| 一体何を言われるんだろう。 椅子に腰を降ろした竜崎の前で直立不動の姿勢のまま、松田は内心びくびくしながら彼の言葉を待っていた。 結果的に大きく捜査は進展したが、無謀な行動で散々みんなに心配と迷惑をかけたことは松田も十分自覚していた。厳しく叱責されるのは覚悟していたし、2・3発殴られるかもしれないとも思っていた。 だけど。 竜崎に別室に呼ばれて二人きりになるなんて考えてなかった。 (この捜査から外れて下さいなんて言われたらどうしよう…) 竜崎が口を開くまでの僅かな時間がまるで1時間のように感じられた。 「松田」 「はい!?」 「馬鹿」 「…はい」 「ドジ」 「はい」 「間抜け」 「はい」 「無鉄砲」 「はい」 「粗忽者」 「はい」 「考え無し」 「はい」 「馬鹿…はもう言いましたか」 「はい…」 何を言われてもその通りなので松田はただうなだれていた。そんな彼を上目遣いに見上げて竜崎は短く息を吐いた。 「松田さん」 「…はい?」 「どうしてあんな無茶をしたんです」 「僕…捜査チームの一人として何か竜崎の役に立ちたくて…模木さんも局長も月君もみんな捜査の進展に貢献してるのに、何も力になれない自分が情けなくて…」 「松田さんにはミサさんの監視という大切な仕事があるでしょう。それだけで十分貢献しているじゃないですか」 「でも…」 松田はぎゅっと拳を握って唇を噛んだ。 違う、そうじゃないんだ。そうじゃなくて。 自分の気持ちを正直に言っていいのかどうか分からなくて、松田はただ竜崎の足元に視線を落とす。 「構いません。正直に言って下さい。言ってもらわなくては私も分かりません」 「弥のマネージャーになるってことは、つまり、竜崎からの戦力外通告かと思って…。『お前は役立たずなんだから馬鹿女のお守でもしてろ』って意味かと…だから、僕でも竜崎の役に立てるんだってことを実証したくて……」 「………」 竜崎は目を丸くした。しばらくぽかんとして、はぁーっとため息をついて頭をかいた。 「…松田」 「はい」 「馬鹿」 「え…」 「私は、弥の監視には松田さんが一番適任だと思ったから任せたんです。Lである私が、『役立たず』に第二のキラの監視役を任命すると思いますか?」 「………」 「それに、弥の性格なら松田さんにはすんなりと心を開くだろうとも思いました。キラの記憶が戻った時、松田さんにはそれをうっかり話すかもしれないと」 今度は松田が目を丸くする番だった。 戦力外通告かもしれないと思っていたのに、信頼されていたなんて。その竜崎の信頼を裏切るような真似を、僕は…。 情けなさと悔しさと後悔と。 握りしめた拳を震わせる松田に竜崎は静かに言った。 「松田さん。私が弥を拘束した時、あなたは私に抗議しましたね。その時私が何と言ったか覚えていますか?」 「『宇生田さんが殺された時のことを覚えていますか』と…」 「それから?」 「それから…『敵を見くびった結果に仲間を失うなどという経験は、二度としたくない』……」 松田の声はだんだんと小さくなって消え入りそうになった。 そうだ、竜崎は言っていた。『もう仲間を失いたくない』と。 それなのに、僕は。 「松田さん、あなたも私の大切な仲間です。家族も同然の絆で結ばれた仲間だと思っています。あなたはそんな私の気持ちを裏切るようなことをしたんですよ」 「すいませんでした…!」 ただただ申し訳なくて、松田は竜崎の顔を見れないまま頭を下げた。…少し間があって、ぐいっとネクタイが引っ張られた。 殴られる、と思った。むしろ気の済むまで殴ってほしいと思った。それで少しでも気が晴れるのなら。 …が、予想に反して鳩尾のあたりに軽く何かがぶつかる感触しかなかった。恐る恐る目をあけると、竜崎が松田の胸に額を付けていた。右手でネクタイ、左手でシャツを掴んで松田を引き寄せて。 長い前髪で隠れた目の下で唇が呟く。 「無事でよかった…本当に、本当に生きて帰って来てくれてよかった…」 「竜崎」 まさか、泣いてるんですか。 思わず零れそうになった野暮なセリフを飲み込む。 