| …目を開けると白い天井が見えた。ゆっくりと頭を動かしてあたりを見回すと、豪華な調度品が並んでいるのが目に入った。サイドテーブルの上には綺麗な花が生けてある。 夢を見ていたような気がする、小さな子供の頃の夢、忘れてしまった何かを。今回の事件の手がかりになるような事を言っていたような気もするが、夢の記憶は儚く消えてもう思い出すことは出来ない。 竜崎は目にかかった髪を払おうとして、手に違和感を感じた。見ると、肘のあたりに包帯が巻かれ点滴の針が留められている。反対側の手には血圧計のようなもの。 霧が晴れるように竜崎の頭は少しずつはっきりして来た。 (そうだ…私は殺人ノートの検証をしようとした…その話をしている時に死神が姿を消し、直後にワタリが倒れ…。死神か、それとも弥か…どちらかは分からな いが、どうやら私は殺されずには済んだようだな…。………。私は本部の近くのK病院に運ばれたはずだが、やけに豪華な部屋だ…秋乃さんのお兄さんが気を利 かせてくれたのか?) そんなことを考えていると部屋のドアが開く音がした。部屋を仕切る薄手のカーテンが開くと、良く知った顔が覗いた。 「…あ」 「………。秋乃、さん?」 「竜崎さん!意識が戻ったんですね!」 駆け寄って来た秋乃が両手で彼の頬を包み込んだ。それが夢ではないと確認するように、何度も竜崎の頬を撫でる。 「よかった…亡くなったって聞いて、本当に心配したんですよ…。私が分かりますか?痛いところとか、ないですか?」 「分かりますし、特に痛みもないです。ちょっと頭がぼんやりしますが……」 「よかった…本当に…」 秋乃の瞳に涙が浮かんだ。彼女の瞳にまだ呆然としている自分が映り込んでいる。頬を包む手が暖かい。砂糖とバターと小麦粉が混ざった懐かしいお菓子の香りが鼻をくすぐる。秋乃の頬を伝った涙が竜崎の頬に落ちて、それを冷たいと感じた。 感じる。生きている。私は、生きている。キラの手を逃れることができたのだ。はっきりと実感した。 状況を尋ねようと口を開きかけた時、また病室のドアが開いた。 「秋乃、竜崎の様子は…あ!」 「ちょっとアイバー、何でこんなとこで立ち止まるのよ」 「あ、いや、お邪魔だったみたいかなーって…」 「はぁ?」 花束を持ったアイバーの後ろからウエディが顔を出した。 見つかっちゃったから仕方ないか、と笑いながらアイバーが近付いて来た。秋乃が笑顔で二人を迎える。 「竜崎さん、大丈夫だそうです」 「まぁはっきり言って寝てただけだからな。大丈夫じゃないなんて言ったら詐欺だぜ」 「詐欺師のあなたが言う?ま、何にせよ無事で良かったわ」 「あ、お花取り替えますよ」 「ん?竜崎の意識が戻ったんだったらもういいだろ。これは僕から秋乃にプレゼント。美しい君にぴったりだ」 「あははっ、ありがとうございます」 「全く調子がいいんだから」 「じゃあ私、兄を呼んで来ます」 秋乃が部屋を出ていく。ひらひらと彼女に手を振るアイバーを、竜崎はじろりと睨んだ。 「…随分豪華な病室ですね、ここは」 「ああ、秋乃の兄さんが機転を利かせて特別病棟に運んでくれたんだ」 「K病院の特別病棟…ですか」 「大統領から犯罪者まで、金さえ払えば何も言わず、何も聞かれずに最高の医療を受けられる場所さ。世間には一切知られることなくね」 「………。秋乃さんやお兄さんは何か言っていましたか」 竜崎の言葉にアイバーの顔からおどけた笑みが消えた。ウエディとちらりと目を合わせ、神妙な顔で椅子に腰を降ろした。 「結論から言おう。あの二人はほとんど全てを分かってる」 「ほとんど全てを…ですか」 「知らないのは死神が実在したことと殺人ノートの存在くらいだと思っていい。竜崎がLだということも、夜神月がキラで弥海砂が第二のキラだと言うことも分 かった上で協力を申し出ている。龍神院長と、彼の義父である如月院長は警察幹部や政府の要人に強いコネがあるし、様々な世界のスペシャリストにも顔が利 く。Lが表立って動かなくても捜査ができる」 「それは願ってもない申し出ですが…。………」 「竜崎がLだと言うことは、龍神兄妹の他は龍神院長の義父である如月氏しか知らないし、それ以外の第三者に漏れることはない。