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広い会場はまるで「料理の鉄人」のスタジオのように整えられていた。セントラルキッチンがいくつも用意された会場のど真ん中にはモニターが置かれ、カラフルなコックコートを着た聖闘士や神々がせっせとカレーを作っている。会場の空気はカレー一色に染まっていた。 「わぁすごい!カレー料理勝負とかするのかしら?」 「誰がコレを提案したのか一瞬で分かりますね…」 「おお、ヒュプノスに秋乃!やっと来たかっ!」 「お待ちしておりました秋乃様。買出しありがとうございます、俺達も荷物を運びましょう」 「異世界の私もご苦労だったな」 「わんわんわん!」 二人を出迎えたのは、コックコートを着たこの世界の双子神と、割烹着を着た異世界のタナトス(大人)と、首に白いナプキンを巻いたイギーだった。 「…タナトスよ。まるで『料理の鉄人』のようなセットが出来ているが、カレー勝負でもするつもりか?」 「うむ。最近読んだ料理バトル漫画が中々面白くてな、我々もカレーの味比べ勝負などしてみようかと思ったのだ」 「イギーは審査員かしら。うふふ、もう食べる気満々ね」 「わん!」 「ところで、イギーの飼い主はどうした。タナトスがいれば必ず金魚の糞のようにくっついてくるのに」 「シラーならあそこだぞ」 「…………。何故奴は、カレーパーティーの会場で漫画を読みつつスマホをいじっているのだ。しかもド真剣な顔で」 「タナトスが『この漫画に出てくるお前に微妙に似たキャラが作ったカレーを再現しろ』と無茶振りしたのでな。即席漬けでカレーの勉強をしているのだ!」 「そこで『無理です』って言わずに実行しちゃうところがシラーさんですね」 「さぁタナトス、俺達もシラーに負けていられぬぞ。最高のおうちカレーを作らねば!」 「無論だ。優勝を頂くのは我々だからな…フッ」 「…じゃあ私は、皆さんに材料を配達するって名目で味見行脚と行こうかしら」 「「お供しましょう」」 ふたりのヒュプノスが同時に申し出ると、秋乃はにこりと笑って首を横に振った。 「ヒュプノスさん達はカレーを作ってくださいな。会場を回っていたら何も作れないでしょう?」 「私達が…ですか?」 「カレーはもう、十分すぎる量と種類を皆が作っているようですが」 「じゃあトッピングやおかずでも構いませんよ。おふたりも今回くらいは作る方に回らなきゃ。いつもは『私は食べる人』って顔で座ってるだけのフドウさんまで作る人になってるんですから」 「「…………」」 「じゃ、行きましょイギー」 「アウッ!」 スマイルゼロ円とは思えないレベルの素敵な笑顔を見せて、食材を乗せた台車をゴロゴロと押していく秋乃の背中を見やった異世界のヒュプノスは複雑なため息をついた。隣ではこの世界のヒュプノスが怪訝そうな顔をしている。 「秋乃様がああいう笑顔を見せた時はろくなことを画策しておられぬというのが今まだのパターンだが…異世界の私よ、何か心当たりはあるか?」 「…………。いや、あいにく」 「そうか。ならばよほどカレーパーティーが楽しみなのだろう。そんなに楽しみにしておられるなら、私達も真面目に何か作らねばならぬな。しかし秋乃様がそんなにカレーがお好きであったとは。親しい間柄とは言え、まだまだ知らぬことは多いものだ」 「…………」 この世界のヒュプノスは本当〜〜〜にニブチン、か。 頭がズキズキと痛み出すのを感じながら、異世界のヒュプノスはトッピング用の食材が入った袋を両手に持った。 手ぶらでついてきたらさすがの私とて黙ってはいないぞ、今度と言う今度は怒ってやる、と思っていたが、この世界のヒュプノスはちゃんと食材入りの袋を 持って後をついて来た。肩透かしもいいところだ。微妙な顔になる異世界のヒュプノスには気付いた様子もなく、空いていた作業スペースに袋の中身を出した青い徴のヒュプノスは不思議そうな顔になった。 「惣菜のコロッケ、福神漬け、ソーセージ、ハンバーグ、白身魚にカレー粉、粉チーズ…ん?コレは何だ?チクワか?それにこちらは天ぷら粉?カレーパーティーには使わない食材も買ってきたのか」 「それもカレーのトッピングにするのだ」 「は?」 異世界のヒュプノスの言葉に間抜けな声を出して、ヒュプノスは袋にチクワを戻しかけた手を止めた。 