世界の中心でLを叫ぶ・If
EPISODE 7:11月13日

 ヨツバ本社19階会議室。
 八人がけの円卓にコイルであるアイバーとLと繋がるパソコンを持った龍神冬彦が座るのはこれで二度目だったが、既にその後継は全く違和感のないものになっていた。尾々井の代わりにアイバーが場を取り仕切る役になっていることも。
 アイバーは茶目っ気たっぷり…という言葉が浮かんでくるような邪気のない笑みを浮かべて集まった顔ぶれを見回した。

「お忙しい中お集り頂きありがとうございます。まず、皆様に頼んであった案件の報告書を頂けますか。…これはLに送り、後で何かしらの指示を受けますので…早速ですが、Lから皆様への次の依頼をお伝えします」

 アイバーは封筒を数枚取り出して並べた。中身は書類が何枚か、という厚みで、裏はLの署名で固く封がされている。表はそれぞれ様々な国の言葉で誰かに宛てて名前が書かれていた。
 これからトランプで手品を始めるマジシャンのように皆の興味をたっぷりと封筒に引き付けてアイバーは尋ねた。

「これが何か分かりますか」
「…外国の誰かに宛てた手紙のようだが」
「Lの署名で封がされていると言うことは、中身はキラ事件に関係する書類か」
「正解です。では、この表に書かれている国の共通点が分かりますか」
「…………?」
「…………」
「………。死刑執行が行われている国」

 奈南川の言葉にアイバーは唇の端を僅かに持ち上げた。

「正解です」
「コイル。以前も言ったがあなたは回りくどい。今回のLの依頼内容は何だ?」
「…この封筒の中にはキラの能力に関わる書類のようなものと各国の首脳・警察幹部に宛てたLの手紙が入っています。今の日本では死刑執行は極端に少なく、 また、警察幹部の身内にキラがいるので検証そのものがキラによって妨害される可能性がある。ですから死刑囚を使ってのキラの能力検証は不可能に近い。それ ゆえに死刑が存在する外国でキラの能力を検証しようというのがLの考えです」
「それと我々とどう関係が?」
「この封筒の中身の危険性を考えると、国際郵便などでは送れない。その道のプロであっても第三者に託すには不安要素が多すぎる。…そこで皆さんの出番です」
「………」
「この封筒に書かれた国には全てヨツバの海外支社がある。皆さんならごく自然にこの封筒を届けることができます」
「………」

 アイバーの言葉にヨツバのメンバーは目だけでちらちらとお互いを観察し始めた。能力を外国で検証しようとしていることがキラに知れれば命はない。しかしここで断れば、Lとの取り引きは白紙になり事件解決後にキラの共犯として裁かれる。
 並べられた封筒は五枚。六人の中の一体誰が、この危険きわまりない任務から外れることができるのか。
 彼らは固唾を飲んでアイバーの次の言葉を待っていた。

 

 

 竜崎は送られて来た報告書にじっと見入っていた。
 四日前の会議で、竜崎はヨツバに対してミサのスケジュール調査と二人のキラの監視を依頼した。それに対する報告は期待を上回るものだった。
 まずミサのスケジュール。
 現在撮影中の映画は16日でクランクアップし、ミサの行動を大きく制限していた要因が消える。更に三堂が機転を利かせて『ヨツバのCMに関して打ち合わせをじっくりしたい』と16日以後の彼女のスケジュールを押さえてあった。
 そして二人を監視していた人間からの報告。
 月は捜査本部の建物からほとんど外出しないので特筆すべきことはないが、ミサの方には気になるものがあった。11日に仕事を終えて帰宅した後、何故か顔 を隠し目だたない服装で郊外にある山林に向かったと言う。人通りがほとんどなかったために尾行を続けることは出来なかったが、明らかに不自然な印象を受け た、と報告書は締めくくられていた。
 竜崎は満足げに微笑んでマイクのスイッチをオンにした。

 

