| 竜崎の死から2週間。 事実上月の支配下に入った捜査本部は、姿の見えないキラを追って無駄な努力を続けていた。過去のデータの再確認、心臓マヒ以外での死者の洗い出し。 熱心にデータを調べるふりをしながら、月は浮かんでくる笑みを押さえるのに苦労しなくてはならなかった。 Lは死んだ。神に逆らう悪は消えたのだ。 (これからの僕は新世界の神として世界の浄化に力を注がなければ。キラなどその途中で適当にでっちあげればいい。レムはもういないんだ、用が済んだミサに罪を被せて抹殺してもいい…) 邪魔者が消えたこれからの世界をどうするかを考えるだけでわくわくする。そう、もうすぐ実現する。心優しい人間だけで築かれる世界が…。 ルルル…。 甘い思考を遮って捜査本部の電話が鳴った。ここの番号を知っている者などほとんどいないはず、捜査員達は動きを止めて怪訝な顔になった。 電話のすぐ近くで作業していた松田が受話器を取った。 「はい、もしもし?…うん、…うん、いるよ。ちょっと待って」 「松田、誰からだ?」 「アイバーから。月君にかわってほしいって」 「僕に?」 名目上は捜査本部の責任者は父である夜神局長のはずだが…。怪訝に思いながら月は受話器を受け取った。 「もしもし、お電話かわりました。月です」 『やぁライト。元気かい?Lを葬って気分は最高にハッピーかな?』 「何を言ってるんですか。元気は元気ですけど、そんな気分のわけないでしょう」 『その口ぶりだとまだ知らないみたいだね』 「何をです?」 『とりあえずTV付けてみてよ。どこでもいいよ、どこの局でもやってるから』 「TV…?」 ほんの数分前までアイバーに言われた通り最高に幸せだった気持ちが、急速にしぼんでいくのを月は感じていた。 リモコンに手を伸ばしTVの電源を入れる。ニュースを流す時間ではないはずなのに、画面には緊迫した表情のアナウンサーが映しだされた。臨時ニュースの文字が目に飛び込んで来る。 月は繰り返し流れるテロップとアナウンサーの背景に書かれた文章に我が目を疑った。 『キラに殺されたLの遺志を継ぐ者達の告発…キラの正体は警察幹部を父に持つ現役首席東大生!』 何だこれは。何だこれは。何だこれは!! 夜神も他の捜査員達も言葉を失ってTVを見つめている。一応名前は伏せられてはいるが、これではほぼ月を名指ししているのと同じだ。 アナウンサーは興奮した様子で原稿を読んでいる。 『繰り返しお伝え致します。本日、我が国を始めとする先進各国の主なマスコミに『キラに殺されたLの遺志を継ぐ者』と名乗る人物より大量の書類やビデオ テープが届きました。これらの内容はいずれもLが指揮を取っていたキラ事件の内部資料であり、『Lの遺志を継ぐ者』はこれらの資料に元づくLの推理は真実 であり、Lがキラだと断定した人物こそキラであると告発しております。これらが本当にLが捜査しているキラ事件の資料なのかどうか、現在先進各国の警察に 確認を取っております。『Lの遺志を継ぐ者』は日本警察はキラの支配下にある可能性が高いとしているため、日本警察には伏せたままで…』 月の背中を冷たい汗が伝わり落ちた。 何故だ?Lは捜査資料を一切外部に漏らさなかったはずではないのか。 凍り付いた月の耳にアイバーの呑気な声が聞こえた。 『いやはや全く、大騒ぎになってしまったよ。今思えばあんなに焦って行動することもなかったんだけど、あの時は本当に…』 「あなたなんですか。あなたが…あなたとウエディが、外部持ち出し禁止の資料を盗み出してマスコミに…」 『それはちょっと違うなぁ。まだ少し時間があるし、最初から説明するよ。せっかくだからみんなにも聞こえるようにマイクをオンにしてくれよ』 「『時間がある』?」 『いいからいいから』 「………」 月はTVに目をやったが、どのチャンネルを回しても同じような内容しか流れていなかった。 嫌な予感がひたひたと胸を満たしていく。 みんなが心配そうな顔で月を見ている。父の顔は蒼白だった。 月はいったん受話器を置いてアイバーの声がみんなにも聞こえるようにマイクをオンにした。 