| アメリカに着いて十日目。 ミサはヨツバアメリカ支社本社ビルの応接室で奈南川を待っていた。ヨツバのCM撮影の責任者がようやく到着したのだという。 応接室に通されて10分後、何故かひどく強張った顔で奈南川が戻って来た。 「ミサさん、先ほど責任者が到着したのですが…」 「何かあったんですか?」 「不躾で失礼ですが、ミサさんは夜神月と言う人を御存知ですか」 ただ事ではない様子の奈南川の口から月の名前が出たことで、ミサは不安になって来た。 「知ってますが…その人が何か?」 「実は、私達の責任者は個人的に夜神月氏を知っているのですが、彼がミサさんにこう伝えて欲しいと…。『夜神月本人はまだ気付いていないが、彼は今大変な危険に晒されている。最悪の場合、彼だけでなく彼の家族やミサさんまでも事実上この社会から抹殺されてしまう』…」 「ええっ!」 奈南川の指は細かく震え、額には薄く汗をかいている。 とても冗談を言っている風には見えない。本当にヨツバのCM責任者は月を知っていて、、月に危険が迫っているのだとミサは思った。 心臓が不吉な音を立てて動き出す。 「じゃあ…急いでライトに知らせないと…」 「待って下さい。今、彼に危険を知らせても混乱を招くだけです。まず、最悪の事態を防ぐために我々に協力していただけませんか」 「は…はい。私は何をすれば?」 「とにかく我々の責任者と話をして下さい。そして、とにかく行動は慎重に。焦って先走らないで下さい。夜神月の運命はミサさんにかかっているのです」 「わかりました」 奈南川の話の内容はどこか不自然だったが、驚きと不安で思考回路が麻痺したミサは全く気付かなかった。責任者に会わせると言う奈南川の後を、月の無事を祈りながらついて行くしかなかった。 本社の一番奥まった一室にミサを連れて来た奈南川は、控えめにドアをノックした。 「ミサさんをお連れしました」 「入って頂いて下さい」 「はい」 奈南川がドアを開けてミサを促した。 責任者がいると言うのに彼は部屋には入らないらしい。 それはそうと今の声はどこかで聞いたことがあるような…。誰の声だったろう? その疑問は部屋に一歩入った途端、ミサの頭から消えてなくなった。全身の血液が逆流し、ゆっくりと冷えて行く。 「う…そ………」 目の前の光景が信じられない。 夢、これはきっと悪い夢。 だから早く醒めて!! ぎゅうっと目を閉じて祈りながら目を開けても、何も変わってはいなかった。 絶望のためか、それとも目に血液が回っていないのか、視界が暗く歪んだ。 部屋の中央に置かれた巨大な円卓には五人の男女。男が三人、女が二人。そして五人が五人ともオペラ座の怪人を思わせる仮面で顔を隠している。 中央に座った男は椅子の上で膝を抱え、その前にはミサのノートと月からの手紙が並べてあった。 それが何を意味するのか、ミサでも十二分に理解できた。 ……バレた。 「お久しぶりです、ミサさん。お元気そうで何よりです。アメリカ観光は楽しめましたか」 「………………」 「久しぶりにお話しするのにこんな仮面を付けていて申し訳ありません。ミサさんが自由になった後、名前を間違って報道されていたり、名前の分からない犯罪者が殺された事実がありますので…今のミサさんは『目』を持っていると判断し、安全のためにこうさせて頂きました」 「……………」 「ああ、立ち話も何ですから、お座り下さい。お連れの方も御遠慮なく」 「……………」 仮面の下の目は確かにリュークを見ていた。 ミサは半ば崩れるように椅子に腰を降ろした。楔で打ち込まれたように視線を白い仮面に向けたまま、ミサは機械的に口を開いた。 「竜崎、なの?」 「はい」 「本当に?」 「顔が見えないと信じられませんか?」 「だって…ライトは『Lは死んだ』って…」 「では、今ここにいる私はLでも竜崎でもない別の誰かだと思いますか?」 「………………」 ミサは微かに首を振った。 顔が見えなくとも、声も、仕種も、纏う空気も、確かに彼女の知っているあの男のものだった。 