生誕の時(蟹座達編)
後編

 翌日。
 指示された時間にエルミタージュ洋菓子店を訪ねたシラーは、『CLOSED』の札が下がったドアに寄りかかって所在無げにしているマニゴルドの姿に首を傾げた。

「何やってるのさ先輩?店に入らないの?まさか本当に店が閉まってるのかい?」
「俺は空気が読める男なんだよ。俺達が呼び出された理由を考えれば、『店の前でばったり会った』って言って二人同時に入った方がいいだろ」
「ああ、なるほど」
「んじゃー行きますかね」

 マニゴルドがドアを開けると、店の真ん中に置かれた椅子に『一番奥の部屋にいます』と書かれた黒板が立てかけられていた。
 蟹座コンビは顔を見合わせて無言のまま一番奥の部屋に向かった。
 扉の前まで来たマニゴルドがドアを顎でしゃくった。

「お前が開けろよ。俺は去年やったから今年はいいわ」
「そう。じゃあお言葉に甘えて。…こんにちわ、シラーです。マニゴルド先輩も一緒です」

 シラーがドアをノックして部屋の中に声をかけると、予想もしなかった可愛らしい声が返ってきた。

「準備はできてるぞっ!二人一緒に入って来い!」
「「…………」」

 驚いた顔を見合わせた蟹座コンビがそっと観音開きのドアを開けると、部屋に集まっていた皆が一斉にぱちぱちと拍手した。

「誕生日おめでとう!」
「シラーもマニゴルド先輩も、誕生日おめでとう!」
「シラーにマニゴルド、二人ともおめでとう!」

 呼び出された理由が自分達の誕生日パーティーだろうと言うことは察しがついていたが、やはりこうして皆に祝福の場を用意してもらって言葉をかけてもらえ ると言うのはたまらなく嬉しかった。冥界の神々、アテナ、シオン、童虎、星矢、一輝、瞬、ハービンジャー、玄武、パラドクス、アモール、更には異世界の双 子神まで同席しているので、シラーは既に感激で泣きそうになっている。
 感極まって感謝の言葉すら出てこない後輩をちらりと見て、マニゴルドは照れ臭そうに頭をかきながら笑顔を浮かべた。

「あ…皆、ありがとな。今日だけは素直に礼を言うぜ。ミニっ子神様達も俺達の誕生日を祝いにわざわざ来てくれたのか、ありがとよ!」
「礼には及ばぬ!」
「私はタナトスに誘われて仕方なく…だ」
「ではくす玉を割るぞ!二人とも、紙吹雪をちゃんとキャッチするのだぞ!」
「キャッチ?」
「紙吹雪を?」

 きょとんとする蟹座コンビにはお構いなしで、異世界の双子神はハービンジャーが持ってきた踏み台に乗って、天井に吊るされたくす玉から下がった紐をふたり同時に引っ張った。

「「せーの!」」

 パカッ!!
 勢いよくくす玉が割れて妙に大きな紙吹雪が舞った。『紙吹雪をキャッチしろ』と命じられた蟹座コンビは手土産に持参したジュースの瓶を慌てて床に置き、宙を舞った紙吹雪を全部受け止めた。

「何だこりゃ?紙吹雪の割りにデケーけど…って、ん?」
「これは…折り紙の蟹?」

 紙吹雪かと思ったそれは折り紙で作った蟹で、ひとつひとつ微妙に出来が違う。そして、この場にいる人数のちょうど倍の数の『折蟹』があった。
 それの意味するところを理解して驚く二人に、皆がにこりと笑って見せた。

「どうだ、なかなかよく出来ているであろう?」
「あなた達のために皆で折ったのよ」
「ありきたりの紙吹雪では面白くないと思ってな」
「裏にちっちゃく作成者のサインが入ってるから、それぞれ全員分持って帰れよ!」
「あ…ありがとよ」
「ありがとう、ございます…」
「さ、二人とも席につきなさい。皆もお腹がすいたでしょう。おいしい料理をたっぷり用意してありますから、食事にしましょう」