「アイバーが話があるって」 「アイバー?マスコミに情報を流したのはお前なのか」 『結論だけ言えば僕とウエディですが、まずは僕の話を聞いて下さい』 「………」 皆は複雑な顔を見合わせたが、話を聞かなくてはどうにもならないことは分かっていたのでただ無言で頷くしかなかった。その雰囲気を察したらしいアイバーが話し始めた。 『僕とウエディが捜査本部に合流した時、竜崎から話がありました。『私は夜神月がキラではないかと疑っている。しかし警察のキラ事件捜査の責任者は月の父 親であり、私を信じて命をかけて事件を捜査すると言った刑事達も夜神氏を尊敬して信じている。動かぬ証拠を出さない限り、彼をキラだとは信じないだろう。 万が一私が殺されるようなことがあったら、捜査の証拠や書類は改竄され消されてしまうかもしれない。だから私は、彼らには秘密で全ての書類やビデオのコ ピー、本部内の映像をある場所に保管させている。だから、私が殺されたら、隠してある捜査資料を各国のマスコミに送りキラを告発してほしい』と。資料の隠 し場所も教えられました。竜崎は何かを予感していたのかもしれません』 「………」 『竜崎はホテルを捜査本部にしていた時から、盗聴器と監視カメラを設置して全てを記録していました。もちろん竜崎の姿は映っていませんが…それらも全て捜 査資料と一緒にマスコミに送りました。竜崎は僕達の恩人だった。大切な人だった。あの人を殺したキラが本当に許せなかった。だから、僕達は、あの人を信じ て遺志に従った。…ちょっと焦り過ぎだったと、今になって思うけどね』 アイバーの最後のセリフは明るかった。その意味を考えるより早くアナウンサーが叫んだ。 『只今アメリカのFBIより連絡が入りました!これらの資料はLの手によるものに間違いないそうです。続いてイギリスから…あ、時間です!ただいまより全世界同時中継のLの会見が始まります!』 何だって? 月は目をむいてTVを睨み付けた。 (Lの会見だと?死んだはずのあいつが何故…影武者でも出すつもりか。いや、どちらにせよ、僕をキラだと告発したところで状況証拠しかないんだ。きちんと対応すれば大丈夫だ…) 冷静にならなくてはと言い聞かせながら月はTVの前のソファに腰を降ろした。 呆然としたままの捜査員達も月に倣う。 画面が切り替わってアナウンサーの顔が消えた。画面に大きく映し出される『L』の文字。 月は膝の上に置いた手を痛いほど握りしめて画面を睨んだ。 『Lです』 声が流れた。 TVを通していてもはっきりと分かる、竜崎の声だ。 竜崎が生きていたことを喜ぶべきか、月がキラだと事実上名指しされたことに憤るべきか、どういう表情をすればいいのか決めかねている顔で松田が口を開いた。 「これって竜崎の声ですよね?ね?」 「ああ、そうだと思う」 「静かに!」 夜神の言葉にみんな口を閉じて画面を凝視した。 聞き覚えのある声が滑らかに流れて来る。 『この度は私の部下の早合点により皆様を混乱させてしまったことをお詫び致します。本当はこのような形でキラを告発するつもりではなかったのですが、様々な突発的な出来事があり事前の対応が出来なかったことをご了承下さい』 『…キラ。私の部下から連絡は既に行ったはず、お前もこの番組を見ているだろう。そして恐らく、何故殺したはずのLが生きているのか、演説しているLは影武者ではないのかと疑っているだろう』 その通りだ。お前が本物だと言うのなら証拠を見せてみろ。見せられるものならな。 いつの間にか月の口の中はカサカサに乾いていた。視線はTVから離さないまま、手近にあったジュースを喉に流し込む。 『L』は絶妙な間を置いて言葉を続けた。 『私はあまり人前に顔を出したくはないのだが…今回ばかりは仕方がない。多少は妥協しよう』 「……!?」 画面がパッと変わった。 唇から下、肩の一部までが映し出された。顎の下で抱えられた両膝、その上に置かれた手。竜崎の独特の座り方。右手が画面の外に消え、ティーカップを持っ て戻って来た。