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鼻をくすぐるコーヒーの香りに覚醒を促されてマニゴルドは目を開けた。布団の中から手を伸ばして時計を取ると、時刻は午前九時を少し回っている。 今日は休日だと言うことを差し引いても少しばかりの寝坊と言うところか。 一度手足をぐっと伸ばしてから布団の上に起き上がり、居間と寝室を仕切る襖を開けた。 「…あ、おはよう先輩。起こしちゃったかい?」 バターと紅茶のジャムを添えたスコーンとカフェオレの朝食を取っていたシラーが尋ねた。 「気にすんな」 「そう?」 マニゴルドの言葉に、シラーはテレビに繋いでいたイヤホンを抜いてボリュームを上げた。 毎朝の定番の、毒にも薬にもならないバラエティ番組だ。 マニゴルドはガリガリと頭を掻きながら洗面所に向かい、トイレと洗顔を済ませて台所のカップをひとつ持って居間に戻ってきた。ちゃぶ台の傍らではコーヒーメーカーがいい香りを漂わせている。 「一杯貰うぜ」 「どうぞ。スコーンとジャムが冷蔵庫に入っているよ」 「おう、後で食うわ」 どぼどぼとコーヒーをカップに注いで見るともなくテレビに目をやると、映画のCMが流れていた。 『彼らこそ、この世に邪悪がはびこるとき、必ずや現れると言う希望の戦士。聖闘士星矢レジェンドオブサンクチュアリ。君は、小宇宙を感じたことがあるか!?』 ……………。 マニゴルドは遠い目でテレビ画面を見ながらボソッと尋ねた。 「お前、この映画見たか?」 「シュラさんがタナトス様と同じ声で『マジかよ』って言ってて、『マジですか』って思ったよ。シュラさんカッコ良かったなぁ」 「あー、マジかよ発言は俺もマジかよって思ったわ。タナトス様がえらく気に入って最近の口癖が『マジかよ』になっちまったし」 「それから、玄武とアモールが『師匠ェ…』って泣いてた」 「あいつらは次回作で活躍するんだろ。つか、お前は泣かなかったのかよ」 「泣いたよ。笑いすぎて」 「笑ったのかよ!」 「あれは笑うところだろ。師匠だって爆笑してたよ?『俺様サイコー!』って」 「笑ったのかよ!」 「『いいかシラー。次に格下に負けて溶岩に落っこちることがあったら、俺様を見習ってこのくらいのインパクトを残すんだぞ。ミュージカル、語尾のカニカニ、背中の蟹の漢字、パンイチ、捨て台詞のうち三つは押さえろよ』って説教されたよ」 「自虐ネタもそこまで行けば天晴れだな」 「師匠には敵わないなぁって改めてつくづく思ったよ」 「師匠ってーのは一生越えられねーもんなんだろうな」 懐かしい目で呟いてマニゴルドはズズッとコーヒーを啜った。 …シラーがマニゴルドのアパートで朝食を取ることになった理由は三日前に遡る。シラーを呼び出したアテナが満面の笑みで『今日中に荷物をまとめて一旦聖 域を出なさい。そして7月7日の正午にマニゴルドと一緒に巨蟹宮に戻ってきなさい。その間、聖域に近づくことはなりません。良いですね』と命じたのだ。今 年の蟹座達の誕生日が現時点でスルーされていた事と7月7日と言う日付で概ねの事情を察したシラーは、素直に命令に従って聖域を出るとマニゴルドの家に泊まりにきたのだ。 …シラーとマニゴルドが時間通りに聖域の入り口に到着すると、シラーの師匠デスマスクがけだるい顔で煙草をふかしていた。 「おーっす」 「ご無沙汰しております、師匠」 「おー」 片手を上げて挨拶を返したデスマスクは腰をさすりながら立ち上がった。 その仕草に怪訝そうな顔をする弟子にあからさまに不満そうな顔を向けて、師は煙と一緒にボヤキを吐き出した。 「今日の正午に巨蟹宮に来いって言うから、積尸気使ってショートカットしたら神の力で跳ね返されてここに落とされてよー。『何人も白羊宮から自分の足で上がって来なければいけないことを忘れましたか』だとよ。俺はもうトシなんだからちょっとくらい大目に見ろっつーの」 「二百歳越えがゴロゴロいる聖域で、アラフォーが『トシ』っつってもな…」 「まぁ、『何が仕掛けられてるか分かってるだろう、空気読め』って事なんでしょう」 「それは分かるけどよ、いきなりぶっ飛ばさなくてもいいじゃねーか。