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巨蟹宮での誕生日パーティーを終えて冥界に戻ってきた神々一同は、用意してあった笹に短冊を吊るすことにした。ちなみに異世界の双子神も今夜はこちらの世界に宿泊するので皆と一緒に冥界に戻っていた。 色紙を切った短冊を渡しながらタナトスが得意気に解説を始めた。 「何でも、七夕の短冊は願い事の種類によって色が決まっているそうだ。自分のことは緑、家族のことは赤、恋人や友人のことは黄色の紙に書くのだぞ」 「タナ兄、ソースは?」 「ソースに対する願望なら白い紙にでも書いておけ。ソースメーカーに直接要望を出したほうが現実的だと思うがな」 「いやいや、そういうお約束のボケはいらないから」 「タナトスよ。『早く妃と共に暮らしたい』という願いは自分のことになるのか?家族のことになるのか?」 「自分のことのような気がしますが…念のため、赤と緑の両方に書いては如何です?」 「まるでクリスマスだな」 「というか、笹に飾ってあるこれはクリスマスのリースのようだが」 「ヒイラギのついた長靴も飾ってあるぞ…」 「笹を調達したのは良いが飾りの調達を忘れていてな。クリスマスツリーのものを使ったのだ」 「なるほど、エコと言う奴だなっ!」 「それはエコというのだろうか…」 などと言いながら皆はそれぞれの願い事を短冊に書いて笹に吊るした。 ちなみにハーデスは、『早く妃と暮らしたいが、それは今生の妃に早く死ねと言うも同然のような気がする』と言って、散々悩んで『夫婦善哉』と書いて吊るした(ちなみに誰からも突っ込みは入らなかった)。 タナトスコンビとヘカーテ、エリスはいつも通りの願い事を書いている。 この世界のヒュプノスは何を願ったのだろう?とヒュプノス少年が笹を見上げると、『早くパシテアを呼び戻せるように』と控えめに書かれた短冊が吊るされていた。 ヒュプノス少年は大きな目を瞬いた。 この世界のヒュプノスとパシテアは夫婦だし、ヒュプノスから恋が始まった仲だし、ヒュプノスが妻を呼び戻したいと言う願いは至極真っ当だ。龍神秋乃が人間としての生を終えて冥妃としてエリシオンにやってくる頃にはきっと、パシテアもここに戻ってきているのだろう。 それは、とても、喜ばしいことのはず、なのに。 …なのに。 ヒュプノス少年は複雑な気持ちでヒュプノスの短冊を見つめていた。 笹の葉に短冊を吊るした後は、いつものようにタナトス少年はタナトスと一緒にタナトス神殿に、ヒュプノス少年はヒュプノスと一緒にヒュプノス神殿に戻ってきていた。ふたりが同じ部屋の同じ椅子に腰掛けて、それぞれのお気に入りの本を読み耽るのもいつものことだ。 …と。 メールの着信音が鳴って、ヒュプノスが読みかけの本を閉じて携帯を取り出した。画面を見て微かに顔を綻ばせる彼の姿にヒュプノス少年が首を傾げると、ヒュプノスは少し恥ずかしそうにしながら口を開いた。 「パシテアから返信が来たのだ」 「…パシテアから?」 「うむ。先程の誕生日パーティーの様子をメールしたのだが、それに対する返事だ。『とても楽しそうですね。来年のパーティーには是非、私達も呼んでくださいな』だそうだ」 「…………」 「そうか、誕生日を口実に呼ぶという手もあったな。では、ハーデス様の誕生日の際にはパシテアにも声を掛けてみようか…」 妙に嬉しそうなヒュプノスの姿が何だかとっても面白くなくて、ヒュプノス少年は本に顔を埋めるようにしてボソッと言った。 「異世界から私が来ているのにパシテア、パシテアか」 「ん?」 「別に構わぬ。私と違って、ヒュプノスにとってのパシテアは愛する妻なのだからな」 バタン! ヒュプノス少年は本を閉じて長椅子から降りると本を書架に戻した。ヒュプノスの顔は見たくなくて、彼に背中を見せて本を探すふりをしていたが、短くない沈黙が息苦しくなってきた。 「ハリー・ポッターシリーズの本があるのは一階の書庫であったな」 返事も待たずに部屋を出た。ヒュプノス神殿の構造は自分の世界のそれと同じなので、方向音痴の彼でも迷うことはない。 