『皆さん』

 パソコンに取り付けられたマイクから絶妙のタイミングで流れたLの声に彼らはビクリと顔を上げた。

『私は皆さんの出してくれた結果に非常に満足しています。正直、たった4日でここまでの結果を得られるとは思っていませんでした。感謝致します』

 その言葉に皆は一瞬ほっとした顔になったが、すぐに顔を引き締めた。誰が封筒の運搬役を命じられるのか気になって仕方がないのだろう。

『二人の監視役との連絡をしているのは樹田さんでしたね』
「はい」
『では樹田さんは引き続き連絡役をお願いします。もし弥が再び顔を隠してどこかに行くようでしたら…夜中でも早朝でも構いません、すぐに連絡を下さい。どんな手段を使っても弥の行動を追わねばなりませんので』
「分かりました」
『そして…奈南川さん。あなたはハーバード大学出身でお父様はヨツバアメリカ支社長…でしたね』
「そうですが…」
『弥のその不審な行動が何なのか突き止められれば、弥が第二のキラだと言う動かぬ証拠が出ると私は考えます。その証拠を元に弥を拘束し、キラに関する証言 を引き出す。しかし日本国内で彼女を拘束するのは危険です。ですから、彼女の拘束及び尋問はアメリカで行いたいと思っています』
「………」
『幸い映画の撮影が終了した後の弥のスケジュールは皆さんが押さえてある。CM撮影をアメリカ支社で行いたい、とでも言えば疑われずに彼女を日本から連れ 出すことができます。その際に弥を採用した皆さんの誰も同行しないと言うのは不自然でしょう。そこで、英語が堪能な奈南川さんに弥のエスコートと言う名目 で彼女の監視をお願いしたい』
「……………分かりました」

 奈南川は諦めに近いため息をついて了承した。
 どっちにしても断れば自分は終わるのだ。それならばLの計画通りに動いていた方が安全だろう。

『さて、そこに封筒が五枚ありますが…アメリカへは、弥拘束の準備を兼ねてコイルが向かいますので、他の四カ国のどこに誰が行くかは皆さんで決めて下さい。各国への連絡は私の名前で既に通してありますので、いつでも出発して頂けます』

 つまり特別な事情がない限りさっさと発てということだ。
 奈南川と樹田を除いた四人は半ば開き直った表情で誰がどこに行くかの相談を始めた。


 

 竜崎の隣で捜査本部ビルを監視していたウエディがくわえていた煙草を灰皿に押し付けた。

「動いたわ」

 その言葉に竜崎はマイクをオフにして捜査本部の映像を映すモニタの前に移動した。
 映っているのは捜査本部のメインルーム。パソコンに向かって何か作業をしていた松田が部屋を出た直後、月がすっと立ち上がった。デスクの上にほったらかしになっていた携帯を取り何か操作している。

「夜神月の手元を映せますか」
「OK」

 ウエディが画像を切り替えると携帯の画面が映った。どうやら携帯の電話帳を調べているらしい。月は『あきのさん』という名前で登録された番号をメモすると元通り携帯を戻して何食わぬ顔で作業に戻った。

「番号から携帯電話会社にアクセスして彼女の名前を探る気でしょうね」
「ウエディ、会社の方のデータも書き換えてありますか」
「もちろん」

 夜神は恐らく携帯電話会社のコンピューターをハッキングして彼女の本名を探ろうとするだろう。しかしそこに残っている名前も『秋野祥子』だったらどうす るか。彼女は自分が名前を書いた時点では死んでいたと判断し諦めるか、それとも彼女が映っている映像を探してミサに見せようとするか。
 むしろ後者であってほしい、と竜崎は思った。
 ワタリがいたころは監視カメラの映像はモニタルームのパソコンに送られて保存されていた。画像が保存されるのは七日間で、新しい画像データが上書きされて随時古いものから消えていく。それは本部にいる者なら誰でも知っている。
 知っているからこそ夜神月は探しに来るはずだ。秋乃が本部を訪ねて来た日の映像を、彼女を確実に殺すために。
 さぁ動け、キラ。
 動いて、動いて、自分がキラだとアピールするがいい、もっと。
 


 
 …………
 パソコンと格闘していた松田がぐっと身体を伸ばして立ち上がった。月が顔を上げると言い訳のように松田は口を開いた。

「コーヒーでも淹れて来るよ。月君も飲む?」
「いえ、僕は結構です」
「そう。じゃあキッチンでさっと飲んで来るかな…」

 呟いて松田はメインルームを出ていった。座っていたデスクにはミサのマスコットがついた携帯がぽつんと乗っている。
 月は素早く立ち上がって松田の携帯を手にとった。二つ折りのそれを開けると、一昔前にはやった人気漫画のイラスト付きカバーがかけられていた。
 子供みたいな人だな。
 月は苦笑しながら素早く電話帳を調べ、『あきのさん』と名前のついた番号をメモしてまた携帯を元に戻した。
 手の中にメモを握り込んで、月は既に侵入に成功していた携帯電話会社のコンピュータからその番号を探し始めた。
 …松田の携帯から盗み出した番号は二つめの会社で見つかった。
 その番号の名義は『秋野祥子』だった。

(…………)