あじゃぱー言う暇もなかったぜ」 「俺の師匠とは違う意味でスゲーな…」 そんなことを言いながら蟹座三人は律儀に十二宮を上り始めた。 白羊宮も金牛宮も無人で、眼鏡をかけた貴鬼や鼻ピアスでステーキを食べているハービンジャーが待っていることを少しだけ期待していた三人は多少落胆しつつ巨蟹宮に足を踏み入れた。 途端。 バッ!!とスポットライトがついて、巨蟹宮の柱にくっついたマーブルチョコのようにカラフルな仮面達が歌い始めた。 『ラララ、ラララ〜♪』 『ハッピーバースデートゥユ〜♪』 『ハッハァ〜ン♪』 『ハッピーバースデートゥユ〜♪』 『デスマスク様♪』 『ハッピーバースデートゥユ〜♪』 『シラー様♪』 『ハッピーバースデートゥユ〜♪』 『マニゴルド様♪』 『ハッピーバースデートゥユ〜♪』 『蝶様♪』 『ハッピーバースデートゥユ〜♪』 『アッハッハァ〜ン♪』 『ハッピーバースデートゥユ〜♪』 『蟹座の皆様〜♪』 『ハッピーバースデートゥユ〜♪』 『デスマスク様とシラー様とマニゴルド様と蝶様とその他大勢の蟹座の皆様〜♪』 『皆様以外は〜♪』 『ワッワッワ〜〜♪』 『全て雑魚〜♪』 『ハッピーバースデートゥユゥ〜〜〜〜〜♪』 この演出を企画したのが誰なのか余裕で察しながら蟹座トリオが歌を聞いて、マーブルチョコの仮面達の歌が終わると部屋の明かりがついた。 宮の中は七夕の装飾を施されてあちこちに笹が飾ってあり、部屋の真ん中に置かれたテーブルには手巻き寿司の準備が整っており、集まっていた皆が一斉にクラッカーを鳴らした。 「誕生日おめでとう!」 「おめでとう!」 「おめでとう」 「おめでとうございます」 「めでてーな!!」 ちなみに集まった顔触れは、沙織、星矢、一輝・瞬兄弟、仮初の肉体に魂を入れたハーデス、この世界の双子神、異世界の双子神、龍神秋乃、エリス、ヘカーテ、黄金聖闘士達、シオン、童虎である。 神々の御前なので三人が片膝をついて傅いていると、ハーデスと異世界の双子神が花束を持って前に出てきた。 「誕生日おめでとう。そなたらの誕生日を祝えることを嬉しく思うぞ」 「おめでとう!三人とも、そんなに畏まる必要はないぞ。今日は『ブレイコウ』だと沙織も言っているのでなっ」 「今日だけはタナトスに纏わりつくお前でも祝ってやる。…おめでとう」 「ありがとうございます。ハー…ごほん、お坊ちゃまに祝ってもらえるなんて俺も偉くなったもんだぜ」 「タナトス様、ありがとうございます!もったいないお言葉でございますぅぅぅ」 「俺は仕事だからタナトス様のお守りをしてるだけなの!何度も言わせんな!ま、花束は貰っとくけどよ。ありがとさん」 花束贈呈が終わると、皆が席について誕生日の食事会が始まった。 綺麗に星型にカットされた薄焼き卵に感心しつつ、マニゴルドは傍らで手巻き寿司を頬張っているタナトス達に尋ねた。 「ところでタナトス様よ。さっきのデスマスクミュージカルで、蝶も名前を呼ばれていたと思うんだが」 「ああ、呼んだぞ」 「今日は蝶の誕生日だからメインは奴だろ?なのに蝶本人はこのパーティーに来てないのか?」 「以前も言ったであろう。ただの人間が異世界間移動に関わるのはまずいと」 「本人の知らないところでパーティー開催してどーすんだよ。何か意味あるのか?」 「以前も言ったであろう。この世界には蝶と交流しているソラと言う人間がいると。我々が奴の祝賀パーティーをやったことはソラを通して伝わるゆえ問題ない」 「一昨年も去年も学校の校庭に祝福メッセージだったからな。三年続けて同じネタでは面白くあるまい?決して、お前達の誕生日ネタが浮かばなかったからセットにした訳ではないぞっ!」 「最後の一言は余計だぜタナトス様」 「「ん??」」 素で不思議そうな顔をするタナトスコンビの隣で、ヒュプノスコンビは玄武とシラーを相手に一杯やっていた。ちなみにこの世界のヒュプノスとシラーは七夕をイメージした日本酒、ヒュプノス少年と玄武はお子様シャンパンである。 