| ハービンジャーの誕生日パーティーが開催されて一週間後。 パラドクスや玄武の『シラーの束縛系彼氏になれる権利』所有期間をいかに短くするか未だ有効な作戦を立てられないハービンジャーは、問題の先送りも兼ね て巨蟹宮を訪ねていた。シラーは日本で人気のシューティングゲーム(敵が撃って来る弾やビームを避けながら自分の弾やビームを敵に当てて倒して行くゲーム だ)をプレイ中で、ハービンジャーは彼の背中にへばりつくようにしてシラーのプレイを観戦していた。『後ろから抱きかかえている』と言えば妙に色気とロマ ンを感じるが、出来損ないの二人羽織にしか見えないのはハービンジャー故の御愛嬌である。 シラーのプレイを眺めてハービンジャーは思わず感心の溜息を吐いた。面白いから君もどう?と勧められてこのゲームをハービンジャーも遊んでみたが、どんなにコツや攻 略方法を説明されても彼は未だにノーマルレベルをクリアできずにいた。それなのにシラーは最高難易度モードを軽々とクリアしているので、それが不思議で仕 方がない。 「シラーお前、実は人間じゃねーだろ。何でノーミスでこんな難しい弾幕を突破できるんだよ」 「僕に言わせればどうして君がノーマルで躓いているのかが不思議だけどね。黄金の動体視力ならこの程度の弾を避けるなんて造作もないだろう?」 「避けたところで別の弾にぶつかるじゃねーか」 「敵の攻撃の法則とその対処法を覚えればあとはパターン通りに動けば造作もなくクリアできるはずなんだけどねぇ」 「難しい事を簡単に言うなよー」 シラーの頭に顎を乗せてハービンジャーはぼやいた。 死の神タナトスに『ムク犬』とあだ名をつけられる一因になった緩く波打つ赤毛に半ば顔を埋めつつ、『こんなことしても 怒られないなんてシラーちゃんに我儘言える権利最高だぜ!』と思いながら(普段なら後ろからハグしたいと言った途端ほぼ間違いなく冷たい拒否の言葉か右ストレートが 返って来る)ゲーム画面を眺めていたハービンジャーはふと思った。 (このシチュってタイタニックの名場面みたいじゃね?) 気付いたらやりたくてやりたくてたまらない。 シラーがボスと戦っている事などお構いなしでハービンジャーは嬉々として話しかけた。 「なーなーシラー。このシチュってよ、タイタニックの名場面みたいじゃね?」 「そうかな」 「両手広げてくれよー、タイタニックのアレみたいにさー」 「……………。分かった、分かったよ」 丁度ボスを倒してゲームがロード時間に入ったので、シラーは思いっきり溜息をつきながら雑な仕草で両手を広げた。ちなみにコントローラーは握ったままで ある。嫌々付き合ってるんだと言わんばかりの投げやりな態度だが、今更そんなことでメゲるハービンジャーではない。シラーが付き合ってくれた事に気を良く し た彼は上機嫌でテーマソングを歌い始めた。 「エンダァ〜〜〜〜〜〜♪ア〜アアア〜〜〜♪」 「………………」 ハービンジャーだけがノリノリで歌っている間にゲームのロードは終わって次のステージが始まった。 シラーはさっさとタイタニックごっこを止めてコントローラーを握り直したが、ハービンジャーは全くお構いなしでテーマソングを熱唱している。耳元で無駄な大声で歌われるせいで全くBGMが聞こえない。 あからさまに顔をしかめたシラーは冷ややかに言った。 「静かにしてハービンジャー。BGMが聞こえないと攻略リズムが狂う」 「アァ〜…、………ちぇ」 ガッカリ顔で歌うのをやめたハービンジャーは、すぐに気を取り直してぽふっとシラーの赤毛に顔を埋めた。