| 豪華なホテルの一室で、彼は椅子の上で膝を抱えて書類を見ていた。傍らには愛用の真っ白なパソコンが置かれ、様々な画像を映し出している。 『ピピピ…』 会話を求める電子音に、竜崎…世間からは『L』と呼ばれているが…は、表情に乏しい白い顔を上げた。 椅子から手を伸ばしてマウスを握る。通信システムをオンにすると、画面に帽子を目深に被ったコート姿の男が映し出された。 ワタリだ。 『L。松田警視がぜひお話をと』 「わかった、代わってくれ」 ワタリと入れ代わりに画面に映った懐かしい顔に、竜崎の口元がわずかに綻んだ。 「どうしました、松田警視」 『その呼び方はやめて下さいよ、恥ずかしい』 松田が照れくさそうに頭を掻いた。 …松田。かつてLの下で働いた刑事であり、Lの姿を知る数少ない人間。キラ事件の後、事件解決への貢献と誠実な人柄をかわれ、わずか1年の間に警視へと昇進していた。 その彼が、現在抱えている事件解決のためにLの力を借りたいとコンタクトを取ってきたのだ。 少しだけ微笑んだ松田はすぐに表情を引き締めてLを…正確にはワタリのパソコンに映されたLの文字を、見た。 『L。ワタリに預けておいた資料は見ていただけたでしょうか』 「ええ。なかなか難しい事件のようですね」 竜崎は手元の資料にちらりと目をやった。 都内で起きた連続殺人事件。被害者は16歳から29歳までの若い女性。犯人の手がかりになるような遺留品は無いに等しい。犯行の手口は同一なので、同一 犯の犯行と思われる。殺害の準備をしてから犯行におよんだと考えられるが、殺す相手は条件さえ満たせば誰でも良かったのか、最初から狙っていたのかは分か らない。被害者達の職業、出身地、出身校、交友関係、経歴などを洗ってもこれと言った共通点が見つからず、捜査は難航しているという。 確かにこれはてこずりそうだ。松田にはやや荷が重いだろう。 モニターに映る松田はこれ以上ないほど真剣な顔をしている。 『どうでしょう。力を貸して頂けますか?』 「もちろんです。松田さんにはお世話になりましたから…私にできる限りの協力をさせて頂きますよ」 『あ…ありがとうございます!』 勢いよく頭を下げた松田が映った次の瞬間、ガツンという大きな音がして、画像がひどくブレた。どうやらパソコンのカメラに頭をぶつけたらしい。 ワタリがカメラを直す間、クスクスという笑い声だけが聞こえた。恐らく松田の後ろに映っていた彼の部下達だろう。相変わらずだな、と竜崎も思わず苦笑する。 やっとまともになった画面にはなんとも情けない顔で笑う松田の姿があった。 『ありがとうございます、L。これでもう事件は解決したも同然です!!』 「そんな大袈裟な…。ではまず、詳しい資料と情報をワタリに預けて下さい。みなさんには引き続き被害者達の身辺を徹底的に洗って下さるようお願いします」 『わかりました。…ところでL、……』 「何か?」 『いえ、個人的な事なのでワタリに言付けて置きます。明日、また、連絡します』 松田は『明日』という言葉をさりげなく強調した。パソコンの向こうにいる松田に見えるはずはないのだが、竜崎は軽くうなずいた。その言葉だけで彼の言わんとする事が分かったから。 「分かりました。ではまた明日」 『失礼します』 通信を切ると、律儀に敬礼した松田の顔が味気ないモニタに消えた。 (あれから1年、か…) 竜崎はゆっくりと椅子から立ち上がり、窓を開けてベランダに出て、鮮やかな夜景を眺めた。 あの事件が終局を迎えて1年がたった。『終局』という言葉は適切でないかも知れないが、『解決』や『決着』という言葉は決してそぐわない終わり方だった。 …世界中を震撼させた、『キラ』による凶悪犯罪者の連続殺人事件。竜崎は少数の刑事達と協力して捜査を進め、ついに事件の捜査本部長である夜神刑事局長の息子、月こそキラだと判断した。 包囲網はゆっくりと、しかし着実に狭められ、彼の尻尾を掴むまで後一歩と思えたところで…唐突に彼は死んだ。 ビルの屋上から身を投げて。 事故なのか自殺なのか、それとも事件なのか。死んだのが刑事局長の息子だけあって、捜査は慎重の上にも慎重に進められた。最近何かに悩んでいたようだっ たとか、複数の女性と交際していてもめていたとか、落ちる直前何かを掴もうとするように空に手を伸ばしていたとか…様々な証言が出てきたが、結局彼の死の 真相は分からないままだった。 彼は逝ってしまった、竜崎に何の答えも与えずに。全ての謎と『正義の勝利』という結末を抱えたままで。 (明日はあなたの命日ですね、夜神君) 竜崎は目を閉じて彼の顔を思い浮かべた。 |
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