目的の書庫に入ると、しばらく使っていなかったのか部屋の空気が淀んでいた。 ハリー・ポッターの第一巻を棚から取り出して卓に置き、ヒュプノス少年は靴を脱いで窓際の長椅子にあがって窓を全開に開けた。吹き抜ける西風が頬を撫でる心地よさに一瞬にこりとしてから、わざと怒ったような顔になって乱暴に長椅子に座りなおして本を開いた。 …一方、その頃。 部屋にひとり残されたヒュプノスはパチン!と音を立てて携帯を閉じて卓に置くと、大股に部屋を出てタナトス神殿に向かった。 タナトスに預けて神の小宇宙を『充電』している、異世界のヒュプノスを大人に戻す指輪を受け取る為に。 ………… そよ、と吹き込んだ西風がカーテンを揺らす。 部屋の窓際に置かれた豪華な長椅子にちょこんと腰を降ろしたヒュプノス少年は、重厚な装丁の本を膝に抱えて読書に没頭していた。静かに扉を開けてヒュプノスが入ってきたが気付かぬ振りでページをめくる。実際、話がいいところに差し掛かっているのだ。 大人のヒュプノスはティーセット一式を載せたトレイを卓に置いて、中途半端な間隔を空けてヒュプノス少年の隣に腰を降ろした。卓を挟んだ反対側に一人掛けの椅子が置いてあるのに、だ。 …反応などしてやるものか。 隣に座った自分自身を意図的に無視してヒュプノスが視線を本に向けていると、目の前に紅茶のカップが置かれた。薔薇か林檎の花のような甘く優しい香りが鼻をくすぐる。 チラリと横目でヒュプノスを見ると、彼も本を膝に乗せて読書中のようだった。隣にいるヒュプノスのことなど全く意識していない様子でゆったりとカップを口に運び、ふたりの中間に置いたクッキーをつまんでいる。 「…………」 モヤモヤと複雑な気持ちを胸に抱えながらヒュプノスはカップに手を伸ばした。 ヒュプノスに無視されるのは面白くないが、こちらから反応してやるのも癪に障る。置かれた紅茶を無視せずにカップに手を伸ばしたのは意地っ張りのヒュプノスの精一杯の歩み寄り、折衷案だった。 十分に熱い紅茶を慎重に口に運ぶと、馥郁とした香りが広がった。紅茶にうるさいヒュプノスが淹れただけあって抽出具合は絶妙でとても美味い。 ふぅ、と息を吐いてクッキーに手を伸ばした。一枚つまんで口に運ぶ。世界は違うとは言え自分自身のチョイスということか、ナッツがたっぷり入ったクッキーの味わいは実にヒュプノス好みだった。 本を読みながら二枚目のクッキーに手を伸ばすと、その手が柔らかくそっと掴まれた。 「…………」 反射的に手の主を見ると、自分と同じ金色と目が合った。いつもと同じ穏やかな色のようでいて、どこか普段と違う感情の色を孕んで光っている。 …先程のことを怒っているのだろうか。 小さなヒュプノスが大きな目を瞬くと、ヒュプノスは彼の手を掴んだまま、掴んだ手に体を近づけるようにしてヒュプノスのつまんだクッキーを咥えた。そしてそのままヒュプノスの方に身を乗り出して来た。まるで、口づけを求めるように。 「……、……」 ヒュプノス少年は手を掴まれたままおずおずと口を開けてヒュプノスが咥えたクッキーを反対側から齧った。ポッキーゲームの真似事にしては唇が触れ合うまでの時間が短すぎるな、そんなことを思いながらヒュプノスの口付けをおとなしく受けた。 きっとこれは仲直りの為の行為なんだろう。 そう思ってヒュプノスを見遣ると、彼はヒュプノスの手を掴んだままもう片方の手を懐に入れて何かを取り出した。 …指輪だ。 この世界の双子神の小宇宙を込めた、異世界の双子神を大人にする為の指輪だ。 当たり前のような顔をしてヒュプノスが指輪を填めようとするのを見て、ヒュプノスは慌ててその手を掴んだ。 「え?ちょ、ちょっと待ってくれっ」 「ん?」 「な、何故、今、この流れで、その指輪を填めようとするのだ?!」 「…何故、填めてはいけないのだ?」 ゆるり、首を傾げてヒュプノスが尋ねた。 透き通った金色の目は透明すぎて彼の考えが全く分からない。 指に環を填めようとするその手を必死に押し返して、混乱する頭でヒュプノスは咄嗟に浮かんだ台詞を叫んだ。 「こ…この格好で大人になったら、服が破れてしまうではないか!」 …我ながら何て反論だ、と、頭の片隅に残った冷静な自分が言っている。 その言葉を聞いたヒュプノスは、指輪を填めかけたポーズのまま淡く笑んだ。 「なら、服を脱げばよいだろう」 「ええっ?!ちょ、ちょ、ちょっと待ってくれヒュプノス!ななななな、何故、何故、そうなるのだ?!?!」 「おかしなことを。この格好で大人になったら服が破れてしまう、と言ったのはお前ではないか」 「そ、そ、それはそうだが。いや、そうではなく…。はわわっ?!な、何、指輪を填めようとしているのだっ!!」 「脱ぐのか?脱がぬのか?私はどちらでも良いが」 「え?あ、え?」 「まぁ、服が破れてしまったところでどうと言うことはないが」 「いやいやいやいや!どうと言うことはある!あるぞっ!待て待て待て待て!」 「では、脱ぐのだな」 「ななななっ?!何故そうな…ちょちょちょちょ!わ…分かった、脱げば良いのだろう!」 押し返す小さな手を無視して指輪を填めようとするヒュプノスの姿に、抵抗を諦めたヒュプノスが折れた。神の力を持った大人と神の力を失くした子供ではどう考えても分が悪すぎる。 ゆっくりと服を脱いで丁寧に畳んでから、ヒュプノスはわざとらしい無表情のまま手を差し出した。これ以上うろたえたり抵抗したりすれば余計に相手の思う壺だ、ならば逆に素直になってやる…と言う、彼なりの捻くれた抗議だった。 素直に手を出されたことに驚く風もなく、ヒュプノスは彼の手を取って指輪を填めた。 …込められた神の小宇宙が流れ込み、小さな眠りの神の肉体を大人のそれにする。 自身と同じ高さにある金色の目を見つめて、この世界のヒュプノスはついと体を伸ばして異世界の自分自身に口付けた。口付けされても尚、一文字に結ばれた唇に白い指でそっと触れ、その手をヒュプノスの肌に這わせながら眠りの神は穏やかに尋ねた。 「寒くはないか?」 「別に。何故そんなことを聞くのだ」 「窓が開いているのでな」 「……?!」 意図的に作った無表情がたちまち驚きと戸惑いに変わった。 ふたりが座った長椅子は窓際に置かれていて、大きな窓には薄絹のカーテンが掛けられている。ふわり、カーテンを揺らした風が金紗の髪を梳いて部屋を吹き抜けた。 ヒュプノスは慌てて窓を閉めようとして、開け放たれた窓を閉めようとしたら窓枠からかなり身を乗り出さなければいけないことに気付き、ついでにここは一階ですぐ外の花畑ではニンフ達が遊んでいることを思い出して、顔を赤くしながらもじもじと長椅子に座りなおした。 赤い徴のヒュプノスの一連の動作に、青い徴のヒュプノスはわざとらしく小首を傾げて見せた。 「何だ、窓を閉めなくても良いのか?」 「…分かっていて言っているだろう」 「はて、何のことか」 しれっととぼけて、この世界のヒュプノスは異世界のヒュプノスの鎖骨、胸、腹に手を這わせて、既に熱くなっている彼自身に触れた。優しく愛撫しながら体を重ねて耳朶を甘噛みして囁く。 「たまにはこういうのも、刺激があって悪くないであろう?」 「馬鹿を…言え」 「我ながら素直でないな」 唇を重ね、口付けを落とし、普段より過敏に反応する体を撫でて、ヒュプノスは異世界の自分自身にクッションを渡した。 「…何だ」 「これを抱いて腹這いになれ」 「何故」 「ん?抵抗するのは止めたのではなかったか?」 「私は質問しているだけだ」 「私が、お前に、そうして欲しいからだ」 「…………」 「…………」 ヒュプノスが窓に掛かったカーテンを掴んで開ける素振りを見せたので、ヒュプノスは顔を赤くして乱暴に寝返りをうった。彼のペースに完全に巻き込まれて しまったのが癪でたまらないが、今の状況は悪い気分ではなくて、実は少しだけ快感を覚えていたりして、だから余計に…面白く、ない。 どうせヒュプノスには見えるはずもないと思いつつ精一杯の仏頂面を作ってクッションに押し付けていると、背中に髪が触れた。続いて、唇が触れる感触。少し間があって、腰に不意に強く口付けられた。 思わず素っ頓狂な声が出た。 「っひゃぁっ?!」 「大声を出すな。外に聞こえたらどうする」 「お、大声を出させるようなことをしたのはお前であろう!