 月は組んだ指の上に顎を乗せて考えを巡らせた。

(僕はパティシエの『秋野』を殺そうとしてノートに名前を書いた。しかし死んだのはタレントの『秋野』…。原因は三つ考えられる…一つは僕がノートに名前 を書いた時点でパティシエ秋野は既に死んでいた場合。僕が知っている二人の『秋野祥子』の片方が死んでいたのならもう一人の生きている方にノートの効果は 表れる…。二つ目は名前を書いた時に僕がタレントの方を強くイメージした場合。そして三つ目は…『秋野祥子』という名前が偽名だった場合だ)
(Lは早い段階からキラの殺しには顔と名前が必要だと気付いていた。万が一のことを考えあの女にも偽名を使わせていたかもしれない…偽名で携帯を契約するくらいLにとっては朝飯前…)
(あの女が既に死んでいるなら何も問題はないが、甘い考えは持たない方がいいだろう…あの女が生きていれば、絶対にタレント秋野の死とキラを結び付け る…。Lを信じて疑わなかったあの女のことだ、もし竜崎から僕がキラだという推理を聞いていて、捜査の資料を貰っていたりしたら面倒なことになる…『夜神 月はキラだ』と資料をばらまいて騒がれたら面倒だ…やはり何とかあの女の名前を知らなくては…)
(今日は13日、あの女がこの捜査本部に来たのは6日…監視カメラの映像が保存されるのは7日間…。……急がないと6日の分のデータに今日のデータが上書きされてしまう…)

 ちょうど松田が戻って来たので、月はハッキングの画面を消して立ち上がった。怪訝そうな顔をする松田に適当な口実を告げる。

「ちょっと気になることがあるので調べて来ます」
「そう、いってらっしゃい」

 月がメインルームを出ていくと、松田は慎重に自分の携帯を開いて目を眇めた。
 今朝、手袋をはめて被せたカバーに松田のものではない指紋が残っている。複雑な表情で彼は慎重に携帯カバーを外してビニール袋に入れた。
 もう一度月が出て行ったドアに目をやって、月の使っていたパソコンをチェックした。まさか調べられるとは思っていなかったのだろう、ハッキングの履歴が残っていた。

(携帯電話会社のコンピュータ…秋乃さんの番号の名義…今こんなものを調べるなんて…)

 松田は唇を噛んだ。
 のろのろと手を伸ばし電話を掴むと内線をプッシュした。

『もしもし?』
「松田です」
『どうだった?』
「月君が僕の携帯をチェックして、携帯電話会社にハッキングしたようです」
『……わかった。ログは自分のパソコンに送っとけよ』
「…はい」

 受話器を置いて、松田は俯いてデスクの上で拳を握りしめた。

 



 モニタルームの前で周囲を見回し、月はそっとドアを開け、先客の姿に驚いて目を丸くした。
 線香と花を持った相沢も音もなく扉を開けた月にぎょっとした顔になった。

「何だ、月君か…。こんなところに何の用?」
「そういう相沢さんこそ」
「俺?俺はワタリに線香の一本でもあげておこうかと思ってな。ワタリはここで亡くなったのに、一週間何の弔いもしてなかったから…せめてこのくらいはと」
「ああ」
「んで、月君は?」
「僕は、………」

 うまく話をはぐらかしたつもりがまた最初に戻ってしまい、月は急いで口実を考えた。

「竜崎とワタリが殺された時の映像が残ってないかなと思って。あの時死神がどこに行ったのか分かれば手がかりになるかと…」
「は?」

 案の定、相沢は不思議そうな顔になった。当たり前だ。
 メインルームとミサの部屋以外の監視カメラはよほどのことがない限りオフになっているし、仮に録画していたとしても映像のデータが保存されるのは七日間だけというのはみんな知っていることだ。
 月はできるだけ真摯に見えるよう意識しながら相沢を見つめた。丸め込める自信はあった。

「99%無理だろうけど、可能性が1%でもあるのなら…と思って」
「そうか…確かめもしないうちに可能性を否定するのは良くないな。万が一と言うこともあるし調べてみるか」
「はい」

 一人で調べたかったが仕方がない。相沢が立ち去った後また来ればいいだけだ。
 パソコンを立ち上げて画像のデータを調べた途端、相沢が呟いた。

「…ダメだ」
「ダメって?」
「映像のデータが全然ないんだ。五日までの分はデータ消去され、五日からは監視カメラ自体動いていなかったらしい」
「え!?」

 月はパソコンの画面を覗き込んだ。
 『データは存在しません』というそっけない一文だけが浮かんでいる。念のため他のパソコンも調べてみたが、監視カメラの映像はひとつも見つからなかった。
 月は唇を噛み締めた。

(くそっ…ワタリが死んだ時全てのデータを消去したと言っていたが…まさか監視カメラのデータまで…しかもそれまで動いていた監視カメラまで止めるシステムになっていたとは…。これでは竜崎の名前を確認することも、あのパティシエの女の名前を知ることもできない…)