捜査協力に対する見返りも要 求しないと言っている。しいて言えば、常に竜崎と行動を共にしたいということくらいだ。秋乃が『竜崎のお抱えパティシエ』としてキラと接触したことがある 以上、キラは彼女の口を封じようとするだろう…と秋乃の兄さんは考えているからね」 「………。なるほど」 竜崎は頷いて口を閉じた。 様々なシステムも含めて本部がキラの手に落ちた今…そしてワタリもいない状態では、Lが生きていることをキラに気付かれずに捜査を続けるのは難しい。各 界に強い繋がりを持つ人物が手を貸してくれるのなら、素直にその申し出を受けるべきだろう。今、何よりも優先するべきなのはキラを逮捕することだ。 それに。 秋乃が自分の正体に気付いていることを知りながら彼女を切り離さなかった責任は取らなくてはならない。 これからどう捜査を進めるべきか考えているうちに秋乃が兄を連れて戻って来た。 病院に運ばれた直後に顔も見たし話もしたのだが、あの時は意識が朦朧としていたから事実上これが初対面だった。 龍神秋乃の兄、龍神冬彦。一流の腕を持つ外科医であり、表側のK病院の院長。 長く伸ばした髪を首の後ろで一つに束ね、理知的な眼鏡の奥の目は切れ長で柔らかい。 冬彦は不躾とも言える竜崎の視線に嫌な顔をすることもなく穏やかに微笑んだ。 「初めまして。秋乃の兄の、冬彦と申します。妹がいつもお世話になっております」 「いえ、こちらこそ。今回はずいぶんと心配と迷惑をかけてしまったようで」 「お気になさらず。念のために診察させて頂きますね」 彼は無駄のない動作で簡単に診察を済ませ、点滴や血圧計などを取り外した。 竜崎は自由になった腕をさすってベッドの上に身体を起こした。竜崎の視線を受けて冬彦は真剣な顔で口を開いた。 「アイバーさんから話は聞きましたか」 「はい」 「………お返事を、聞かせて頂けますか」 「お申し出はとてもありがたいと思います。今の私にできることも、時間も少ないのは事実ですから、キラ事件を捜査することの危険性を承知の上で協力して下さるのならぜひお願いしたい。私もキラ逮捕とあなた達の安全のために全力を尽くします」 「では…」 「ですが、その前に一つお伺いしたい」 「……?」 「どんなに非現実的で突拍子もないことでも、私が『これは事実です』と言えばそれを信じてくれますか」 これ以上ないほど真剣な目の竜崎に。 冬彦は秋乃に良く似た無邪気とも言える笑顔を見せた。 「もちろん。あなたを信じていなければ危険を承知で協力したいなんて言いませんよ」 「…ありがとうございます」 差し出した手は確かな力で握り返された。 まだ、戦える。 竜崎は握りしめた手に強く力を込めた。 …数日後。 ヨツバ東京本社、19階の会議室。葉鳥、火口が欠けて6人になったその円卓。 エラルドとして再度ヨツバを訪れたアイバーはゆったりと集まったメンバーを見回して優雅に会釈した。 「お忙しいところ、ありがとうございます」 「…キラが逮捕されたことで我々がLを追う意味もなくなった。それに伴いあなたとのビジネスも終わったはずだが。一体何が狙いだ、コイル?」 「皆様、何か重要なことをお忘れではないですか?」 「相応の報酬は支払ったはずだが」 「キラの能力を持っていた火口は死んだのに犯罪者の裁きは続いていること、そして皆さんがキラの能力を詳しく知っていると言うことです」 「…………」 アイバーの言葉に沈黙が落ちた。残ったメンバーの中では一番頭の回転の遅い鷹橋も危険なものを感じたのだろう、額に汗を浮かべてそろそろと集まったメンバーを見回している。 「何が言いたい?」 「その質問にお答えする前に、皆様に一つお尋ねします。火口は何故死んだのか?火口が死んだのに犯罪者の裁きがまた始まったのは何故か?どう思われますか?」 「………。火口が捕まったのを知った第二のキラが秘密が漏れるのを恐れて口を封じたのでは」 「キラと第ニのキラがいたのなら、犯罪者を裁いているのは第二のキラかも知れない」 返って来た言葉にアイバーは首を振り、真剣な顔でゆっくりと告げた。 「残念ながら外れです。火口はキラでもなければ第二のキラでもない。