世界の中心でLを叫ぶ・If
EPISODE 4:11月11日

 郊外にぽつんと立つ小さな教会。まるで世界から忘れられたような寂れた場所が『竜崎の葬儀会場』だった。
 世間に公にできる葬儀ではなかったので、集まったのは月と刑事達、秋乃、そしてアイバーとウエディだけだった。
 月はそっと竜崎の棺の中を覗き込んだ。瞼を閉じた顔は骨のように白く、くっきりと隈を浮き立たせている。白い服の上で組まれた指にはロザリオが絡まっていた。穏やかな顔は最後に自分が正しかったことを確信したからだろうか。
 恐らく最大の敵だった人間の最後の姿はなかなか感慨深いものがあった。知らず棺に手を付いた月は、その冷たさに手を引っ込めた。

「…綺麗な顔をしてますね」

 棺を覗き込んだ松田がポツリと呟いた。
 その言葉に秋乃が黙って頷いた。月が目を向けても彼女は視線を竜崎に落としたまま顔を上げなかった。その顔にはもう悲しみの色はない。悲しみも、絶望も、歓びも、何の感情も。
 月はそっと彼女に声をかけた。

「秋野さん」
「…はい?」
「竜崎のことは…、その…」
「いいんです」
「え?」
「もう、いいんです」

 彼女は散りかけた儚い花のように唇に笑みを乗せた。その反応に戸惑う月を見ないまま、独り言のように続ける。

「竜崎さんはもう、どこにも行かないから。ずっと…ずっと、これからはずっと私と一緒にいてくれるから。それでいい…」
「………」

 どういう意味だろう。
 竜崎の遺骨を引き取ってそれが満足だということか、後を追うつもりなのか。
 真意を計りかねて月が戸惑っていると、祈りを終えたアイバーが秋乃の隣に寄り添うようにそっと声をかけた。

「ショウコ。あんまり、気を落とさないでくれ。早まったことはしないでくれよ」
「はい、大丈夫です。心配かけて申し訳ありません」
「ならいいんだが。辛い時はいつでも僕を呼んでくれ。すぐにかけつけるから」
「ありがとうございます」

 …ショウコ。
 月は教会の隅で所在なげにしている松田にさり気なく近付いて話し掛けた。

「松田さん、ちょっと聞きたいんですけど」
「ん、何?」
「秋野さんの名前ってショウコって言うんですか?」
「えっ…どうして?」
「アイバーが秋野さんのことをショウコって呼んでたから…。名前で呼ぶなんて、結構昔からの知り合いだったのかなって思って」
「あー…そうかもしれないね。ウエディは秋乃さんのことをずいぶん前から知っていたみたいだし」
「じゃあ秋野さんってショウコって名前なんですね」
「うん、今話題のタレントに秋野祥子っているでしょ?」
「ああ、あの…結婚するから芸能界を引退するっていう…せっかくブレイクしたのにもったいないとかいわれてる」
「そうそう、あの人と同じ名前なんだよ」
「同じ名前だったら秋野さんの方が魅力的ですね」
「うん、そうだね…。あ、ほら、神父様のお祈りが始まるよ」

 何故か松田はその話題にはあまり触れたくないと言うようにそそくさとその場を離れた。
 その行動が気にならないわけではなかったが、月の思考は他のことに向かっていた。

(あの女がアイバーやウエディとも接触があったのなら、やはり消さなければ危険だ…幸いミサの目を使わなくても名前は分かった…後はどうやて殺すかだけ…)

 月は何食わぬ顔で神父の前に並び見よう見まねで祈った。その後は最後のお別れに皆が花を一輪ずつ棺に捧げて全ての儀式が終わった。月を始め刑事達は火葬場まで付き合って、できれば遺骨を分けてもらおうと思っていたのだが。

「皆様、今日はお忙しい中わざわざお越し下さってありがとうございました。安全運転で、気を付けてお帰りになって下さい」

 秋乃に別れの挨拶を切り出され、刑事達は戸惑った視線を交わした。
 彼女の態度にも言葉にも鋭い刺はない。ただ、静かで冷ややかな拒絶があるだけだ。
 火葬場まで付いて来るなと。もうここで帰れと。竜崎を信じなかった者に葬儀の最後まで付き合う権利はないのだと。
 それを押し切ることは刑事達には出来なかった。
 皆を代表して夜神が口を開いた。