 アテナの言葉にハービンジャーとタナトス少年がにっこり笑って大きく頷いた。




 豪華な料理をたらふく食べた後は、ハッピーバースデー合唱とバースデーケーキの蝋燭を吹き消すお約束のイベントである。苺が山と盛られたホールケーキに 立てられた蝋燭の火をマニゴルドとシラーが吹き消すと、『待ってました!』とばかりにこの世界のタナトスと異世界のタナトスがサーバーとケーキ用ナイフを 持って立ち上がった。
 丁寧に苺をよけつつバースデーケーキを切り分けたふたりは、かなり大きくカットしたケーキの一切れにチョコのプレートを乗せると、絵に描いたようなドヤ 顔で蟹座コンビの前にケーキを置いた。マニゴルドのチョコプレートには逆ギレしたおかめのような絵と古文書一歩手前の文字で『たんじょうびおめでとう』と 描かれていて、シラーのチョコプレートにはなかなか絵心のある蟹の絵と流れるような『HappyBirthday』の文字が書かれていた。

「「これは?」」

 蟹座コンビが同時に同じ言葉を口にすると、タナトスコンビは同時に腕を組んでふんぞり返った。

「「俺が描いたのだ!」」
「うわぁ…ありがとうございます!記念写真撮ってもよろしいですか?」
「「構わんぞ!」」
「あのさ、タナトス様。このチョコプレートに絵と字を書いたのがあんたらだってのは分かるけどよ。俺のを書いたのがミニタナトス様だっつーのも分かるんだけどよ…」

 感激で目を潤ませながらケーキの写真を撮るシラーと、苺が零れ落ちんばかりに乗ったバースデーケーキと、チョコのプレート『しか』乗ってない自分達のケーキと、面白そうに様子を見ている皆を順番に見て、マニゴルドはタナトスコンビに何とも言えない顔を向けた。

「つかぬ事をお尋ねしますがねタナトス様。こんだけ太っ腹に苺が乗ってるケーキなのに、俺達のケーキに苺が一個も乗ってねーのは何でなんだ?」
「全く…あいも変わらず細かいことに拘るな、この青い蟹は」
「ケーキの苺などみみっちい事に拘るから彼女ができないのだぞっ!」
「とか何とか言いながらあんたら、『よく突っ込んでくれた!』って言わんばかりの嬉しそうな顔じゃねーか!」
「む。良くぞ見抜いたなマニゴルド!突っ込んでくれなかったらどうしようと思っていたぞ!」
「え…と、では、僕達は次に何をすればいいのですか?」
「食べろ。そして感想を言うがよい」

 銀色の目をキラキラさせたタナトスコンビの姿に、マニゴルドとシラーは顔を見合わせ、頭の上にクエスチョンマークをつけながらケーキにフォークを入れて口に入れた。
 …美味い。
 天才パティシエと言われる龍神秋乃が親しい友人のために腕によりをかけて作ったケーキだ、美味くないはずが無い。たとえ苺が乗っていなくても、スポンジとクリームだけで十二分に美味い。
 蟹座コンビが最初の一口を飲み込むのも待ちきれない様子でタナトス少年が身を乗り出した。

「で?感想は?!」
「…スゲー美味いぜ」
「…………」

 質問の意図が分からないマニゴルドが不思議そうな顔で感想を言うと、タナトス少年はどこか不服そうな顔になった。どうやらマニゴルドの返答はお気に召さなかったらしい。
 …その反応でピンと来たシラーが口を開いた。

「とても美味しいですけど、苺が乗っていないとケーキと言う気がしませんね。これでは甘いパンです。ねぇ、君もそう思うよね?先輩」
「ん?あ、ああ、確かにそうだな。スゲー美味い菓子パンだ」

 シラーの目配せに気付いたマニゴルドが調子を合わせると、タナトスコンビは実に満足そうな笑みを浮かべて沙織を見た。

「「『苺が無いからこれはケーキではなくパンだ』そうだぞ?アテナ」」
「あらあら。では、苺をトッピングしないといけませんわね」

 沙織はにこりと笑って椅子から立ち上がり、傍らに置いてあったワゴンから苺が山と盛られたバスケットを取り出した。
 ますます不思議そうな顔になる蟹座コンビの間に立った沙織は、山盛りの苺を二人のケーキの上に注いだ。それは正に『注ぐ』と言う言葉が相応しい光景で、ケーキは大量の苺に埋もれて見えなくなってしまった。
 艶々と美しく輝くルビーレッドの果実に目を丸くしたマニゴルドとシラーが沙織を見上げた。