キラと第ニのキラが、Lの手から逃れるために捨て駒として利用した、言うなれば第三のキラです。そして用が済んだから殺されたのです。復活した本物のキラによってね」 「なんだと…」 「そうなると、キラの能力を詳しく知っている我々を、キラが殺そうとする可能性は高い…ということか」 「その通りです」 最初はアイバーを煩わしそうに見ていた6人は、今はひたひたと近付く己の死に怯えた目で彼を見ている。彼らを確実に落とすため、もう少し脅しをかけることにした。 「キラはともかく第二のキラが誰なのか…もう想像がつくでしょう?」 「弥海砂……」 「正解です」 「しかし弥は、『Lがキラではないと判断して自由にした』と、あなたが言ったではないか!」 樹田が声を荒げた。アイバーはほんの少し唇の端に笑みを浮かべて本題を切り出すタイミングを待っている。 …紙村と三堂の目配せを受けて奈南川が口を開いた。 「コイル。あなたがLと繋がっているという事実は、すでに私と三堂、紙村が知っている。あなたがここに来たのもLの指示なのだろう?そろそろ要点を話してくれないか。そんな長い前置きで我々を脅して、何を求める?」 「脅したつもりはありませんが…。まぁいい、はっきり言いましょう。真のキラ逮捕の為に力を貸して頂きたい」 「………?」 「あなたの話を聞いた限りでは、Lは既にキラが誰か分かっているようだが。何故、我々の力が必要なんだ?」 「確かにLはキラ逮捕まで後一歩と言うところまで真実に迫りました。しかし、キラの卑怯な手にはめられ殺されかけたのです。幸い間一髪で逃れることができ ましたが、今まで通りに動くことはできません。彼がLとして動けばLが生きているということがキラに分かり、次こそ必ず確実に彼を殺そうとするでしょう。 Lが殺されれば全てが終わりです。今のLは自分の指示通りに動いてくれる誰かを求めています。Lはすでに新たな仲間と共に動き出しています、しかし皆さん が協力してくれればもっと早くキラは捕まり、みなさんの命の安全も確保される」 そこまで一気に言った後、アイバーは集まったメンバーの顔を順番に見つめた。皆、複雑な顔で微妙に視線を合わせたり逸らしたりしている。 もう一押しだ。アイバーは低い声で続けた。 「今は世間の混乱を防ぐため火口がキラだったことは伏せられています。しかし放っておけば情報は漏れる。そんなときに弥海砂が第二のキラとして捕まったら どうなりますか?ヨツバの社員がキラ、CMキャラが第二のキラだったとなったら…。イメージダウンどころの話ではないでしょう」 「………」 「しかしLはこう言っています。皆さんがキラ逮捕に協力してくれるなら、火口がキラだったと言う事実は一切世間に漏らさない。更に、弥海砂が第二のキラだと知らされた皆さんが、責任を感じてキラ捜査に協力してくれたと発表しよう、と」 「………」 「既にK病院の龍神院長、特別病棟の如月院長がLに協力を申し出て動き出しています。皆さんが協力して下さるのなら、龍神氏をここにお呼びして話をしてもらいます。これを機会にK病院のトップと繋がりができるのは、皆さんにとって決して損にはならない。…でしょう?」 K病院の名前を出した途端皆の表情が変わった。今まで半信半疑だったが、大物が既に動いていると言う事実は彼らの心を大きく動かしたらしい。 場の雰囲気を代表して尾々井が口を開いた。 「…我々は何をすればいい?」 「それは協力していただける、と取ってよろしいですね?」 異義を唱える者はいない。アイバーは鷹揚に頷いて携帯を取り出した。 …ほどなくして会議室を訪れた龍神冬彦は集まったメンバーと挨拶を交わし、開いている最後の席についた。 「早速ですが、本題に入りたいと思います。まずはこちらをお聞き下さい。警察で傍受したキラと第二のキラの会話です」 冬彦はアタッシュケースからテープレコーダーを取り出して、固唾を飲んで見守るみんなの前で再生ボタンを押した。テープがジリジリと回り、鮮明な声が流れ始めた。 『…もしもし』 『ライト!電話してくれてありがとう!何の用事?デートのお誘い?』 『いや、ミサの明日のスケジュールを知りたいんだ。午前中は開いてるか?』 『明日は一日中映画の撮影だけど…何かあるの?』 