを考えつつ、ハービンジャーは長ネギを掴んだ手を伸ばして、ネギの先端でシラーをつついた。 ちょいちょい。 「おーい、シラーちゃーん」 「……………………」 「俺、ちゃんと謝っただろ?謝ったんだから赦してくれよー」 ちょいちょい。 もう一度ネギでつついても反応しないシラーに、ハービンジャーはニヤリとした。ハービンジャーのご機嫌取りが気にいらなければネギを払いのけて毛布を頭 からかぶって完全拒絶モードに突入するはずだからだ。ノーリアクション即ち、どう対応しようか迷っていると言う事。ネギでつつく作戦は悪くなかったらし い。ハービンジャーは長ネギでシラーをつついた。 ちょいちょい。 「なーなー、機嫌直せよー」 「……………………」 「…よし分かった。タダじゃ機嫌は直さねぇってことだな?」 「……………………」 ぺち。 ネギの先端をシラーの頬に当てたがやはり無反応。つまりイエスという事だ(ノーだったらネギを払いのけるはずだ)。 ハービンジャーは長ネギを錫杖のごとく握ってふんぞり返った。 「良いだろう、俺も男だ。タダで失敗をチャラにしてくれなんて甘ったれたことは言わねぇ。何をすればいい?」 「…アイス」 「アイス?菓子のアイスクリームか?買ってくればいいのか?」 背中を向けたままのシラーが浅く頷く気配があった。 意外なほどささやかな要求に拍子抜けしつつも、そんなもんで機嫌が直るならお安い御用だぜとハービンジャーは立ち上がった。 「オッケー、アイスだな。何が良いんだ、ハーゲンダッツか?ゴディバか?バニラ味か?チョコ味か?」 「ミニストップのソフトクリーム。味は何でもいいよ」 「…は?ミニストップ?何だそりゃ、店の名前か?」 「日本にあるコンビニだよ。あのコンビニのソフトクリームが食べたい。5分以内に買ってきて。そしたら赦してあげるよ」 「日本!?え、ちょ、俺、お前ほど日本に詳しくねーんだけど?東京行けばあるのか、そのコンビニ!?つか5分のカウントダウンっていつから始まるんだ?」 「3分後」 「ちょい待ち待ち待ち!!今調べっから!ええと、ミニストップ、ミニストップ…ミニストップのソフトクリーム…ああ、これか。え、レジで注文すんの?行列とかできてて5分以上待たされたらどーすんだ、コレ??」 「カウントダウン開始。後5分」 「分かった分かった分かりましたよ王子様!買ってくりゃーいいんだろ!」 バッターン!! 寝室のドアを乱暴に閉めてハービンジャーは飛び出して行った。 はぁ…。 溜息をついてシラーが振り返ると、ハービンジャーが使っていた枕に緑の部分を乗せて長ネギがベッドに寝かせてあった。 「…ぷっ」 思わず笑ってしまった。 …笑ったら負けだって言ってたのはタナトス様だっけ。 そんな事を考えながらシラーは携帯を取ってベッドに寝かされた長ネギを撮影した。ハービンジャーに風邪をうつすのに失敗したとしても、今のやり取りを添えて『ベッドに寝ている長ネギ』の写真を送ればタナトス神は笑って許してくれるだろう。 後ひとつ、面白いオチでも付ければ完璧なんだけど…。 熱でぼんやりする頭でオチを考えていると、ドタドタいう足音と共に寝室のドアがバーンと開いて息を切らせたハービンジャーが飛び込んできた。 「ミニストップのソフトクリーム、買って来たぜ!間にあったか!?」 「あ、時計見てなかった」 「うおぉぉぉぉおぉぉぉおおい!!!!そりゃないぜぇぇぇえぇぇぇシラーちゃぁあぁぁん!!!!」 「時間を計り忘れたのは僕の落ち度だからね、間に合ったって事で良いよ。…あ、二つ以上買って来たんだ?」 「コーンかカップか聞き忘れたし、種類も幾つかあったからよ。『コレジャナイ』言われても困るし全種類買って来たぜ」 「ありがと。じゃあ手を洗ってうがいしてきなよ、美味しそうだし一緒に食べよう」 「あいよ」 シラーの機嫌が直ったことに安堵したのか、ハービンジャーは素直に寝室を出て行った。風邪をひかなくてはいけないのに風邪予防の手洗いうがいをする事に 疑問は感じないらしい。そこを突っ込んだらせっかく直ったシラーの機嫌がまた悪くなると分かっているから黙っているのかもしれないが。 シラーはベッドに置いてあった長ネギをハービンジャーの椅子にそっと『座らせた』。彼が返って来た時の反応が面白ければこの一件のオチとして使わせてもらおう。 …ハービンジャーが戻ってきたら、彼が買って来たソフトクリームを一緒に食べよう。 そして仲直りしよう。 熱を孕む指で冷たいソフトクリームに触れながらシラーは思った。 |
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シラーさん風邪ひきネタの後編、というかこちらがある意味メインです(笑)。ツイッターで「シラーさん風邪ひき妄想」を呟いている時に某様から『尻の穴
にネギを入れると熱が下がりますよ!(本当です)』と言われてシラーさんの風邪とネギが直結してこんなことになってました。「風邪をひいたシラーさんの尻
の穴にネギを入れようとして枕で殴られるハビさん一瞬で浮かびましたw」「ハビさん可愛そうw『座薬にする?ネギにする?それとも俺?』と言って『どれも
嫌だよ。5分以内にアイス買ってきてよ』って言われるんですねw」と言う会話を経てこんな話になりました。オチに散々悩んだのですが、当初の予定通り「ハ
ビシラ二人でアイスを食べて仲直り」で落ち付きました。最初はパピコを買ってきて、一つを二人で分けて食べるのにしようか迷ったのですが、ソフトクリーム
だったらお互いの口に入れたり舐めあったりしてイチャイチャ出来るぞ!と思ってソフトクリームに…したのに、色っぽくならずに終わってしまったのがいかに
も私。この後の展開は皆様の予想にお任せします。 |