大好きな親友をひとり占めできるのは随分と久し振りのような気がして、それが嬉くてたまらなくて、唇は自然に綻び笑みを浮かべていた。 (あー、やっぱりシラーの髪はフカフカして肌触りが良いな。あとは頭に犬か猫の耳でも付いてれば最高なんだけど、猫耳ヘアバンド付けてくれって言ったら流石に積尸気冥界波が飛んできそうだなー。ま、普段は碌にハグもさせてくれねーんだからそれは望み過ぎってもんか) (それはそうと、俺がシラーを独占できるのはあと一週間か…やっべぇ、パラドクスや玄武の野望を阻止する方法、全然考えてねーや) (か と言ってシラー自身に相談しても『そんなの自分で考えなよ』って言われて終わりだろうしなぁ…誰かいい知恵を貸してくれる奴、いねぇかなー。パラドクスや 玄武が長い間シラーを独占するのを阻止したいと思ってて、あのふたりを向こうに回す事になっても気にしない、そんな都合の良い奴なんて、いるわけ…) (…………) ハービンジャーはハッと顔をあげた。 いた。 そんな『都合の良い奴』が、ひとりだけいた。 「漸く来ましたか。すっかり待ちくたびれましたよ」 不機嫌を隠しもしない淡々とした口調で言って、アモールは雑な所作でハービンジャーにソファを勧めた。個性的と悪趣味ギリギリの境界を攻めるようなデザインと色遣いのソファに腰を降ろしたハービンジャーは前置きなしに話を切り出した。 「俺の訪問理由が分かってるなら話は早いぜ!早速本題に入るけどよ、パラドクスや玄武にシラーをひとり占めされる期間を短くするのにいいアイデアがあったら貸してくれねぇ?」 「いいアイデアね。無くもないですが」 アモールはゆるりと腕を組むと芝居がかった仕草でハービンジャーに目を向けた。 「私が有効なアイデアを提供したら、あなたは私にどんなお礼をしてくれるんです?」 「そのアイデアを実行してやるぜ」 「……………」 「お前は俺が来るのを待ってたんだろ?それはつまり、良いアイデアが有るには有るけど一人じゃ実行できない、俺の協力が必要って事だろ?」 「…あなたの協力は必ずしも必要ではありませんが、私よりあなたの方がスムーズに事を運べるのは事実でしょうね」 「相変わらず回りくどいな。『利害が一致するから手を組む』でいいじゃねーか!」 ハービンジャーの言葉に、アモールは盛大に溜息をついて肩をすくめて見せた。 「まぁいいでしょう。交渉成立です」 「おっし!じゃあ早速その『良いアイデア』とやらを聞かせてもらおうじゃねーか」 「簡単なことです。パラドクスより少し後に誕生日を迎える方に『シラー独占権が欲しい』と言ってもらえば良いのですよ」 「それは俺も考えたけどよ、シラー独占権を寄越せ!って要求するには黄金以上の肩書きがいるんだぜ?一応ダメもとで蟹座のデスマスク様やマニゴルド先輩に 聞いてみたけど『アホか』で一蹴されたし、老師に頼むにしても老師の誕生日は玄武の後だし、条件をクリアできる聖域関係者なんていないだろ」 「あなたも大概アホですねぇ、ハービンジャー」 「あ?」 思いっきり馬鹿にするような視線と口調で言われたハービンジャーが思わずムッとすると、アモールはその鼻先に『契約書』を突き付けた。 「この書類をよく読んでみなさい。『同権利を希望する者は黄金聖闘士以上の肩書きを持っていなければならない』としか記載されてないのですよ。一体どこに、『権利が要求できるのは聖域の人間に限る』などと書いてあるのです?」 「ん…んん?え?あ?つまり、どういうことなんだ?」 「つ、ま、り、ですね。冥界の神様達も『シラー独占権』を要求する条件は満たしている、ということですよ。