「私は蝶のことを知るまで七夕と言うものをよく知らなかったが、色々な言い伝えがあるらしいな」 「元を辿っていくとお盆関係のイベントだったそうですから、冥界とも関係があるようですね。笹の葉とか、ご先祖の霊が宿る依り代らしいですよ」 「蝶が冥界の神々に惚れ込んだのもなるべくしてなったってことか」 「ところで、織姫と彦星のお伽噺は学校の授業で習ったが、それぞれに対応した星があるそうだな」 「織姫の星は琴座のベガ、彦星は鷲座のアルタイルと言われていますね」 「今の時代の琴座はオルフェ、鷲座はマリンとユナであったか。…こう言っては何だが、七夕のお伽噺にはかすりもしない顔触れだな」 「それは仕方ないだろう、ミニヒュプノス様。『織姫がベガ・彦星がアルタイル』設定は日本と中国だけのものらしいからな」 「あれが『デネブ』『ベガ』『アルタイル』君は指差す夏のだいさんかぁ〜く、覚え〜て〜空〜を見るぅ〜♪っとぉ。よっ!皆、飲んでるカニカニー?」 程よく出来上がった星矢がカルピスとカルピスサワーを手にやってきた。 今日はカルピスの日なんだぜ、と言いながら皆の意見など全く聞かずにグラスにカルピスとサワーを注いで差し出した。苦笑しながら四人がグラスを受け取ると、星矢はグラスを高く掲げた。 「蟹座の皆さんおめでとう!ついでにカルピスの日もおめでとう!それから映画の俺、ちゃんと主役やってておめでとう!カンパーイ!!」 「…明らかにメインは最後だな」 「だね」 「うむ」 「私もそう思う」 「なぁなぁ、織姫と彦星の伝説なんだけどさー」 皆の呟きは素で聞こえなかったらしい星矢が蟹を手巻き寿司にしながら話を続けた。 「俺、子供の頃は『一年に一回しか会えないなんてかわいそう』って思ってたんだよ。けどさ、織姫と彦星って神様レベルで長生きしてるだろ?神様の一年って あっという間だろ?織姫と彦星の時間の感覚を人間の基準に当てはめると『10秒に1回会ってるようなもの』ってどっかで見てスッゲー萎えたんだけど、神様 的にはどーなの?一年に一回なんてしょっちゅう会ってるだろ的な感覚なのか?」 「そんなことはない。確かに神の基準では一年と言う時間は人間が感じるそれよりは短いだろう。しかし、『待つ時間は長く楽しい時間は短い』という感覚は神も人も変わらぬ」 「そーなの?」 「一年に一回を『しょっちゅう』などと…冬の間しか冥妃様にお会いできない我々が思うとでも?」 「あ!あーあーそう言えばそうだったな!そっかー、ハーデス様も一年の三分の一しかお妃と過ごせないんだったなぁ…今は一年に一回あるかないかだっけ?リアル織姫と彦星だなぁ」 エリスやヘカーテや沙織と一緒にさりげなく龍神秋乃と一緒にいるハーデスを見て星矢がしみじみと呟いた。 …手巻き寿司とケーキを食べ終わり、蟹座達へのプレゼント贈呈も終わったところで、さて!と言って沙織が皆の前に出た。 シオンに命じて何の変哲もないダンボール箱をテーブルの上に置かせて、沙織は皆を見回した。 「では皆様。蝶へのプレゼントの準備を始めましょう」 「ん?何を言ってんだ沙織さん??」 「蝶さんは異世界の人間だからこの世界から物を送るのはまずい、だからメッセージにするんだとか言ってませんでしたっけ?」 「そう言えばお前達には言っていなかったが、チビ達がこの世界から持っていった物を普通の人間に渡すことでどの程度の影響があるのかあちらの世界の聖域に調査を頼んでいてな。三年間調査をした結果、年に一・二回、ごく僅かなら問題ないという結論が出たのだ」 「とは言え、私達神々が長時間触れた物は影響があるかもしれない故、人間が調達したもの限定だがな」 「そういうことですわ。なので、プレゼントは黄金聖闘士達と秋乃さんに用意して頂きましたの」 「で?皆は一体どのようなプレゼントを用意したのだっ?」 タナトス少年が興味津々の顔で身を乗り出すと、シラーが手に持っていた紙袋を開けて中身をテーブルに並べ始めた。なんだなんだ、と覗き込んだ男性の神々と星矢達は笑えば良いのか微妙な顔をしたら良いのか決めかねて中途半端な顔になり、女性達はぷっと吹き出した。 …シラーが取り出したのは双子神の同人誌と同人グッズだ。 皆の注目を浴びたシラーは胸を張って言った。 