仮面の下で男が笑う気配があった。 「今からいくつかミサさんに質問をします。嘘はつかず、正直に答えて下さい。よろしいですか」 「はい…」 「あなたは月君を愛していますか」 「はい」 「月君のためなら何でもできますか」 「…………はい…」 ミサはためらいを挟んで問いを肯定した。 何をさせたいのだろう、全てを知ったこの男は。 仮面のせいで更に感情が読めない状態で質問は続いた。 「ミサさんにとっての幸せとは何ですか」 「ライトに愛されること…ライトの役に立つこと、ライトと一緒にいること……」 「では最後の質問です。今のあなたに選べる道が二つあるとしたら、ミサさんはどちらを選びますか。一つ目は、キラであることを認め、全てを話した後に警察 に捕まり、私と警察の保護下で月君と一緒に安全な場所で暮らす。二つ目は、キラであることを認めず、警察にも捕まらず、保護されず、安全が保証されない世 界で暮らす」 「…………」 「選べるのは一つに二つ、どちらかだけです。後者を選ぶ場合は今すぐに日本に帰って構いません。私も警察もあなた達を追うことはしません。しかし、ミサさ んがキラであることを否定した時点で、全世界同時にTVとインターネットを通して私が二人をキラだと断定した全ての状況・物的証拠を発表します。その後お 二人とお二人の家族がどうなろうが…24時間休みなく自宅に電話がかかって来ようが、家に爆弾が投げ込まれようが、街で誰かに刺されようが、警察は一切関 知しません。良く考えて決めて下さい」 キラであることを認めれば、警察に捕まり一生自由にはなれないだろう。しかし、愛するライトとの生活と家族の安全はLが保障してくれる。 キラであることを否定すれば、警察には捕まらない。月の頭脳があればうまく逃げ延びることもできるかもしれない。しかし、命の危機と常に隣り合わせの生活をいつまで続けることができるだろう。そして、二人の家族は。 俯き、唇を噛み、爪が白くなるほど拳を握りしめ、気が遠くなるほど考えて、そして。 ミサは顔を上げた。 「…竜崎」 「はい?」 「ライトに電話、してもいい?」 「どうぞ。ただし、言葉は慎重に選んで下さい。私が生きていることや、キラ事件に関する言葉が出たら、その時点でミサさんは『キラであることを認めない』と返答したとみなします」 ミサは無言で頷き、震える手で携帯のボタンを押した。…電話はすぐに繋がった。 『もしもし?』 「ライト?ミサよ」 『ああ。どうだ、そっちは?相変わらず観光か?』 からかうような明るい口調。まだ、彼は何も知らないのだ。 ミサは声が震えないよう気を使いながら言葉を続けた。 「ううん、今日からCMの仕事が始まった」 『じゃあ僕に電話なんかしてていいのか?今は休憩時間?』 「そう。あのね、ライト…一つ聞いていい?」 『ん、何?』 「ライトは…ミサを好き?ずっと一緒にいたいくらい、愛してる?」 『当たり前じゃないか』 電話の向こうで、彼は笑う。 明るく、軽く。 何でもないことのように、笑う。 『僕は死ぬまで、君を愛してるよ。約束したろ?』 「うん…」 ミサは目を閉じてその言葉を反芻した。 死ぬまで。遠からぬ未来、ミサが死ぬまでは、愛しているような演技をしてあげるよ。死神の目の利便性と引き換えなら、そのくらいおやすいご用さ。 優しげに上滑る言葉の真意には気付かないふりをして。 「ねぇライト」 『ん?』 「誰にも邪魔されずに、ミサと二人で静かにずっと暮らす生活と、いつも危険と背中合わせでハラハラどきどき、スリルに満ちた生活…一生続くとしたら、ライトはどっちがいい?」 『なんだそれ?CMのテーマか?』 「いいから、答えて」 『そうだな…静かな生活は刺激がなくて退屈だけど、スリルに満ちた生活がずっと続くのはもっと辛いな。選ぶとしたら僕は静かな生活にするよ』 「そっか…ありがと」 『もういいのか?』 「うん。またね、ライト」 ミサは電話を切った。 両手を膝にのせて目を閉じ、心が静まるのを待った。 …選べる道がいくつあったというのか。 ライト。 ミサは唇の動きだけで呟いた。 ライト、ライト。 あなたは私の全て。 あなたとずっと一緒に生きていけるのなら、他の全てを…たとえ世界の全てを、失っても構わない。 キラでなくなっても、新世界が創れなくても、ライトと一緒にずっと生きていけるのならそれがミサの幸せ。 レムも、ミサの幸せを望んでいたもの。 …だから。 ミサは心を決めて顔を上げた。 ………… Lが造ったビルの捜査本部、そのメインルーム。 月だけが『調べたいことがある』と自室に戻ってしばらくした時、場違いなメロディが流れ始めた。 「松田、携帯鳴ってるぞ」 「わ…分かってますよ、言われなくたって…。今出ますって」 皆の視線を浴びるハメになった松田は右のポケットから携帯を取り出し、着信画面を見てあれ?と呟き、慌てて左のポケットからミサのマスコットがついた携帯を取り出して電話を取った。 「はい、松井です…って、え…ミサミサ!?」 松田の言葉に、仕事に戻りかけた刑事達が驚いた顔を上げた。 「今どこから電話してるの?…ああ、もうアメリカでの仕事は終わったんだね。…で、どうして月君じゃなくて僕に連絡くれたの?………え?…………それ、誰の指示?………そうか、うん、分かった。待ってるからね。じゃ」 話を終えた松田は緊張で強張った顔で皆を見回し、口を開いた。 「弥が…キラ事件に関して重要な話があるから、今から行くから、月君には秘密で中に入れて欲しいと…」 「……!」 「んで、それは誰の指示なのかって聞いたら、今は言えない、って…。OKしたんですけど、構いませんよね?」 「あ、ああ…それは構わんが………」 「………」 「月君には秘密て…それって、つまり…」 蒼白になっている夜神に気付き、相沢は言いかけた言葉を飲み込んだ。 竜崎が生きていて、捜査を続けてついに、月がキラである確証を掴んだのではという言葉を。 10分後、ビルを訪れたミサはいつになく神妙な表情で頭を下げた。 「お久しぶりです」 「久しぶり、だね」 「…で、大事な話って?」 「ええと…」 どこか悲しみを含んだ目をちらりと彷徨わせ、ミサは考え考え口を開いた。 「私から話があるって言うのは、あんまり正しくなくて…話を録画したビデオを見てほしいって言うか……」 「つまり、ミサミサは誰かのお使いでここに来たってこと?」 「うん、そうなる、かも」 「…………」 「それで、あの…ライトも一緒に見てほしいんだけど、見終わるまで、ライトがこの部屋から出たりとか、しないように…みんなで見てて欲しいんです。終わってからなら構わないけど」 「……分かった」 薄々予想がついていた結末だったから、松田と相沢、そして模木は固い表情で頷いた。ミサははっきりとは言わなかったが、全てを知った夜神が暴走しないように、いざと言う時のストッパーになってほしいと言う意味もあるのだろうと察しはついていた。 ミサはバッグからノートの切れ端を取り出した。 「最初にこれに触って下さい。…大丈夫、今は何も見えないから。…触ったらライトをここに呼んで下さい」 ノートの切れ端は刑事達の手を一周してミサの手元に戻って来た。 もう後戻りは出来ない。Lに再会したあの日から分かっていたことだけど…。 小刻みに震える手で彼女は切れ端をバッグに入れた。 月は自室のデスクに向かってTVとパソコンを付けっぱなしにし、レムの遺骸から拾い上げたデスノートに犯罪者の名前を書き続けていた。部屋には鍵がか かっているし、監視カメラが動いていないことは先日分かった。それに生き残った刑事達は月を完全に信用している。Lが造ったこのビルの中で犯罪者の裁きを 行うのは全く問題ない…と彼は思っていた。 …デスクの内線が鳴り出した。メインルームからだった。 「はい、月です」 『松田です。あのね、今、ミサミサが来てるんだ。アメリカから帰ったから月君に会いにきたんだって。セキュリティ解除して中に入ってもらったし、月君もおいでよ』 「え、ミサ、来たんですか?