「「アテナ、これは?」」
「聖域メンバーからあなた達への贈り物ですわ。冥界の皆様と相談して、今年のプレゼントは『お金で買えない価値がある』をコンセプトで行くことにしましたの」
「…で、この苺が『お金で買えない価値がある』プレゼントなんですか?」
「なんだかすごく高級そうな苺ですけど…」
「まずはひとつ食べてみてくださいな」

 アテナに勧められるまま、山盛りの苺をひとつ口に入れた二人は眼を見開いた。

「え?ちょ、何これ?めちゃくちゃうめぇ!神がかり的にうめぇ!」
「こんな美味しい苺、食べたこと無い…。エルミタージュ洋菓子店で使ってる苺も相当な高級品なのに、それより美味しいなんて…一体何処の苺なんです?」
「神がかり的に美味しくて当たり前ですわ。なんと言っても、エリシオンにある、農耕神クロノスの農園で採れた苺なんですから」
「はあっ?農耕神クロノスの農園?」
「ええ。冥界の神々を通してクロノス様にお願いして、あなた達のための苺を分けてもらいに行きましたの。出発するところをシラーに見つかってしまった時はドキリとしましたけど」
「分けて貰いに『行った』って、まさか…」

 マニゴルドとシラーがますます目を丸くすると、アテナと(元)聖闘士達は仕掛けた悪戯が成功した子供のような顔で笑った。

「うふふ、そのまさかですわ」
「聖闘士の私が、生きたまま冥界の楽園エリシオンを訪ねる日が来ようとは、夢にも思っていなかったな。なぁ、童虎よ」
「うむ。しかもその目的が『聖闘士の誕生日ケーキに乗せる苺を摘むため』とはな!」
「神々の御所エリシオン…美しいところでした」
「苺だけでなく葡萄や林檎も美味かったぞ!」
「神の農園で遠慮なく果物を食う人間なんて初めてだ、とクロノス神が呆れていたな」
「苺畑の中で特に美味しそうなのを皆で探して摘んできたの」
「そ…そうなのか。ありがとよ」
「すごく嬉しいよ、ありがとう。よく味わって食べるね」

 マニゴルドはどこか照れ臭そうに、シラーは素直な笑みを浮かべて礼を言うと、沙織と入れ替わりにタナトスがずいと前に出た。
 銀の死神はポケットから小さな封筒を二つ取り出して蟹座コンビに差し出した。

「これは我々冥界の神からの贈り物だ。遠慮なく受け取れ」
「有難く頂戴いたします」
「へーへー。ありがとうございますぅ。…で?これの何処が『お金で買えない価値がある』んだ?袋に思いっきり『守矢神社』って書いてあるけど、これ、日本の神社で普通に売ってるお守りじゃねーの?」
「…………。『守矢神社』は、この世界と切り離された別世界である『幻想郷』にある神社だったと記憶しておりますが。確か、双子神様の旧知の大和神を祀っているという…」
「ほう…さすがはシラー、よく覚えていたな。その通りだ。その『オマモリ』は…」

 タナトスは鷹揚に頷いて二人に渡したお守りを指差した。
 蟹座コンビが封筒を開けると、マニゴルドの方には『縁結び』のお守りが、シラーの方には『無病息災』のお守りが入っていた。

「俺とヒュプノスが幻想郷に出向き、八坂と洩矢に頼んで大和神の神力を込めて貰った一品物だ。そこらの神社で買える量産品ではないぞ」
「へぇ〜それは効果が期待できそうだな!」
「八坂様と洩矢様という大和神は、恋愛や健康を司っておられる神様なのですか?」
「いや、全く関係ない。八坂は風と農業を司る軍神で、色恋よりも仕事が好きと言ういわゆる『バリキャリ』女神であったな。洩矢はミシャグジという祟り神だ」
「「……………………」」

 有難いのか迷惑なのか判断しかねたマニゴルドとシラーが微妙極まりない顔で固まっていると、異世界のタナトスがヒュプノスの手を引いてタナトスと蟹座コンビの間に入ってきた。

「俺達からもプレゼントがあるのだぞ!」
「…先に言っておくが私はタナトスにつき合わされただけだからな。私達の世界のお前達だったら絶対に贈り物などやらぬが、こちら側の世界のお前達だから仕方なく、だ」
「相変わらずツンデレだなミニヒュプノス様…」
「それは光栄です。何を頂けるのでしょうか?」
「俺とヒュプノスのサイン色紙だ!俺達の世界の皆にお祝いの寄せ書きもしてもらったのだがな、半端にスペースが開いたから俺とヒュプノスの手形も押しておいたぞ!」
「「有難く頂戴いたします」」