ここまで言えば鈍いあなたも分かるでしょう?」 「タナトス様か!!」 ハービンジャーはハタと手を打った。 言われてみればその通り、死の神ならば全ての条件を楽々クリア出来る。どうしてこんな簡単なことに今まで気づかなかったのかと思いながらハービンジャーは思案顔になった。 「そうなると、問題はタナトス様の誕生日がいつなのか、だな。シラーが『そろそろタナトス様の誕生日に何を差し上げるか考えないと』って言ってたからそう遠くは無いんだろうし、タナトス様も忙しいだろうから早めに話を通さねーと」 「6月13日ですよ。タナトス様の公式サイトにプロフィールが載っていました」 「へぇ〜パラドクスの誕生日の二週間後か…って、残り一カ月切ってるじゃねーか!やっべ、グズグズしてる暇なんてねぇぞ!…ああ、そういや俺はタナト ス様の携帯番号なんて聞いてねぇんだった!つか畏れ多くて直接アポなんてとれねぇよ!直接連絡取ったって『ダレお前』って言われるのがオチだよ!!」 「本当にあなたはアホですねぇ、ハービンジャー」 パッと顔を輝かせたり焦ったり携帯を取り出したり頭を抱えたりくるくると忙しいハービンジャーの姿にアモールは心底呆れた溜息をついた。 「タナトス様に直接アポは取れなくても、タナトス様のマネージャーをやっているマニゴルド先輩なら直接アポが取れるでしょう?少し落ち着いたらどうです」 「あ!あーあー!!さっすが狡賢い事に定評のあるアモール、冴えてんな!」 「狡賢い事に定評って…」 「そうと決まれば善は急げだぜ!マニゴルド先輩の番号は、と…。………。あーマニゴルド先輩?大急ぎでタナトス様に頼みたい事があるんだけどよ、俺がいき なりアポ取るのはマズイだろうからちょいと間に立ってくれねぇかな?…前に話しただろ、シラーちゃん独占権のアレ絡みでさ…」 …あっという間にタナトス神に謁見する約束を取り付けたハービンジャーは、アモールに向かってグッと親指を立てて見せると鼻歌を歌いながら双魚宮を出て行った。 三日後。 任務を終えて自宮に戻って来たシラーは、リビングでハービンジャーと歓談しているタナトス神と、その隣で所在なげにしているマニゴルドの姿に目を丸くした。 ハービンジャーが無断で巨蟹宮に入りこんでいるのはいつもの事だ。城戸財閥のブランドモデルをしているタナトスがアテナに会ったついでに巨蟹宮に寄り道 して行くことも珍しくない。だが、主が留守にしている時に宮を訪れたタナトス神が(勝手に留守番をしているハービンジャーがいても)シラーが帰るのを待っ ていることなど今まで一度もなかった。彼は黄金聖闘士以上に多忙だし、仮にシラーに用事があるなら一言呼びつければ済む話だからだ。 それが、ハービンジャーとにこやかに談笑しているなんて一体どういう風の吹きまわしなのか。 状況が全く飲み込めないシラーがリビングの入口でぽかんと突っ立っていると、彼の姿に気付いたタナトスがにこりと笑った。 「戻ったか、シラー。勝手に邪魔しているぞ」 「あ…ようこそおいで下さいましたタナトス様。お出ましを存じ上げず宮を不在にするなど、大変な失礼を」 「気にするな。此度の訪問の目的はむしろお前の相棒だった故な」 「え?タナトス様がハービンジャーに用事…ですか??」 ますますきょとんとするシラーに、タナトスは悪戯っ子のような含み笑いを浮かべて見せた。 「マニゴルド経由で聞いたのだが、今の聖域ではお前の所有権を誕生日プレゼントにする事が流行っているらしいな」 「え?