キラを相手に闘うには細すぎると思ったその背中をそっと抱いた。目を閉じて、意図的に記憶の奥底に沈めたあの日のことを思い出す。 あの日。宇生田が殉職したあの夜。さくらTVから夜神が無事に戻ると、竜崎は何ごともなかったような顔をして皆に指示を出していた。夜神がワタリに連れられて病院に戻り、相沢と松田もそれぞれ指示を受けて本部を出た後。 松田は忘れ物に気付き、竜崎が一人で残っている本部に戻り…そして見てしまったのだ。 壁に何度も拳を叩き付けながら、声を殺して泣いている竜崎の姿を。 救えなかった、また救えなかった。信じてくれた仲間がキラに殺されるのに何も出来なかった。 そんな竜崎の思いが痛いほど分かって、見てはいけないものを見てしまった気がして、松田はそのまま踵を返した。今見た光景を忘れることにしたのだ。ただ、絶対に竜崎を悲しませないという決意だけを固く固く心に刻んで。 ぎゅ、と竜崎の頭を抱き寄せた。 「助けてくれてありがとうございました」 「心配しました」 「もう、竜崎に心配かけるようなことはしません」 「絶対ですか」 「絶対です。誓います!」 「…では」 竜崎は松田のネクタイとシャツをやっと離した。掴まれていた場所はくしゃくしゃになり、白いシャツは少し濡れていたけれど全く気にならなかった。 さっきまでとは違って嬉しそうな顔をしている松田の目の前に竜崎は右手の小指を差し出した。 「約束して下さい。もう二度と危険な真似はしないと」 「…はい、約束します」 松田はにっこりと笑って小指を絡めた。大きく上下にふってあのセリフを口ずさむ。 「指切りげんまん、嘘ついたら針千本のーます。指、切った!」 「…なんですか、それ」 「あれ、知らないんですか?指切りする時のお決まりのセリフですよ」 「最後に切ってしまっては意味がないような気がしますが」 「細かいことは気にしない気にしない!これで約束はできたんですから。僕はもう危険なことをして竜崎に心配かけたりしませんよ!」 松田は胸を張って宣言した。『危険なこと』の判断基準が松田と他の捜査員達では違うような気がしないでもなかったが、心配をかけないという気持ちは信じようと竜崎は思った。 「…ではこれでお説教は終わりです。皆のところに戻りましょう。ちゃんとお礼を言って謝って下さいね」 「はい、もちろんです。危険なことをして竜崎に心配をかけない約束をしたこともちゃんと言います!」 「…それは言わなくていいです」 ボソリと言って竜崎は先に立って歩いていく。松田も胸を張って後に続いた。 竜崎が自分を認めてくれていた。今後も共に仲間として受け入れてくれる。その確信が何よりも強く松田を支えてくれていた。 その夜。 松田の無事の帰還と捜査の進展を祝してささやかな宴会が開かれていた。 そろそろお開き、という雰囲気になった頃、気持ちよく酔った松田ががらがらと窓を開けて空を見上げた。落ちるなよ、という声に笑顔で手を振って星空を見上げる。 空気が澄んでいるのか、くっきりと星が見えた。 「今日は星がきれいですよぉ〜凄く良く見えます」 「ほう、どれどれ」 「松田さんはもう死んだことになってるんですから、あんまり外に出ないで下さいよ」 なんだかんだ言いながら皆ぞろぞろとベランダに出て来て空を見上げた、その時。 星がすっと流れた。 松田は咄嗟に両手を組んで願いごとを叫んだ。 「みんなと一緒に生きてキラを捕まえられますように!みんなと一緒に生きてキラを捕まえられますように!みんなと一緒に生きてキラを捕まえられますようにっ!!よーし3回言えたぞ!!」 「松田さん声が大きいです」 「…まぁ誰も聞いてないと思うけど」 みんなは苦笑するだけだったが、松田は満足だった。これからも皆と一緒にキラを追っていける。 星が消える前に願いはきちんと言えた。だから叶う。この願いは、きっと。 松田は満ち足りた心で部屋に戻った。キラとの戦いはこれからが本番だと自分自身に言い聞かせながら。 |
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