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2012年、初秋。 死の神タナトスは、城戸財閥の関連会社の一つを訪ねていた。地上で使う資金の提供を受ける代わりに、城戸財閥ブランドアクセサリーのモデルの仕事をこなすためである。 最初は神である自分に人間があれこれ指図することに不快感を覚えていたが、冥妃の転生体である龍神秋乃に『たとえ相手が神様でも臆さず指示を出すのがプ ロフェッショナルと言うものです。仕事は仕事と割り切れずに、俺は神だぞ!なーんて言ってプロの指示にムッとしてるうちは、タナトスさんはアマチュアモデ ルですよ』と言われて正直カチーンと来た。 生来の負けず嫌いな性格が『プロに徹する』という良い方向性に発揮されたことで、タナトスは一定以上の評価を受け一目どころか二目も三目も置かれるよう になり、タナトス自身はそれを『人間が俺を崇めるようになった』と都合よく解釈し、上機嫌で仕事をこなすようになっていた。 …城戸沙織は約束の時間にきちんと合わせてやってきたタナトスに丁寧に一礼した。 「ようこそ、タナトス殿。お待ちしておりましたわ。こちらの都合に合わせて頂いてありがとうございます」 「別に構わぬ。融通を利かせやすい方が融通の利かない方に合わせるのが合理的だと秋乃様もおっしゃっていた故な。…貴女こそ、俺が来るたびに出迎えに来ずとも良かろうに。自身の仕事があるのではないか?」 「冥王のお兄様にお会いする以上に重要な仕事など…秋乃様との約束以外にはありませんわ」 「律儀な事だ」 呆れたように言いながらタナトスの口元は嬉しそうに綻んでいた。どうのこうの言って、アテナが律儀に礼を尽くす事に悪い気はしないのである。 そしてアテナにとっても、冥王に絶大な影響力を持つ死の神と交流する機会を持つのはメリットが多かった。和解は成立したとはいえ、冥界に対する聖域側の 警戒心は完全になくなったわけではない。アテナ自らが冥王の片腕と接触して『冥界の状況に探りを入れる』ことは聖域の人間達を安心させる材料になるのだ。 …普段通りの仕事をこなし終わったタナトスのところに、沙織が女性を一人同伴してやってきた。 「次はこの方と一緒に撮影をお願いしますわ」 「ん?あ、ああ…」 タナトスは数回目を瞬いた。 女性と一緒に撮影の仕事は今まで何度もあった。が、沙織が連れて来た女性はファッション雑誌に載せる写真に映るにしてはメイクも服装も髪型もずいぶんと地味だ。しかも服装にいまいち合っていない手袋までしている。 タナトスの怪訝そうな表情の意味を察したのか沙織はその女性を紹介した。 「彼女、『ハンドモデル』なんです」 「はんどもでる?」 「手だけ写真に映るモデルさんですわ。『手タレ』とも言いますわね」 「はぁ…手だけ…」 地味な格好とちぐはぐな手袋の意味は分かったがそれが仕事とどう関わるのか不思議そうなタナトスに、沙織は丁寧に話を続けた。無駄とも思える会話も良好な関係維持の重要な要素である。 「来月はクリスマス、年が明ければバレンタイン、その翌月はホワイトデーと恋人達の日が続くでしょう?ですから『男性が恋人に贈るアクセサリー』という特集記事を組みますの。つまり、女性の手にアクセサリーをつけてあげる男性の図、と言うのを撮影したいのです」 「記念日がないと恋人にプレゼントも贈れぬのか、日本人は?贈りたい時に贈れば良いではないか」 「まだまだ日本人は恋愛に対して奥手なんじゃないかしら。言葉に出して愛を伝える事が照れ臭いと言うか…だから、シャイな彼らが恋愛に踏み出す口実を与えてくれるのが記念日なんだと思いますわ」 「なるほど。想い人を口説くきっかけが欲しい人間とここぞとばかりに物を売りたい人間の利害が一致するのが記念日なのだな」 「バッサリですわね」 他愛もない雑談を穏やかに笑いながら交わして仕事を終えたタナトスは、撮影に使われた女性用のアクセサリーを摘まみ上げてしげしげと眺めた。宝石が花や ハートの形であしらわれた上品なデザインで、芸術品を見る目の肥えた神であるタナトスもこれなら価値を認めて良かろうと思うほどクオリティが高い。 せっかくだから、彼女役を演じてくれているヘカーテにひとつプレゼントしようか。 そんな事を考えていると、タナトスの考えを見透かしたように沙織が近づいてきた。 「秋乃さんにプレゼントですか?それともヘカーテに?」 「ヘカーテ様にどうだろうな、と思っていた」 「気にいった物があったらひとつと言わず二つでも三つでもお持ち下さいな。あなたに払う報酬はそれでも足りないくらいですから。