…外に多少声が漏れたところで、風の音で消されてニンフ達には聞こえまい」 「私が言った外とは窓の外の事ではない。扉の外のことだ」 「え?」 「実はな。さっき部屋に入って来た時、きちんと扉を閉めたかどうか覚えがないのだ」 「なななななななな…?!?!」 扉を閉めたかどうか覚えていない、だと? つまりアレか、今、この部屋の扉は開いているかもしれないと、そういうことか?? 「な、な、なにを呑気なことを言っているのだ!誰か通りがかったらどうするんのだ?!扉どころか鍵が閉まっていることも確認しておかねばならない状況だろう!!」 「そんな大声を出しては通りがかった誰かに聞こえてしまうぞ。もしヘカーテ様に聞かれたらどうするのだ」 「ヘカーテ様?何故ヘカーテ様がヒュプノスの神殿にいるのだ?」 「ヘカーテ様はハーデス様の秘書をされている。冥王臣下の私の神殿に仕事で訪れても何もおかしくはあるまい」 「そ、それはおかしくはないが…。…………。が、部屋の扉と鍵は」 「――お前が」 青い徴のヒュプノスは異世界の自分自身に体を重ね、クッションを掴んだその手に自身の手を重ねて耳元で囁いた。 「声を出さなければ、それで良い」 「〜〜〜っ!!」 「心配か?ならば良いものがある」 ヒュプノスは懐を探って小さな包みを取り出した。 何だそれは、と目顔で尋ねるヒュプノスに常と変わらぬ笑みを見せて彼は包みを開けた。 「エリシオンの花の蜜で作ったドロップだ」 「…だから?」 「察しが悪いな。頭が良くても馬鹿なのは異世界の私も同じと言うことか」 異世界のヒュプノスの背中にのしかかったまま、ヒュプノスはそれを彼の口に押し込んだ。 「んんっ!」 「よく舐めてから飲み込むのだぞ。そのまま飲み込んでしまうと喉に詰まる」 「…………」 「それを舐めていれば要らぬ声も出さずに済むであろう?」 「…………」 「だんまりか。それも良い。ドロップはまだある故、無くなるまでこうしているのも一興」 「!……」 「フフ。甘くて美味であろう?」 ドロップも、この秘めた行為も。 ヒュプノスが敢えて言わなかった言葉を容易に察することが出来て、ヒュプノスは赤くなった顔をクッションに埋めてドロップを噛み割った。 私が何も言わないのはドロップが口に入っているからだ。お前の言葉に同意しているからでは、決してないからな。分かっているのであろうな、ヒュプノス。 口の中に蕩けて広がる甘い味を噛み締めながら、ヒュプノスは心と体を蕩かせて広がる甘い快楽に身を委ねた。 |
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こちらのSSは、後半部分が蝶様の誕生日に向けて書き、アナログ製本で差し上げたものです。前半部分は、荷物を発送した後に思いつくという、まぁいつもの私のパターンに入って出来たものです。 当ヒュプにとってパシテアは愛妻ですが、蝶様ヒュプにとっては押しかけ恋人なので、同じヒュプノスでも、パシテアに対する感情に関しては、ふたりの間にはかなり大きな温度差があ ります。で、当ヒュプはいまひとつそれを理解しておらず、蝶様ヒュプは頭では分かっているけど当世界パシテアに対してちょっとヤキモチ妬いちゃう感じです。 で、蝶様ヒュプは『既に深い仲になっている自分がいるこんな時までパシテアパシテアって…』とちょっとムッとしたので音を立てて本を閉じ、当ヒュプは『自分(蝶様ヒュプ)だってタナトスと恋 仲なのにどうして私とパシテアのことには不満そうなのだ』とちょっとムッとしたので音を立てて携帯を閉じています。こういうところが同じヒュプノス。 そして最後、本当は蝶様ヒュプに背中から覆いかぶさった当ヒュプが口移しでドロップをあげる展開にしようと思ったのですが、どうしても体勢的に無理そうだったので普通に手で口に入れる感じで書きました。そして、ドロップと一緒に身も心も蕩けちゃう。 蝶様から「ヒュプが指輪を貰いに来た時点で、タナトスは何をするつもりなのか察しそうですね」とコメントを頂いて目から鱗でした。確かに当タナは察しそうです。で、蝶様タナ様がヒュプに会いに行きたがったらさりげなく止めそう。 |