「ちょっと待て、異世界の私よ。これはチクワだぞ。そしてこちらは小麦粉ではない、天ぷら粉だ。そして皆が作っているのはカレーだ」 「チクワの天ぷらがカレーのトッピングにならぬと誰が決めたのだ」 「え?」 異世界のヒュプノスは包丁とまな板とボウルを調理台の上に並べ、油の入った鍋を火にかけ、ふたつのボウルに天ぷら粉を入れ、それぞれにカレー粉と粉チーズを入れた。目をまん丸にしているこの世界のヒュプノスの手からチクワを取ってテキパキと縦半分に切り始める。 「天ぷら用の油を見ていてくれ。それから天ぷらの衣の用意も頼む」 「え?あ、ああ、分かった。…しかし異世界の私よ、本気でチクワ天をカレーのトッピングにするつもりか?」 「お前はチクワが好きであろう?」 「それは…そうだが」 「なら問題ない。カレー味やチーズ味のチクワ天を私も食べてみたが悪くなかった。何せ秋乃のお墨付きだからな」 「そ、そうなのか。…………。まぁ、確かに、喰わず嫌いは褒められたことではないな。食べてみて美味であってもそうでなくても、パシテアとの話のネタになると思えば…」 「…………」 こっちのヒュプノスさんに分かって欲しいことがあったらド直球で言わないとダメですよ。マニゴルドさんに突っ込みいれる時と同じノリで言えばいいんです。 秋乃の言葉がグルグルと頭を回っている。言いたいことを言うのは今しかない。言わなければ分からない、言葉にしなければ伝わらない。 異世界のヒュプノスは少々多すぎるほどのチクワを切りながら口を開いた。 「…お前に、頼みたいことがある」 「何だ?改まって」 「私がこちらの世界にいる時はパシテアの話題は出さないでくれ。隣にいる私より天界にいるパシテアの方が大事なのかと、そんな余計なことを考えて心が波立ってしまうのでな」 「…………」 この世界のヒュプノスの沈黙は長かった。 が、異世界のヒュプノスは静かに待つことが出来た。告げられた言葉と、言葉の裏にある想いを想像して推測して咀嚼して、必死に理解しようとしているのが分かるからだ。 ヒュプノスは天ぷら衣のボウルを取って、衣を油に一滴落とした。ジュッ、と油の爆ぜる音がして衣がふわりと浮いた。頃合だな、と呟いて天ぷら衣をつけたチクワを揚げ始めた。 …半分以上のチクワを揚げ終わった頃、漸くこの世界のヒュプノスが口を開いた。 「…分かった」 「ならば良い」 ヒュプノスの複雑な心情を『超ニブチン』のこの世界のヒュプノスがどこまで正確に『分かった』のかは分からない。が、今はそれで十分だ…と異世 界のヒュプノスは思った。ヒュプノスが複雑な心境でいることを知り、その心を分かろうと努力し、そうしようと努めるだけで、今は。 赤い徴のヒュプノスは揚がったばかりのカレー味チクワ天を口にいれて、青い徴のヒュプノスについと差し出した。 ポッキーゲームの要領でチクワ天を差し出されたヒュプノスは戸惑って周囲を見回し、会場の皆が自身のカレー作りに夢中でふたりを気にする様子がないのを見て、淡く苦笑して差し出されたチクワ天を反対側から齧り始めた。 …キスをして、舌を触れ合わせ、互いの唇をぺろりと舐め、ふたりは目を合わせた。 「どうだ?」 「悪くない、な」 ふたりのヒュプノスは合わせ鏡のようにフフッと笑った。 鼻歌を歌いながら会場のセッティングをしていたタナトスは、白黒ツートンの犬をお供に含み笑いを浮かべてやってくる冥妃に気づいて丁寧に会釈した。死神の会釈に笑顔で答えた彼女はタナトスの手元に目を向けた。 「タナトスさん、何をやってるんですか?」 「投票システムのセッティングです。こう、ボタンを押したら票が集計されるようにしようと…」 「投票システムに凝るのも結構ですけど、おうちカレー作成はどうなったんです?」 「概ね完成したのでチビに任せてきました。…ところで」 タナトスは柔らかな銀色の眼差しを弟神達に向けた。 「ヒュプノス達に何か助言をされたのですか?チビが冥界を出て行った時とは随分と雰囲気が違うようですが」 「そんなことしてないですよ。異世界のヒュプノスさんにちょっと愚痴っただけです」 「愚痴…ですか」 「この世界のヒュプノスさんは本当〜〜〜〜にニブチンですよね、伝えたいことがあったらストレートにズバッとビシッと言わないとダメなんだもの!