ピンと来るものがなければ別の物を用意させますから言って下さいね」 ならば、と他のアクセサリーも用意してもらったタナトスは、種類が多すぎて逆に決められなくなっていた。ヘカーテは青や紫の寒色系カラーのアクセサリーが好きらしいが、どれを選んでも彼女が既に持っている物と大差ない気がする。 腕を組み眉間に皺を寄せて考え込んでしまったタナトスを見て沙織が声をかけて来た。 「これは!と思うものはありませんでしたか?」 「いや、どれを選んでもヘカーテ様が既に持っているアクセサリーとかぶりそうな気がしてな…」 サファイアやブルーダイヤ、アクアマリンがあしらわれた華やかなデザインのアクセサリーを取っては戻し取っては戻ししているタナトスに、沙織はピンクダイヤモンドで花を模った控え目なデザインのブレスレットを差し出した。 「では、彼女が自分では選ばないような物を贈っては如何かしら。新鮮に感じてくれると思いますわ」 「…ヘカーテ様がこんな明るい色のアクセサリーをつけているのは見た事がないぞ。お嫌いなのではないか?」 「そうかしら?自分には似合わないと思って食わず嫌いしているだけかもしれませんわよ。あとはベルセフォネーが明るい色を好きだから敢えて彼女とかぶらないようにしていたのかも」 「む………」 「プレゼントして、『こんなのは好かぬ!』と言われたら彼女同伴でいらしてくださいな、交換に応じますわ。ハズした時はハズした時で話のネタになるんじゃありません?」 それもそうか。 沙織の言葉に妙に納得したタナトスは、ヘカーテが自分ではまず選ばないであろう可愛らしいデザインのブレスレットをプレゼント用に包んでもらったのだった。 いつものように冥妃(の、転生体)が店長をしているエルミタージュ洋菓子店に顔を出し、バレンタイン用チョコの試作品も土産に貰って冥府に戻ったタナト スは、帰還報告と茶会を兼ねてハーデスの私室を訪ねていた。夢の四神は所用でエリシオンを開けていたので、本日の顔ぶれは双子神とハーデスとヘカーテであ る。 いそいそとチョコの箱を開け始めた甘党の女神に、タナトスは綺麗にラッピングされた箱を差し出した。早速チョコを一粒口に入れていたヘカーテは、差し出された小箱とドヤ顔のタナトスを交互に見て目を丸くした。 「…何だ?」 「俺の見栄に付き合って彼女役を演じて下さっているヘカーテ様に、感謝の気持ちを込めたプレゼントです」 「え?プレゼント?私に?」 「はい。お気に召していただけると良いのですが」 「ちょ、何だその嬉しすぎるサプライズは」 ヘカーテは慌ててチョコを飲み込むとナプキンで手をぬぐって小さな子猫を受け取るような手つきで箱を受け取った。しばらく箱をじっと見つめ、男神達の視線に気付き、彼女は丁寧に包みを解いて箱を開けた。 小さなクッションの上には、ピンクの宝石が花のモチーフになった大人しいデザインのブレスレットが乗っている。ヘカーテはそれをそっと持ち上げてぱぁっと顔を輝かせた。 「わぁ…」 「ほう…ブレスレットか。なかなか可愛らしいデザインのものを選んだのだな」 「自分では選ばないような物を敢えて贈ってはどうかとアテナにアドバイスされてな。ちなみに城戸財閥ブランド冬の新作だそうだ」 「良かったな、ヘカーテ。早速つけてみてはどう…」 「ありがと、タナトス!」 ヘカーテは勢いよくタナトスに抱きついて、タナトスは見事に長椅子にひっくり返った。…ふたりの名誉の為に言うが、ヘカーテが重いわけではなくタナトス が毎回気を抜いていて不意をつかれるわけでもなく、単にヘカーテの力がタナトスより強くて死神が女神を受け止めきれないだけである。情けないと言えば情け ないが。 最早見慣れた光景なのでハーデスもヒュプノスも落ち着いたものだ。ヘカーテがはしゃいでバタバタさせている足に当たらないように卓をずらし、試作のチョコのどれが一番美味そうかと選び始めた。 長椅子に押し倒したタナトスに抱きついてキスをして礼を言ってはしゃいでとりあえず気が済んだのか、ヘカーテは身体を起こしてブレスレットに頬ずりをして、うっとりと頬を染めて嬉しそうに眺め始めた。 まぁここまで可愛らしい反応で喜んでくれれば、プレゼントした甲斐もあるだろうな。 苦笑しながらそれでも満足気なタナトスをちらりと見てヒュプノスは思った。素直に大喜びできるヘカーテが時に羨ましく思えるな…と、自身が素直でない自覚がある眠りの神は複雑な気持ちでチョコを口に入れた。 ひとしきり眺めて満足したのか、ヘカーテはブレスレットをタナトスに差し出した。 「タナトス、つけてくれ」 「畏まりました。ではお手をどうぞ、ヘカーテ様。…そうそう、今日はこんな形で『手タレ』というモデルを相手に撮影をしたのです」 「てたれ?」 「ああ、化粧品とかのCMで手だけ映るあのモデルか」 「そうです、それです。