世界の中心でLを叫ぶ・If
EPISODE 12:12月15〜12月25日

 足元の感触で絨毯の敷かれた部屋に入ったことが分かった。煩わしいヘッドフォンと目隠しが外される。
 月は何度もまばたきをして視覚を正常に戻そうとした。
 …豪華なリビングだ。予想に反して部屋には大きな窓がいくつもあり、明るい陽の光が差し込んでいる。一緒に連れてこられたミサは歓声を上げてリビングから繋がるキッチンやベッドルーム、バスルームなどを見に走って行った。
 いい気なもんだ。
 月は侮蔑の感情を隠しもせず息を吐いた。ここは豪邸という名の牢獄だというのに。探す気にもなれないが、どうせ部屋のあちこちに監視カメラや盗聴器が設置されているのだろう。
 二人を連れて来た人間が機械的に言葉を吐き出す。

「ここには弥様より御要望のあった品を揃えております。他に必要なものがありましたら必要な手続きの上要請して下さい。食事やクリーニングなども同様で す。屋敷の敷地内の出入りは基本的に自由です。その他細かいことはこちらの書類を御覧下さい。近日中にLより改めて説明があります。では」

 言うだけ言って月の手に書類を押し付けるとその人物は出て行った。
 軽く舌打ちして月は書類をめくった。書かれている内容は実にシンプルだ。
 月、ミサの二人は屋敷の敷地内なら基本的に出入り自由。しかし敷地外に出た場合は全世界に生死不問で指名手配し、家族の保護も白紙に戻る。
 必要なもの、欲しいものがあった場合はミサが専用の回線で注文する。審査の後、問題がなければ数日中に屋敷に届く。特別な事情がない限り、月からの注文では受理されない。外から食事を取る場合、部屋などのクリーニングも同様。
 部屋に備え付けのパソコンはインターネットが可能。しかし月・ミサから情報を発信する行為は出来ない。例外的にLにはメールが出せる。
 L、及びLの仲間が不審な死を遂げた場合、キラの被害者遺族が決定した方法により二人のキラの死刑が執行される。不審な点がなくともLが死亡した場合、及び月がミサを殺した場合も同様。
 月は週に1〜2回、キラの被害者遺族と会見の義務がある。ミサは写真の撮影に限りモデルの仕事は続行できる。
 いかなる事情があろうとも、月とミサが離れて住むことは認めない。
 夜神月は年に一度所有していたノートに触れ、記憶を失わない措置を取る。
 読み進むに連れて月は暗澹として来た。自由に出歩けるとは思っていなかったが、ここでの生活の主導権を全てミサに握られるとは考えていなかった。いや、 ミサは月の言葉には絶対服従だから月が主導権を持っているのも同じとも言えるが、ミサがこの先ずっと月に対して盲目的な愛を持ち続ける保証はどこにもな い。何かのきっかけでその愛が嫌悪に変わったら…。そんな時のことなど、考えるのも嫌だった。
 …部屋を一通り見て来たミサがにこにこと笑いながら月の顔を覗き込んだ。

「ライトったら、何でそんな暗い顔してるの?こんな豪華なお屋敷でずっと二人で生活できるんだもの、文句なんてないじゃない」

 月と一緒に暮らせればそれだけで幸せと言うミサは、Lに追い詰められたあの日に月に殴られ罵られたことは気にしていないように見える。それは落ち着きを 取り戻した月の『あの時は頭に血が昇って混乱していたから、心にもないことを言ってしまって悪かった』という言葉を信じたと言うより、愛する月に道具とし て扱われていたという記憶そのものを意図的に封じ込めたように思えた。
 これからの月は、ミサに気を使い、嫌われないようにしなければならない。あの記憶をミサが思い出すことがないように。少しでも快適にここで生きて行くた めに。どんなに鬱陶しくてもミサを殺すこともできないのだから。いつLやその仲間が死ぬか分からない恐怖に怯え、キラの被害者の遺族の恨み言を聞き続けな ければならないのだから、ストレスの原因は少ない方がいい。
 何もかも記憶から消すことも、苦しまずに死ぬことさえも許されないのだから。きっと、自ら命を絶とうとしても即座に『助けられて』しまうだろう。
 一体、何がどこでどう間違ってこんなことになってしまったのだろう。
 無理に微笑んだ頬の上を演技ではない涙が滑り落ちる。何故月が泣いているのか分からないミサが、悲しそうな顔でそっと頬を伝った涙を拭った。
 その手には確かな温もりがあった。

 

 …キラ事件被害者の遺族と面談を終えた月は、ぐったりと疲れた顔でリビングのドアを開けた。
 先に戻っていたらしいミサがソファから立ち上がった。

「ねぇライト、戻って来たらテーブルの上に荷物が届いてたんだけど…何か知ってる?」
「いや。何か届けさせる時は必ずミサを通さないといけないだろ。僕じゃないよ」
「そうだね。じゃあ何だろ?開けていい?」
「ああ」