って」 「…………。あ…」 秋乃の言葉にタナトスが虚をつかれたような顔で目を見開いた。 「そうか、その手がありましたね。ヒュプノスを何とかすることばかり考えていましたが、周囲が対応を変えると言う方法は考えていなかった」 「?」 秋乃が怪訝そうな顔をするのを見て、タナトスは『実は…』と口を開いた。 「実は、ヒュプノスがニブすぎることに関しては俺も頭を悩ませていたのです。あいつは親しくない者を相手にした時の腹の探りあいや謀は得意なのですが、何 と言うか、こう…プライベートな場での空気を読むとか言葉の裏を察するとか、その手のことが下手すぎるのです。それはもう、致命的なほど壊滅的に。そう なってしまった原因の一端は俺にもあるのですが」 「タナトスさんって、ヒュプノスさんがしんねりと考えている間にサクッと答えを出して『こっちが正解だ!ついて来いヒュプノス!』ってやっちゃうこと多いですもんね」 「おっしゃる通りです。ヘカーテ様にも『ヒュプノスが度を越したニブチンになったのは、お前が奴を甘やかして答えを与え続けてきたからだ。兄が即座に正解を与えてくれる状況で弟が答えを探す力を養えるはずがない』と言われて、返す言葉がありませんでした」 「…………」 「ヒュプノスは頭が良いから、『この状況ではこう行動する、こういう言葉の裏にはこういう意図がある』と根気良く教えていけば学習するであろうと思って色 々実践していたのですが、ヒュプノスをどうにかすることばかり考えていて周囲に何かしてもらうことは考えていませんでした」 「確かに…。場の空気を読むのも言葉の裏を察するのも大事ですけど、伝えたいことをきちんと言葉にして伝えるのも大事ですもんね」 穏やかに微笑みながら料理を続けているふたりのヒュプノスを見やって、冥妃は柔らかく微笑んだ。その言葉に頷いたタナトスは、いつもの悪戯好きの顔になってマイクを持つと投票用のボタンを押した。 ピンポンパンポーン。お知らせの放送でおなじみの音が会場に流れた。 「皆の者、カレーは出来上がったな?それでは!二世界合同カレーパーティーを始めるぞ!カレーをこちらのバイキング台の上に並べるのだ!…おいヒュプノス達!何故『カ レーパーティーは他人事』のような顔で呑気に作業続行しているのだ!カレーを出せと言われたらライスやパンだけでなくトッピングも同時に出すものだろう が、さっさと持って来い!!」 キィーン…とハウリング音がして、ノイズ交じりのチャイムが鳴った。 トッピングが山盛りになった皿を慌てて持ってくる弟神コンビと、放送を終えて深々と溜息をつく兄神の後姿と、そんな双子神の姿に笑っている皆の姿を見て、秋乃はクスクス笑いながら傍らのイギーに囁いた。 「なんだかんだで、『これでいいのだ』って感じね。タナトスさんとヒュプノスさんはふたりでひとりって感じだもの」 「イギッ!」 |
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大まかな話の流れは決まっていたものの、終盤をどうするか悩んで悩んで決めきれず長らくウダウダしていたのですが。以前から漠然と頭の中にあった「ヒュプ
ノスを甘やかしすぎたことを反省しつつ今後どうしたら良いか決めかねて悩むタナトス」のネタを入れたことで何とかまとめることが出来ました。多分タナトス
は神話の時代から、ヒュプノスが答えを考えている間に答えを教えちゃったり、パシテアと交際を始めるまでのアレコレを何から何までお膳立てしちゃってたん
じゃないかなと思ってます。なので、当ヒュプノスは「タナトスが直感で出した結論に至る過程や理由を考える」のは得意だけど、「自分で答えを導き出す」の
はド下手、と言う裏設定があります。当ヒュプはそれに加えてバランス感覚が無いので今後も色々としくじるんじゃないかなぁと思ってます(笑)。でも、また
タナトスがうまくフォローして皆と仲良くなっていけるんじゃないかと。 ちなみに、タナトスが読んでいた料理漫画とは「食戟のソーマ」、「シラーに微妙に似ているキャラ」葉山アキラのことです。食戟のソーマは面白い漫画なのでよければ読んでみて下さい(^^) 最後、異世界ヒュプも当ヒュプほどではないけどKYなところがあるんじゃないかなと思ってこんな感じにしてみました。 |