「いえ。わざわざ我々を呼んで下さってありがとうございました。辛い役目を押し付けてしまって申し訳なかったが…」
「いえ…」
「何かありましたらいつでも、松田にでも連絡をいれて下さい。どうぞ、お元気で」
「ありがとうございます…」
「では…」

 秋乃が深々と頭を下げる。刑事達も一礼を返し、寂れた教会を辞した。
 肩を落とし無言で車に乗り込む刑事達の一番後ろで、月はもう一度教会を振り返った。すすけた壁、錆び付いた鐘、崩れ落ちた屋根、全く手入れのされていない庭。
 いくら神父一人しかいない教会とは言え、これはあんまりではないか。
 そういう教会があってもおかしくはないだろうが、あの女が竜崎の葬儀の場にこんな教会を選ぶのは不自然ではないか。いくら人目につかずにひっそりと葬儀をしたいといっても、もっとましな場所があったろうに。
 まるで既に引き払われた教会に神父を呼んだかのようだ。
 だとしたら、何のために…?

「月、どうした?早く乗れ」
「あ…うん……」

 総一郎にせかされて月は車に乗り込んだ。胸にかすかな違和感を残したまま。

 

 二階のステンドグラスの隙間から夜神達を見張っていた秋乃は、彼らの車が見えなくるのを確認して階下に戻った。神父の服を脱いで普段のスーツに着替えた冬彦が、どうだった?と尋ねた。

「みなさん、本当に帰られたようです」
「火葬までついてくるつもりだったようだけど、助かったわ」
「まぁ、そうなったらなったで対策は用意してありましたけどね」
「すんなり帰ってくれてほっとしたような残念なような…複雑な気持ちです」
「別にいいじゃないか。あの連中は竜崎が死んだことを悲しんでなんかいないんだからさ」
「不謹慎な発言ね。否定はしないけど」
「…さ、捜査会議は帰ってからにしましょう。いくらほったらかしの教会とは言え、無断で使っているのを誰かにみつかったら大変ですし」
「神様は見てたわよ、兄さん」
「神様は許してくれるさ。神を気取って神を冒涜しているキラを捕まえるためなんだから」
「…皆さん」

 竜崎は集まった皆の顔をゆっくりと見つめた。
 アイバー、ウエディ、秋乃、冬彦。
 Lを心から信じ、協力してくれている仲間。もう誰も失いたくない、誰ひとり。

「必ずキラを捕まえましょう。悪が栄えた試しなどない、必ず最後は正義が勝つのだと…私達で証明してやろうではありませんか」

 竜崎は右手を差し出した。その手をアイバーが、ウエディが、秋乃が、冬彦が両手でしっかりと握る。最後に竜崎は皆の重ねた手に左手を添えた。
 もう決して失いたくない温もり。絆。願い。かけがえのない仲間。
 彼らの決意のように、重ねられた手は固く繋がれていた。


 


 捜査本部に戻った月は椅子に腰を降ろしてノートを広げた。砂になったレムの遺骸から拾い上げたノート。最初から最後まで真っ白で、文字は一つもない。最大の敵だった竜崎の名前は、レムの命と一緒に消えてしまったようだった。
 それはとても残念だったが、死んだ者のことをあれこれ考えても無駄だ。新世界を作る今後のことを考えなければならない。
 まずは竜崎のお抱えパティシエだったあの女を消すこと。
 指先でペンを回しながら考えをまとめると、月はノートに彼女の死亡状況を書き記した。『秋野祥子』と彼女の名前を記した時、結婚を理由に芸能界を引退すると発表した同姓同名のアイドルの顔がふと脳裏をよぎった。