え…っと、それは、流行ってると言うか…」 「所有権ってアンタ…アテナの聖闘士をモノみてーに言うんじゃねーよ」 「とは言え、そこの牡牛座が言うにはお前の所有権を欲しがる者が三人しかおらずイベントが今ひとつ盛り上がりに欠けているとか…」 「おい話聞けよクソ神」 「アモールは欲しがって却下されたけどな」 「聖域のイベントを盛り上げるために協力してくれと言われたら俺も嫌だとは言いにくい」 「嘘言えよ、思いっきり乗り気だったじゃねーか。自分専用だと思ってる玩具が他人の手に渡ると取り返しにかかるってアンタほんとガキ…ってぇ!!!」 「そこで、だ」 マニゴルドのツッコミは華麗にスルーしつつ手加減なしで足を踏みつけグリグリしたタナトスは、シラーに視線を向けてにっこりと笑った。 「俺も自分の誕生日にはお前の所有権をリクエストする事にした。俺に恭順を誓い俺の親衛隊に所属しているお前は俺の手駒も同然。俺が所有権を持ったところで特に不都合もあるまい?」 「え?あ、ああ、そうですね。パラドクスが少しがっかりするかもしれませんけど、『ハービンジャーも権利を持っていられたのは二週間だったんだから君も二週間で我慢してよ』と言えば分かってくれるでしょう」 「おいシラー…もっと根本的なところを気にしたらどうなんだよ」 「……………。…どこ?」 演技ではなく素で不思議そうにシラーに尋ねられて、マニゴルドは頭を抱えた。 ダメだコイツ。早く何とかしなかったからもう手遅れだ。タナトス様を盲目的に敬愛しすぎて自分の『所有権』と言う単語に何の疑問も感じてねぇ。 …せっかくタナトス(と、オマケのマニゴルド)が来てくれたのだから、と近況報告を兼ねた茶会を始めてしばし。 シラーをひとり占めできる期間が残り三日になったハービンジャーが、隣に座っていたシラーを抱き寄せて…と言うより羽交い締めにして、頭に顎をぽふっと乗せた。 「…で、普段だったらふざけんなって拒否されるこんなことも今限定で出来るんだけどな。人間の欲っつーのは際限がないとはよく言ったもんでさー、シラーちゃんの頭に猫か犬の耳でも生えてたらもっといいのになーそしたら思う存分モフモフするのになーとか思っちまう訳よ」 「生やすのは無理でも付ければいいだろ。猫耳ヘアバンドくらいネット通販でいくらでも買えるだろうが」 「他人事だからって簡単に言わないでくれるかなマニゴルド先輩。いくらハービンジャーの我儘許容週間でもそんなふざけた我儘は受け入れられないよ」 「だよなー。猫耳付けてくれ!って言った途端に俺、間違いなく積尸気冥界波食らうぜ」 「猫耳だの犬耳だの…。日本ではそれなりに認知されている文化らしいが、俺には理解できぬものだったな。女性ならともかく大人の男に動物の耳など付けて一体何が面白いのか…。…………」 猫耳文化をくさしかけたタナトスがふと言葉を切ってシラーをまじまじと見て、顎に手を当てて何やら考える様子になった。 「…時にシラー。俺は前々から、お前には何かパーツが足りぬと思っていたのだが…」 「パーツ?」 「モノは試しだ、やってみるとしよう」 やおら立ち上がったタナトスは、ハービンジャーに羽交い締めにされているシラーの頭にポンと手を置いた。 そして少しばかり小宇宙を込めた、次の瞬間。 ぴょこん。 シラーの赤毛から猫耳(犬耳?)が飛び出した。 「!?!?!?」 「ブハッ!ちょ、タナトス様、前置きなしでいきなり面白い事やるんじゃねーよ!」 「おおっ!」 「そうか、これだったのか。足りないパーツはこれだったのか!ムク犬のような外見なのに犬の耳が無いから違和感があったのだな。