「同人誌即売会に行って買って来ました!」 「そ、そうなのか」 「なかなかやるじゃーん」 「つか、いろんな意味で、大丈夫だったのか?バレなかったのか?お前達、一体どんな格好して行ったんだ?」 「黄金聖衣を着て行ったぞ」 「『すごい本格的なコスプレですねー!』とは言われたが、誰にも疑われなかったぜ!」 「「マジかよ」」 「マジです!」 タナトスコンビの呟きにシラーが笑顔で頷いた。 そうなのか…と呟いてもはや突っ込む言葉も出てこない皆の前で龍神秋乃が前に出た。 「私は、エルミタージュ洋菓子店の定番の焼き菓子を用意しました」 「おおっ、相変わらずおいしそうだなっ!」 「皆さんの分もご用意しましたから、お土産に持っていってくださいね」 「皆様、入れ忘れた物はございませんわね?封をしますけどよろしいかしら」 「いいともー」 「ではシオン、封をして伝票を貼ってくださいな」 「はい」 シオンは柄物のテープで段ボール箱に封をして、宅配伝票を貼り付けて上に貼ってある紙を数枚破った。彼の行為に一体何の意味があるのか、と怪訝そうな顔をするメンバーに気付いた沙織がにこりと笑った。 「今からこれを、二つの世界を繋ぐ扉からあちら側の世界にある宅配業者の施設に投げ込みますの。そうすれば、宅配業者が蝶のところまで配達してくれると言うわけですわ」 「ああ、なるほど。一体どうやって荷物を届けるのかと思っていたら」 「こちらの世界とあちらの世界には一日程度の時差がありますから、ちょうどあちらの世界の七夕に届くはずですわ。では、本日最後のイベントと参りましょう」 荷物をシオンに持たせて、沙織を先頭に誕生日パーティー参加者一行は聖域にある異世界との扉に向かった。 アテナの力で扉を開くと、扉の向こうに異世界が広がっているのが見える。 沙織はシオンから荷物を受け取ると大きく振りかぶり、宅配業者の施設めがけて荷物を全力投擲した。 「蝶、誕生日おめでとう。届け、この愛!!」 ぶんっ!!!! 杖の丸い方でハーデスを串刺しにする沙織の腕力で投擲された荷物は、キラーン☆と光って目的の施設に飛んでいった。あとはあちらの世界の業者が普通の荷物と同じように配達してくれるだろう。 …蝶への誕生日おめでとうメッセージを書いた手紙を入れ忘れたことに皆が気づくのは、この数分後のことであった。 |
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コラボでお世話になっている蝶様に向けて作った完全ネタSSです(蝶様のお誕生日は七夕)。好き勝手やって私は非常に満足です(笑)。作中で沙織さん達が
送った「双子神の同人誌と洋菓子店の焼き菓子」は、私が実際に蝶様に差し上げたプレゼントだったりします。おたおめメッセージを入れ忘れたことを、梱包後
に気付いたのもSSどおりです…orz そして、星矢のCG映画が期待以上に面白かったので、蟹座コンビにネタにしていただきました。シュラ氏の『マジかよ』発言、聞こえてはいましたが、誰が 言ったのか映画を見た時は全く分かりませんでした。まさかあのおかたそうなシュラ氏だったとは…。デスマスク氏はもう、期待の斜め上過ぎて何もいえません (笑)。老師とアフロさんの件含めて、次回作待ってます。 細かい解説など。 ・巨蟹宮をミュージカルシアターにしたのは多分タナトスとヘカーテです。冥界の神様達もきっと、あのCG映画を見に地上に来たんだと思います(笑)。 ・同人誌の調達をしたのは誰にするか悩んだのですが、「仮に本物の聖闘士がイベント会場に来ていたとしても、聖衣を着てれば『凄い手の込んだコスプレ』と 思われて終わるんじゃない?」と思ってこんなネタにしました。実写の俳優さんが、自身の演じているキャラのコスプレをしてコミケに行っても、誰も本人だと 気付かなかったそうなので(笑)。 ・このSSを書くにあたり七夕に関して色々調べてみたのですが、起源や風習含め諸説あって面白いですね。七夕と冥界に関係があったのは驚きと同時に不思議な縁を感じました。 ・星矢が歌っているのは『化物語』のEDテーマです。 |