『秋野祥子 自殺

 11月11日の夜、友人に電話をかけて『今から自殺する』と告げ、バスルームで手首を切って失血死』

 こうしておけば、電話をしていた友人がすぐに警察なり救急なりに連絡して確実に死体は見つかる。後は翌日の新聞で彼女の死を確認すればいいだけだ。
 同じ名前なのに一人は愛する人と一緒になり、もう一人は愛する人を追って死ぬ…。皮肉なもんだな、と月は唇を歪めた。

「さよなら秋野さん。あの世で竜崎とお幸せに。同じところに行けるとはかぎらないけどね…ははっ」

 満面の笑みで呟いて、月はノートを閉じた。全てが監視され記録されているなど夢にも思わずに。

 

 監視カメラのモニターに映った月の残酷な言葉に、デスクの上に置かれた秋乃の手が細かく震えた。怖い、というつぶやきが唇から漏れる。

「秋乃、心配いらな…」
「大丈夫ですよ、秋乃さん」

 竜崎がデスクの上の秋乃の手を握り、彼女が竜崎に目を向けたので、アイバーは秋乃の肩を抱こうとした手をすごすごと引っ込めるハメになった。
 どう思う、あれ?ちょっと大人気なくない?
 隣のウエディにぼそぼそと愚痴ったが見事に無視されて、アイバーはいじけてデスクに『の』の字を書いた。竜崎を挟んで秋乃の反対側にいた龍神冬彦はアイバーの姿に思わず吹き出し、あわてて真剣な顔になった。
 竜崎もアイバーのいじけは見ない振りをして秋乃を見つめた。

「あのノートは、顔を知っている人間の名前を正確に書かなければ効果は発動しません。秋乃さんが殺されることはありませんから、心配しないで下さい。…と言っても難しいかもしれませんが…」
「あ…それは大丈夫です。いえ、心配は心配なんですけど、私が怖いのはそっちじゃなくて…」
「…?」
「月さんが、怖いんです。あのノートに名前を書くと、書かれた人は死んじゃうんですよね?それを分かってて名前を書くことが…書いて、笑っていられるってことが…すごく、怖い…」
「………」

 彼女の言葉に四人は虚を突かれた顔になった。Lである竜崎、裏社会の人間であるアイバー、ウエディ、そして裏社会に精通せざるを得なかった冬彦には珍しくも何ともない人間の姿。
 だが、太陽の下の明るい世界だけで生きて来た彼女には人間の醜い側面など実感を伴って目にする機会などなかったのだろう。
 できれば知らないままで生きていければ幸せだったろう。
 だが、彼女も自分の意志でキラ捜査に関わったのなら、自分の考えは話しておいた方がいい。彼女ならきっと受け止めて理解してくれる。受け入れることは出来なくとも。
 竜崎は考え考え口を開いた。

「…秋乃さん。人間は、あらゆる動物の中でも特に優れた状況適応能力を持っています。簡単に言えば、非日常的なことでも毎日のように繰り返せば感覚が麻痺して何も感じなくなってしまう。人間はどんなことにも慣れてしまうのです」
「はい………」
「キラの能力を手に入れた直後はどうだったか分かりませんが、今の夜神月は人を殺すことに慣れてしまっている。自らの手を汚して人を殺めることすら人間は 慣れてしまうのです…ノートに名前を書くなどという間接的な方法では自分が誰かを殺しているという実感も薄すぎて、すぐに何も感じなくなってしまうので しょう」
「…それは、分かります。理解はできます…でも、月さんのしていることや考えていることは分かりません。私でさえ、犯罪者を殺し続けることで世界が変わるなんてあり得ないってわかるのに、月さんみたいに頭のいい人が、どうして…」

 竜崎は意見を求めるために冬彦を振り返った。

「知能の高い愚か者、という言葉を使うには彼は幼すぎる。ま、いうなれば『頭脳は大人、心は子供!』ってところでしょうか。彼が頭がいいのは良く分かりま すが、同時に思考回路がひどく幼い。自分は絶対に正しいのにどうしてみんなはそれが分からないんだ、と癇癪を起こして暴れる子供を見ているようです」