これでようやく得心が行ったぞ」 「…………………」 笑い死んでいるマニゴルドと満足げなタナトスと眼を輝かせているハービンジャーを順番に見て、シラーは油が切れたロボットのようなぎくしゃくした動きで自分の頭に触れた。 …動物の耳がある。触覚もある。 ちょ、何コレ。 余りの出来事に目を見開いたまま凍りつくシラーなどお構いなしで、ハービンジャーはシラーの頭に生えた耳をちょいちょいと引っ張った。 ぴるぴるぴるぴるっ。 「おおっ!すげぇ、動いた!」 「ぶははははは、さっすが神様!カッコいいねー!!」 「ほう…なるほど。確かに面白いし良く似合う。こうして見ると大人の男に動物の耳を付ける文化が一定の支持を受けるのも理解できる気がするな」 「理解しないでくださいそんな文化!!」 「丁度良い。牡牛座の誕生日に俺は何もプレゼントを贈っておらぬ故、これをプレゼントとしよう。三日後に開催される双子座の誕生日パーティーに俺も呼ばれているからな、その時に耳を消せば特に問題なかろう?シラー」 「いえいえいえいえいえいえ問題だらけです今すぐこれを消して下さいジョークではなく本気でお願いしますタナトス様!!」 「ああ、そうだ。せっかくだから尻尾も付けてやろう。尻尾を振ってまとわりつくのも犬の魅力だからな!さて、どのような尻尾が良いか…」 にっこり。 シラーの抗議はナチュラルに受け流し、悪意が欠片もない無邪気な笑顔を浮かべたタナトスはシラーの頭をくしゃくしゃと撫でた。 頭に生えた猫耳(犬耳?)を無意識にペタリと寝かせながらシラーは思った。 マニゴルド先輩がタナトス様を『クソ神』呼ばわりする気持ちが、今なら少しだけ分かる気がする…。 |
| 星矢部屋 | 総合目次 | SS・2012時代 | SS・神話時代 | SS・蟹座達 |
| 久々に(?)盛大に趣味に走った一本です。前編に続いて特に解説すべき事もないかな?と思うのですが…。 シラーさんが遊んでいるシューティングゲームは『東方Project』をイメージしました。攻略系の記事はこちら(実 際のプレイ画面も見れます)。ニコニコ動画を視聴できる方は『東方Project』『プレイ動画』などのキーワードで検索すると実際のプレイ場面を見れま すので興味があったらぜひどうぞ。ちなみにシラーさんがプレイしている最高難易度は『Lunatic(ルナティック)』です。シューティングゲーム初級レ ベルの私には訳が分かりません。 当初の予定では、タナトスがシラーさんに『お前に犬の耳をつけてやろうと思うのだが、耳だけ付けて一週間か尻尾も付けて三日間かどちらが良い?』と尋ね て終わる予定でした。が、書いてみたらこんなオチに。ちなみにタナトスが猫耳文化にブツブツ言ってますが、以前秋乃に(皆の前で)猫耳をつけられたショッ クを微妙に引きずってるからです。 マニさんの『ダメだコイツ』はデスノの月の名言が元ネタです(笑)。 |
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タナトスの気まぐれで犬の耳と尻尾をつけられたシラーは、タナトスとマニゴルドが引き上げた途端に『三日後まで一歩も宮の外に出ないし君以外の誰にも会わない!!』と涙目でハービンジャーに宣言した。当たり前と言えば当たり前である。 真顔で深々と頷きながらシラーの宣言を了承したハービンジャーは、アテナとシオンにだけ『三日間限定ではあるが、タナトス神の悪戯のおかげでシラーが宮 から動けず、誰にも会えない状態になった』と報告して、シラーをひとり占めできる期間のラスト三日を巨蟹宮で過ごすことにした。