『竜崎の葬儀があるんだ。できればミサにも来てほしかったんだが、仕事なら仕方がないな』 『そっかー、ミサ、一応竜崎さんの友達だったもんね』 『まぁそれもあるが…』 『あ、ひょっとしてライト、殺したいけど名前を知らない人がいるの?それで、ミサに名前を見てほしいの?』 『ああ、そうだ。でも今すぐというわけじゃないし、他にもミサに顔を見せる方法はあるから気にしないでくれ』 『うん!Lを殺す時はミサ、全然役に立てなかったから…今度こそライトのために、理想の世界を作るためにがんばるよ!』 『ありがとう、ミサ…それと、こんな話は電話ではちょっと危ないな。ヨツバの生き残りを消すことも含めて相談したいし、今から会えるか?』 『もちろん!今すぐ支度するね!』 『ああ、じゃあまた』 カチリ。 冬彦が停止ボタンを押してテープを止めると、無気味なほどの沈黙が落ちた。 今殺す側だった自分達が、今は殺される側にいる。本能的な恐怖で皆の口は固く閉ざされていた。 冬彦はテープレコーダーを片付けて変わりに白いノートパソコンをセッティングした。カメラとマイクが取り付けられた画面が皆に向けられると、その画面には『L』の文字が映っていた。 『Lです。この度は私への協力を約束してくださり、感謝します。以前の私達は追う者と追われる者でしたが、今後は一緒に真のキラを追っていきましょう』 パソコン越しではあったがLの声は凛と響き、確かな力を持って彼らの耳に届く。ヨツバの皆は無意識に背筋を伸ばし、姿勢を糺してその声に聞き入った。 『既にお話しした通り弥海砂は第二のキラです。皆様には弥の行動を把握・制限することを第一に動いて頂きたい。幸い弥はヨツバのCMキャラクターです。皆 様なら彼女のスケジュールを決めるのは簡単なはず。弥とキラの接触はできる限り少なくしなくてはなりません。まずは弥の今後半月ほどのスケジュールを調べ て下さい。 現在、龍神氏の雇ったその道のプロが弥とキラを尾行し、行動を記録しています。が、ずっと同じ人間がキラを尾けているのは危険ですので、龍神氏と相談して適切に人を変えて下さい。その辺の調整は皆様の判断にお任せします。 そしてこれが一番大事なことですが…私が皆さんに連絡を取る時は、必ずコイルか龍神氏を通します。私が直接皆さんに電話などをすることは絶対にありません。もし直接『L』を名乗る者から連絡があった時は、適当に話を合わせて会話を録音し、私に連絡を下さい』 その言葉に奈南川、三堂、紙村が顔を見合わせた。 薄く青ざめた顔で奈南川がパソコン画面の『L』に声をかけた。 「L…以前、私に『L』を名乗る者から電話があったが、あれはあなたではなかったのか?」 『違います。私はカマをかけられてそれにひっかかるほど浅はかではありません』 「では、あの時の『L』は…」 『私からの疑いを晴らすために一緒に第3のキラ事件を捜査していた、本物のキラです』 「……!!」 『既にお分かりかと思いますが、キラは頭が切れる。万が一私を名乗ったキラから連絡があったら、ボロが出る前に話を切り上げて下さい』 「………。分かった…」 『それでは、弥のスケジュールの方よろしくお願いします。報告を受け次第、追って指示を出します。…皆さん』 Lは一呼吸、すっと言葉を切って鮮やかに言った。 『キラの手から世界を救いましょう。屍の上に築かれた楽園など存在しないと言うことをキラに教えてやろうではありませんか』 「世界を救う…か……」 「いいんじゃないか?私もキラのやり方は気に入らない」 「キラを捕まえなければ俺達が殺されるならやるしかないだろ」 「つべこべ言っても仕方がない。今はLに従うしか道がないんだ」 「子供の間違いをただしてやるのも大人の役目か」 「俺達はキラに手を貸していたんだ。罪は償わなければ」 「キラが捕まるまで皆時間が許す限りLに協力すること、を大前提に話をしよう。まずはそれぞれの役割分担を…」 アイバーと龍神冬彦を入れたヨツバの会議は、殺人議論の時よりも熱く真剣に進められていった。 |
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