 冬彦は人気のアニメの名台詞をアレンジしてそう言うと、肩をすくめて苦笑してみせた。
 彼の言葉に竜崎は同意を示して頷く。

「私はキラ事件を捜査して初めて夜神君に出会った。ですから、キラになる前の彼がどんな人間だったかは想像するしかないのですが…。
キラの要素を抜きにすれば、夜神月は頭脳明晰、スポーツ万能、容姿端麗、そして表向きな性格も問題無し、非のうちどころのない人間と言えるでしょう。それ ゆえに両親からは自慢の息子、妹からは自慢の兄と思われ、友人関係でも敵は少なかったと思われます。彼を攻撃する人間がいても、負け犬の遠ぼえや僻みから くる嫌がらせとしか思われなかったのではないでしょうか。
 また、回りの友人達よりひとつふたつ上の視点からものを考えることのできる夜神の言葉に異を唱えるものはいなかったと思われます。『ああ、やっぱり夜神 は違うな』などと賞賛され、無意識のうちに彼の中に『自分こそが正しい、自分の考えを理解しない者、反対する者は間違っている』という信念が確立されてし まった」

 皆は相づちひとつ打たずに竜崎の言葉に聞き入っている。
 冷めかけた紅茶で唇を潤して竜崎は続けた。

「それだけなら特に問題はなかったでしょう。しかし、経緯は分かりませんが夜神はキラの能力を手に入れてしまった。元々自分に対して過剰なまでの自信を 持っていた彼が殺人ノートを手に入れたことで、まるで己が神になったかのように錯覚したのです。いくつかの点で他の人間よりわずかに優れているが自身も一 人の人間であると言う事実を見失って…。神の裁きを気取って犯罪者を殺し、そうすることで悪を消しさり世の中を変えようとした」
「表向きには悪は消えるかもしれないし、世の中は変わるだろう。…悪い方に、ね」
「キラの殺しの基準が分からないから、何をしたら殺されるのかが分からない。誰かに『こいつは犯罪者だ!』と顔と名前を公開されるだけで殺される可能性が あるとなったら…何も出来ない、誰とも関わることができない。あるいは、全ての人が外に出る時は顔を隠すようになるでしょうね。それをこのボウヤは全く考 えていないのね。都合の悪いことは考えない主義なのかしら」

 最後の言葉はアイバーに向けて、ウエディは煙草の煙をフーッと吹き掛けた。アイバーがわざとらしく顔をしかめて煙を振り払ったので、苦い香りがふわりと漂った。

「マスコミやネットで情報が公開された犯罪者しか殺せないと言う時点で彼は神ではない。ただの人間です。人間とは不完全なもの、だから人間はミスをする、 失敗もする、犯罪の証拠も残す。完全犯罪などあり得ない。追われる者が消し切れなかった証拠を追う者が見つけられるか見つけられないか、それだけです」
「そうですね。証拠がなければ出させると言う手段もある…こんな風にね」

 冬彦がモニタの画面を指で小突いた。その言葉に竜崎が頷く。

「夜神は自分の頭脳に相当な自信を持っています。それゆえに不必要に動いてボロを出す…リンド・L・テイラーやFBI、そして今回の秋乃さんのこと…。 放っておけば何も起きないのに、より完璧を求めるあまりに自ら綻びを作ってしまうのです。テイラーとFBIを殺したことで自分を最有力容疑者にしてしまっ たにも関わらず、私や秋乃さんを殺そうとしたことで自分がキラだと言う証拠を自ら造り出す結果になっている」
「今までは何とかその綻びも自分で繕って来たけど、そろそろ限界だね」
「はい、もうすぐです。もうすぐ、この事件は解決します」

 竜崎は目を閉じてゆっくりと呼吸した。
 キラ。
 お前は私からたくさんのものを奪った。私はお前の為に多くの犠牲を払った。
 失われた尊い命の数だけ私が背負った十字架の重みがお前に分かるだろうか。
 私は多くを失ったが、多くを得た。たくさんのものを残すことができた。
 お前はもうすぐ多くを失う。その後お前に何が残る?お前は何を得る?
 夜神月。
 お前を追って伸ばした私の手は、もうすぐお前に届く。
 だから。
 首を洗って待っているがいい、偽りの神の仮面が剥がされるその時を。


NEXT


 
デスノ部屋
総合目次