| 月は自由になった左手に無意識に触れた。監禁が終わったその日から竜崎に繋がれていた金属の環は今は外されてそこにはない。煩わしさを感じることは少なくなったけれど、なくなったことに違和感を感じるとは思わなかった。 それは『勇敢にも』と言うべきか、『無謀にも』と言うべきか。松田がミサの監視を放り出してヨツバ本社に侵入し、絶体絶命の危機を乗り越えて、結果的に大きな収穫を得て生還した。 が、いくら捜査が大きく進展したとは言え、竜崎が黙って松田を捜査チームに戻すなどとは誰も考えていなかった。叱り飛ばすか、嫌味を言うか、それとも彼の行動を制限するのか。 松田が夜神と模木に挟まれるようにしてメインルームに入って来た時、竜崎以外の全員がLの言葉を緊張の面持ちで待っていた。…彼の口から出たのは誰も予想していなかった言葉だった。 「松田さん、ちょっとこちらへ。他の皆さんはここで弥の監視をお願いします」 竜崎はそれだけ言って皆の返事も待たずに松田だけを連れてメインルームを出ていってしまった。24時間監視すると宣言した月までも残して。 月は部屋にかけられた時計に目をやった。竜崎が松田を連れて出ていってからまだ10分くらいしかたっていない。時計が壊れているんじゃないだろうか、とちらりと思った。 月以外の捜査チームのメンバーは複雑な表情で黙り込んでいた。夜神と模木、アイバーとウエディが時々意味ありげな表情で目をあわせるものの、一言もしゃべらない。 沈黙が耐え切れなくなって月は口を開いた。 「ねぇ、竜崎はどうして松田さんを別室に連れていったのかな?叱るにしてもほめるにしても、皆の前だと都合が悪いなんてことはないと思うんだけど」 「…皆の前だと言い辛いことを言うつもりなのかもしれないぞ、月」 夜神の言葉に他の皆が同意の雰囲気を見せた。 どうやら自分だけが分かっていなかったらしい、月は整った眉を不安げにひそませて父を見た。 「どういうこと?」 「結果的に捜査は大きく進展した。が、松田は竜崎の意志に反した行動をとった。与えられた『弥の監視』という任務を放り出し、ヨツバに不法侵入した。松田 本人と竜崎の機転で運良くばれずに生きて帰って来たが、悪くしたらヨツバのキラに操られて知っている情報を洗いざらい吐かされたあげくに殺された可能性も あるわけだ。そんな危なっかしい奴を、あの竜崎が今後も傍に置いておくだろうか?」 「じゃあ…竜崎は松田さんをチームから外すつもりで…みんなの前でクビだって言うのは松田さんがかわいそうだから、わざと別室に…?」 「上司に別室に呼ばれる時は、皆の前で叱り飛ばされるより悪いことを言われるものと相場が決まっている」 「………」 アイバーとウエディが顔を見合わせてため息をついた。もう松田の離脱が確定したかのような仕種だった。月と夜神がとがめるような視線を向けると、アイバーは大袈裟に肩をすくめてみせた。 「他の犯罪者仲間と組んで何度もLの下で働いたことがあるが…中にはいるんだな。結果的に捜査を進展させるが皆に迷惑と心配をかけて危険に晒す、松田みたいな奴が」 「…その人達はどうなったんですか」 「塀の中に直行。多分死ぬまで出て来れないわね」 私達も失敗したら一生刑務所暮らしよ、とウエディはニコリともしないで呟いた。 しん、と沈黙が落ちた。 月は思う、もしも松田が捜査チームから外れるようなことがあったら。 松田さんがいなくなれば僕が竜崎を独占できる。竜崎の興味を惹くのは僕だけになる。 一瞬頭をよぎったその考えを月は慌てて否定した。これ以上仲間を失うようなことはあってはならない。 自由になった左手を握りしめる。早く、この腕を鎖に繋いでほしいと…はっきりと思った。 歯がゆいほどじりじりと時間が過ぎて、ようやく竜崎が松田を連れて戻って来た。竜崎は相変わらず微妙に不機嫌に見えたが、松田は嬉しさをこらえているような顔をしていた。 その松田の表情で最悪の状況にはならなかったことがわかって、みんなは顔を綻ばせた。 クビにはならなかったみたいだ、良かった。 月はほっとして、ほっとした自分に安心した。 最近は月の保護者と言うより松田の保護者になりつつある夜神が声をかけた。 「どうだった、松田」 「いやぁ…もう、散々怒られましたよ」 やけに嬉しそうに答えてから松田は慌てて表情を引き締めた。皆の顔を見回して深々と頭を下げた。 「今回はたくさん心配と迷惑をかけて申し訳ありませんでした!もうしませんので今後もよろしくお願い致します!!」 「本当かしら」 「信じられないね」 「ま、気持ちだけは受け取っておこう」 「何を言っても松田さんだからなぁ」 「そんなぁ……」 皆の言葉に何とも情けない顔になった松田に竜崎が追い撃ちをかけた。 「またこんな失敗をしたら松田さんは針を1000本飲んでくれるそうです」 「む、それじゃ針を用意しておかないといかんな」 「ちょっと調達してこようかしら」 「うう…反省してるんだからそんなにいじめないでくださいよぅ〜」 「…松田」 夜神は柔らかく目元を和ませてポンと松田の肩を叩いた。 「良く生きて帰って来た。そして、お手柄だ。よくやったぞ」 「は…はい!」 松田がパッと顔を輝かせた。その夜神氏の言葉に意義を唱える者はいなかった。 その夜。 松田の無事の帰還と捜査の進展を祝してささやかな宴会が開かれていた。 そろそろお開き、という雰囲気になった頃、気持ちよく酔った松田ががらがらと窓を開けて空を見上げた。落ちるなよ、という声に笑顔で手を振って星空を見上げる。 空気が澄んでいるのか、くっきりと星が見えた。 「今日は星がきれいですよぉ〜凄く良く見えます」 「ほう、どれどれ」 「松田さんはもう死んだことになってるんですから、あんまり外に出ないで下さいよ」 なんだかんだ言いながら皆ぞろぞろとベランダに出て来て空を見上げた、その時。 星がすっと流れた。 松田は咄嗟に両手を組んで願いごとを叫んだ。 「みんなと一緒に生きてキラを捕まえられますように!みんなと一緒に生きてキラを捕まえられますように!みんなと一緒に生きてキラを捕まえられますようにっ!!よーし3回言えたぞ!!」 「松田さん声が大きいです」 「…まぁ誰も聞いてないと思うけど」 月は手錠がかかった手で髪をかきあげて笑った。 松田の大声のおかげで月の願いごとは誰の耳にも入らなかったようだ。 月は手錠の鎖を掴んで引っ張った。当然、繋がれた竜崎の右手が引き寄せられて来る。その意味不明の行動に竜崎は怪訝な顔で月を見た。 「何です、月くん?」 「いや、やっぱり繋がってるなぁって」 「…当たり前でしょう」 「あはは、だよね」 月は笑顔で鎖を離した。竜崎と繋がっていることに安心する。 誰の耳にも入らなかった月の願い、それは。 キラ事件が解決した後も竜崎と一緒にいたいということ。 |
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