 ミサがリボンのかけられた箱を開けると、『メリークリスマス』と書かれた小さなケーキが出て来た。
 わぁ、というミサの歓声に、月はやっと今日がクリスマスイブだということを思い出した。ここに連れてこられた日から部屋にはツリーが飾ってあって、クリ スマスが近いことは知っていたが、完全に世間と隔絶されたここではそんなイベントなど全く実感の伴わないものだったのだ。
 去年のイブは楽しかった。
 キラ事件のせいで父は不在だったが、母や妹とケーキを食べて、ノートを使うのも楽しくて、いかにしてFBIを消すか考える時間はとても充実していた。
 なのに今年は、牢獄の中でにいる。
 父は、母は、妹は、どうしているだろう。食卓でケーキを囲んでいるだろうか。笑っているだろうか、それとも泣いているだろうか。自分のことを話したりしているだろうか…。
 ミサ以外の誰かに会いたい。会えないなら話だけでもしたい、例え相手がLでもいい。誰か、誰か。
 …その時、月の気持ちを察したようにデスクに設置されたパソコンが自動的に起動した。
 モニタに映る『L』の文字。

「竜崎!?」

 月は半ば走るようにしてパソコンの前に座った。
 機械を通して意図的に変えられた、しかし聞き覚えのある懐かしい声。

『お久しぶりです、夜神君』
「竜崎!」
『そこでの生活にはもう慣れましたか?不都合はありませんか?』
「なんとか慣れたし、今の所不都合はないかな」
『それはよかった。何か不都合や体の不調がありましたら遠慮なく言って下さい』
「ああ。…それで、今日はどうしたの?僕に何か用?いや、用がなくてただおしゃべりしたいだけでも嬉しいけど」

 ミサとは違う、キラ事件被害者の遺族とも違う、愛も憧れも恨みも憎しみも悲しみもない、静かな声。あれほど不快だったLの声が今は好ましくさえ思えて、月は少しでも長くLと話しいと思っていた。
 返って来た言葉は普段と変わらず淡々としている。

『私の今後について夜神君にもお知らせしておこうと思いまして。ワタリが死んだことで今まで通りL、コイル、ドヌーヴの3人をこなしていくのは難しいので、少し仕事を分担することにしました』
「ああ、そうか……」

 悪いことをしたな。
 そんな気持ちがちらりと月の心をよぎった。1ヶ月前までは考えられないことだった。

『Lとコイルの実質的な探偵としての仕事は私がしますが、仲介人はそれぞれ冬彦氏とアイバーにしてもらうことになりました』
「冬彦氏…って…ああ、あのK病院の院長か。じゃあ今回の一件でLに協力してくれた皆とは今後もチームで働くってことか?」
『はい。一応ウエディは必要な時に手を借りるということになっていますが、秋乃さんと個人的に友達付き合いをしていくそうなのでほとんど行動を共にすることになるでしょう』
「そうか…竜崎は、もう、一人じゃないんだな」

 努力をしなければ愛せない女と『ふたりぼっち』の自分。
 唯一無二の片腕と引き換えにたくさんの仲間を得た『ひとりぼっち』だった竜崎。
 安堵なのか、悲哀なのか、嫉妬なのか、落胆なのか。月は自分の中に折り重なる感情がなんなのか分からずにいた。

『話は戻りますが、残った三大名探偵の一人、ドヌーヴは仲介人も含めて私の後継者達に任せようと思っています。そうですね…彼らの名前は仮にMとNとしておきましょう』
「MとN?」
『はい。しかしどちらもまだ探偵としての経験は全くなく、いきなり二人にドヌーヴとしての仕事を全て指せるのは無理があります。かといって私もコイルとLを兼ねなくてはならないので、事細かに二人の様子を見るわけには行きません。そこで夜神君に頼みがあるのです』
「うん、何?」
『MとNがドヌーヴとして、いずれはLを継ぐ者として一人前になるまで、夜神君には相談相手という形で二人に協力して欲しいのです。構いませんか?』
「ああ、喜んでやらせてもらうよ」

 月は半ば身を乗り出すようにして答えた。
 屋敷での生活は思っていた以上に退屈で、定期的に行われるキラ事件被害者遺族との面会も苦痛に輪をかけていた。探偵の仕事ができるのなら、少なくともその間は退屈も紛れるし色々なストレスや煩わしさも忘れることができる。

『ありがとうございます。では、その旨を私の後継者にも伝え、二人が了解したらまた具体的なことを連絡します』
「よろしく言っておいてくれ」

 Lの返事はないままパソコンの電源が落ちた、その暗いモニタには。
 ほんの少し前までは満ちあふれていたはずの余裕と自信は欠片も残っていない、月自身の顔が映っていた。


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