「本当にワタリと竜崎は何も残さずにいっちまったんだな…」

 相沢が呟く。そこに少しだけほっとした響きが混じっていたことに月は気付かなかった。

「これで振り出しに戻ったってことだ。もう一度気を引き締めてかからないとな」
「…………。そう、ですね………」

 ルルル…。
 落胆を隠し切れない月のポケットの中で携帯が鳴り出した。着信画面には『ミサ』の文字。
 うるさいな。今はお前の力はいらないんだよ。
 内心のイライラをなるべく出さないようにしながら月は通話ボタンを押した。

「はい」
『ライト?ミサだけど』
「どうかしたのか?」
『あのね…今、時間ある?』
「…何かあったのか?」
『今日、ヨツバさんから事務所の方に連絡があって、映画の撮影が終わり次第CMの撮影を始めたいんだって』
「……?別にいいじゃないか、前々からそういう話はあったんだし」
『それがね、日本じゃなくてアメリカでしたいって言われたの』
「アメリカ?」

 月は僅かに眉を潜めた。
 今、日本を中心にした犯罪者裁きはミサに任せっきりになっている。それが事務所の人間に付き添われて外国に行くとなるとキラとしての裁きが出来なくなるかも知れない。

「CMの撮影はかなりかかるのか?」
『うん…最低2週間は見てくれって言われた』
「ずいぶん長いな…」
『ポスターとかの写真も撮りたいんだって』
「そうか…じゃあ長い間会えないかも知れないし、時間があるなら今のうちに会っておくか」
『うん!ミサ、家にいるから!待ってるねー』
「分かった」

 月が電話を切ると、電話が終わるのを待っていたらしい相沢が口を開いた。

「月君、これからデート?」
「…ええ、まぁ…。本当は捜査をしたいんですけど、スケジュールが詰まってるみたいだし会える時に会っておこうと思います」
「そうだな、それがいい」

 月が部屋を出てから、相沢がモニタルームに鍵をかけた。
 …月は横目でそれを見ていたが、何も思わなかった。映像が何も残っていないのならもうこの場所に用はない。
 ワタリの弔いに来ようなどと言う考えは月の頭の片隅にすら浮かばなかった。

 



 満面の笑みでドアを開けたミサは、月の顔の厳しさに笑顔を引っ込めた。

「ライト…何かあったの?」
「予想外のことが色々と…それよりCM撮影の話を教えてくれ」
「あ…うん」

 ミサはリビングに月を案内して飲み物を出すときちんと座った。

「えっとね…一週間くらい前にヨツバの方からミサのスケジュールの予約があったらしいの。映画の撮影が終わった後二週間くらい。その話を聞いたのも今日なんだけど」
「それで?」
「CMの打ち合わせからアメリカでやりたいし、ポスターの撮影もしたいから最低でも二週間は日本から離れると思ってくれって言われたの。それで…犯罪者の裁きはどうしよう、と思って」
「こっちから売り込んだのに『二週間も日本を離れるのは無理です』と言うのも不自然だしな…」
「………」

 ミサは月の言葉をじっと待っている。
 どうする。
 今の自分はまだキラとして動くのは難しい。かといってミサにノートを持たせて渡米させるのも心配だ。何かのトラブルで誰かに触られたら…いや、触られるだけならまだしもノートを盗まれたりしたら大変なことになる。
 だからと言っていつ終わるか分からないCM撮影の間犯罪者の裁きを止めるわけにも行かない。

「………。仕方がない」
「?」
「普段より多めにノートを切り取って、まず他の人間は触らない、見ないと思われる場所に分けて隠して持って行ってくれ。そして出発前にできるだけたくさん の犯罪者を日をばらつかせて名前を書いておく。いくらなんでも23日以上も撮影にかかることはないだろう。アメリカでもできるだけ日本で報道された犯罪者 の情報を探して裁いてくれ。僕も犯罪者の顔写真を送るようにする。それでもどうしても無理なら僕がキラとして動く」
「分かった」
「それと、向こうにいる間もなるべく僕にメールを送るようにしてくれ。状況に応じて僕が随時指示を出す」
「はい」
「…ミサ」

 きょとんと顔をあげるミサに、月はさっと口付けた。
 たちまち頬を染めて笑み崩れる彼女に、月はいつものように優しく言った。

「万が一、トラブルがあったら必ず連絡してくれ。必要ならばノートの所有権を手放してもいい。僕が必ず何とかするから」
「うん!」

 頷くミサの後ろでリュークがククッと笑った。『何とかする』という月の言葉にはミサを殺すという選択肢も含まれていると分かっているからだろう。

(レムとLが消えた今、死神の目は必ずしも必要な武器ではない。死神の目の利用価値とミサから秘密が漏れる危険を天秤にかけるほど僕は愚かじゃない…外国で事故死させれば誰もミサの死を疑うはずもない…)

 あくまでも優しい笑みの下に冷たい真意を潜ませて、月はミサを抱き寄せた。


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