僕には連絡来なかったけど」 『いきなり行って驚かそうと思ったらしいよ』 「……はは、ミサらしいですね。じゃあすぐ行きます」 月はTVを消したがパソコンはそのまま、ノートも無造作に机の引き出しに入れて部屋を出た。 メインルームに待っていたミサを一目見た途端、月は違和感を覚えた。 まず、リュークがいない。彼女の近くにいないだけかもしれないが不自然だ。 それにミサの様子がおかしい。普通なら月に会えば大喜びするはずなのに、泣き出すのをこらえているような笑顔で見ている。 胸の中に不吉な雲が流れ込むのを月はうっすらと感じていた。 「ライト、久しぶり」 「ああ。アメリカでの撮影はどうだった?楽しかったか?」 「あの…ライト……」 「ん?」 「前に、言ってくれたよね。ミサと一緒に生きて行きたいって。ミサを愛してるって。あの言葉は、本当だよね?」 「当たり前じゃないか。どうして今更そんなこと聞くんだ?」 「あのね、ヨツバのCM撮影っていうのは、嘘だったの、それで、ミサね………、アメリカで、Lに、会ったの」 月は耳を疑った。 『Lに会った』? 一瞬、その言葉の意味が理解できなかった。 混乱する頭をなだめすかしながら月は言葉を押し出した。 「ミサ…その『L』って、竜崎のことなのか?」 「そう。Lは、竜崎は、生きてたの。生きて、ミサとライトをずっと監視していたの。レムが死んだあの時から、ずっと」 「…………」 どうしてあの竜崎が生きているんだ。レムが殺したはずだろう。ひょっとしてレムは殺し損ねたのか?ではあの『葬式』は何だったのだ、パティシエの女とア イバー達がつるんで芝居でもしたと言うのか。アイバーを通してヨツバを利用し、ミサをおびき出して。いや、それにしても本部に戻れない竜崎が、ワタリを 失ったLが、一体どこでどうやって捜査をしていたんだ。 そうか竜崎、これは僕に対してカマをかけているんだな、ここでうっかり僕がキラだと認めるような発言をしないか待っているんだろう、その手には乗らない ぞ、どうせ証拠はないんだ、僕は何度でもお前に勝ってやる、ミサに会ったのならミサはお前の名前を今度こそ覚えているはずだ、ならば僕がこの手でお前を 葬ってやる。 月の頭の中を一瞬でそんな考えが走り抜け、どうやってミサと二人きりになってLの名前を聞き出すか考え始めた時。 ミサは月の考えを見透かしたような言葉を口にした。 「ライト、もう逃げられないの、どこにも」 「何を…」 「これ、Lから預かって来たディスク。みんなで見てほしいって、Lから」 ミサがバッグからディスクを取り出した。 Lから渡されたと言うディスク。 どうせ内容は大したものじゃない。ワタリの死後、全ての映像データは消去され監視カメラも機能していなかったのだから、今更Lが出せるものなど月の動揺 を誘ってボロを出させるハッタリくらいだろう。自分の無実を信じている父や刑事達を言い包めることなど雑作もない…と、月は甘く考えていた。 「…分かった、見よう」 ミサの手からディスクを取り、月はメインモニタに繋がるパソコンにディスクを飲み込ませた。それが、自らの手で断頭台のスイッチを入れるにも等しい行為だとは気付きもせずに。 映し出されたのは白い壁の部屋。中央に高価そうな椅子が置かれ、竜崎がいつものスタイルで座っている。椅子と竜崎以外に画面に映るものはただ白い部屋だ けで、それがいつ撮影されたものなのか伺い知ることは出来なかった。Lは記憶の中にある通り感情の読めない顔で口を開いた。 『夜神君、そして刑事の皆さん、お久しぶりです。おかげさまで…という言葉は不適切でしょうか…皮肉なことに、殺されかけたことがきっかけで、私は夜神君 がキラだという新しい証拠を掴むことが出来ました。我々が見つけた順番に紹介しますので、まずはこちらの映像を御覧下さい』 …Lの言葉に続いて映し出された映像は、月の予想を大きく裏切るものだった。 |
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