宮の外に出られないのは何 かと不便だし誰かが訪ねて来た時に厄介なことになると思ったからなのだが…。 そして翌日。 巨蟹宮のリビングのソファに寝そべっていたシラーの犬耳がぴょこんと立ってピクピクと動いた。 宮の入口でハービンジャーが大声を出しているのが聞こえる。 ピク、ピクッ。 死の神がシラーの頭に生やした犬の耳は実に良く出来ていた。シラーの感情に呼応して立ったり寝たりするし、聴覚も人間のそれとは比べ物にならない。部屋の外の物音を聞くなど朝飯前である。 (ああ、ハービンジャーが帰って来たな…) (…何か揉めてるな。相手は玄武とパラドクスと…アモールもいるみたいだ) 宮の外でドタンバタンと妙に大きな音がしたあと急に静かになり、ハービンジャーがリビングに近づいてくる足音が聞こえた。 パタリ、パタリ。 服の裾から覗いたふさふさの尻尾を申し訳程度に揺らしながらシラーは緩慢な仕草でソファから身体を起こした。 …リビングに入って来たハービンジャーを見た途端、シラーは目を丸くした。 ハービンジャーの左腕に裂傷がある。縫合が必要なほどでは無いが、シャツの袖がぐっしょり濡れる程度には出血が酷い。 「ちょ、ハービンジャー!どうしたのさその傷!」 「宮の前でちょっと玄武達と揉めてよー。あ、心配すんな、アイツらはちゃんと追い返したからよ!ちょっと服を着替えて来るから買って来たもの冷蔵庫に入れといてくれるか?」 「心配するなって言うポイントが違うだろう!ああもう、とにかくシャワー浴びて傷口を洗ってきなよ、包帯を取って来るから!」 …ハービンジャーの傷口を消毒してガーゼを当て包帯をグルグル巻きながらシラーはため息交じりに尋ねた。 「玄武達と揉めたって…一体何があったのさ?」 「タナトス様がお前に犬の耳と尻尾を生やしたって話をどっかから聞いたらしくてさ、『シラーに会わせろ』って迫って来たんだよ。んなこと言われても会わせ られる訳ねーだろ?俺が冗談で『シラーに会いたければこの俺を倒して行け!』って言ったら、アイツら手加減なしで殴りかかってきやがってよー。三対一だ ぜ?ずるくね?ずるくね??」 「…確かにそれはずるいね」 「で、俺もアタマに来たからグレーテストホーンでアイツら纏めて吹っ飛ばしてやったっつーわけよ。流石の連中も扉の鍵をこじ開けてまで中に入ってきたりはしねーだろ!ガハハハハハ!」 鼻息荒く勝利宣言するハービンジャーに浅く溜息をついて、シラーは意識してそっけない声で言った。 「ハービンジャー。君さ、明後日まで僕と一緒に巨蟹宮に籠城しなよ。君が以前泊まりに来た時に忘れて行った着替えがあるし、食べ物も十分にあるし、任務の予定もないし…特に問題は無いよね」 「ん?外に出るなってことか?」 「君が外に出たら、またあの三人に掴まって僕に会わせろ会わせないで揉めるだろう?外に出ないのが一番安全だよ」 「むー…引きこもりなんて俺の性に合わないが、確かに外に出た途端アイツらに掴まりそうだしなー。しゃーねぇ、リミットまで愛しのシラーちゃんと二人きりでしっぽりしますかね」 バタン! わざと乱暴に薬箱を閉じたシラーが立ち上がると、ハービンジャーが楽しげに声をかけた。 「あ、そうだそうだ!ちょっとこれ見てくれよ!面白いもの買って来たんだよ!!」 「…何」 「じゃじゃーん!!」 「……………」 ハービンジャーが得意気に紙袋から取り出した物を見てシラーは絶句した。 …猫耳ヘアバンドだ。 僕はもう犬の耳が生えてるけど…と思うシラーの前でハービンジャーは予想外の行動に出た。