 タナトス少年が表彰状を授与するようなポーズで胸を張って差し出した色紙を、蟹座コンビは深々と頭を垂れつつ恭しく受け取った。
 小学生が自分の持ち物に名前を書いた、と言われれば納得してしまいそうな『サイン』の横には、異世界の皆からのお祝いメッセージが所狭しと書かれて、空いたスペースには小さな手形が押されている。その可愛らしさにシラーだけでなくマニゴルドも思わず笑み崩れた。

「なになに…『女運ゼロ人生を変えるために頑張れよ、俺』?…うっせ、お前と俺の人生交換しろってーの」
「『玄武やアモールと仲良くするのも良いけど浮気はそこそこにね、しぃ』って…。あっちの世界の僕は、僕とハービンジャーの仲をどう勘違いしてるのかな」
「頂いたメッセージに対する突っ込みはおいおいジックリするとして、だ。ありがとな、ミニっ子双子神様!この色紙は会社のデスクに飾っておくぜ」
「僕は額に入れて宮に飾ります」
「うむ!」
「ま…まぁ、お前達が喜んだのならそれでよい」

 蟹座コンビが嬉しそうにプレゼントを受け取ったので、異世界の双子神は満足そうに頷いて自分の席(タナトス少年はタナトスの膝の上)に戻った。




 …別腹が一杯になるまでケーキを食べて、皆でわいわいとパーティーの後片付けをして、そろそろお開き…という雰囲気が流れ始めた時。

「記念写真を撮るぞ!全員、整列!」

 デジカメと三脚を持って来たタナトスが皆に声をかけた。
 死神が問答無用で三脚にカメラをセットして写真撮影の準備を始めたので、皆は釣られたようにぞろぞろと並び始めた。
 …写真のモデルをしているタナトスのマネージャーをしているマニゴルドが、テキパキと皆を仕切りながら怪訝そうにタナトスを振り返った。

「写真撮影は良いけどよ、タナトス様。何で急にそんなこと言い出したんだ?」
「お前達人間の一生は儚く短い。ならば、チビ達の成長やお前の生え際の後退を何らかの形で記録しておくのも良かろうと思ってな」
「生え際の後退は余計だよ!何でアンタ、全体的に見れば良いこと事言ってるのにワンポイントでいらねぇ一言入れるんだよっ!!」
「じゃあタナトス様、この写真撮影って毎年やるつもりか?」
「毎年やらねば記録の意味が無かろう」
「あの…毎年と言うと、その、いつまで、ですか?」

 シラーがおずおずと皆の疑問を代弁した。
 永遠に等しい時を生きる神々と違い、人間の一生は『短い』。遅かれ早かれ、ここにいる人間の全員がいつかは冥界に旅立っていなくなってしまうのだ。一人、また一人と減っていく記念撮影は逆に寂しさを募らせるのではないだろうか。
 そんなシラーの質問に、銀の神は当たり前のような顔で笑った。

「決まっているだろう。いつまでも、だ」
「え?」
「確かにお前達人間の生は短い。しかし人間は、その短い生の中で子をなし弟子を取り、自分の何かを次の世代に託して未来へ繋いでいくのであろう?お前達が 冥界の住人となった後も、お前達が何かを託しお前達から何かを引き継いだ人間が我々と交流しているであろう。そしていずれは新たな命となったお前達と出会 うやも知れぬ。我々神は、お前達が繋ぎ紡いだ証を記憶し記録し続けてやろう。交流が続く限り、いつまでもな!」
「…………。タナトス様さぁ、時々サラーッと深イイこと言うよな。普段はなーんも考えずに無神経なことズケズケ言うからイマイチ感動しきれねーけどよ」

 マニゴルドがなんとも言えないジト目で言った言葉にシラー以外の全員が深々と頷き(シラーは普通に感激していた)、皆のその反応にタナトスはあからさまにムッとなった。

「どういう意味だ」
「言葉通りの意味だよ。…ほれタナトス様、全員整列したからさっさと写真撮れよ。あ、アンタの位置はミニタナトス様の隣だからな」
「む、そうか。タイマーは…これであったな」

