ともだち。
序章

 ピリリリリ…。
 枕元で目覚まし時計が鳴っている。普段なら2つめ、3つめの時計が鳴り出さないと起きない松田だったが、今日ばかりは最初のベルでパチリと目を開けて起き上がった。
 3個ある時計のアラームを全部切ってから、時計の横に置いてあった警察手帳に手を伸ばす。
 松田の顔写真と名前の間で燦然と輝いている『警視』の文字。

(やっぱり夢じゃなかったんだなぁ)

 ついでに頬をつねってから松田はしみじみ思った。
 警視に内定したという話は少し前から聞いていたが、昨日きちんと手帳が交付されるまでは信じられなくて、ひょっとしたら明日になったら消えてしまうのではとまで心配していたのだった。

 

 まるで初めて警察庁に出勤した時のように緊張して階段を登る。中に入るなり部下の中で一番若い刑事が駆け寄って来た。

「松田警視、おはようございます!」
「あ、おはよう」

 松田警視。
 なんていい響きだろう…と綻びかけた松田の口元は、部下の次の言葉で中途半端に半開きになってしまった。

「早速ですが警視。北村次長がお呼びです」
「え…次長が?」

 出勤そうそう上司に名指しで呼ばれる…あまり気分のいいものじゃない。
 …嫌な予感がする。
 こういう時の僕の予感って当たるんだよなぁ…。
 松田は重い足取りで次長室に向かった。

 

 北村は笑顔で松田を迎えた。

「おはよう、松田警視。警視になった気分はどうだね」
「はぁ…まだ実感が湧きません」
「そんなもんだろう。実感なんて後からついてくるものだ。…さて、君を呼び出したのは他でもない。今日未明に起きた殺人事件の指揮をとってもらいたいのだ」
「え?僕…いえ、私などがですか!?」
「謙遜する事はない。あのLと共にキラ事件を解決に導いた功績があるのだから、十分自信を持ちたまえ」

 僕はただ、竜崎の指示通り動いていただけなんだけど…。
 戸惑う松田に北村は一枚の写真を差し出した。

「まずはこれを見てくれ、被害者の写真だ」
「これは…」

 写真を一目見て松田は顔色を変えた。被害者は若い女性。喉を鋭利な刃物で切り裂かれている。
 そして、両手両足を縛られた上に猿轡をかまされていた。濃い恐怖の色が、多分美しかっただろう顏に張り付いて残っていた。
 なんてことを…。
 写真を持った松田の手が細かく震えた。

「写真では見えにくいが、被害者の喉には致命傷になった傷以外にいくつか切り傷があった。恐らく犯人が被害者の恐怖心を煽るためにやったのだろう」
「ひどい…」
「松田。これはここだけの話として聞いてほしいのだが」
「はい?」
「刑事を長い事やっていると、妙な勘が働く事がある。その私の勘が言っている。『被害者は一人では終わらない、捜査は難航する』と」
「………」

 そんなら僕なんかにこんな難事件押し付けないで下さいよ。
 情けない顔をしている松田に北村は続けた。

「だからこそ、キラ事件を解決した君に頼みたいんだ」
「でしたら、私でなく茂木か相沢に…」
「彼らは今別の事件の指揮をとっている。この事件を解決できるのは松田、お前しかいない!」
「……分かりました、やってみます」

 頭の中で『断れ、断れ!』という声が聞こえたが、松田は断り切れずうなずいてしまっていた。

 

 …最初の被害者が出てから2ヶ月。北村の不吉な予言は当たっていた。被害者は6人に増えていたが、犯人は痕跡や遺留品を全くと言っていいほど残さず、目撃者もなく、捜査は難航していた。
 警察庁内の休憩スペースで、松田は相沢に愚痴を零していた。
 抱えていた事件が解決したという相沢は、松田の長い愚痴に文句も言わず付き合ってくれていた。

「はぁぁーーーーーーっ」
「なんだなんだ松田警視、そんな馬鹿でかいため息なんかついて。部下の士気にかかわるぞ」
「休憩の時くらいいいじゃないですか。本当に次長の嫌な予感あたっちゃうし」
「俺は自分の事件で忙しくてそっちは良く知らないんだが、一体どんな事件だったんだ?」
「それがですね…」

 説明が終わった時には相沢の眉間には深い皺が寄っていた。

「…厄介だな。被害者の共通点と言ったら若い女性ってだけじゃないか」
「そうです。職業、出身地、趣味、交友関係、血液型や星座やファッションの好みまで調べましたが何もないんです」
「被害者だって縛られそうになれば抵抗するだろうに、抵抗の後がない。薬を使った痕跡も残っていない。犯人は足跡も目撃者も残していない。喉を切れば大量の帰り血を浴びるだろうに、一体どうやって現場から逃げたんだ?」
「そんなの僕が聞きたいですよ」
「これじゃあ全く手がかりが見えないな。Lだったら俺達が気付かないヒントにも気付くんだろうが…」
「…それだ」

 頭を抱え込んでいた松田が顔を輝かせた。さっきまでこの世の終わりのような顔をしていた松田の変貌ぶりに相沢は目を丸くした。

「それだって、何が?」
「Lですよ相沢さん!」
「はぁ?お前、まさかこの事件の指揮をLにとってもらうつもりか?」
「そこまではできませんけど、友人として意見を聞く程度なら問題ないと思います。ちょっとワタリに連絡とって来ます!」
「え?おいちょっと松田!」

 相沢の引き止める声はあっさりと松田の耳を素通りしたらしい。
 いくらキラ事件の時の縁が続いているとは言え、一介の刑事の要請ごときでLが動くものか。相沢も北村もそして松田の部下もそう思っていた。
 が。
 松田の協力要請に対して、Lは事件の資料を受け取った後にワタリを寄越すことを約束してくれたのだ。部下が松田を見る目が変わったことに、あいにく当の本人だけが気付いていなかった。


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