バリバリと袋を破って猫耳ヘアバンドを自分の頭に装着したのだ。 「………………」 「どうだ?似合うか?」 「あ、うん…むさ苦しいモノと可愛い萌え系のモノと、方向性が180度違うもの同士が合わさったせいで違和感が逃げ出したみたいな感じで似合ってる気がしなくもないかもしれない」 「褒めてるのかけなしてるのかどっちだよ」 「驚いてるんだよ。…って言うかさ」 薬箱を戸棚に片づけて飲み物と茶菓子を用意しながらシラーは根本的な疑問を口にした。 「どうして君が猫耳ヘアバンドをつける訳?」 「そりゃお前、決まってんじゃねーか。心の痛みを分かち合うためだよ」 「は?」 「お前が犬の耳と尻尾装備するなんて萌え…じゃなかった、アイタタな格好になっちまった原因を作ったのは俺だからな」 「アイタタ言うな」 「ここはひとつ、俺もアイタタな格好をして痛みを分かちあってこそ親友じゃないかと、こう思ったわけだ」 「はぁ?馬鹿じゃないの?ああいや、確認するまでもなかったね。君は正真正銘の馬鹿だった」 「しょーがねぇだろ、他にいい案が浮かばなかったんだからよ!!」 そんなにバカバカ連呼するなよヘコむだろ!と口を尖らせたハービンジャーは、ティーセットを持って戻って来たシラーを見て喉元まで出かかっていた文句を飲みこんだ。 シラーは心底呆れた顔をしているが、頭に生えた犬の耳はペタリと寝て、服の裾から覗く尻尾はパタリパタリと軽やかに揺れている。 …たちまち笑み崩れたハービンジャーは、猫耳ヘアバンドを取るために自分の頭に伸ばしかけていた手をシラーに伸ばしてその身体を抱き寄せた。 「ちょ、何」 「いいからいいから!その犬耳モフモフさせてくれるだけでいいから!俺の気が済んだらお前にも俺の猫耳モフモフさせてやるからさ!」 「遠慮する。全力で遠慮する!!」 「あー…このモフモフ、やっぱり最高だぜぇぇ」 犬耳ごとシラーの頭を撫でて赤毛に顔をうずめたハービンジャーは本当に嬉しそうにに目を細めている。 気持ちとは裏腹にパタパタと揺れる尻尾から意図的に視線を逸らして、シラーは無駄な抵抗と知りつつ盛大な溜息をついた。 …ああもう、本当に。 この、馬鹿牛。 |
| オマケの方は、シラーさんに変な方向に気を使ったハビさんが猫耳を自分でつける、と言うネタだけ決まっていました。オチに散々悩んで、『一緒に犬を買い
にペットショップ行こうぜ!』とシラーさんを誘うハビさんとか、玄武君とパラさんも猫耳付けてシラーさんに会いに来る展開も考えたのですが、散々迷ってこ
んな感じに落ち付きました。 ちなみにハビさんがヘアバンドを取ろうとしたのは、身体を張ったギャグが空振りした(と思った)からです。 あと、シラーさんの犬耳とか尻尾の動きなのですが…。犬は、嬉しい時や甘える時は耳がペターンと寝て尻尾をパタパタ、何かを怖がってる時は耳が寝て尻尾も垂れます。 なので、ハビさんが戻って来たのはちょっと嬉しいので尻尾もちょっと揺れる(振ってる)、ハビさんが気を使って猫耳をつけてくれたのは嬉しかったので耳 が寝て尻尾もパタパタ揺れています。当サイトシラーさんは、ハビさんにハグされるのは心地よくて嬉しいと思うのに素直じゃないツンデレなのです。 で、作中で説明できなかったのですがハビさんは犬を買ってた(ストリートチルドレン時代に野良犬を手なずけてた?)ので、犬の耳や尻尾の動きで感情をあ る程度察せます。シラーさんが呆れた顔をしながら耳が寝て尻尾を振っているのを見て、「あ、俺が猫耳付けたのを喜んでくれた」と分かってハビさん自身も 嬉しくなってるわけです。 |