 一瞬で意識が写真撮影に戻ったらしいタナトスは、カメラのタイマーをセットすると指示された場所に立って高らかに言った。

「さあ、撮るぞ!」
「はい、チーズっ!」

 タナトス少年の声に皆がにこりと笑った。




 …撮影された写真のデータは、パーティーの途中で撮った写真も一緒にUSBメモリにコピーして全員に渡された。
 誕生日パーティーを終えて帰宅の途についたマニゴルドは、手のひらに収まる小さな道具を複雑な顔で眺めながら呟いた。

「タナトス様は妙にイイこと言ってたけど、こうやって『いかにもデジタル』な道具で渡されると味も素っ気もねーな。せっかくの感激も冷めちまうぜ」
「ロマンの無いこと言うねぇ」
「超絶リアリストのお前にロマンとか言われてもな」
「老婆心ながら言わせて貰えば、TPOに応じてロマンとリアルを使いこなせないから彼女が出来ないんだよ?マニゴルド先輩」
「んなっ!じゃあ聞くけどなシラー、こんな無機物でどうやってロマンを語るんだよ」
「無機物、ね」

 シラーは目の前に突きつけられたUSBメモリを一瞥して、自身の小指に填まった銀の指輪をマニゴルドに見せるように手を掲げて見せた。

「そんなことを言ったらこの指輪だって無機物だよ。君は、僕がハービンジャーと約束を交わした証のこの指輪も『味も素っ気もない無機物』だと思う?」
「いや、それは…思わねぇ、けど」
「でしょ?大事なのは『これが何か』じゃなくて『どう認識するか』だよ。このUSBメモリを『写真データの入った道具』と考えるか、『小さなアルバム』だと考えるか。自分の認識ひとつで無機物はリアルにもロマンにもなるのさ」
「認識ひとつでリアルにもロマンにも、か」
「そう。その時の状況に応じてリアルとロマンを使い分けるのが恋愛のコツだよ」
「…………。何だか今日は妙にいろんな奴から『イイ話』を聞く日だな」
「あれ、僕の話を『いい話』だと思ってくれたんだ?先輩」
「……………」

 んなわけねーだろボケ!と言いかけたマニゴルドは、シラーが思いのほか嬉しそうにしているのを見て喉まで出掛かった言葉を飲み込んだ。わざわざ本音を口に出して空気を悪くすることも無いだろう…と考えてマニゴルドはハッとした。

(お。ちゃんとリアルよりロマンを優先したじゃねーか、俺!よしよし、この調子で恋愛上級者を目指したいところだぜ!!)

 ポケットに入れた縁結びのお守りを握り締めてマニゴルドは強く心に誓った。
 来年の誕生日パーティーはシラーが羨むようなイイ女を恋人にして、彼女同伴で参加してやるぜ!




 …………
 ………………
 シラーは戸棚の引き出しを開けて中をかき回し、扉を開けて中を覗き込み、本日何度目か分からない溜息をついた。

「何処に片付けたっけなぁ…」

 困り果てた声が唇から漏れた。
 部屋の時計を見上げると出発の時間が迫っていた。そろそろ支度をしなければ間に合わない。
 …仕方が無い、諦めるか。
 もう一度盛大に溜息をついたシラーは、身支度を整えるためにクローゼットを開けた。季節は夏に近いから少し薄手の服の方がいいかもしれない。神様も同席されるからそれなりにきちんとしたものを…そんなことを考えながら相応しい服を選んでそれに着替えた。

「………?」

 服のポケットに違和感を感じて手を突っ込むと、小さな道具が手に触れた。
 …USBメモリだ。

「あった!こんなところに入れっぱなしにしてたなんて…道理で見つからないはずだよ」

 シラーは急いでパソコンの電源を入れてUSBメモリを差し込み、記録されていた写真データを印刷した。
 …懐かしい思い出の写真。
 自分が初めて、聖域の皆や冥界の神々に誕生日を祝ってもらった時の写真。
 お前達人間達が繋ぎ紡ぐ絆を記録しておこう、とタナトス神が言ったあの日の写真。
 シラーは懐かしさに目を細めた。

(マニゴルド先輩に会うのは随分久しぶりだけど、先輩はあの日のことを覚えているかな)
(ああ、皆に会ってこの写真を見せるのが楽しみだなぁ)