同時に画面外に行った左手が大量の角砂糖を握って戻り、カップに全部の角砂糖を入れると指先だけでティースプーンを摘んでかき混ぜる。口に 運ばれたティーカップが離れると、薄く笑んだ唇が見えた。 月の中から余裕がじわじわと引いていった。 竜崎だ。 何故。 何故、生きている? 小刻みに震える手を膝に押し付けた。ここで動揺しては、自分がキラだと白状するようなものだ。 カップを持った手が画面外に消えて手ぶらで戻り、膝の上に置かれる。唇はもう笑っていない。 『キラ。お前の手下は私の片腕を殺し、続けて私をも殺そうとした。事実私は一度死んだと言っていい。なのに何故、片腕は帰らぬ人となり私は生きているの か…これは推測の域を出ないが、お前の手下が私を殺そうとした時、第二のキラも私を殺そうとしていたのではないか。異なる場所で異なる者が全く同時に同じ 能力を使い一人の人間を殺そうとする…非常に稀なケースと言えるだろう。二人以上のキラが同時に同一人物を殺そうとした時は、マイナスとマイナスをかけ合 わせるとプラスになるように、その能力が互いに打ち消し合い効果を失うのではないか?もしお前が答えを知っているならぜひ聞いてみたい』 は、と月は短く息を吐いた。 心臓が激しく動いているのが分かる。手が震えるのを押さえられない。刑事達が恐れの混じった顔でちらちらと彼を見ている。 …ミサ。 月は『レムがLを殺してくれたよ』と告げた時のミサの反応を思い返した。確か彼女は、一旦とても不思議そうな顔をした後、良かったと言って笑った。笑った、だけだった。もっとはしゃぐかと思ったのに。 今思えばあれは、『流河の名前を思い出したから自分がLを殺したと思ったのに。レムが殺したんじゃライトに喜んで貰えない』と思っていたのではないか。 『…とは言え、私はキラに殺されかけた。体の機能は停止し、医師も私を死んだと診断した。私の死を確認した付き添いの刑事が帰った後、知らせを受けた私の 部下が来ている時に私が仮死状態から回復したというのもまた稀に見る偶然だ。刑事がいる時か、私の部下が帰った後だったら私が死んでいないことがお前に知 れていただろう。私にキラを捕らえよと、神が命じたかのようだな』 Lが言葉を切ると無気味なまでの静けさが落ちた。 は…は…。 体が、肺が震える。押さえようとしても押さえようとしても呼吸が静まらない。 驚愕の表情で見つめる父。もはやキラを見る目の相沢。どちらを信じるべきかうろたえている松田。TVを見つめたまま微動だにしない模木。 Lの演説は続いている。 『ここで話は最初に戻る。私は仮死状態からは回復したが意識不明の重体だった。いつ息がなくなるか分からないと焦った私の部下は、その日のうちに資料を全 てコピーし、世界のマスコミに同時に届くように十分に余裕を持った日付を指定して郵便を送ってしまった。翌々日に私は意識を取り戻したが、出してしまった 郵便はもう回収できない。やむを得ず私は病院で治療を受けながら期限までにお前をキラだと立証するだけの証拠を集めなければならなくなった。…キラ、お前 が今何を考えているか私には大体想像がつく。『いくら今までの捜査資料を元に自分をキラだと推理しても、全ては状況証拠。それだけでは自分を逮捕できるは ずがない。キラである自分を社会的に抹殺するという結末で、Lが満足するはずがない』…だいたいこんなところだろう』 読まれている。何もかも読まれている。 状況を早とちりしたアイバーとウエディが捜査資料をマスコミに送ってしまった、それだけの理由でLが釈明に出てくるはずはない。あくまでLは死んだと思わせておいて秘密裏に動く方がはるかに効果的のはず。 それなのにL本人がマスコミに出て来たと言うことは、つまり、この2週間の間に何か決定的なものを掴んだということ。 何を掴んだ? 僕は何を見落とした? 画面に映るLの唇がうっそりと笑んだ。 『焦らす気はない。お前をキラだと断定する証拠は…これだ』 |
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