撮影しながら話を聞きましたが、手を美しく保つために人並み外れた努力をしているそうですよ」 「これだけコンピューターやらCGが発達しても最終的には生身の人間に戻ってくるのか…興味深いな」 「お前はいちいち物ごとを難しく考えすぎだぞ、ヒュプノス」 …タナトスにつけてもらったブレスレットをまた嬉しそうに目を輝かせて見つめるヘカーテを見て、何となくつまらなそうな顔で美貌の女神を眺めるヒュプノスを見て、ハーデスは少し大袈裟に拗ねた顔をして見せた。 「ところでタナトスよ。プレゼントはヘカーテにしかないのか?お前の役に立つどころか寄りかかっているだけの余が言うのも何だが、余にはプレゼントは無いのか?」 「ああ、これは失礼。勿論ハーデス様にもプレゼントをご用意してありますよ」 チョコを口に入れかけたタナトスが思い出したように荷物をごそごそやって、ヘカーテに渡したのよりずっと大きな箱を取り出してハーデスに差し出した。 冥王は満面の笑みで箱を受け取りしげしげと眺めた。 「随分と大きな箱だな。ロールケーキかカステラでも入っているのか?」 「………。ハーデス様。俺は土産でなくプレゼントだと申し上げたはずですが」 「そうか、そうであったな。しかしアクセサリーが入っているにしては大きな箱だな」 「ええ、ヒュプノスの分も一緒に入っていますから」 「…え?」 ヒュプノスが意外そうな顔をすると、タナトスがあからさまにムッとなった。 「『え?』とは何だ、ヒュプノスよ。ハーデス様にプレゼントを用意してお前に用意しないほど俺はケチではないぞ。お前の分も、オネイロイの分もちゃんとある!皆、俺の可愛い弟だからな!」 「………」 「ではヒュプノス、開けてくれるか。余はそそっかしいのでな、うっかり落として壊したりしたら目も当てられぬ」 ハーデスはにこにこ笑いながらヒュプノスに箱を差し出した。 意外すぎる兄からのプレゼントに半ば思考回路が止まったままの状態で、ヒュプノスは丁寧にリボンをほどいて包装紙を開け、じーっと見つめるハーデスとヘカーテを見てからそっと箱を開けた。 …シンプルで上品な、同じデザインの腕時計が色違いで三つ、並んでいた。 「………」 「ほぉ…腕時計か。これもアテナのブランドなのか?」 「ええ、そうです。日本では幼い兄弟で『お揃い』の小物を持つ事があると聞きまして…我々は幼くは無いですがその習慣は好ましいから取り入れてみようかと」 「おお、それは良い事だな。ありがとうタナトス!余は嬉しいぞ!」 「いえいえどう致しまして。………」 もの言いたげな兄神にじーっと見つめられて、箱を開けたまま固まっていたヒュプノスは数回瞬きし、目を逸らし、照れくささで頬を赤くしながらボソリと言った。 「あ…ありがとう、タナトス。私も嬉しい」 「うむ。素直が一番だぞヒュプノスよ」 「それでタナトスよ。これは余とそなたとヒュプノスの分であろうが、どの色が誰用なのだ?」 「決めておりませぬゆえ、ハーデス様からお好きな色をお選びください」 「んー、では…」 「ちょっと待った」 選びかけたハーデスの手をヘカーテが止めた。 怪訝そうな目を向ける男神達に、ちっちっち…と指を振って彼女は悪戯っぽく微笑んだ。 「『自分では選ばない物を敢えて贈るのが新鮮だ』とさっきタナトスが言っていたではないか。好きな色を選んでは結局いつも通りのコーディネートになってしまうだろう?ここはひとつ、籤で決めてはどうだ?」 「なるほど、良いアイデアですね」 「では紙を用意しましょうか。えーと、要らない紙は…」 「紙で籤など作る必要はなかろう。丁度良い小道具がここにあるではないか」 ヘカーテは既に半分ほどなくなっているチョコの箱を指差した。 不思議そうな顔をする男性陣に彼女は言った。 「このチョコ、外見はどれも同じだが、中身はナッツ、果物、マシュマロと三種類あるんだ。食べたチョコの中身で誰がどの色にするか決めてはどうだ?」 「ほう…面白い決め方だな」 「間接的ではありますが冥妃様がお決めになったとも言えますね」 「よし!では中身がナッツだったら右の時計、果物だったらまん中、マシュマロだったら左だ!」 「異議はないようだな?…では、どちらさんもよござんすね?」 ヘカーテが時代劇で聞きかじったセリフを言いながらチョコの箱をガラガラと振った。 シャッフルされたチョコを一粒ずつ齧って中身を確認した神々は、重大な事を忘れていた事に今更気付いた。同じ中身が二つ以上出る可能性が大いにあると言う事を。 …結局、誰がどの色の時計を手に入れるかはアミダ籤で決められたのだった。 |
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