 シラーは思い出の写真を持って軽やかな足取りで部屋を出て行った。
 …今年の誕生日パーティーに参加するために。


END


星矢部屋
総合目次
SS・2012時代
SS・神話時代
SS・蟹座達


 去年の蟹座誕はマニさんだけでしたが、今年はシラーさんも一緒にお祝いとなりました。一番最初の予定では、誕生日を祝ってもらうのはシラーさんだけ(マニ さんとシラーさんは誕生日が違うので別々の日に誕生日パーティーをする)という計画で話を考えていたのですが、諸般の事情(主に時間切れ。笑)で二人一緒 になりました。マニさんとシラーさんは誕生日が同じだったのかな、と漠然と考えています。
 前編のシラーさんは、「明日が自分とマニさんの誕生日だと言うこと・お祭り騒ぎが大好きなタナトスに呼び出されたこと・呼び出し先が皆の誕生日会場にな ることが多いエルミタージュ洋菓子店であること」の三つの情報から「明日はエルミタージュ洋菓子店で自分とマニさんの誕生日パーティーをやるんだな」と察 したわけです。ちなみにシラーさんとすれ違った後の聖域メンバーは、エルミタージュ洋菓子店に行って蟹を折り、そのあとエリシオンのクロノスの農園に行っ て苺を摘み、苺をエルミタージュ洋菓子店に預けて帰還しています。ちなみに折り紙で蟹を折る方法はこちら。
 そして苺の乗ってないケーキを食べたシラーさんが「苺の無いケーキは甘いパン」とコメントしていますが。これは、この話の前編として書くつもりだった蝶 様タナ様と当シラーさんの話で出てくるネタです。蝶様タナ様と当シラーさんの「苺の無いケーキは甘いパン」ネタも近いうちにSSにしたいところです…。
 今回の話は「誕生日プレゼントと称して皆が摘んできたエリシオン産の苺を蟹座コンビのケーキに乗せる」というところまでしか決めていなくて、苺=聖域組 からのプレゼント、当世界の冥界神々=お守り、異世界双子神からのプレゼント=手形つきの寄せ書き、まではすんなり決まったものの、落ちが決まらず三日悩 みました(苦笑)。結局、サイキで書いたSSのラストを「誕生日パーティーと写真撮影」で〆たから…と思って「写真を撮る」エピを入れることにしました。 で、最後は「――笑って。」という言葉で終わらせようかと思ったのですがどうにもうまく収まらず。タナトスは「笑って」とは言わないですし、かと言って他 の誰かに「笑って」と言わせるのも不自然だし、シラーさん視点で話が始まったのにタナトスのセリフで終わるのも変かな、と悩みに悩んで最後のシーンもシ ラーさんにしました。
 最後のシーンの時間軸がいつなのかは明確に決めていません。が、「蟹座コンビ初めての誕生日」から数百年経った未来かな、とは思っています。当シラーさ んは死後エリシオンに行くことがほぼ決まっているので(SS『如月』参照)、シラーさんが地上での生を終えてエリシオンに行った後、マニさんが新しい命と して生まれ変わった後の時代…と言う漠然としたイメージで文章を書きました。
 
 それと、蝶様双子神が色紙に手形を押していますが。たぶん来年の蟹座誕生日にも蝶様双子神は手形つきの色紙をプレゼントしてくれると思います。少しずつ文字が大人びていって、手形も大きくなっていくんだろうなぁ、と考えて「色紙に手形」ネタを考えました。
 そして、蝶様の世界(聖戦終結後7年経過)にもマニさん+シラーさん(と、Ω黄金)がいます。ちなみに蝶様世界の蟹座コンビもタナトス様大好きです (笑)。そして蝶様マニさんは当マニさんを『俺』とよび、当マニさんは蝶様マニさんを『お前』と呼びます。蝶様シラーさんは当シラーさんを『しぃ』と呼び (シラーのしぃ)、当シラーさんは蝶様シラーさんを『僕』と呼びいます。ツイッターで蝶様と話が弾んでネタと設定が先行しててSSが追いついていません orz 
 それから、蝶様世界のハビさん&シラーさんはラブラブです。どのくらいラブラブかと言うと、当タナトスが無責任に煽った勢いで結婚しちゃうほどです(本当)。